ツバル戦記:荒れる会議

 ここは中南海。共産党中央軍事委員会が開かれている会議室です。

「フナフィティ政府が解散し、ツバル派遣軍が降伏したのだな」
「それも映像付きで全世界に放映されているじゃないですか」

 会議室の大型ディスプレイにフナフティでの勝利祝典の様子が流されます。

「張同志、ツバル派遣軍は我が国の恥を世界にさらしました。これをどうお考えです」

 中国政治の本質は権力闘争。とくにトップレベルの会議室に座るようなメンバーは例外なく野心家として良いはずです。ここまで上がって来ると、残されているのはトップを取るかトップの犬になること。いや犬に見えていても情勢次第で牙を剥きます。

 ツバルの失態は中国の恥、その最終責任者である張主席の権力に陰りが見えると判断されれば、権力闘争に火が着きます。自分に回ってくる可能性があるのか、次期有力後継者に尻尾を振るのかです。もちろんあえて張主席を支持するのもありです。

 まだ権力変換期に入ろうとしている段階ですから、あまりに早く旗幟を鮮明にすると張主席からの反撃もありますし、他の候補から寄って集って叩き潰される危険もあります。張主席も自らの権力基盤が崩れつつあるのは自覚していますし、持ち直すためのタイムリミット迫っているのも自覚しています。

「相手は人口一万の小国。それも軍備はなく、有力国の軍事支援もゼロです。そんな吹けば飛ぶような国に完敗するとは恥の極みと存じます」
「そうですとも。子どもどころか赤ちゃん相手に大人が喧嘩して降参したようなものです」

 この敗戦で国としての損害はゼロに近いですが、どこであれ中国軍が敗れるのは国内世論が許さないだけでなく、押さえつけてる少数民族問題が活発化したり、人権運動が盛り上がったりと、そちらの対策費が増大するのは間違いありません。

 敗戦を憤る世論対策も微妙なところがあり、人権運動のように頭ごなしとは行きません。敗戦を憤るのは当たり前の国民感情であるからです。もっとも、それに乗っかる形で他の問題の運動が盛んになるのも好ましくなく、

「張同志、これで負けを認めるのですか」
「まさか、このままではありますまい」
「このままでは収まりがつかないではありませんか」

 先の会議で膠着化したツバル問題を一挙に解消すべく、強襲揚陸用潜水艦二隻の出動を命じているのです。この二隻がツバルに到着するまでツバル派遣軍に軍事行動を控えるように命令したのですが、

「張同志、それが最後の引き金になったとは思いませんか」

 ツバル問題では初動作戦でフナフティこそ占領したものの、他の島で政府を立てられてしまう失策を演じた時点から、空気が変わってきています。それを封じるために海軍への粛清人事を行う事になりましたが、この粛清の影響がツバル派遣軍の降伏に影響している指摘は手痛いところです。

「諸君の指摘にもっともなところはある。だがツバル戦は終わっていない。事態がここに至れば強襲揚陸用潜水艦を派遣した意味がより明確になるではないか。戦争には計算しきれない出来事は起こりうる。大事なのはそれを収拾しつつ最後の勝利を握ることである」
「ではあの作戦は予定通り」
「当然だ。これまでの失態をすべて取り戻すためだ」

 ここが張主席の最後の拠り所で。中央軍事委員会のメンバーはイコールで共産党指導部にもなります。ツバル敗戦の責任こそ張主席に負わせても、ツバル敗戦を放置すれば自分たちにも共犯として火の粉が降り注ぎかねません。

「負ける・・・なんてことは無いと信じております」

 これも厳しい質問で、中国諜報部の総力を挙げてもツバルに運び込まれたはずの武器弾薬の類の情報を得られないのです。しかしあれだけ大規模な空輸作戦を展開し、ツバル派遣軍降伏後は、ツバル国営フェリーだけではなく、フィジーからの輸送船も次々に入港しています。

 新たな派遣軍の兵力は四百。上陸用舟艇や水陸両用装甲車も備えていますが、RPG7程度を備えられただけでも手強くなります。とくにフナイフティでの市街戦を展開されるとかなりの損害を覚悟しないとならないかもしれません。

 とにかく南シナ海を出てしまえば中国軍に制海権も制空権もなく、二つの米機動部隊に加えて英仏日豪の有志連合艦隊が厳しい臨検を行っています。とくに米艦隊は縦深型展開を行っているため、臨検海域をなんとか抜けても見つかりすべて拿捕されています。

 強襲揚陸用潜水艦の戦力はツバル相手なら本来は大袈裟すぎるものですが、これを二隻派遣にしたのは必勝を期すためです。ただ事態がここまでになると必勝の確信が揺らぐところがあります。

「負ける要素など、どこにもない。戦争は最後に勝った者のみを勝者と呼ぶ」

 もっとも勝ったところで、ツバル作戦の長期化の影響は中国に重く圧し掛かっています。経済制裁、海外資産の凍結、人事交流の停止とあり、国内経済に深刻な影を落としています。これもツバル戦が終わらない限り解消交渉すら始まらないのです。

「エレギオン・グループに対する国内資産の没収処置は拙かったのではないですか」

 あれはツバルへの人道支援を行った事に対する制裁でしたが、エレギオン・グループ以外の海外資本の大量流出に誘発しています。エレギオンさえ制裁されるなら、他などもっとぐらいでしょうか。

「張同志、我々にとってツバルでの勝利は面子の問題ですが、国内経済の不振は国の存亡の危機になります。それをお忘れないようにお願いします」

 これも頭の痛すぎる問題で海軍を権力基盤にしている関係で、建艦競争こそストップをかけていますが、作り過ぎた軍艦の更新問題も出てきているのです。これを拒めば海軍がそっぽを向きます。

 経済再建のために海軍規模の適正化は焦眉の急ですが、これに手を付ければ海軍だけではなく海洋覇権国家の夢に踊っている国民世論の猛反発さえ待っています。とりあえず国民世論を海軍適正化に向けたいのですが、これが一朝一夕では到底無理なので、

「ツバルの成果で時間を稼ぐ計画だったのだが・・・」

 これが予想外の展開になり、追い詰められてしまったのです。張主席は今までいかなる会議でも、あれほど手厳しい追及を受けたことがありません。ツバル作戦の承認でさえシャンシャンだったのです。執務室に戻ってから、

「とにもかくにもツバル問題を力づくでも勝利の形に持って行かないと話にならん。万が一でも敗れようものなら終わりだ。いや勝ったとしても手遅れかも、でもそれならいっそ・・・」