これもビジネスモデル

昨日は失礼しました。理由は病欠で、インフルエンザではなく急性腺窩性扁桃炎です。まだダルさは残りますが、かなり復活してきましたので、エントリーを再開します。


記事

タブ紙の3/8付記事からです。

 出産時に病院が適切な処置を怠ったため、後遺症を負ったとして、多度津町の女性(36)が高松市内の産婦人科病院に慰謝料など約1230万円を求める損害賠償請求訴訟を高松地裁に起こした。7日には、第1回口頭弁論が同地裁(横溝邦彦裁判長)であり、病院側は請求棄却を求める答弁書を提出、争う姿勢を示した。

 訴状によると、女性は06年5月に長女を出産。出産が長引いたため、病院は吸引器具で胎児を吸引した。吸引の際は、胎児の心拍数などを測る分娩(ぶんべん)監視装置を使うのが一般的だが、故障していたため使わなかった。女性は吸引で子宮が下垂し、消化器系などに障害を負ったとしている。さらに、08年3月、子宮下垂を疑って診察を求めたが、病院は放置。女性は結局、別の病院で子宮下垂と診断され、治療を受けた。

 女性側が提出した、医療事故情報センター(名古屋市)の鑑定書によると、「胎児の心拍数などに問題がなければ、吸引分娩する必要はない。急速に吸引したため子宮下垂を引き起こしたと考えられる。08年3月の時点で子宮下垂の診断が可能であり、治療開始すべきであった」と指摘している。

 病院側は「次回(5月9日)以降に、具体的な反論を行う」と話している。【広沢まゆみ】

記者も事実関係をよく把握できなかったのか、読むと「???」てなところが幾つかあります。訴訟自体はシンプルで、分娩後に障害が出たのは分娩時の病院の処置に責任ありです。そうなると、何が起こったかになるのですが、

    女性は06年5月に長女を出産。出産が長引いたため、病院は吸引器具で胎児を吸引した
言ったら悪いですが、どこにでもある分娩風景です。経腟分娩中に胎児がなかなか産道から出てこない状態になり、分娩遷延と判断して吸引分娩を行なったです。この分娩遷延は、小児科医として横で見ていると気色の悪いもので、児頭が見えたぐらいからニッチもサッチも進まない状態で、分娩後の処置が担当である小児科医としては「早く出てくれ」と願うシーンです。

私の感想はともかく、分娩遷延時の吸引分娩は立派な医学的適応です。出産が2006年5月だったのですが、2008年3月に不調を訴えて受診した時に、

    病院は放置。女性は結局、別の病院で子宮下垂と診断され、治療を受けた。
「放置」とはキツイ表現ですが、「訴状によると」ですからこんなものかもしれません。そうなると2008年3月に診断できなかった事が問題になっているかと言えば、そうとは言い切れないようで、鑑定書なるものがあるそうで、
    胎児の心拍数などに問題がなければ、吸引分娩する必要はない。急速に吸引したため子宮下垂を引き起こしたと考えられる。08年3月の時点で子宮下垂の診断が可能であり、治療開始すべきであった
2008年3月の診療も問題にしていますが、子宮下垂の原因はそもそも2006年5月の吸引分娩にあるとしています。つまりは吸引分娩を行ったのが諸悪の根源であるという事です。記事から当時の詳細な状況を読み取るのは不可能ですが、記者が引用した鑑定書なるものは、
    胎児の心拍数などに問題がなければ、吸引分娩する必要はない
堪忍してくれよと言いたいところです。胎児の心拍数が落ちればまさに緊急事態です。私は小児科医ですが、そうなる前に吸引でもなんでもして出す方が必要そうに思います。分娩遷延状態で吸引分娩を行っても絶対出ると言う保証はありません。吸引分娩に切り替えてから、出てくるまでに悪戦苦闘の塊になるなんて、珍しくも何もないお話です。

それを胎児心拍数が落ちるまで延々と粘ってから、おもむろに切り替えなければならないと鑑定されても困るというところです。それと記者があえて重要極まると判断して引用した心拍数のお話ですが一方で、

    吸引の際は、胎児の心拍数などを測る分娩(ぶんべん)監視装置を使うのが一般的だが、故障していたため使わなかった
この辺も事情がわからないのですが、分娩の修羅場でいざスイッチを入れてみたら動かなかったのかもしれません。機械物に故障は付き物です。ただ故障していたとなると、問題の胎児心拍数はどうやって測定するかになります。私如きが思いつくのは、さすがにトラウベは使わないと思いますから、ドップラーと称するマイクみたいなもので代用していたと考えられます。

記事が引用した鑑定書を額面通りに受け取ると、

    ドップラーなりで胎児心拍数が保たれていると確認できれば、これが落ちるまでは吸引分娩は行うのは間違いである
日本中の産科医から石を投げられそうな気がしないでもありませんが、記事ではそうまとめられています。そのうち誰かが鑑定書の原文を確認してもらうのを期待しましょう。

子宮下垂が起こる主要な原因は、子宮を支える支持組織(骨盤底筋群)が弱くなる病態です。これが起こるのは主に産後の不十分な安静や不適切な管理が原因とするのが一般的です。もちろん加齢によっても起こり、高齢者で子宮下垂どころか、もう一歩進んだ子宮脱にいたるものも多くいます。子宮脱とは、膣から子宮が脱出してしまう状態であり、子宮下垂とはその前段階の状態ですが、それで、

    女性は吸引で子宮が下垂し、消化器系などに障害を負ったとしている
私の頭の中で解剖がグルグル回っています。ま、看護師の導尿により腸を突き破ったと主張されている市議会議員もどこかにいましたから、主張は自由なんですが、市議のケースと違って鑑定書が出ているのが今回の特徴でしょうか。


医療事故情報センター

ホームページからです。まず「医療事故情報センターとは」からです。

センターは、医療における人権確立、医療制度の改善、診療レベルの向上、医療事故の再発の防止、医療被害者の救済等のため、医療事故に関する情報を集め、とりわけ医療過誤裁判を患者側で担当する弁護士のための便宜を図り、弁護士相互の連絡を密にして、各地の協力医を含むヒューマン・ネットワークづくりを通して、医療過誤裁判の困難な壁を克服することを目的とする。

あえてピックアップしておけば、

    とりわけ医療過誤裁判を患者側で担当する弁護士のための便宜を図り
そういう目的で作られた団体です。さらに「設立」のところに、1990年12月1日付の中日新聞記事が掲載されており、

 患者側勝訴が難しいといわれる医療過誤訴訟で患者側の立場に立つ医師や弁護士のネットワーク「医療事故情報センター」の創立総会が十二月一日午前、名古屋市中区三の丸の名古屋弁護士会館で開かれ、全国初の医療過誤訴訟支援組織が正式に発足した。出席者たちは「患者の権利を確立し、医療倫理の一層のレベルアップを図ろう」と誓い合った。

 総会には、名古屋のほか全国各地で医療過誤訴訟に取り組んでいる弁護士ら約四十人が出席。同センター設立準備会代表の加藤良夫弁護士(名古屋弁護士会)が「医療裁判の困難な壁を克服しよう」とあいさつ。経過報告などの後、加藤弁護士を初代理事長に選出し、規約案や予算案、活動方針案を採択した。

 センターは、患者側(原告)に必要な医療の専門知識、情報の交換や提供をするのが狙い。医師側の弁護士が各地の医師会や医療事故保険を扱う保険会社を通じて情報網を作っているのに対し、患者側の弁護士がバラバラに活動しているため、加藤良夫弁護士が三年前、仲間の弁護士らとともに同センター設立準備会を結成。患者側も横の連絡を」と、全国の弁護士や医師に参加を呼びかけ、基金を集めた。主な活動内容は(1)患者側に協力的な医師、鑑定医の紹介(2)同種訴訟の資料提供(3)医学文献のアドバイス−など。いずれも準備会段階で試験的に行ってきたが、今後は情報量の蓄積を増やし活動を拡大させる。

ここもピックアップしておけば、

  • 医療過誤訴訟で患者側の立場に立つ医師や弁護士のネットワーク「医療事故情報センター」
  • 主な活動内容は(1)患者側に協力的な医師、鑑定医の紹介(2)同種訴訟の資料提供(3)医学文献のアドバイス−など

誤解無い様にお断りしておきますが、そういう活動自体は自由です。言いたいのは、これだけ明瞭にその姿勢、立ち位置を示されています。あからさまに言えば、公平中立な第3者団体ではないと言う事です。どういう団体名を付けるのも自由ですが、名前だけで公平中立な第3者機関と間違った先入観を持たれないための御注意と思って頂ければ幸いです。

ま、需要のあるところにニーズありですから、これも一つのビジネスモデルと存じます。1990年に出来て20年以上も続いているようですから、モデルとして順調ではないでしょうか。