シオリの冒険:月夜野うさぎ

    『カランカラン』

 このバーも久しぶりやねん。なんかエライ注目浴びてるけどなんでやろ。こんな若い娘がバーに独りで入って来たから場違い感ってなところかな。

    「いらしゃいませ」

 おっ、マスター生きてるやん。

    「お久しぶりです」
    「あれ、ここは初めてやけど」
    「はい、存じております。何にいたしましょう」

 なんか変やな、

    「う~んと、シンガポール・スリング」
    「青の方で宜しいですか」
    「今日はオレンジにする」

 さすがに付き合い長いわ、マスターにはわかるんかな。まるで神並や。

    「お待たせしました」
    「ありがとう」
    「ところで副社長でよろしいですか」
    「バリバリの大学院生の月夜野うさぎよ」
    「へぇ、こんどはウサギですか・・・なるほど」

 なんで名前が『うさぎ』ってしたら『なるほど』になるんやろ。まあエエか。

    「お待たせコトリ」

 今日はユッキーからの呼び出し。コトリが宿主代わりしてから二度目の御対面。今度の宿主代わりは、前回の時にやりそこなった港都大考古学部に入ったった。入学して二年目にユウタが教授なのはワロタけど立派になってて、ちょっと惜しかったと思たわ。ま、それはしゃ~ない。大学卒業してからもユッキーに無理言うて大学院に進学、今は博士号過程の二年目。とりあえず、

    「カンパ~イ」

 それにしても何の用事やろ。

    「シオリは順調よ」
    「みたいやな、なにしろ『光の魔術師』麻吹つばさで飛ぶ鳥を落とす勢いやんか」
 宿主代わりのトラブルを聞いたら、やっぱりあったみたいや。それでも星野君をシゴキ倒したり、東京の写真家に喧嘩売った程度やったら穏やかなもんや。これまでやったら、ああはいかへんもんな。

 そやなぁ、星野君やったらノイローゼで入院するぐらいで済んだらマシな方で、大抵は廃人になるもんな。ホテル浦島での喧嘩だってバットぐらい振り回して追いかけ回すぐらいは最低やるし、その後だって相手が破滅するまで執念深く攻撃するし。

    「やっぱりシオリちゃんは主女神に合ってる気がするわ。あんなに馴染みのエエのは見たことないもん。一緒に来てくれて感謝せなアカンな」
    「そうなんだけど・・・」

 ユッキーがわざわざコトリを呼び出したのは、やっぱり主女神問題やった。シオリちゃんが穏やかに馴染んでくれてるのはエエことやねんけど、

    「そんなに!」
    「そうなのよ、時間の問題でわたしじゃ手に負えなくなる」

 かつて主女神の宿主代わりの不安定期に暴れ出したら、コトリとユッキーの力で抑え込んでた。口先じゃどうしようもないのが神と神の関係やったから。

    「でも穏やかに済んでるし、もうそろそろ不安定期も終るやん」
    「でも、どうしてだろう?」

 これはコトリとユッキーで主女神の記憶の継承を一部復活させた時の違和感。もう四千年以上も変わらなかった主女神のパワーがアップしてるんよ。

    「ペースは?」
    「ユックリだけど同じ、止まる様子は今のところはないわ」

 主女神のフル・パワーはおおよそユッキーの二倍。おそらく現存している神でダントツで最強。もし匹敵するのがいるとしたらユダが抱えているイエスぐらい。

    「ユッキーさぁ、主女神は眠らしてもてんけど、眠った主女神はどうなってるんやろ」
    「そうねぇ、あれもよくわからないのよね。シオリが記憶を継承できたのが、よく考えると不思議なのよ」
    「やっぱりそう思うか。そりゃ、二人で出来そうと思ったのは確かやし、やったら出来たんは間違いないけど、やっぱりおかしいもんな」
 あんまり他人には言いたくないけど、記憶を継承してるのは神の意識やねん。あの時に懸念しとったんは、記憶の継承を行うわせようとすると、主女神、つまりイナンナが目覚める事やってんよ。だって、人では記憶の継承は出来へんはずやねん。

 それでも人であるシオリちゃんに出来そうに見えたんは間違いないんよ。それも主女神が目覚めずにや。とにかく神はわからんところが多いから困るんやけど。

    「ユッキー、知ってる範囲で言うたら、記憶の継承が出来た時点でシオリちゃんは神になってるはずやんか」
    「やっぱりコトリもそう考えるよね。もしそうだったら、主女神の力が増大しているのも筋だけは通るのよ」
    「でも問題は主女神というか、イナンナはどこに行ってもたかになるやんか」

 ユッキーがコトリを呼び出してまで相談したくなる気持ちはようわかるわ。そりゃ、ユッキーはシオリちゃんに定期的に会って、その力が大きくなってるのを見せつけられているからね。ユッキーだって不安になってくるやろ。

    「シオリちゃんの神の自覚はどうなん?」
    「今のところはなさそうよ。あれだけの力がありながら神が見えてるとは思えないもの」
    「能力は?」
    「人としての能力は加納志織以上なのは間違いないよ。だって、たった五年で加納志織の評価越えちゃってるんだよ」

 それは聞いてる。売れ出した時は加納志織の劣化コピーなんて評価もあったけど、写真の質は、あっと言う間に凌いでしまってるんや。今の写真界は麻吹つばさがどこまで大きくなるかで話題沸騰みたいなものやんか。とにかく新しい作品が出るたびに、

    『新たな境地を切り開く』

 ぐらいの評価はもう三年前ぐらいの話で今では、

    『追随者なき麻吹つばさワールド』

 こうまで書かれてるぐらいやし。これは主女神の力の増大がシオリちゃんの人としての能力向上に比例しているとしか考えられへんもの。

    「ユッキー、これは仮説やで。前にクルーズやった時に主女神はイナンナで、主女神は自らの手で記憶の継承を封印したって考えたやんか」
    「そうだよ」
    「主女神は目覚めとった時代も記憶の継承出来へんかったやん。あれは力が半分になったから、フル・パワーでやった封印が解けへんかったぐらいと見とったけど・・・」
    「そうじゃないの。記憶の封印を解こうとした目覚めたる主女神はたくさんいたもの」

 目覚めたる主女神時代はコトリとユッキーが記憶の継承が出来たから、主女神もこれを回復して対抗しようとするのがゴマンといた。いや全員がそうやったと見て良い。当時は封印してたと思ってなかったから、自分も記憶の継承をさせようと躍起だったとするのが正確かな。

    「えっ、コトリ、そうなると・・・」
    「初代の主女神は記憶の継承の封印をしたんやなく、記憶の継承能力自体を消去してもたのかもしれへん。だから後の目覚めたる主女神がどんなに足掻いても、記憶の継承能力は復活せえへんかったんちゃうやろか」

 ユッキーはじっと考えてから、

    「コトリの意見が正しい気がする。目覚めたる主女神が全力でやっても無理だった記憶の継承が、わたしとコトリでポイと出来ちゃったのも、おかしいと言えばおかしいもの」
    「なにか主女神は仕掛けを残しとったんちゃうやろか」

 ここでコトリもユッキーも考え込んでしもたんよ。やがてユッキーが、

    「シオリは目覚めたる主女神として完全復活するのかな」
    「そこまでは予測しようがあらへん。でもやで、もし初代主女神がそこまで手の込んだ細工をしてるのなら、何か理由があるはずや」

 こりゃ難問やで。何が起ると言うんや。

    「コトリ、来春だったよね」
    「その予定で動いてるわ」
    「あれが読めないかな」
    「無茶言われても困る。二人で何回チャレンジしたと思てるねん」

 『あれ』とは初代主女神が書き残した粘土板。これがエラム語でもなく、シュメール語でもない不思議な文字で書かれとって、ユッキーと二人がかりでもサッパリ読めなかった代物。

    「あれって思うのだけど、統一エラン語以前の滅び去ったエラン文字で書かれてる気がするのよ」
    「だとしても読めないのは一緒やないか」
    「そうなんだけど、イナンナといえどもそんな古い言葉が使えると思えないの」

 アラの話でもエラン語が統一されたのは、一万五千年前ぐらいってしてたから、イナンナなら統一語以前の文字を知っとる可能性はある。

    「だから文字はそうでも、音だけ借りてる可能性があると思うの」
    「あれか、アルファベットで日本語書いてるようなものか」
    「可能性だけだけど」

 それやったら簡単な暗号みたいなもんやから、解読できる可能性はあるかも。

    「だから写真に撮って帰ってきて欲しいの」
    「それはなんとか出来ると思うけど、発掘調査の予算確保がちょっと苦戦気味みたいやねん」

 エレギオン第二次調査が行われたのが三十五年前になるのよねぇ。あの時はエレギオン・ブームでいくらでも協賛が集まったけど、今はそんなブームがあるわけじゃないからユウタ教授も大苦戦ってところやねん。

    「クレイエールも行ったみたいやけど、かつての担当者なんかおらへんから、ユニフォームどころかやっとこさスタッフのTシャツしか協賛してくれへんかったみたい」
    「どうしてエレギオンHDに来ないのかなぁ。ユウタはミサキちゃんやシノブちゃんも知ってるし、わたしも知ってるじゃない」
    「たぶんやけど立花小鳥との件があるからやない」
 ユウタはコトリと別れた後に相本前教授、今は名誉教授と結ばれちゃったのよね。あれも聞いた時には驚いた。相本教授は一回りも上なんよ。もっともやけどユッキーが宿った時に綺麗にしてるからわからんでもない。

 ユッキーも何かを感じたのかエライ気合入れてたみたいや。大学入った時はまだ教授やったから講義で見たけど、歳の割にはビックリするほど素敵やった。見た目で言うたら、ユッキーが宿ってからほとんど歳取ってない気がする。あそこまでやるかと思たもの。

    「コトリ、手伝ってあげて」
    「やっぱり気まずいやん。だから院ではウサギやってるし」
    「そこをなんとかするのが知恵の女神でしょ」

 ユッキーも無茶言うわ。でもやらなアカンやろな。これはどう考えても女神の仕事やもんな。そやからまだ院生のコトリにこうやってユッキーが相談しに来てるんやし。

    「間に合う?」
    「何か起った時に、首座の女神で支えきれなかったら、誰も支えられないよ」
    「やっぱりシオリちゃんを道連れに引っ張り込んだんは失敗やったんやろか」

 ユッキーはじっと遠くを見ていた。

    「たぶん違う気がする。これは何かの時が来たからだと思う」

 いっつも思うんやけど、なんで女神って、こんなに平穏ないんやろか。でも、まあ考えようかもしれへん。こうやって刺激がないとツマランし。

    「ところでコトリ、そのカチューシャ、いつも付けてるの」
    「似合うやろ。大学でも、大学院でもコトリのトレードマークみたいなものやねん」
    「持ってるのはそれ一つなの」
    「うんにゃ、百個以上あってTPOに合わせてる」
    「TPOねぇ・・・」
    「今のコトリは『ウサギちゃん』だからね」

 うらやましいだろ、このウサギ耳のカチューシャ。猫耳カチューシャだってあるんやから、次の時代はウサギ耳って思てるんやけど。

    「そのバニースーツみたいなのも良く着るの?」
    「もちろんや、三十着以上持ってるで。今日のはおニューやで」
 あれっ? なんでユッキーはため息つくんだろ。コスプレ大好きのはずやねんけど。