シオリの冒険:新型イメージセンサー(2)

    「うちが委託研究されたものに、画像技術もあったのよ。正直なところエレギオン・グループの総力を挙げても解明できた部分は少しだけど、その中に受光素子技術に近いのもあるのよね」
    「あったの?」
    「そうよ。カメラとは違うけど、エランではサイボーグ技術も進歩してたんだよ。これはアラに聞いた話だけど、完全な人造人間まで作れたそうよ」

 エランなら出来るか、

    「でも完全な人造人間となると人とのトラブルもあって、宇宙船が来た頃には代用臓器技術としてのみ限定利用されてたで良いみたい」
    「わかった、人工網膜ね」
    「惜しい。眼球ごと入れ替える人工眼球だったわ」

 凄い技術だ。でも眼球ってカメラに似てるのよね。角膜というレンズを通して網膜に画像を投影し、脳で画像処理してるんだもの。

    「エランの人工眼球は網膜にあたる部分で直接デジタル信号になってるのよ」
    「へぇ、ADコンバータは不要なんだ」

 根本的に現在のCCDやCMOSと違うぐらいは想像できる。

    「ただね人工眼球として使用するには、その信号を人の脳がわかるようにする補助人工脳が必要なの」

 脳の情報伝達は神経が行うし、神経の情報伝達も電気信号だから、人の脳の電気信号へのコンバータって感じかな。

    「その補助人工脳って大きいの?」
    「小さいよ、米粒ぐらい。補助人工脳の解明は未だに悪戦苦闘状態だけど、網膜の受光素子部分はかなり解明できてるのよ」

 さすがにエランは進んでるよねぇ、よくそんな宇宙船に襲われて地球が生き残れたものだわ。

    「でもそれって国家機密なんじゃ」
    「だいじょうぶ、ちゃんと利用許可は取ってある。軍事技術じゃないから取れた。その辺は委託時の契約で細工もしといたし、与党関係者への根回しもバッチリ」

 政府相手に凄いことやってるんだ。

    「網膜部分だけでもよく解明出来たね」
    「あの時の宇宙船には医務室もあったのよね。そこに眼科の医学書もあって、そこに人工眼球の修理法も書いてあったのよ。それだけじゃなく基礎理論も書かれてたの」

 なるほど人工眼球は眼科に含まれるのか、

    「それにしても良く手に入ったね」
    「現代エラン語って誰も読める者がいないどころか、話せる者だっていないのよ。それは今も同じ。一部は読めるようになってる部分はあるけど、専門書になると完全にお手上げってところかな。だから唯一話が出来るわたしのところにゴッソリ委託されてるの」
    「ユッキーは読めるの?」
    「まあ、なんとかね」
 エレギオンHDはその子HDの上にいるスタイルだけど、数は少ないけど直接の子会社も持ってるの。その一つが科学技術研究所。世間的には科技研の方が通りが良いけど、理研さえ遥かにしのぐ研究予算が注がれてる。規模も壮大で万博やった後も空き地になっていた大阪の夢洲をゴッソリ買い取って巨大な研究所を建ててるんだ。

 科技研の強みは研究所自体のレベルも高いけど、エレギオン・グループと連携しているところなのよね。これは産み出した技術をダイレクトに商品化するのにも役立つし、エレギオン・グループの各社が持つ技術を研究所が自在に利用できるのもあるみたい。


 ここまで来るとわかるけど、エランの人工眼球研究のうち、網膜部分の実用化の目途がついた時点でユッキーは動いていたで良いみたい。ここまでエレギオン・グループは精密電子機器分野の展開は積極的じゃなかったけど、人工網膜技術を実用化すれば大きなマーケットを取れるぐらいの算段かな。

 手始めはロッコール。あれも今から考えると、あのレンズ技術は人工眼球の角膜部分の応用だったのかもしれない。わたしも開発に参加したけど、あれだけ人間の眼に近いレンズが出来上がるとは思わなかったぐらいだもの。だからだと思うけど、未だに加納志織モデルは世界一のレンズとされて、これに及ぶレンズは出てくる気配もないぐらい。

 レンズのマーケットは大きいとは言えないけど、ユッキーがマリーにカメラ部門の再建を命じていたのは、本命のイメージセンサーの宣伝のためで良さそう。おそらくだけど及川の新型センサーに一番相性が良いのがロッコールのレンズ。だって元は同じエランの人工眼球技術から出来上がった製品だから。

 マリーが作るロッコールのカメラはこれで大儲けすると言うより、レンズと及川センサーの相性の良さをアピールする実物と見て良さそう。そりゃ、市販するから誰でも買えるし、使って見ることもできる。


 及川の新型センサーは科技研で受光素子部分が実用化に近い段階まで既に開発が進んでいたから、二年足らずで完成したわ。従来のCCDやCMOSを上回る性能であったのも大きなニュースになったけど、業界の受け止め方は衝撃を越えて深刻で、競合各社は一挙にお通夜状態になったらしい。

 そりゃ及川センサーはこれまでのCCDやCMOSの技術発展上に作られたものじゃなくて、まったく新しい技術体系の上で作られてるのよね。そりゃエランの技術だもの。及川センサーを追いかけるためには、イチから開発を始める必要があるのだけど、あの科技研が二十年近く先行しているから、果たして追いつく日があるかも疑問なぐらい。

 カメラ業界も深刻そうだった。及川センサーの優秀さはすぐにわかっただけではなく、及川センサーと相性が抜群に良いのがロッコール・レンズ。センサーも作れず、レンズも作れなければ競争にならないってところかな。

 そのせいか西川と組んでネガティブ・キャンペインを張ってきた。西川も一門にロッコール・カメラもレンズも使用禁止令を出したと聞いてる。でもね、東京でいくら西川一門の力が大きいと言っても直弟子勢力は四分の一もないのよね。残りは西川に逆らうと怖いぐらいで従っていただけ。

 まずは西川の影響が及ばない関西に仕事がドンドン流れ出した。そうなりゃ、東京の写真家の生活が苦しくなるから、西川の影響の少ない連中から反旗を翻しだし、これは聞いて笑ったけど、ついにはあの竜ケ崎まで西川に反旗を翻しちゃったんだよ。まあ、食えなきゃそうなるわ。

 西川とカメラ業界の敗因はセンサーとレンズの優秀さもあるけど、相手にしたのが悪かったと思ってる。そりゃ、エレギオン・グループを敵に回しちゃったからね。先に崩れたのはカメラ業界だったもの。


 ロッコールの新型カメラだったけど名前は、

    『ロッコール・ワン・プロ』
 そんなに捻ったネーミングじゃなく、カメラ部門再建の一号機だから『ワン』で、画像処理エンジンがないロー画像専用だから『プロ』って事だと聞いた。操作系も割り切りで、基本的にお仕着せオートはなく、マニュアル機能重視ぐらいかな。

 ロー画像専用のために連写機能はイマイチ。あれだけデッカイ画像を高速連写で保存するのは無理があるだろ。オートフォーカス機能も評価は高いとは言えない。連写重視の連中には敬遠されるかもしれないけど、プロなら必要にして十分な機能と言える。

 お値段もはっきり言わなくても高いけど、まず多くのプロが飛びついた。理由は噂の及川センサーの真価を知りたかったからでイイと思う。とにかく及川センサーが搭載されている機種はこれしか存在しないからね。

 プロが使って評価しだすとアマも手を出し始めた。やはりプロが評価すると自分も使ってみたいの誘惑が出るもの。大ヒットは言えないけど、マーケットにはもうちょっと廉価版の画像処理エンジン付の普及機が欲しいの空気が醸し出されてる。

 使ってみた感想? 良かったよ。これこそ欲しかったダイレクト感だと思ったもの。わたしが使っているのも、ちゃっかり広告に使われちゃった。サトルにも感想を聞いたのだけど、

    「不思議なカメラですね。これに慣れちゃうと、今までのカメラはまるで色眼鏡を通して見てた気さえします」
 さすがはサトルだわ。このカメラの本質をついている。いや、このイメージセンサーの本質かな。さらにロッコール・レンズ以外だとイマイチ感が増幅される不思議なセンサー。とにかく一機種しか発売されなかったから、世界の写真家が集まるとみんな同じカメラだったの笑い話が出たぐらい。

 まだセンサーの製造数が少ないからこんなものだけど、これが量産されたら世界のマーケットを握るのは確実だよ。ただイイことばかりじゃないみたいで、ヒール履いて、竹馬に乗って、背伸びしてなんとか指先が届くか届かないかぐらいの先進技術じゃない。

 レンズもそうだけど量産が大ネックになってるんだって。そこの改善に全力を投入してる話だったよ。そこが克服出来たら、及川電機も世界的大メーカーに成長するはず。ロッコールもね。