交代勤務に補助金

8/21付Asahi.comより、

医師の交代勤務を支援へ 導入病院に補助金 厚労省

 厚生労働省医師不足対策として08年度から、医師の交代勤務制を導入した病院に補助金を出す制度を新設する方針を固めた。08年度予算の概算要求に5億円を盛り込む。過剰労働が医師の病院離れの一因となっているため、当直明けに休みが取れるような勤務態勢を整えた病院を支援する。

 新たな補助制度では、日中と夜間で医師が全員入れ替わる交代勤務にしたり、当直明けの医師が必ず休める勤務体系を導入したりして、医師の労働環境改善に取り組む病院に補助する。

 ただ、医師数に比較的余裕がある病院でなければ交代勤務を導入するのは難しく、医師不足が深刻な地方の公立病院などでは、補助対象となる勤務体系を導入できるかは不透明だ。

 厚労省によると、30〜40代男性の病院勤務医の1週間の平均勤務時間は約50時間で、同年代の診療所医師より10時間近く多い。当直明けの勤務医がそのまま通常の診察などを行う勤務体系が多くの病院で常態化しており、過剰労働に耐えきれずに開業医に転身する医師が後を絶たない。

 同省では、交代勤務を導入した病院に対し、こうした補助金だけでなく、診療報酬の上乗せも今後検討する。

暑いのですがネチネチからんで見ます。まず冒頭の、

交代勤務制にしようとする方針自体は素直に認めます。しかし医師不足対策として厚生労働省が唱えるのなら、失笑を禁じ得ません。医師の当直規定は既に常識となった平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」および平成14年3月19日付基発第0319007号の2「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について(要請)」によって明快に定められています。関連する部分のみ引用しておけば、

宿日直勤務中に通常の労働が頻繁に行われる場合

 宿日直勤務中に救急患者の対応等が頻繁に行われ、夜間に充分な睡眠時間が確保できないなど常態として昼間と同様の勤務に従事することとなる場合には、たとえ上記(1)の?及び?の対応を行っていたとしても、上記2の宿日直勤務の許可基準に定められた事項に適合しない労働実態であることから、宿日直勤務で対応することはできません。

 したがって、現在、宿日直勤務の許可を受けている場合には、その許可が取り消されることになりますので、交代制を導入するなど業務執行体制を見直す必要があります。

医師不足であろうが医師過剰であろうが、当直医を「昼間と同様の勤務」にするような勤務形態は、厚生労働省自らが認めないと通達しています。そんな事をすれば宿日直許可を取り消し、交代制勤務の導入を求めるとなっています。長くなりますから今日は簡単にしておきますが、この通達は労働基準法に則ったものであり、また通達とは法による強制力とほぼ同等の重みがあります。

この通達は3年前にひっそり出され、一部のネット医師がマニアックに知っていたぐらいのものでしたが、今やネットに棲む医師なら常識の通達です。また通達が出された後もまったく改善が為されていない事も周知であり、医師の皆様が実感しているところです。この通達に違反する当直実態のレポートを募集なんかしようものなら、Hatenaの狭いコメント欄は瞬時にパンクします。

厚生労働省は自ら出した通達を粛々と実行するだけで「一円」の金もかけずに交代制勤務を実現できたはずなのに、これを出しっぱなしで放置し、「医師不足対策」として恩着せがましく出してきた事に失笑を禁じ得ません。それでも完全に放置されたままより千倍マシなので、マスコミ記事に載せるレベルで発言したことを評価しなければならないでしょう。

それにしてもどんな報道発表だったかわかりませんが、

  • 日中と夜間で医師が全員入れ替わる交代勤務
  • 直明けの医師が必ず休める勤務体系
こういう勤務体制がごく一般的に行われている事を把握し、これを放置している事を白々とよく話せるものだと思います。話したのは厚生「労働省」の役人ですし、厚生「労働省」の役割とは適正な労働環境、すなわち労働基準法に則った労働環境を整備実現するのが主たる任務かと考えるのですが、厚生「労働省」直轄の医師の労働環境をここまで放置していて一片の責任問題も出てこないとは摩訶不思議です。それも理由が「医師不足対策」。医師が不足していないなら永久に放置するつもりであったと曲解されてもなんらおかしくありません。

記事で過剰としている労働時間についても触れたいのですが、そこまで手が回らないので医師の数に焦点を合わせておきます。この発表で厚生労働省は本当に交代勤務をするのに必要な算数を行なったのでしょうか。毎度、毎度お馴染みの算数ですが、今日もまた出しておきます。算数の前提を書いておきます。

  1. 小児二次救急を365日行っている病院とする
  2. 1ヶ月は4週間28日とする
  3. 夜勤の上限数は「激務」とされる看護師の月56〜64時間を目安とする。
  4. 1ヶ月の労働時間は40時間/週が4週間ですから160時間とする。
  5. 日勤8時間、夜勤16時間、土日は休日とする。
この計算は夜勤数から始めるとやりやすいのですが、1ヶ月の夜勤回数は28日です。1日当たり16時間ですから、医師一人当たりで4日が限界となります。そうなると夜勤をカバーするのに必要な人数は、28÷4=7人です。4日間=64時間ですから、医師一人当たりに残された勤務時間は、160−64=96(時間)になります。これは日勤に回されますから、96÷8=12(日)となります。これが7人いますから、延べ日勤数は84日となります。土日の日勤者数を1人づつとすれば計8日となり、残りが76日。残りの平日日勤数が20日ですから、1日平均3.8人の日勤者が確保される事になります。

平日の日勤者の3.8人はまずまずとしても、夜勤休日の一人はきついと思いますが、7人いてもこれだけの勤務体制が目一杯です。また平日の勤務日数が12日しかありませんから、1週間5日の平日日勤のうち、3日しか出勤できない事になります。外来日程を組むのも相当大変そうですし、病院機能評価で力点を置いているとされる主治医制も有名無実と化します。

このシミュレーションは小児科単科のものですから、穴埋めするのは小児科医同士ですからまだなんとかなるかと思いますが、全科挙げて救急やっているような病院では問題はもっと深刻化します。内科系、外科系一人づつ夜勤者をおけば14人必要になります。他の条件は変わりませんから、一人医長ならば平日日勤は3日しか出勤できません。つまり外来は最大で週3日になります。診療体制に大きな影響が出るのは言うまでもありません。

もちろんそれ以前にどこから医師が湧いてくるかの根本問題があります。

    概算要求に5億円を盛り込む
5億円で医師が湧いてくるなら、100億円の新医師確保対策はなんだったんでしょうね。皮肉は山ほど書きましたが、交代勤務制に発言だけでも積極性を見せた事は、最後にもう一度評価しておきます。