時間外診療体制の試算

救命救急科

実はと言うほどの事はありませんが、救命救急科があるような病院に勤務したことはありません。ですから伝聞になる点は御容赦頂きたいのですが、どうも2タイプあるようです。

  1. 初療中心の北米型
  2. ある程度の範囲まで一貫して治療を行うもの
どちらの方式も一長一短があるようです。日本ではどうも2.のタイプが多かったようですが、現在は1.のタイプが主流になってきている「らしい」です。先日神戸大救急部の紛争も2.から北米型への切り替えで一悶着あったぐらいですから。そこでと言うほどの事はありませんが、今日は1.の北米型を念頭に置いて考えます。

北米型の場合でも実際のところどの範囲までの救急患者を引き受けるかは病院によって色彩が違う気がしますが、現状に押されて時間外受診を実質的に一手に引き受けるところが多い気がします。もちろん一次から三次の振り分けがあるのですが、日本は原則フリーアクセスですからとくにウォークインで受診されたら追い返すのも大変ぐらいと言うところもあるとは思っています。

それもともかく、北米型では一時的な入院機能があっても、少しでも長期の入院になりそうなら、各診療科への受け渡しが必要になります。また救急救命科の窓口は広いと言ってもあらゆる疾患・外傷がOKと言うわけではないでしょうから、初診後早期に各診療科に受け渡しが必要な事もあると見ます。患者の病態により臨機応変は当然の事なんですが、とにかく流れとして、

    時間外受診者 → 救命部 →(ICU)→ 各診療科
こういう流れが出来るわけです。ここの受け渡しの実務的・感情的問題もバカにならないのですが、今日は省略して救命救急科は自己完結型の診療科ではなく各診療科のバックアップが必要なところであるとする事が出来ます。つまり救命救急科が24時間体制で患者を引き受ければバックアップの各診療科も24時間体制が必要になってくるぐらいの理解で良いかと存じます。バックアップがないと救命部だけでは手に負えない患者はそこで立ち往生します。


24時間体制の医師数

救急部は24時間体制が原則になりますが、バックアップの各診療科も程度の差はありますがセットですからやはり24時間体制が必要になります。現状は日勤終了後の当直と言う名の通常勤務にカウントされない違法夜勤だとか、オンコール体制でカバーしていますが、そういう体制でのカバーが限界になっているのは公然の事実です。現在の救急体制は遥か50年前に原型が作られていますが、原型が作られた頃は概算で現在の1/20ぐらい程度の規模でしたから、20倍に増えれば応急措置的な対応に限界が来るのは自明です。

では交代勤務による24時間体制のために必要な医師数はどれほどかです。ある程度労基法にも沿いながらアラアラの概算をやってみます。モデルとして

  1. 平日(月〜金)日勤帯の医師数4人
  2. 夜間・休日は2人体制
従来は日勤の4人で夜間も休日も無理やりカバーしていたのですが、これが限界に達したどころか破綻を来たし始めているので交代勤務への移行です。計算方法は単純なのですが一つ表を作っておきます。

シフト コマ数 労働時間 総労働時間
日勤 4 4 4 4 4 2 2 24 192 416
準夜 2 2 2 2 2 2 2 14 112
深夜 2 2 2 2 2 2 2 14 112


労基法に厳格に沿えば8時間勤務であれば1時間の休憩時間が発生するのですが、そんなものは実質ありませんから今日の試算では無視しています。で、結果として416時間の労働時間が発生します。シフトの組み方も色々あるのですが、ここも単純化して人数で割ります。
医師数 週当たり
労働時間
時間外労働
週当たり 月当たり
(4週計算)
年あたり
(52週計算)
11人 37.8時間 -2.2時間 -8.8時間 -114.4時間
10人 41.6時間 1.6時間 6.4時間 83.2時間
9人 46.2時間 6.2時間 24.8時間 322.4時間
8人 52.0時間 12.0時間 48.0時間 624.0時間
7人 59.4時間 19.4時間 77.6時間 1008.8時間
6人 69.3時間 29.3時間 117.2時間 1523.6時間
5人 83.2時間 43.2時間 86.4時間 2246.4時間
4人 100.4時間 60.4時間 241.6時間 3140.8時間
労基法的には11人が理想ですが、10人でも9人でも、スタンダードな36協定の範囲で時間外勤務の範囲で収まります。8人になると年間の時間外勤務時間がオーバーし、6人まで減ると月間の過労死ラインの80時間を越えてきます。ここから考えると4:2体制(平日日勤4人、夜間休日2人)のためには理想的には10人以上、最低でも7人、現実的には8人ぐらいは必要と私は考えます。ついでにもう一つ3:1体制(平日日勤3人、夜間休日1人)の試算を出しておきます。

医師数 週当たり

労働時間
時間外労働
週当たり 月当たり

(4週計算)
年あたり

(52週計算)
7人 35.4時間 -4.6時間 -18.3時間 -237.7時間
6人 41.3時間 1.3時間 5.3時間 69.3時間
5人 49.6時間 9.6時間 38.4時間 499.2時間
4人 62.0時間 22.0時間 88.0時間 1144.0時間
3人 82.7時間 42.7時間 170.7時間 2218.7時間

これも5人は必要と判断できます。後の試算の内容は省略しますが、
体制 日勤 夜間休日 必要医師数
3:1 3人 1人 5人
4:1 4人 1人 6人
4:2 4人 2人 8人
5:2 5人 2人 9人

ざっとこんな感じです。夜間休日の必要医師数は診療科の状況で変わるでしょうが、救命救急科はもちろんの事、バックアップの各診療科も必要に応じてこれぐらいの交代勤務制が本来は必要と言う事です。
実現へのハードルの高さ
まずはそんだけの医師数をどこから調達するかだけで話はまず行き詰ります。そこは論じても算数の問題ですから今日はあえて置いておきます。これまた「実は」的なお話ですが、上記の必要医師数をそろえている病院も多くはありませんが存在します。数のハードルをクリアしているわけですから速やかに交替勤務制に移行できそうなものですが、そんな病院は殆んどないとしても良いかと思います。 なぜに移行しないかですが、経営的な問題があると考えるのが妥当です。病院の収入源は外来と入院であり、入院の比重が非常に高いのは説明の必要もないと思います。この入院収入は当たり前ですが入院患者数に比例します。そいでもって入院患者数は平日日勤の医師数に連動するところがあります。夜間休日の医師数を手厚くしても入院患者数の増大に必ずしも比例して寄与しないです。それ以前に病院の病床数の上限もあり、いくら医師を増やしても入院患者数の上限は自ずからあるとしても良いかと存じます。 4:2体制は8人で可能としましたが、病院経営的には日勤8人体制の入院数で黒字であり、日勤4人体制の入院数ではとても経営としてペイしない表現すれば良いでしょうか。現実として救急部のバックアップのために夜間休日2人体制が必要でも、これを通常勤務の交代勤務にしてしまうとまったくペイしないです。だから夜間休日は余計な人件費を極力押さえ込むために通常勤務の1/3以下の当直勤務や、もっと安価なオンコールでカバーせざるを得ないです。 ここで病院が黒字でウハウハなら経営者の責任に直結しますが、そうでないのは周知の通りで、たとえ良心的な経営者がいても自らの病院の経営破綻と引き換えに交代勤務制を導入は無謀な部分が大です。こうなってしまったのは種々の要因がありますが、時間外診療の制度設計が50年前の非常に少ない需要に対してのものとして行われ、当直勤務の片手間で賄う事にして今に至っているからと私は見ています。 これは病院経営だけではなく、厚労省の医療費の計算にも濃厚に反映され、交代勤務を実現させるだけの経営余力を病院に与えていないためとしても良いと考えています。あまりにも平凡な結論ですが、交代勤務を実現するにはヒトだけではなくカネも全く足りていないハードルが厳然としてあります。
50年分のツケの重さ
私も詳しくないのですが50年前の看護師の勤務状況も今の勤務医の状況に類似していたと考えています。しかし看護師は営々と勤務環境の改善に努めています。完全な交代勤務を実現し、さらにその内容の改善にさらなる努力を確実に向けています。看護師にもヒトとカネの問題は医師同様にあるのですが、7:1導入の時が例としてわかりやすく、ちゃんと財源問題もセットでクリアしています。これでも十分か十分でないかは議論はあるでしょうが、その間に医師は寝ていたとしか言い様がありません。それも40年以上もです。 ようやく目覚め始めたのが10年ぐらい前からで、アタフタと動き始めたのが・・・そうですねぇ、5年前ぐらいでしょうか。50年の間に戦略や戦術を絶え間なく展開している看護師との間に途方もない差が出来て当然かと思います。一朝一夕でどうにか出来るものでは正直なところないと思っています。やれば安価な当直勤務体制が前提として構築されている日本の医療経営がパンクします。それぐらい50年分のツケは大きいと思っています。 ヒトもカネもない現状では交代勤務制の導入は厳しいとなりますが、それで話が終ったら新たなツケをさらに積み上げるだけになります。黙っていても何も変わらないのだけは50年のツケが立証しています。
希望への戦術
私の想像に過ぎませんが、現在交代勤務制が実現しているところの類型として、
    時間外勤務(24時間体制)需要の増大 → サビ残でカバーサビ残払えの労使紛争 → このさい交代勤務導入
これは試算していませんが、まともに24時間体制の残業代を払うようになれば、交代勤務にしても人件費自体はさほど増えないの計算が成立したはずです。多額の時間外手当を払わされる羽目になった経営者の判断として、交代勤務導入のメリットとして、
  1. サビ残問題の紛争の決着
  2. 交代勤務導入による士気向上
その上で増えた人件費負担を交代勤務制導入後の収益アップでカバーしようとの算段です。医師にこのまま当てはめるのは無理がありますが、「残業代払え」はさして無理のない要求です。払わないと頑張られても最高裁でも玉砕します。現在の情勢は「払わない」からようやく「払う」に転じたぐらいのところです。お蔭で年間1500時間を越える途轍もない36協定が結ばれたりしています。

1500時間とかもっとの時間外手当の支払を「まとも」にやれば、それはそれで経営者側にとっては重過ぎる負担になります。そこで「そんだけ払うんだったら」と次のステップに進む可能性が出てくるわけです。医療の場合は複雑な事情と言うか状況がありますが、とにかく時間外勤務を行ったらキチンと払ってももらうが交代制勤務導入への呼び水になっていくとは思います。払わせなければ、

    文句を言わないから満足してるし、欲しくもないのだろう♪
こう判断するのが経営者であり厚労省でもあります。ただなんですが戦略なき戦術で局所戦の勝利を重ねても最終的な勝利を挙げるのは無理とされます。医療費抑制が国策の厚労省、抑制された医療費で経営を黒字に持って行かなければならない病院経営者にタッグを組まれると、局所での戦術的勝利を無効にしてしまう一遍の通達により封じられてしまう事はありうるです。戦略とはそういう対抗戦略にさらに対抗できる物が必要になります。


希望への戦略

現研修医制度は2004年から導入され既に10年経ちました。勤務医数は2010年度統計で18万人ですが、34歳以下の医師数は2010年度データで5.8万人です。推測もはりますが、2010年度と現在で34歳以下の医師数に差は無いとし、34歳以下の医師はほぼ勤務医であるとすれば、

  1. 勤務医のうち1/3が現研修医制度の医師である
  2. 現研修医制度の医師のうち1/3は女性医師である
これは推測とは言え、ほぼそうなっているで良いと考えています。さらに10年経てばアラアラの概算ですが勤務医の2/3が現研修医制度の医師で占められます。彼らが旧研修医制度の医師と全く違う意識・価値観を持っている(医師としての優秀さ、熱意とは全く別です)のは説明不要かと思います。医師世界のパンドラの箱は現研修医制度によって開かれ、これを再び封じ込めることが不可能です。ここのうねりは年を重ねる事に強力になります。彼ら彼女らは旧研修医制度でのかカビ臭い医師の精神教育から解き放たれています。

希望の戦略はここにあり、旧世代の医師はこれを邪魔せず側面でも何でも良いから支援する事こそが自然な戦略になります。ごくごく当たり前の話である、

    24時間体制が必要とされる職場は交代勤務制が必要なのは考えるまでもない常識である
この戦略が基本にあれば上記した戦術が効果的になるぐらいです。チョット言い過ぎかもしれませんが、こうなって行くのは現研修医制度導入時から決められたレールだったのじゃないかさえ思ったりしています。