合理化の前に合法化を

医療系ブログを賑わしたニュースです。

10月31日3時0分配信 時事通信

 財務省は30日、2008年度の予算編成で、医師の給与などとして医療機関に支払う診療報酬を削減する方針を固めた。医療機関側は厳しい現場の実態を挙げて増額を求めているが、同省は「医師の給与は依然高く、業務の合理化余地はある」と判断した。

これに対する批評は様々に行なわれていますが、とくに、

    医師の給与は依然高く、業務の合理化余地はある
この部分への反発はどことも強いものがあります。この財務省官僚の発言が本当かどうか、またこのままの言葉であって曲解の余地が無いのかはこれ以上の情報を持ちません。ただ時事通信だけでなく他のマスコミもこの言葉の引用は同じなので、こういう発言があった事は間違いないだろうと考えます。

まず前半部分の医師の給与が何に対して「依然高く」の説明がどこの記事にも見当たりません。「高い」というのは絶対価格と相対価格の二つの意味があります。絶対価格で高いという批判であるなら、煮詰めれば日本人のすべての職種の給与を同じにしなければなりません。社会人1年目のひよっ子から、社長まで同じでないといけないことになります。

相対価格になると医師の職種としての給与が何かに対し「高すぎる」という根拠が必要です。国際比較で日本の医師がベラボウに高給を取っているのか、それとも医師という職種に対する給与が、他の職種に対して異常に高い水準であるのかの根拠を示した上での指摘が必要かと考えます。

私には財務省の「高い」の指摘が絶対価格によるものに見えて仕方ありません。絶対価格で高いという指摘なら、財務省がまずお手本を示すべきかと考えます。国家公務員の給与は特別国家公務員も含めてすべて同じににすることです。つまり入省1年目の新人も、内閣総理大臣も同じ給与というわけです。ここまでした上で「高い」という批判なら反論も難しくなるかと思います。



後半部分の「業務の合理化」ですが、合理化の余地があるのなら協力するのに反対と言うものではありません。目に余る無駄があるのなら、これは是正する必要があります。ただし合理化は合法的である必要があります。合法の範囲内での合理化でなければならないのに反論は少ないかと考えます。非合法の条件下での合理化は憲法違反の謗りさえ受けるものと考えます。

勤務医は医師であると同時に労働者です。医療という重大な責務を負っている事は十分承知していますが、基本は労働者です。労働者の労働環境は労働基準法で定められています。杓子定規に一歩もはみ出さないとは医師なら決して言いませんが、あまりにもの非合法の労働慣行が跋扈しているのは医師なら誰でも知っています。

もっともわかりやすいのは宿日直業務です。医師の宿日直業務も労働基準法の下に存在します。労働基準法下にあるだけではなく、さらにこれを医師の勤務実態に合わせての厚労省通達である平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」 まで出ています。この通達は非常に詳細かつ具体的な内容となっており、一部を引用すると

  1. 勤務の態様


      常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみを認めるものであり、病室の定時巡回、少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること。したがって、原則として、通常の労働の継続は認められないが、救急医療等を行うことが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分とりうるものであれば差し支えないこと。

      なお、救急医療等の通常の労働を行った場合、下記3のとおり、法第37条に基づく割増賃金を支払う必要があること。


  2. 睡眠時間の確保等


      宿直勤務については、相当の睡眠設備を設置しなければならないこと。また、夜間に充分な睡眠時間が確保されなければならないこと。

簡単に言うと宿日直とは寝当直を原則とし、院内の要注意患者の診察を短時間の原則で行なう程度のものであると明記しています。またこの通達はそんな宿日直で通常業務の労働が行なわれた時にどうするかも具体的に書かれています。

3 宿日直勤務中に救急患者の対応等通常の労働が行われる場合の取扱いについて

  1. 宿日直勤務中に通常の労働が突発的に行われる場合


      宿日直勤務中に救急患者への対応等の通常の労働が突発的に行われることがあるものの、夜間に充分な睡眠時間が確保できる場合には、宿日直勤務として対応することが可能ですが、その突発的に行われた労働に対しては、次のような取扱いを行う必要があります。


    1. 労働基準法第37条に定める割増賃金を支払うこと
    2. 法第36条に定める時間外労働・休日労働に関する労使協定の締結・届出が行われていない場合には、法第33条に定める非常災害時の理由による労働時間の延長・休日労働届を所轄労働基準監督署長に届け出ること


  2. 宿日直勤務中に通常の労働が頻繁に行われる場合


      宿日直勤務中に救急患者の対応等が頻繁に行われ、夜間に充分な睡眠時間が確保できないなど常態として昼間と同様の勤務に従事することとなる場合には、たとえ上記1.のa.及びb.の対応を行っていたとしても、上記2の宿日直勤務の許可基準に定められた事項に適合しない労働実態であることから、宿日直勤務で対応することはできません。

      したがって、現在、宿日直勤務の許可を受けている場合には、その許可が取り消されることになりますので、交代制を導入するなど業務執行体制を見直す必要があります。

もう5年前の通達ですがこれが遵守された形跡は無きに等しいと断言できます。今年の勤務医の労働環境改善のニュースでも

    当直明けは休みにする
これを行なった病院が絶賛される程度です。5年前の通達との乖離は気が遠くなるほどで、こんなものがビッグニュースかと嘆息しか出ませんでした。

宿日直業務は夜勤ではないのです。病院の非常事態への対応のためへの留守番に過ぎないのです。宿日直業務で常設の救急対応を行う事は、労働基準法でも、さらそれを上塗りした厚生労働省通達でも非合法であると明記してあります。宿日直業務でなければどうすれば良いかですが、交代勤務にせよとこれもまた明記されています。

宿日直業務で夜勤を行なうのと交代勤務で夜勤を行なうのの違いは、

  • 宿日直業務は労働時間にカウントされない
  • 宿日直業務は労働時間で無いので手当は格段に安い(下手すると1/10以下)
どちらも問題ですが、実態は夜勤と同様もしくは夜勤以上の過酷さである宿日直業務が労働時間にカウントされないために、月に10回とか15回(この回数自体も非合法)の宿日直業務を行なっても労働時間に含まれず、労働時間に含まれないので当然残業時間にも統計上反映されないのです。

こんな非合法の労働環境を放置したままで合理化と言われても医師は誰も反応しません。まず宿日直業務という名の夜勤を正当な交代勤務制にするという合法化がまず必要です。これを行なった上で「合理化の余地」というなら、初めて考慮する余地が生まれます。非合法状態を放置し、知らぬ顔をして目を瞑ったままで「合理化」と言われても、疲弊しきった奴隷に新しい鞭を買ってきて叩くのと同じで、痛みが増しても「もう動けない」状態であると言う事です。

しょせん勤務医は文句は言わないだろうからと多寡をくくっているのかもしれませんが、勤務医の非合法の宿日直業務に対する怨念は臨界点に達しつつあると感じています。反応は逃散だけではありません、労働基準局への五月雨式告発になるエネルギーも溜まって来ています。勤務医には結束団体はありませんからバカにしているかもしれませんが、各個に五月雨式に告発運動が起これば収拾がつかなくなります。

そうなるかならないかですが、いつなっても不思議は無いとヒシヒシと感じています。