ユッケとレバ刺し

先に断っておきますが、私は生の牛肉(もちろん臓器も)を食べるのがそんなに好きではありません。だからユッケもレバ刺しもなくなってもそれほど困らないないのですが、一方で他人の嗜好に口出しするほど野暮ではありません。まずデータなんですが厚労省食中毒事件一覧速報より、まず過去10年の患者数と死亡者です。

事件数 患者数 死亡数
2011 1062 21616 11
2010 1254 25972 0
2009 1048 20249 0
2008 1369 24303 4
2007 1289 33477 7
2006 1491 39026 6
2005 1545 27019 7
2004 1666 28175 5
2003 1585 29355 6
2002 1850 27629 18
合計 14159 276821 64
平均 1416 14682 6.4
死亡者は2009年、2010年とゼロだったのが2011年には11人となっています。ただゼロであったと言うのが統計的にはむしろ凄かったで、不謹慎ですが2年間ゼロの揺り返しが出たとも取れない事はありません。患者数のデータをもう少し細かく調べておくと、
患者数 細菌性 ウイルス性 E.coli(VT)
2002 27629 17533 7983 273
2003 29355 16551 10702 184
2004 28175 13078 12537 70
2005 27019 16678 8728 105
2006 39026 9666 27696 179
2007 33477 12964 18750 828
2008 24303 10331 11630 115
2009 20249 6700 10953 181
2010 25972 8719 14700 358
2011 21616 10948 8737 714

問題の焼肉酒家えびす事件の規模はwikipediaによると、

117人(5月15日時点)が病原性大腸菌O111O157による食中毒になり、5人が死亡、24人が重症となった

焼肉酒家えびす事件の規模の凄まじさは、1軒の焼肉屋が引き起こしたE.coli(VT)の数が、平年並みの年間合計ぐらいであると言うところでしょうか。ただ焼肉酒家えびすの分を差し引いても2011年はE.coli(VT)の食中毒は多かったようで、患者数597人、死亡者2人になります。他にもサルモネラで3人死亡しており、動物性自然毒(フグかな?と思ったらアオブダイでした)で1人死亡です。

もう少し死亡者のデータを見てみると、

発生場所 死亡者数 患者数
家庭 3 285
老人ホーム 1 323
飲食店 6 10046
製造所 1 446


飲食店死亡者のうち焼肉酒家えびすが5人ですから、焼肉酒家えびす以外の死亡者数は1人と言う事になります。これでもってユッケ規制が厳しくなったのですが、これの余波と言うには大きすぎるのですがレバ刺し禁止令が出されました。厚労省平成24年4月9日付食安発0409第3号の別紙に理由が書かれており、

  1. 腸管出血性大腸菌は牛の腸管内に存在し、2〜9個の菌の摂取で食中毒が発生した事例が報告されている。
  2. 生食用牛肝臓の提供の自粛を要請した昨年7月以降でも、4件(患者数13 人)の食中毒事例が報告されている。
  3. 厚生労働省が実施した牛肝臓の汚染実態調査で、牛肝臓内部から腸管出血性大腸菌及び大腸菌が検出されている。また、国内外の文献において、牛肝臓内部及び胆汁から腸管出血性大腸菌の検出事例が報告されている。
  4. 牛肝臓を安全に生食するための有効な予防対策は見い出せていない。

根拠はありますし、食べない方が安全なのも理解しますが、気になるのはとりあえず、

    生食用牛肝臓の提供の自粛を要請した昨年7月以降でも、4件(患者数13人)の食中毒事例が報告されている
審議したのは薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会乳肉水産食品部会のようで、3/30に答申した時点では上記のような状態であったとされます。ちょっと絡んでおきますが「昨年7月以降」とは平成23年(2011年)食中毒発生状況で具体的に確認できます。

都道府県 発生月日 発生場所 原因食品 原因施設 患者数 死亡者数
長野県 7月9日 長野県 旅館の飲料水及び食事 旅館 37 0
東京都区部 7月13日 東京都 不明(焼肉店の食事) 飲食店 2 0
福岡市 7月18日 福岡県 不明(焼肉店調理品) 飲食店 2 0
山形県 7月21日 国内不明 不明(宿泊学習で摂取した飲食物) 不明 30 0
山形県 7月28日 山形県 不明(7月19日から27日にかけて喫食した給食又は学校の使用水) 学校-その他 18 0
山形県 8月1日 山形県 共同使用している湧水 家庭 2 0
栃木県 8月1日 栃木県 ナスと大葉のもみ漬け 病院-給食施設 15 0
千葉市 8月1日 千葉県 サンドウィッチ及びローストビーフ(7月31日納涼祭りで調理提供された食事) 老人ホーム 14 1
大阪市 8月2日 大阪府 不明(生レバーを含む焼き肉料理) 飲食店 2 0
石川県 8月4日 石川県 8月3日昼食 飲食店 14 0
大分県 8月23日 大分県 不明(8/18〜26、飲食店の食事) 飲食店 17 0
堺市 8月25日 国内不明 不明(平成23年8月23日のバーベキュー料理) 不明 5 0
大分市 8月26日 大分県 不明 飲食店 5 0
石川県 9月29日 石川県 大根おろし大葉 老人ホーム 9 0
山形県 10月3日 山形県 自家用井戸水 家庭 1 0
相模原市 10月25日 神奈川県 平成23年10月23日及び24日に調理/提供した料理 飲食店 4 0
福岡県 12月19日 福岡県 不明(老人ホーム給食) 老人ホーム 16 0


では今年に入ってからはどうかと言うと、今年の速報分に集計されており、腸管出血性大腸菌(VT産生)による食中毒はゼロです。実は「4件(患者数13人)」の特定が非常に難しく「生レバー」が明記されている赤色背景にした8月2日の大阪市の事例以外は不明です。生レバーが出てくる可能性がありそうな3件を黄色背景にしてみましたが、これでは患者数が11人にしかなりません。

12月19日の老人ホームの食事にレバ刺しが出た可能性は低そうに思いますから、10月25日の事例が可能性としてはレバー刺しによる現時点の最終事例の可能性があります。もし10月25日の事例がレバー刺しでなければ8月までさかのぼる事になりそうです。


もう一つ

    牛の肝臓を安全に生で食べるための有効な予防対策は見い出せておらず
これで良いのかな?って言う気がしないでもありません。前に作った表を再掲します。これもネタモトは厚労省食品中の食中毒菌汚染実態調査の結果です。

検体名 検査結果(陽性率%)
E.coli サルモネラ E.coli
(Oー157、O-26)
カンピロバクター
野菜 アルファルファ 16.7% - - -
カイワレ 5.4% - - -
カット野菜 7.2% 0.7% - -
キュウリ 10.9% - - -
みつば 30.0% - - -
もやし 45.6% - - -
レタス 8.2% - - -
漬物野菜 10.3% - - -
食肉 ミンチ肉(牛) 60.9% - 0.9% -
ミンチ肉(豚) 71.3% 1.7% - -
ミンチ肉(牛豚混合) 76.0% 0.8% 0.8% -
ミンチ肉(鶏) 85.9% 53.5% - 35.9%
牛レバー(生食用) 81.0% - - 9.5%
牛レバー(加熱加工用) 65.1% 1.0% 1.0% 10.5%
カットステーキ肉 54.2% - 1.7% -
牛結着肉 69.3% - - -
牛たたき 15.6% 1.1% - -
鶏たたき 68.8% 12.5% - 16.7%
馬刺し 25.7% - - -
ローストビーフ 3.2% 1.1% - -
加工品 漬物 8.7% - - -


腸管出血性大腸菌を起こすとはVT産生(ベロ毒素産生)を起こす大腸菌(E.coli)なのですが、厚労省が調べているO-157、O-26の他にもとりあえず
    O1、O2、O18、O103、O111、O114、O115、O118、O119、O121、O128、O143、O145、O165
これぐらいは日本でも確認されています。ここで誤解を招かないように注釈を入れておきますが、これらの大腸菌がすべて必ずVTを産生するのではなく、あくまでも「時にVTを産生する事も確認された」です。型によって頻度は違いますが、起こすか起こさないかは確率の違うロシアンルーレットみたいなものです。そうなると今後はサラダも漬物も危なくなるかもしれません。

腸管出血性大腸菌の野菜への感染ルートとしては、牛の糞便からのものがあるとされます。腸管出血性大腸菌は牛の糞便が堆肥になっても半年以上は生存するとされ、これを肥料にしての有機栽培野菜は感染の危険性が排除できません。日本の牛は高率に腸管出血性大腸菌保有しているとされ、そこから考えると新鮮な有機栽培野菜のサラダや漬物はかなり危険とも言えるからです。現実の検出率は上記の公式統計通りです。

現実にも昨年度の事例で確実なものだけでも、

都道府県 発生月日 発生場所 原因食品 原因施設 患者数 死亡者数
山形県 5月2日 山形県 団子及び柏餅(推定) 製造所 287 1
金沢市 6月10日 石川県 千切りキャベツ(6月6-8日に提供したもの) その他 19 0
栃木県 8月1日 栃木県 ナスと大葉のもみ漬け 病院-給食施設 15 0
石川県 9月29日 石川県 大根おろし大葉 老人ホーム 9 0


言い様によっては「4件(患者数330人、死者1人)」発生している事が確認できます。とくに団子と柏餅は怖そうになってきます。団子と柏餅を抜いても患者数では野菜が多いことになります。そうそうここまで調べて判ったのですが、2011年度の腸管出血性大腸炎による患者数は714人と例年より多かったのですが、統計を押し上げているのは富山のユッケの181人より、団子と柏餅の287人が大きかった事になります。



もっと簡単にデータを紹介しようと思いながら、いつもながらの長いものになってしまいした。別にレバ刺し規制を正面から批判するつもりはなかったのですが、そんな感じにもなってしまったのは遺憾とさせて頂きます。実は本当に書きたかったのはユッケ叩きの時と、レバ刺し規制の時のマスコミの反応の違いです。ユッケの時は実に凄まじかったと記憶しています。これに対してレバ刺し規制は穏やかと言うより、むしろ批判的です。

ユッケの時は様々な規制が打ち出されても「それでも大丈夫か?」みたいな感じと記憶していますが、レバ刺しは「明日から食べられなくなる(なんて悲しい)」とすれば良いでしょうか。さすがに表立っては反対を唱えていませんが、内心は「オレのレバ刺しが・・・」みたいな感じです。レバ刺し禁止を推進すると言うよりも、脱法レバ刺しを食べる手段を摸索するみたいな様相です。

本気で賛成していれば、規制前夜の駆け込みレバ刺しをあれほどニュースに取り上げるとは到底思えないからです。この辺の感覚の違いについてママサンから、

ユッケには手は届かないがレバ刺しには手が届くという底辺マスコミ労働者の意志の反映か・・・・。RT @Yosyan2レバ刺規制問題。少なくともマスコミは反対スタンスである事がわかる。個人的にユッケ退治に動いた時と対照的で興味深い。

これが妙に受けたのでエントリーに仕立てた次第です。結論として、

    マスコミ関係者はレバ刺しファンの比率が高い
実は厚労省平成24年4月9日付食安発0409第3号の別紙には、

なお、関係団体が、引き続き牛肝臓内部の汚染除去試験等を実施していることから、今後、安全性を確保できる新たな知見が得られた場合には、手続きの途中であっても、本部会で改めて審議を行うこととする。

こうともされており、もしレバ刺し解禁の方向性が打ち出されたら、マスコミは諸手を挙げて歓迎しそうに感じます。お後が宜しいようで・・・。