日医総研のセンス

2010年1月発表日医総研「成育医療の不採算に関する検討」なるものがあります。全体としてはそんな妙な事は書いてありません、流し読みですから「たぶん」ですが・・・。成育医療とは簡単に言うと周産期から小児期につながっていく医療のことなんですが、これが不採算から減少傾向が深刻であり、なんとかしないといけないのレポートぐらいに解釈すれば良さそうです。

34ページもあるレポートですから全部を紹介するわけにはいきませんが、NICUの勤務医医師に関するところが非常に気になりましたので、そこだけ取り上げてみます。NICU医師数の話の前に取り上げて起きたいのは、「不採算を招く要因の検証」として、

(2)医師・看護師の夜勤回数

 次にその人員が適切なのか医師・看護師の夜勤・宿日直を用いて検討した。

 その結果、?型病院の看護師の平均夜勤回数は人事院勧告で定められた月8回を超えていた。又、?型病院の医師の平均月間宿・当直回数も5回を超えており、労働法の「医師の宿日直の回数は、原則として、日直については月1回、宿直については週1回を限度とすること」から、その人員は決して過剰でないことがわかる。

ここで注目しておいて欲しいのは、

    労働法の「医師の宿日直の回数は、原則として、日直については月1回、宿直については週1回を限度とすること」
日医総研は何を書いているのか理解不能です。労働法に基く「宿日直」とは労働法41条3号に基く「宿日直」であり、この宿日直の内容は平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」 でさらに具体的に通達され、これは何度もやったので勤務の態様の部分だけ引用しておきます。

常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみを認めるものであり、病室の定時巡回、少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること。したがって、原則として、通常の労働の継続は認められないが、救急医療等を行うことが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分とりうるものであれば差し支えないこと。 なお、救急医療等の通常の労働を行った場合、下記3.のとおり、法第37条に基づく割増賃金を支払う必要があること。

読めばわかるように労基法41条3号によって行なわれる宿日直勤務とは、

    特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること
日医総研はまだこんな初歩的なことを未だに認識できていない事が明瞭にわかります。こういう日医総研の認識を十分に踏まえて置いた上で、「NICU増床に対する必要最低医師数について」を読んでみます。

 NICUが3,000床に増床された場合、新生児専任医師が最低数どのくらい必要で充足にどのくらいの時間を要するかを新生児医療連絡会の資料をもとに大よその計算を行った。

 まず総合周産期母子医療センターを3次医療圏(人口100万)あたりに1ヶ所整備し全国100ヶ所とする。次に必要最低専任医師数を、週1回1人当直の7名で12床をカバーすると仮定すればNICUは1,200床となり、専任医師数は700人が必要となる。

 次に地域周産期母子医療センターに必要な医師数を二つの方法で算出してみる。

 仮定1として、医療圏のサイズを無視し、総合周産期母子医療センターで算出された1,200床を引いた、残り1,800床に対し全て9床のNICUを整備したとする。小児科学会地域小児科センター病院基準案(NICU9床+GCU18床に対して専任医師4名)を用いると、200施設で800人の専任医師が必要となる。

 仮定2として、医療圏のサイズをある程度考慮し、小児科医療圏396ヶ所に対して1施設当たり4名の専任医師を置くと仮定すれば、約1,600人の新生児専任医師が必要となる。

 従って、必要最低専任医師数は総合周産期母子医療センターの約700名と地域周産期母子医療センターの仮定1の800人、仮定2の1,600人をそれぞれ足し合わせた、1,500〜2,300人の専任医師が必要となる。

ここでは総合周産期と地域周産期のNICUに必要な新生児科の医師数を算出しています。まず爆笑するのは、

    必要最低専任医師数を、週1回1人当直の7名で12床をカバー
ここの「当直」とは上述した通り労基法41条3号に基づく宿日直であり、宿日直業務の内容は「特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること」です。こういう当直勤務者がいても夜間のNICU入院患者の対応は不可能です。ましてや緊急入院があったらさらに対応が困難になります。日医総研はNICUの夜間勤務をどう考えているか非常に不思議です。

まともに夜間で働いてもらうためには、交代勤務が必要です。とりあえず7名は必要としていますから、これで勤務シフトが可能かどうかです。計算しやすいように2月モデルで考えますが、2月はちょうど4週間で28日あります。1週あたりの労働時間の上限は40時間であり、2月の上限は160時間になります。

日勤を9時〜5時の8時間とし、その間に1時間の休憩時間がありますから日勤の労働時間は7時間になります。同様に夜勤は15時間となります。今日は単純化して、すべての曜日が日勤・夜勤の同じシフトであると仮定すると、

  • 日勤:196時間
  • 夜勤:420時間
こうなります。コマ数はどちらも28コマです。医師数は7人ですから、夜勤を1人と仮定すると1人あたりの夜勤回数は4コマです。4回夜勤を行なえば60時間となり、残りの労働時間は100時間となります。日勤は7時間ですから、100時間を7時間で割ると14.3コマになり、医師1人あたりの勤務コマ数は、
  • 夜勤:4コマ
  • 日勤:14.3コマ
そうなると医師の勤務日数は夜勤日も含めて18.3日になり、具体的には18日の勤務と1日の午前出勤が上限となります。残り9日は休みです。ここでなんですが、勤務シフトの前提条件を、
  • 夜勤1人
  • 休日日勤1人
こうしますと、残りの平日日勤に何人出勤できるかになります。7人の日勤可能合計コマ数は100コマなので、まず休日日勤(土日は休日)に8コマ必要です。残り92コマを平日日勤数20日で割ると4.6人になります。つまり7人の医師で受け持つ総合周産期の基本シフトは、
  • 平日日勤:4〜5人
  • 平日夜勤:1人
  • 休日日勤:1人
  • 休日夜勤:1人
これなら可能になります。この人数で不足した時は、36協定を結んだ上で1ヶ月の時間外の上限時間である40時間を守りながら応援を呼ぶ事は可能です。ただし、応援をオンコールにした時の拘束時間の解釈は微妙としておきます。このシフトでNICU12床の総合周産期が維持できるかどうかはちょっと置いといて、日医総研の提唱する労基法41条3号による宿日直ではなく、交代勤務制でも机上では可能である事はわかります。



さてなんですが問題は地域周産期です。これの医師数の日医総研の基本は、

    小児科学会地域小児科センター病院基準案(NICU9床+GCU18床に対して専任医師4名)
え〜と、え〜と、専任医師4人で24時間365日をカバーする構想のようです。4人で労働法に基いてどうやってカバーするんでしょうか。1ヶ月の時間数は2月モデルで672時間あります。単純計算で割っただけでも医師一人当たり168時間です。これだけで労基法違反です。まあ、8時間は超勤でカバーするとしても、どの時間帯にも医師はほぼ1人です。平日日勤には外来もありますから、どうやって診療業務を成立させるつもりなのでしょうか。

百歩譲って仮に違法当直を容認しても、今度は当直回数で労基法に抵触します。土日が休みですから休日当直は月に2回になりますし、平日も5回は絶対に必要になり、月に7回は必ず当直が必要になります。無茶苦茶不思議でしようが無いのですが、総合周産期ではわざわざ

    必要最低専任医師数を、週1回1人当直
さらにもう一度書きますが、
    労働法の「医師の宿日直の回数は、原則として、日直については月1回、宿直については週1回を限度とすること」
こうしているにも関らず、なぜに地域周産期では「週1回1人当直」なんて物理的に不可能な「専任医師4名」でOKとしているのか完全に理解不能です。総合周産期であっても、地域周産期であっても勤務体制は24時間365日です。労働法もまた公平に適用されます。どうも日医総研の頭の中では総合周産期は労働法の枠外であるとしているしか考えようがありません。


地域周産期の専任医師4人体制は、現実にはありふれている、もしくはこれ以下の人数で支えているところはあると考えています。そうでなければ麗々しく「小児科学会地域小児科センター病院基準案」なんてものは出てきません。基準に達しないところが多いので基準案があると言う事です。基準案は現実を見て「せめてこれぐらい」の案と好意的に受け取っていますが、それを丸呑みする日医総研の考え方を疑います。

勤務医の労働環境の悪化は、こういう悪条件の中で働く事が主因です。現実は基準案以下の人数で支えてしまい、まるでそれで問題が無いかのように扱われていますが、そうやって問題に目を瞑っていた事が勤務医の労働環境をどんどん悪化させてきたのがこれまでの経緯であり、NICUに限っても激烈な勤務環境を小児科医でも敬遠しているのが現実です。

新生児科医が足りないのはそうであり、足りないから増やそうとするのまでは良いとしても、こんな労働環境を平然と提示されて、志望者が集まると思っているのでしょうか、また志望者であってもこういう現実の中でどこまで志望が続けられるか、ほんの少しでも考えた事があるのでしょうか。日医総研が何にも考えていないのだけは間違いありません。


労基法厳守がすぐには無理なのは医師だって知っています。知っていますが、これまでの慣行による異常な労働環境は既に否定されつつあります。それよりもそういう労働環境を受容してきた世代の医師に批判さえ出てきているのが現状です。現時点で足りないのはどうしようもないのは誰もが理解はしていますが、求めているのは現状容認ではなく、これがどう改善されるかの具体的な展望の提示です。

それが案やレポートですら現状容認を前提として考え、のうのうと提示する日医総研のセンスに言葉を無くします。求めるべき真の解決案と、現状で出来うる範囲をきちんと提示し、その上で現実的な妥協案を考える作業をお座なりにしているようでは、本当にシンドイと感じてなりません。