小児のアトピー性皮膚炎の知識のアップデート

小児科診療でもアトピー性皮膚炎(アトピー)をどう考え、どう治療するかは大きなテーマです。そんなアトピーと食物アレルギーに関する最前線の知識を聞く機会があり、その内容に大きな衝撃を受けています。感じとしては天動説を信じていたものが地動説をいきなり聞かされたような感覚で、どう知識として整理するべきか困惑しているとしても良いかもしれません。

私自身の勉強不足もありますから、知らないうちにアトピーに関する医学常識が変わってしまっている可能性も否定できませんが、聞いた感じではまだまだ最先端の研究のようで、私だけが取り残されているわけではないと思いたいところです。内容はこれから覚えている限りでまとめますが、話的には十分納得できる部分は多々あります。納得できるとは実地の経験に矛盾しないと言う意味でです。

また天動説知識で治療している私でも、今回聞いた地動説的知識に基いた治療に近いことをやっている部分は確かにあります。ですから理解としては、天動説的知識では何故にそうなるかよくわからない部分が、理論的に説明出来てしまう驚きと言えば良いのでしょうか。

ここもお断りしておきますが、怪しいアトピービジネスの話ではありません。地動説的仮説から、治療理論を生み出し、さらにこれを実践し、かなりの症例を成績として立派に積み上げられております。もちろん小児分野では一流の施設(神奈川こども医療センター)での治療成績ですから、話の根拠としては信じるに足るものだと判断しています。

今回の話をエントリーに仕立てるのは、一つは聞いた話の知識的整理であり、もう一つはこの話がどれだけ普及しているかを聞きたいからです。とくに名指しさして頂いて申し訳ありませんが、当ブログのレギュラーコメンテーターでもあるmoto様の意見は是非お伺いしたいと思っています。宜しくお願いします。


従来の天動説

アトピーと言っても病態は多様で、そうは簡単に話をまとめるのが難しいのですが、ある程度単純化します。小児のアトピーはある時期に食べものに対するアレルギー感作が成立した上でのアレルギー反応と理解されています。環境因子の場合もあるのですが、話を単純化するためにあえて「食べもの」とします。

アレルギー感作が成立すると皮膚のバリヤー機構が破綻する状態が生まれ、いわゆるアトピー性皮膚炎が起こります。食べものに対するアレルギーであるとの天動説的理解の治療は、原因の食べものの特定を行うのが検査の大きな目的になります。一般的にはIgE RASTを調べますが、出てくる頻度が高いのはこれも有名な卵、牛乳になります。

アレルギー治療の基本的な考えは原因が判明すればこれを避けるです。食べものであれば除去療法になります。卵除去とか、乳製品除去がアトピーの程度によって行われます。皮膚炎そのものに対しては、保湿剤やとステロイド塗布(ここについての細かい論争は置いておきます)でケアしていく事になります。治療手法については様々なものがありますが、大筋としては上記したようなアプローチが大方の基本であると考えています。

でもってどうなるかですが、小児のアトピーは年齢と共に解消するものが多いのが治療戦略としてあります。年齢を重ねても改善しない難治性のものもありますが、かなりの子供はある意味自然に治癒していきます。除去していた食品は解除されていき、皮膚症状も改善し、「昔は酷かった」状態になると言う事です。治療のポイントは、年齢と共に良くなるまでの間をどうやってつなぐかになるとすればよいのでしょうか。


前々から不思議だったのは、なぜに年齢と共に解消するのであろうです。私が昔々に聞いた知識では、腸管の成熟によりアレルギーの原因蛋白を透過させなくなるみたいな説明です。わかったような、わからないような説明ですが、成長と共に症状が解消するから、成長と共に腸管の成熟は進むは結果からは最低限理解出来ます。

ただなんですが、基本的な疑問として一度成立したアレルギー感作が消滅すると言う点には大きな違和感を持っています。あれだけのアレルギー反応による皮膚炎症状を起こしているものを、腸管の成熟によるある種の除去療法の成立で説明可能なのであろうかと言う事です。まあ、今のところの理解としては結果としてそうなるので、腸管成熟説は置いといても、治療としてはそういう方向性で考えるぐらいになっています。


地動説 その1:アトピーの原因

講演はメモを取らずに聴いていたので、細かい点はうろ覚えであるのは御容赦下さい。地動説の考え方の基本は、食べものの摂取からアレルギー感作が起こる事を否定するところから始まります。この点が目から鱗というか、ホンマかいなそうかいなでただただビックリしていたのですが、アトピーが起こっているから食べものに対するアレルギー感作が起こっていると考えるべきであるとされています。

理論的な根拠ですが、まずマウスレベルの実験結果が明瞭に示されます。マウスにある種のアレルギー物質を注射で与えて感作させ、その後に経口摂取させると間違い無くアレルギー反応が起こります。当たり前といえば当たり前の話ですが、ここで先にマウスに経口摂取させておけばどうなるかです。シチュエーションをまとめておくと、

    パターンA:注射によりアレルゲンを投与 → 経口摂取
    パターンB:まず経口摂取 → 注射によりアレルゲン投与 → 経口摂取
パターンAの時はアレルギー反応が起こりますが、パターンBでは起こらないです。たしかこの研究は相当前に確認されている現象とされていました。つまり経口摂取であれば、アレルギー反応は成立せず、免疫寛容に進むと言う事です。う〜んと唸っていたのですが、ミルク栄養の乳児でもアトピーは発症しますし、ミルク栄養しか取っていない乳児でも卵に対するアレルギー反応は検査に出る事は事実です。

母乳ならともかく、ミルク栄養だけで何故に卵へのアレルギーが出現するかと言われれば大きな謎です。天動説では胎内感作で無理やり説明されていましたが、少々無理があると言えば無理があります。

地動説では発想をまったく逆にしています。アレルギー感作は食べものによる腸管経由の感作ではなく、皮膚由来の感作であるとしています。皮膚からのアレルギー感作は強力であり、とくにアトピーが起こっている状態の皮膚からの感作は非常に強力であると言う事です。つまりアトピーの食べものによるアレルギー感作は、

    アトピー性皮膚炎の皮膚を介しての二次的な食べものアレルギーである
先にアトピーが発生して、その後に皮膚からの食べものアレルギーがさらに加わったと考えるべきであるです。ほいじゃ、どうして先にアトピーが起こるかです。これがそもそも原因不明ではありますが、一つの原因として皮膚のバリヤー機構を作るフィブロなんとか(忘れた!)の先天的な形成不全によるものが確実に存在するとしています。

食べものアレルギーが成立してアトピーが発症すると考えるのが天動説ですが、地動説はアトピーが先に発症して、症状増悪に食べものアレルギーがさらに拍車をかけている考えるべきだとすれば宜しいでしょうか。

この説であれば、ミルク栄養の牛乳アレルギーは説明可能ですし、母乳栄養であれば卵も牛乳も説明は可能です。しかしミルク栄養の卵アレルギーはどうなるんだが出てきます。ここもちょっと煩雑なんですが単純化しておくと(メモが無いのでうまく説明できないとも言います)、ハウスダストと同じように、卵ダスト、牛乳ダストは確実に存在するとしていました。

つまりアトピー性皮膚炎に卵ダスト、牛乳ダストが感作する事により、腸管から摂取していないはずの食べものへのアレルギー感作が成立すると言う事です。


地動説 その2:腸管摂取はアレルギー反応を常に抑制する

上で先にアレルゲン物質を摂取したマウスは、免疫寛容が先に成立するとしましたが、アレルギー感作が成立していても腸管からの食べもの摂取は、アレルギー反応を抑制し、免疫寛容を誘導できるとしています。つまり、食べものによるアレルギー感作があっても、これをあえて食べる事によりアレルギー反応を治療できるというものです。

これも天動説からすると驚くような仮説ですが、この考えによる治療は古くから行われています。減感作療法です。アレルゲン物質を少しづつ体内に与える事により、免疫寛容を誘導させる療法は間違い無く存在します。日本での減感作療法の普及は、その手間と成果からイマイチの評価ですが、これをもっと注目すべきであるとしています。

講演をされた施設では積極的に取り入れ、成果も挙げているようですが、アトピーと言うか食べものアレルギーでは、もっと積極的に取り組めるとしています。これも研究論文あり、食べものアレルギーの場合では、腸管摂取は常に免疫寛容に作用する効果が存在するとしています。

すこし私の理解に怪しいところもあるかもしれませんが、

    腸管からの食べもの摂取は、常に免疫寛容を誘導する効果が存在する
理論的には解明しきれていない部分も多いそうですが、根拠とする結果のペーパーはしっかり示されていました。


地動説 その3:治療法

食べものによるアレルギー感作が成立しても、あえて食べる事で免疫寛容を誘導できると言うのが仮説と言うか、理論として成立しているのなら、これを実際に行ってみればどうなるかです。100%に近いような治療成績を示されています。たしか n は100は越えていたと記憶しています。きっちりしたデータで、アレルギーが本当に存在するかどうかも、実際の負荷試験で二重に確認されている症例でした。

治療法としてSOTI(だったと思います)と名付けられていましたが、施設で行なう場合はrapid SOTIとして短期間で負荷をかける療法が行われていました。平均でおおよそ2週間ほどで、コチコチの卵アレルギーの患者が生卵の全卵摂取が可能になり、牛乳も200ml(だったかな?)が可能になるというものです。ピーナッツ・アレルギーも同じような結果を出していました。

結果を見ながら眩暈がしそうになっていたのですが、これだけの結果を示されれば仮説の有効性を信じないわけにはいきません。


地動説 その4:それでもの部分

仮説からの実践、さらに結果と示されていましたが、それでもの部分は残っているようです。とりあえずのポイントは、メカニズムがもう一つはっきりしない点です。はっきりしないので、食べる事により治療する手法が、果たして全員に通用するものかどうかについては慎重な言い回しをされていました。感触としては、全員に通用する方向に研究を進めていそうでしたが、そうなるかどうかは現時点では明言できないみたいな感じです。

また感作を既に起こしたものに対する、食べものの腸管摂取に対する免疫寛容の獲得も、常に効果が起こるとは限らない可能性を示すデータも示されていました。ある食べものは、ある時期では腸管摂取によりアレルギー反応を増悪させるデータです。そこから、食べものの種類によって治療時期の考慮も必要になる可能性も示唆されていましたし、極論すれば患者によってのオーダーメイドも必要になってくるかもしれないとしていました。

そこまでの結果を得るには、ひたすら症例を積み重ねてデータを集める以外には近道はなさそうです。100単位のオーダーでは難しく、万単位のオーダーでデータが集まってくれば、ある程度標準化されるかもしれません。

それとこれは私の感想ですが、最終的にはすべてに適用できないかもしれないの感触があります。かなりの部分に適用されても、それでもの部分は確実に残るんじゃないかです。ただこの治療法が普及して成果を挙げれば、メカニズム研究も同時に進み、メカニズムが解明されていけば、そこに新たな展開が起こる期待は持てます。


私の感想

この講演を聞いた後に、今まで行ってきたアトピー療法を考えています。ここの前提は原因が食べものであり、卵であり、牛乳になるのですが、アトピーを認めアレルギー検査で食品が特定できた時にどうしているかです。

これは症状と医師によって方針が変わる部分は大ですが、とりあえず考えるのは完全除去にするかしないかです。私は余程症状が強いもの以外は完全除去の方針は取りません。実際に完全除去を行うのは母親も非常に大変で、指示したところで長続きしないと言うのがあります。とは言うものの、症状は厳然としてあり、検査結果もあるわけですから、漫然と食べろと言うのもおかしな話になります。

手法としては不完全除去と内輪で言っていますが、卵料理、とくに生に近いものは除去するとしても、一部に卵が含有されている加熱食品は摂取OKとしています。つまりチョロチョロと原因食品は腸管経由で摂取されているわけです。もちろん皮膚に対する外用剤塗布を行います。ここら辺りまでは、よくある治療方針なんですが、実感として軽症の子供ほど症状の軽快は早くなります。

軽症であるほど軽快が早いのは当然といえば当然ですが、地動説的に考えると、完全除去を行わなかったのでより治療促進に寄与しているからと考えられます。それと皮膚を介しての感作も、含有食品であるなら、卵料理を食べるよりも程度が軽くなると言えなくもありません。もう少し考えを進めると乳児期のアトピー症状の増悪・軽快のバランスは、

  • アトピー性皮膚炎を介しての、さらなる食べもののアレルギー感作による増悪
  • 腸管摂取による免疫寛容作用による軽快
この2つがせめぎあっているんじゃないかと言う事です。つまり可能な限り、皮膚に接触させずにアレルゲンである食品を少量づつでも摂取させていくのがもっとも効果的であると言う事です。不完全除去みたいな治療方針は、エエ加減そうですが、結果として地動説的には適切な治療方針であったかもしれません。

今後はとくに口周りに食べものが付き難い指導を加えておくと効果的かもしれません。もちろん子供が行儀よく食べてくれるのを期待するのは無理ですから、ワセリン塗布の併用は積極的に考慮しても良さそうです。


さらに考えを進めると、根本のアトピーの見方になります。皮膚のフィブロなんとか(忘れました)の先天的な脆弱性が一因らしいの話しはありましたが、とにかく乳児のアトピーは年齢と共に解消してくる例が多いのだけは事実です。軽快すると言う事は、乳児期になんらかの原因であったものが、成長と共に解消していると考えるのは可能と見ます。乳児期を越えても軽快しないものは、元の原因が解消しないものであると考えても悪くはないと思います。

さらにさらに言えば、アトピー性皮膚炎とはアレルギー疾患では無いとしても良いかと思います。アレルギー反応を増悪因子として容易に呼び込む疾患ではありますが、本体だけ取り出してみれば、ある種の先天的な要因で皮膚のバリア機構が脆弱なだけである病気と言えそうな気がします。天動説は二次的に起こっているアレルギー反応に注目した考え方であると言うわけです。

乳児のアトピーが年齢と共に解消するのは、乳児期に脆弱であった皮膚のバリア機構が改善しただけと言う事です。難治性のアトピーは脆弱の程度が強く、さらに成長しても脆弱性が十分に改善しないものと考えても良いとの仮説は出来そうな気がします。


治療の考え方としては、二次的であっても増悪因子を抑える事は従来と変わらず重要なポイントになります。食べて免疫寛容を促す療法も、無闇に食べれば良いわけではありません。そんな事をやれば最悪アナフラキシーを誘発します。SOTI(だったと思う)をやっている施設でも、この点に十分な注意を払い、入院での監視下で厳重に行われます。

ここで念頭に置いておくのは、腸管からの摂取は免疫寛容を誘導するのに地動説的には善ですから、単なる根こそぎ完全除去は、アレルギーによる増悪因子を除去できても、腸管摂取による免疫寛容誘導作用を活用できなくなる点は留意が必要かもしれません。むしろ可能な限りあえて摂取すると言うのが正しくなります。

それと幾ら二次的なアレルギー反応を治療しても、アトピーの根本である皮膚のバリア機構が改善しないと治癒はしません。ここをどうするかの視点はやはり重要です。たとえばステロイドは皮膚局所でのアレルギー反応を抑制しますが、皮膚のバリア機構自体は必ずしも改善していないと見る事はできます。ステロイド使用は必要なときには必要ですが、ステロイドで表面上は改善した後に皮膚のバリア機構を代用する外用剤の塗布が必須と言う事になります。

そうなるとすぐに思いつくのはワセリンになりますが、理屈通りに実践は進むわけではありませんから、後はケース・バイ・ケースで対応していくしかありません。いずれにしても興味深いというか、これまでの考え方をかなり一変させるお話でしたので紹介させて頂きました。