導尿で腸に穴が空く

2/21付読売新聞より、

記事の内容は、市民病院で大腸癌治療を受けた後、市議に当選した患者が治療費を払わないと頑張っている事件です。記事によると元警察官となっています。治療費は「約428万円」となっていますが、払わない理由として

医療過誤があり、医療費を差し引くべきだ」と反論

ほいじゃ、どんな医療過誤があったかですが、

中井市議は「看護師による導尿行為のミスで腸に穴が開くなどした。治療費から差し引くべきだ」などと主張

サラッと書いてありますが、導尿で腸に穴が空いたら立派過ぎる医療事故です。導尿とは具体的にどうするかですが、市議は男性ですから亀頭の尿道口(つまりのチ○チ○の先っぽから)柔軟性のあるカテーテル・チューブを膀胱まで挿入し、膀胱内の尿を排出する医療行為です。

この市議は大腸癌になり、とりあえず治癒したようで

大腸がんと診断され、10年9月までの間、手術や抗がん剤治療などを受けた

難しい推理は不要で、原発巣摘除と術後の抗がん剤療法を受けたとしてよいでしょう。気になるのはどの部位の大腸癌であったかですが、これは報じていないので仕方ありません。導尿を行ったとしたら原発巣摘除の術後ぐらいじゃないかと推測します。

導尿も簡単な時は簡単で、それこそスルスルと膀胱まで到達します。ただ患者によっては挿入が難しい時もあり、最終的に泌尿器科医に依頼しなければならない事もあります。ここでのポイントは、難しい時は難しいのは医療者の常識であり、スルスルと進まない時にはある程度以上は無理に進めないです。無理すると尿道損傷が起こるからです。

何が言いたいかですが、導入によって起こる損傷としては、無理しての尿道損傷ぐらいはありえても、そこから腸までは少々距離があるです。実は成人領域の外科系の医師数人に意見を聞いたのですが、もし尿道損傷が起こるとすれば外尿道括約筋付近になるそうで、腸管に行くまでにはこれを突き破り、骨盤腔を通って直腸穿孔なら可能性としてゼロではないとしています。

ここで大腸癌の手術部位の問題が出てくるのですが、手術によって癒着があり直腸と尿管尿道が近い位置にあれば理論上は「ありえる」です。もちろん「ありえる」と言っても、そんな事は見た事も聞いた事もないでした。そこまで無茶な操作は通常はまず考えられないです。

それと仮に「考えられない」事が起こったとして、小児科医が考えても損傷の度合いは大きなものです。尿道に傷をつけたではなく突き破っているのですから、尿道が保存的な治療だけで治るかどうかも心配ですし、それよりも腸を突き破っているのですから、こちらの方は再手術は必要と考えます。これについては、医療機関側がどう考えても責任がありますから、それこそタダでは済まないです。


このタダでは済まないですが、こちらについては市議サイドは積極的に動いている気配がありません。

  • 市側は中井市議に支払いを求めて地裁社支部に提訴し、1月に勝訴したが、中井市議は「医療過誤があり、医療費を差し引くべきだ」と反論。2月15日付で大阪高裁に控訴している。
  • 一方、中井市議は「看護師による導尿行為のミスで腸に穴が開くなどした。治療費から差し引くべきだ」などと主張し、大阪高裁に控訴

記事の見出しには

    市と市議が提訴合戦
こうなっていますが、市議が主張する医療過誤に対する損害賠償の訴訟はどうもなさそうです。シチュエーションとして、病院側と医療過誤について別に話がついている可能性も考えたいところですが、市議は医療過誤があるから医療費を相殺すべきであると主張していると記事にはなっています。どうも「提訴合戦」と言っても、一審で市が勝利した事を不満とした市議が二審に控訴している構図と見えます。つまり争われている訴訟は一つです。

ここで医療過誤について別件で話がついているのなら、市議が要求しているのは、

  1. 医療過誤分については損害賠償は受けた
  2. それでもなお他の医療費についても割り引くのが当然
こういう主張になります。ひょっとすると損害賠償は医療費をチャラにした上でのものと思っていたら、別に請求されたので激怒したはあるかもしれませんが、そう受け取るのはかなり無理がありますし、損害賠償の交渉において、そういう点はキッチリ詰めるのが通常です。


そうなると市議の主張は、市議が感じた医療過誤があり、それは払うべき治療費の相当部分に該当するです。そう感じられるのは自由ですが、主張する医療過誤の程度は半端じゃありません。本当であれば市であれ、市民病院であれ、ここまでの強硬手段を取る必然性が乏しくなります。一番妥当なところは、市議はそう主張していますが、実際はかなり違う事態でなかったかです。

これもある外科医師の推測ですが、導尿はやや難しかったのかもしれません。少し無理したので導尿時に軽度の尿道損傷が起こり出血ぐらいはあったんじゃないかです。導尿が行われるのは原発巣の手術後であると推測していますから、その時に運悪く腸管の縫合不全があり再手術になったケースです。これが市議の頭の中で有機的に結びつき、「あの導尿は本当は腸まで突き破っていたんだ」になったです。

これについて病院側も何度も説明したとは思いますが、「病院ぐるみの隠蔽だ!」と強く確信され、提訴合戦まで及んでいるです。もちろん真相は不明です。不明ですが、

    看護師による導尿行為のミスで腸に穴が開くなどした
これが真実だと思われるのなら、これについての民事訴訟を考えられる事をお勧めします。本当なら治療費428万円どころでない賠償金を手に出来る上に、治療費もたぶんチャラになります。なぜそうしないかチト不思議です。それと記事のニュアンスからすると「など」になっていますから、気配として「腸に穴」以外にも細々とした医療過誤を並べている様子も窺えます。

記事を信じるなら訴訟の内容は市が市議に対し治療費の支払いを求めるものです。市議側はおそらく一審でも医療過誤を理由に支払いを拒む主張したと考えます。そうなると裁判所は医療過誤の有無を判断する必要が出てきそうなものですが、そういう判断を裁判所は回避していそうな気がしています。この訴訟は原告が市であり、被告が市議ですから、あくまでも正当な治療費の支払い(債務履行を求めるかな?)の判断に限定するです。

あくまでも想像なんですが、被告側の主張である医療過誤論争になると、医療裁判になり、医療過誤の有無の判断から、その賠償額まで裁判所は認定し、その上で治療費からの相殺命令を下さないといけません。これは面倒至極ですから、判断を原告が求める「払うべきものは払え」に絞った判断にするだろうです。つまりココロは医療過誤に対する賠償を求めるのなら別件でそれを争えです。

市と市議が争っている点に報道各社はニュースバリューを見出したとは思いますが、当ブログ的には埋め草レベルと感じています。