墨東病院の算数

天漢日乗様が首都圏産科崩壊 東京大空襲始まる(その9)墨東病院11月の当直表は地獄の様相 都は墨東病院の常勤産科医を労基法違反の過重勤務で殺す気かで先に論評されていますので完全な二番煎じですが、11/7にTOM様から頂いた11月の墨東病院の当直表です。

曜日
Date * * * * * 1 2
産科当直1 * * * * * A C
産科当直2 * * * * * B D
小児科当直 * * * * *
*
Date 3 4 5 6 7 8 9
産科当直1 E A C I D E C
産科当直2 F G H J K * *
小児科当直
*
Date 10 11 12 13 14 15 16
産科当直1 E F A I D F E
産科当直2 L G H J K H *
小児科当直
*
Date 17 18 19 20 21 22 23
産科当直1 C D F I E C A
産科当直2 M G H J K D B
小児科当直
*
Date 24 25 26 27 28 29 30
産科当直1 F A F I C A A
産科当直2 K G H J F D *
小児科当直


ここで基礎知識ですが、
  1. 平日当直とは夕方5時から翌朝9時までの事である。(時間にして約16時間)
  2. 休日当直とは朝9時から翌日の9時までのことである。(時間にして約24時間)
  3. 当直業務は実質的に勤務同然である。(その証拠に24時間業務である総合周産期センターの休日夜勤部分を当直医がカバーしていますし、東京の事例のように妊娠末期の脳出血と言う重篤な症例を引き受けています。)
  4. 医師当直の慣例としては翌日は通常勤務である。
  5. 当直料は労働基準法の当直料(正規の1/3程度)に従って支払われ、当直時間は正規の勤務時間(もちろん時間外勤務時間にも)にカウントされない。
これぐらいをおさらいしておいて、当直表を見るとA〜Mまでも13人の産科医師が当直をされている事が分かります。もちろん13人も常勤医師が在籍しているわけではなく、TOM様のコメントにも、

産科・新生児科とも常勤医だけではとても回らず、非常勤の先生も混ざっています。この表では区別しませんでした。

非常勤医師とは大学等からの応援医師と考えて良いかと思います。ここで産科医師の分の当直回数を抜き出して見ます。

医師名 平日当直 休日当直
A 3 4
B 0 2
C 3 3
D 4 3
E 2 3
F 4 3
G 4 0
H 4 1
I 3 0
J 4 0
K 3 1
L 1 0
M 1 0


ここで墨東病院の産科医数は様々な情報がありましたが、常勤6名、非常勤9名がどうやら正しいらしく、休日当直回数から見るとA〜Fの6人の可能性が高そうです。B医師は休日当直2回と少ないのですが、産科部長クラスが駆り出されているんじゃないかと思います。ここでどうも常勤医らしいA、C、D、E、Fの各医師の当直時間を含めた実質の勤務時間を概算してみます。

計算の前提は平日日勤8時間、平日当直16時間、休日当直24時間にします。このうち平日日勤は全部で18日あり合計で144時間となります。当直明けは休みになりませんから、これは全部勤務しています。またこのクラスの病院になればこれ以外の通常の時間外勤務(残業時間)も当然発生するのですが、少なく見積もっても50時間程度はあると考えて良いかと思います。そうなると、

医師名 平日日勤 平日当直 休日当直 残業時間 合計
A 144 48 96 50 338
C 144 48 72 50 314
D 144 64 72 50 330
E 144 32 72 50 298
F 144 64 72 50 330


ちなみに11月の総時間数は720時間ですから、1ヶ月の4割以上は病院で勤務している計算になります。残業時間(時間外勤務)は少々控えめに見積もりましたから、半分程度と見る方が実態的には妥当かと考えます。この5人の医師の平均当直時間は平日・休日合わせて128時間になりますが、当直料は一般に通常の時間外手当の1/3程度です。ここはさらに深夜割増だとか、休日割増が出てくるのですが、これもおおよそですが約80時間程度はサービス残業になっているとも考えられます。

墨東病院は分かりませんが、公立病院ではその他の残業時間への時間外手当も時に正規の1/4程度になっている事も少なくなく、あくまでも概算ですが1ヶ月に100時間以上のサービス残業が発生していると見ることも可能かと思います。結構大変な職場ですし、今日は軽くにしておきますが、労基法を鼻息で吹き飛ばす勤務状況であるのは間違いありません。


ここでと言うほどの事はありませんが、24時間体制の総合周産期センターの夜間や休日の勤務体制を当直で行う事は本当はよろしくありません。当直の勤務と言うのは平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」によって内容が明記されています。何回も引用しているのでキモの部分だけの引用に留めますが、

特殊の措置を要しない軽度の、又は短時間の業務に限ること。

当直勤務に期待されている業務はこの程度だと言う事です。これは医師当直がとくに優遇されてのものではなく、その他の職種の当直にも適用されている事です。24時間体制の夜間や休日の体制が、この程度の内容しか期待しないものであるとは誰も考えていないかと思います。もしこれだけの内容しか期待しないのであれば、東京の事例の救急応需など夢の体制になります。

しかし実際の勤務体制は当直業務として行なっています。これは「24時間体制偽装」と呼ばれても差し支えない状態と言えます。では正常化して交代勤務制を敷くにはどれほどの医師数が必要かになります。総合周産期センターの基準では平日夜勤および休日勤務は2人体制を原則として敷くものとなっているようです。これに必要な医師数の計算式も何度か行なったので省略しますが15人となります。


15人は常勤医換算ですから、非常勤医が入ったときに墨東病院にどれだけの数の産科医がいれば交代勤務制が取れるかになります。当直表の非常勤医(らしい)人のカバー時間数を計算してみます。

医師名 平日夜勤 休日日勤 休日夜勤
回数 時間数 回数 時間数 回数 時間数
G 4 64 0 0 0 0
H 4 64 1 8 1 16
I 3 48 0 0 0 0
J 4 64 0 0 0 0
K 3 48 1 8 1 16
L 1 16 0 0 0 0
M 1 16 0 0 0 0
合計 20 320 2 16 2 32


ここで交代勤務を行なう上の基礎データを出しておくと
  • 11月の総時間数は720時間である。
  • 平日日勤時間数は144時間である
  • 休日の含めた夜勤時間数(2人制)は960時間である。
  • 休日日勤時間数(2人制)は96時間である。
ここで常勤医がカバーしなければならない時間数のうち、夜勤(休日も含む)及び休日勤務時間数は、
  • 夜勤時間数:960時間 − 352時間 = 608時間
  • 休日日勤時間数:96時間 − 16時間 = 80時間
ここをカバーするための人数ですが、まず夜勤の上限時間の目安が64時間とされます。そうなれば、
    608(時間) ÷ 64(時間) = 9.5(人)
労基法の精神に基づけば10人が望ましいのですが、産科医不足も深刻なので9人でOKと考えられます。労基法上は休憩時間の条件も入るので満たすと考えてもよいかと思われます。9人といえば墨東病院産科の本来の定員数ですから、これでこの後は計算します。

満たしたら後はOKでこれで算数など不要と思う方もおられるかもしれませんが、当直勤務制と交代勤務制では労働時間の数え方が異なります。当直勤務制では当直時間は正規の勤務時間にカウントされず、当直時間と別に勤務時間をカウントしますが、交代勤務制では正規の勤務時間となり平日日勤の勤務時間数に影響します。つまり平日日勤の勤務医師数が減る可能性があります。

医師一人あたりの1日の勤務時間数は上限で8時間、1週間で40時間となります。11月は休日が2回あったり、土曜も休日にした場合の計算方法が分からないのですが、至極単純に4週間と2日として勤務時間の上限を考えると、

    医師の11月の上限勤務時間数:176時間
常勤医数を9人にすると前提していますので、常勤医1人あたりの夜勤及び休日日勤の時間数は、
    {608時間(夜勤時間数)+80時間(休日日勤時間数)} ÷ 9人(常勤医数)= 76.4時間/人
そうなると平日日勤に勤務できる時間数は、
    176時間(労基法の上限時間)− 76.4時間(夜勤・休日日勤時間数)= 99.6時間
平日日勤の勤務時間は8時間ですから、1人当たり約12.5日の勤務日数になります。11月の平日は全部で18日ですから、
    12.5(日)× 9(人)÷ 18(日)= 6.25(人)
端数の配分は6人日勤の日が9日、6人日勤および半日勤務の1人の6.5人の日が9日とすれば満たされます。現在は当直体制で日勤勤務者6人ですから、ほんの少しですが戦力は増強されます。実にビバ!な算数で非常勤医の応援体制が現状のままであるなら、産科医を定員の9人にすれば交代勤務制が、現在の戦力と変わらずに実現できます。人件費がどうなるかは実は極めて微妙なんですが、おそらく6人から9人に増員した3人分+αぐらいで落ち着く可能性はあります。

ただし墨東病院にはもう一つ問題があります。墨東病院のHPにある産婦人科のページの布告なんですが、

産科の外来診療の縮小について

当院の産科におきましては、医師の欠員が生じたため、平成18年11月13日(月曜日)からしばらくの間、外来診療を縮小いたしますのでご了承ください。

  • 紹介状の有無に関わらず、新規の予約受付及び予約外の受付は行っておりません。お近くの医療機関を受診されるようお願いいたします。
  • 既に予約のある患者様、救急の患者様につきましては従来どおり診療いたします。
  • 予約のない再診患者様は、再診予約をするか、総合案内でご相談ください。
大変ご迷惑をおかけしますが、ご理解とご協力の程よろしくお願いいたします。

0.25人分の増加でこれが解消できるかです。ここは交代勤務制が実現した分だけ産科医の負担が軽減されているので、労働法上の額面通りではなく、もう少し働くと考えます。産科医の方には申し訳ありませんが、あと0.75人分働くぐらいは余裕でこなしてくれると思います。つまり平日日勤7人制です。そうなれば、

    7(人)×18(日)×8時間 ÷ 9(人)− 99.8時間= 12.2時間
1ヶ月にして12時間の残業ですから、それほど文句は出ないでしょう。ただ日勤7人でも産科業務の正常化は難しくあくまで9人必要となると、
    9(人)×18(日)×8時間 ÷ 9(人)− 99.8時間= 44.2時間
ウ〜ン、これぐらいでも働いてしまうかもしれません。ただ時間的には44.2時間ですが、9人の常勤医が9人とも平日日勤に勤務すると、夜勤を行なうとそのまま日勤の連続勤務になってしまいます。これでは交代勤務制の意味はなくなりましし、従来勤務時間にカウントされない当直時間を挟んでの連続勤務が、今度は正規の勤務での連続勤務になってしまいます。時間にして、
    前日日勤8時間 + 夜勤16時間 + 翌日日勤 8時間 = 32時間
これが全部正規の連続勤務です。今までと実質的に変わらないと言えばそれまでですが、なんとなく「交代勤務制偽装」に思えてしまいます。


■計算の訂正です

算数は紙と電卓でやっていまして、間違わない様に注意しているのですが、今回もやってしまいした。休日日勤の勤務時間数を2人分にするのを失念とはお恥ずかしい限りです。法務業の末席様に感謝です。訂正点は、

  1. 休日日勤の勤務時間数:96時間 → 192時間
  2. 11月の労基法上の上限時間:171時間と25分(端数処理が厄介なので171.5時間とします)
  3. 夜勤の上限64時間はたしかに看護師基準ですが、無視ではなく参考にします
あらためて算数ですが休日日勤の常勤医のカバー時間数は
    192時間 − 16時間 = 176時間
そうなると常勤医の日勤勤務時間に残された時間は、
    {608時間(夜勤時間数)+176時間(休日日勤時間数)} ÷ 9人(常勤医数)= 87.1時間/人
そうなると平日日勤に勤務できる時間数は、
    171.5時間(労基法の上限時間)− 87.1時間(夜勤・休日日勤時間数)= 84.4時間
ここで法務業の末席様の指摘どおり休憩時間が煩雑になるので省略していましたが、もう少し綿密にやれば、
  1. 日勤の8時間勤務が10日なので10時間、半日勤務なら45分ですから0.75時間で合計10.75時間
  2. 夜勤回数は4日していますから4時間
  3. 休日日勤は19.6時間で約2.5日として、2.75時間
合計で17.5時間になります。そこまで考えると(うぅ、計算に自信がなくってきた)平日日勤にこれだけ捻出できますから、
    171.5時間(労基法の上限時間)− 87.1時間(夜勤・休日日勤時間数)− 17.5時間= 101.9時間
あくまでも概算ですが、元の計算ではここは99.6時間でしたからほぼ同じになるかと考えます。この計算はあくまでもモデル計算であり、労基法に基づいて厳格に計算すればこうなるというものです。これ以上をさらに働いて時間外勤務でカバーするのは労使の合意の上なら現実的に可能ですし、医療現場以外のどこでも日常的に行なわれています。また必ずしも合意無しでも行なわれている実情もあります。

あくまでも労基法の理想は理想としてこれに近づける努力と、現実との妥協点は常に必要とされます。墨東病院だけではありませんが、医療を戦力面からも人件費の面からも支えているカラクリの一つが、正規の労働時間にカウントされない当直時間であることは知って欲しいと思っています。厚労省等の統計で出てくる勤務時間には当直時間は含まれていないと考えて良いかと思ってます。もちろん当直も病院によって様々で、労基法上の当直に近いものから、墨東病院のように実質勤務まで様々ではありますが、統計上はまとめて「労働時間に含まれない時間」として扱われます。

少なくとも基幹病院とされる病院の当直は実質勤務であり、この実態に目を向けない限り「勤務医の負担軽減」と言っても絵に描いたモチと考えていますし、さらに問題なのはそういう病院の勤務体制を交代勤務制にするには、経営体力も絶対的な医師数も足りていない実情があります。