ツバル戦記:集団的自衛権の活用

 安保理でのバトルの末にヴァイツプ島政府は国連から集団的自衛権の行使を公式に認められたのですが、それだけでは空手形です。だってツバルと攻守同盟とか、安全保障条約を結んでいる国なんてないからです。

「ツバルは絶海の孤島の小国だけど、あそこにポンと石を置かれると気色が悪い位置でもあるぐらいかな」

 イギリスは英連邦加盟国への侵略行為ですから敵国扱いになります。アメリカはハワイの東側への中国の進出を許すのは嬉しくありません。フランスはどうだっけ、

「ミサキちゃん、しっかりしてね。ニューカレドニアもタヒチもフランス領だよ」

 そうだった、そうだった。

「以前も中国のツバルへの働きかけはあったのよ。二十一世紀の初めの頃だけど、四億ドルで人工島を作る計画を持ち掛けてるの」
「それって出来た暁には」
「潜水艦補給基地でも作るつもりだったで良さそうよ」

 この時はツバルが断って終わっています。ツバルに潜水艦補給基地を作られると東太平洋の中国潜水艦の行動範囲が広がるだけでなく、

「アメリカ本土西海岸も脅威にさらされるぐらいかな。もっとも、実際に出来てもそこまで機能するかどうかはわからないけど」

 ですからそれなりに肩入れする意思は持っていたはずです。

「それとコトリはツバル本土への軍事介入を断ってるでしょう」

 軍隊の上陸どころか、武器供与も一切拒否しています。でもそれは血を流す戦争をやらないため、

「それもあるけど、ツバルへの援軍とか協力のハードルを下げたのもあるのよ」

 もしツバルへの地上部隊の派遣となると、中国軍との地上で直接対決を覚悟しないとなりません。こんな局地戦でも血を流し合えばエスカレートする危険性は常にあるそうです。軍事協力じゃない援助ならたしかにハードルは下がりますが、

「海上封鎖はどうなんですか」
「あれも渋られたけど」

 戦時国際法の海戦法規では、まず敵国の軍艦は拿捕出るますし、商船も軍事目的に使われていると見られると臨検・拿捕できます。集団的自衛権として行使は可能ですが、これもエスカレートの危険が、

「これは陸と海の感覚の差かな。海の方が手を出しやすいのは確実にまずあるの」

 そんな気がすると言われればそうです。これまでもアメリカ絡みの軍事紛争が起こりそうになると、艦隊を派遣して圧力をかけるのは常套戦術です。でもあれはアメリカの海軍力がダントツだった時代の話ですが、

「アメリカだって、建艦競争に形の上では負けてるじゃない。その威信を取り戻したい部分はあると考えたのよ」

 まあ、あると言えばありそうですが、

「それとね、ツバル問題に連動して中国海軍が太平洋に押し出して来られるのもアメリカには面白くないのよ」

 建艦競争時代からアメリカは防衛戦略として中国海軍を南シナ海に封じ込めるのに血眼になり、他海域の水上勢力をかなり引き抜いています。中心となる第七艦隊なんて原子力空母六隻体制ですし、同盟国の日本も通常型ですが空母四隻体制の整備を要求されて実現させています。

 もちろん中国もそれに対抗する空母艦隊を整備しましたが、中核となるはずの原子力空母にトラブルが続出したうえに、艦載機も性能として悪くなかったようですが、

「デリケートな機体で整備性の問題で稼働率が悪かったのと、それよりなによりカタパルトの性能が安定しなくて」

 電磁カタパルトを使っているのですが、時々原因不明のパワー不足が起こったようで、これがどうやっても解消せず、

「中国式ロシアン・ルーレットって呼ばれてた。だって飛行機ごと海に放り捨てられるようなものだからね」

 笑ったらいけませんが立派なアングルド・デッキを持っているにも関わらず、艦載機として搭載されたのがVTOL機になってしまっています。

「STOL機のためにはスキージャンプ台が必要だけど、意地でも付けなかったからね」

 そのために陸上機の援護が必要になり、南シナ海から太平洋に進出できない状態になっています。

「だからね、大統領に挨拶しといた」

 挨拶って副社長への就任挨拶の時のはずですが、

「エレギオンがどれだけツバルを援助してるか知ってるわけでしょ。そんな国を見捨てるような国との取引は考えるところがあるとしたぐらいだよ」

 あっ、わかった、ユッキー副社長は就任の挨拶の時にツバルへの人道支援の協力を取り付けていますが、同時に軍事協力も要請してたんだ。

「どっちも頼んでたのですか」
「人道支援と軍事協力、国連の工作って分ける必要はないじゃない。二度手間、三度手間になるし。名刺代わりみたいなみたいなものだけど、これからのお仕事の時にもスムーズに話が通りやすくなるし」

 アメリカ大統領は怪鳥事件の時と同じです。あの時に当時のユッキー社長は大統領を説得するために、それこそ渾身の睨みを駆使しています。ユッキー副社長の睨みは、ミサキも数多く見ていますが、あの時ほど怖かったのは思いだせないぐらいで、今でも思い出しただけで背筋がぞっとするぐらいです。

 あれを再び喰らったら人では抵抗できません。神だってミサキやシノブ専務では身動き一つ出来なくなります。あれを喰らって平気なのはコトリ社長ぐらいしかいないと思います。だってですよ、コトリ社長はあの空恐ろしい睨みを喰らっても、

『今日は機嫌が悪そうやな』
『あれユッキー、気合入ってるやんか』

 どうしてそれで済むのか不思議で仕方がありません。それはともかくアメリカ大統領が失禁するほどの恐怖の時間を過ごしたのが手に取るように分かります。

「アメリカが動けば後は尻馬よ。ちょっとお尻叩いといたけど」

 ちょっとって・・・なるほど同行した秘書にオムツが必要になった理由がよくわかりました。

「でも今回のエスコート作戦は」
「あれはコトリがやった。まあ、アメリカも情勢がここまで傾けば乗るんじゃないの」

 それにしても中国軍が上陸した瞬間に国連工作まで念頭に置いて動いていたとは、

「だから言ったじゃない、なんとかとハサミは使いようだって。国連も時と場合によっては機能する時もあるってこと。国連もちゃんと動きさえすれば案外使える組織なのよ」

 こんな連中を敵に回してしまったのが張主席の最大のミスの気がしています。

「ミサキちゃんも面白かったでしょ。コトリも楽しめたみたいだし」

 コトリ社長とユッキー副社長の連携プレーがどこまでやってたのか、知れば知るほど怖くなります。これって殆ど打ち合わせなんかなくて電話でも対中国戦の話は、

『コトリ、どう』
『ボチボチや』

 これだけなんですよね。他はツバルの食べ物がどうだとか、ツバルの男がどうだかばっかり。焼き鳥食いたいとか、焼肉食べたいも多かったっけ。

「あれ、今はラクよ。昔は電話なんて便利なものはなかったからね」

 話に聞くアングマール戦で前線の次座の女神、後方の首座の女神の役割分担はこうやって機能していたのだと良くわかりました。

「あのねぇ、クソエロ魔王と一緒にしないで。あいつは大嫌いだけど、こんなに柔な相手じゃなかったよ」

 それでも、こうやって見返すと中国もかなり綿密な計画を立てていたのが良くわかります。最小限の兵力と費用で必勝の作戦です。あれがどうして失敗に終わったのかわからないぐらいです。

 原因はもちろん、中国上陸時にコトリ社長がフナフティに居て、なおかつ発熱と時差ボケでぶっ倒れて入院してたからですが、どちらかが欠けてたら成功していたはずです。

「それはコトリも言ってたよ。中国にも知恵者がいるってね。あれだけ大胆かつ細心の作戦をよく思いついたものだって」

 知恵の女神がここまで絶賛するとは、

「でも惜しいことをしたって。今ごろ失敗の責任を負わされて、二度と日の目を見ることはないってこと。あれだけ有能な人材なら活躍の場はいくらでもあったのに、もったいないってさ。エレギオンに連れて来れないかって相談されたけど、こればっかりはね」

 さすがにね。でも、会って話してみたかった気がします。

「あれ、ミサキちゃんが浮気?」
「するわけないじゃありませんか!」

 ミサキはツバル戦で建てられ実行されていた戦略のスケールの大きさ、周到さに息を呑む思いをしています。これでまたエレギオンを敵に回すとどれだけの目に遭わされるかを知らしめた気がします。

「それもあってわたしもコトリも協力したのよ。一種の宣伝みたいなもの。だからミサキちゃん経費でよろしく」
「ちょっと待ってください。これだけの金額を経費で落とすなんて無茶苦茶です」

 ミサキにもツバル戦の火の粉は降っています。