交代勤務制の試算から気づいたこと

横須賀のお話

今後の医療政策の流れとして病院の淘汰整理による集約化があるのは説明の必要もないでしょう。中小病院が整理され、とくに急性期は大規模病院に集約してしまおうです。この政策の狙いとして、政府及び厚労省は病床削減と「効率化」による医療費削減を構想していますし、勤務医は集約化による医師数の増加で負担軽減、方向として交代勤務制への移行も夢見ています。2つの思惑は合致する部分もありますが、必ずしも一致しているとも言い難いところもあります。ほいでもその点の論評は今日は控えます。それと交代勤務制に必要なチーム医療の現実的な難しさについても今日は置いておきます。

で、大規模集約の適当なモデルはないかと探していたら、うろうろドクター様が地域医療振興協会の苦境は続く? として横須賀の小児科事情を御紹介してくれていました。ここも前にさんざん調べたところで、光が丘病院まで絡んで興味深い人事が展開されていましたが、それも今日は置きます。横須賀の集約は横須賀市民病院から小児科が撤退し、横須賀うわまち病院に集約する計画です。これで15人の小児科医が集まる事になります。ここに「横須賀共済病院の5人+その他」も集約して20人モデルが実現したらどうなるかの計算です。つうか現実的に20人モデルも出来そうな様相になっているとも感じています。ここも横須賀地区(三浦半島も含めて45万人ぐらいだそうです)に小児科の入院できる病院の「数」がそれだけで十分なのかの指摘はあるかもしれませんが、集約とは反面アクセスの制限(不便さ)と裏表であるぐらいにしておきます。


試算の前提

さて20人の小児科医が交代勤務制のシフトを組めばどうなるかです。これは前に一度やりましたが、基本は8時間毎の3交代で考える事にします。シフトはこんな感じです。

シフト コマ数 コマ数
日勤 4 4 4 4 4 2 2 平日日勤 5
準夜 2 2 2 2 2 2 2 夜勤休日 16
深夜 2 2 2 2 2 2 2 14 112


でもって各シフトの実質の勤務時間の計算ですが、基本は8時間ですがシフトの引き継ぎ時間がどうしても発生します。少しはクロスしないと業務に支障を来します。これを15分とするとシフトは8時間15分になります。8時間15分なんですが、この場合労基法の規定により1時間の休憩時間(現実的には勤務時間にカウントされない時間)が発生します。実質として休憩していなくとも発生します。そうなると各シフトの勤務時間は7時間15分になります。1週間の勤務時間の上限は40時間ですが、これに36協定の時間外勤務時間を要素として加えます。これも一般的な36協定なら4週間で43時間です。

次に考えないといけないのはシフト勤務の人数の割り振りです。病院の主収入はやはり入院患者であり、入院患者数は平日日勤の医師数に連動します。外科系なら手術数も大きいですが、これまた平日日勤医師数に連動する部分が大きくなります。そのため交代勤務にしても収入をなるべく落とさないようにするには、日勤を手厚く、それ以外を薄めに配置することが経営上は必要になります。病院収入と言うか経営も重要で、ここがあんまり傾くと勤務医への給与だけではなくその他の待遇ににモロに影響します。もちろん医師だけでなく平日日勤のアクテビティの低下は患者への影響も大きくなります。


試算結果

横須賀の話を枕にしたので20人、15人、10人のモデルを試算してみました。実査にやってみると平日日勤者数より夜勤・休日勤務者数の方を基準にした方が計算しやすかったので、それを基準にして表にしてみます。

医師数 配置医師数 総コマ数 総勤務時間数 医師1人当たり勤務時間数
夜勤・休日 平日日勤 週あたり勤務時間 超勤(1週) 超勤(4週)
20人 2 20 132 957.00 47.9 7.9 31.4
3 18 138 1000.50 50.0 10.0 40.1
4 15 139 1007.75 50.4 10.4 41.6
5 12 140 1015.00 50.8 10.8 43.0
6 8 136 986.00 49.3 9.3 37.2
15人 1 15 91 659.75 44.0 4.0 15.9
2 14 102 739.50 49.3 9.3 37.2
3 11 103 746.75 49.8 9.8 39.1
4 8 104 754.00 50.3 10.3 41.1
10人 1 10 66 478.50 47.9 7.9 31.4
2 7 67 485.75 48.6 8.6 34.3
3 4 68 493.00 49.3 9.3 37.2

試算してちょっと驚いたのは、20人モデルなら夜勤・休日が2人、15人や10人体制でも休日・夜勤が1人なら、単純計算なら全員日勤に出勤しながら交代勤務が可能な事です。もちろん物理的には無理があって、必ず16時間連続勤務者が発生しますが、それでも「たった」16時間です。36時間とか48時間に比べるとかなり短く済みます。「ほぼ」程度で良いのなら、
医師数 配置医師数
夜間・休日 平日日勤
10人 1 10
15人 2 14
20人 3 18

20人体制で夜勤休日配置数が3人、15人なら2人、10人なら1人は可能です。それ以上増やすと平日日勤の勤務者が7割程度になり経営への影響が出てきます。これが可能になるカラクリは、36協定の一般的な4週の上限時間を通常勤務帯に組み込んでいる事です。1人当たりの時間外勤務数で、20人いれば4週間で860時間になります。1人分の4週分の勤務時間は160時間ですから、5人余りの人数をカバーしてしまうからです。う〜ん、数は力だと改めて実感しました。これなら、
  1. 病院の主な収入源となる平日日勤の医師戦力を確保できる
  2. 交代勤務により不規則な時間外の呼び出しを低下出来る
  3. 時間外手当は想像を絶する36協定を結ばなくとも、一般的な36協定の条件で済む可能性が出てくる
これなら今でもすぐに導入可能である事が確認できます。もっとも医師が単科で10人以上は結構な規模の病院でなければ、そうそうはなく、さらに律速段階であるシフトを満足にこなせる医師がどれだけいるかなどありますが、これが可能な病院は今でもあると思っています。


電気羊はアンドロイドの夢を見るか?

問題点は、これが現在ではなく集約後のモデルである事です。24時間365日体制が進められたままでの現状の戦力での集約では、夜勤・休日体制をある程度厚くせざるを得ません。厚くすれば厚くするほど、平日日勤の体制が薄くなります。平日日勤の数をあまり落とさず、せめて休日・夜勤3人体制にするには20人は必要となります。休日・夜勤が3人で不足ならもっと人数が必要になります。何事も過渡期がありますし、集約による病院の「数」の減少には様々な反対意見が出てくるのは予想されます。

それでも政策的に進められれば形だけの集約化、交代勤務が導入されるかもしれません。10人程度を集め、交代勤務制を導入し「24時間365日これでバッチリ」的な奴です。これでもかつては小児科医を3人ぐらい集めたら、「24時間365日バッチリ」としていた頃よりマシですが、集約化されて近隣に投げるところが乏しくなっているのが集約化の一つの側面です。夜勤・休日を1人で「断れない救急」なんて不可能ですから、ゾロゾロと時間外呼び出しがテンコモリ出てくるみたいな感じです。そのために強引に10人体制で夜勤・休日複数人体制(日勤フル出勤)を取ればどうなるかですが、

配置医師数 総コマ数 総勤務時間数 医師1人当たり勤務時間数
夜勤・休日 平日日勤 週あたり勤務時間 超勤(1週) 超勤(4週)
1 10 66 478.50 47.9 7.9 31.4
2 10 82 594.50 59.5 19.5 77.8
3 10 98 710.50 71.1 31.1 124.2
4 10 114 826.50 82.7 42.7 170.6

夜勤・休日2人体制で一般的な過労死ライン。3人以上になれば・・・今と同じぐらいになります。とは言うものの、実際に交代勤務制がとくに急性期病院で「フツー」になるのにどれだけの時間がかかるかを思うと余計な心配かもしれません。見ようによっては私が生きている間では夢物語として語られるだけかもしれません。ただ医療は時にアッと驚く強引な急転換が行われる事もあります。それが交代勤務制導入にも起こらない保証もまた無いと言ったところです。ただアレヨ、アレヨで導入されると「なんちゃって交代勤務制」でお茶を濁される事も医療界では「フツー」に起こります。 少し前に医療界が夢見た産科医無過失補償制度も出来上がってみると「あんなもの」(それでもの評価は置いておきます)でしたし、医療事故調も現在の状況は「あんなもの」です。交代勤務制も導入される頃には夢見たものとかなり異質なものになっていないと誰も言えない気がします。電気羊が見るアンドロイドの夢とどれほどの違いがあるかは、これから実際に経験してみないと誰にも予想がつかないとさせて頂きます。