まず亡くなられた12歳の男児の御冥福を謹んでお祈りします。まず医療報道を斬る様の唇のそばかすには気をつけよう から2/23付タブロイド紙記事です。
小腸などにポリープが多くできる病気を患う男児(当時12歳)が、腹痛で佐賀市休日夜間こども診療所など3医療機関を受診した際、手術を受けられず死亡したのは医師が注意義務を果たさなかったからだなどとして、男児の両親が市と医療法人ロコメディカル、社会福祉法人佐賀整肢学園の3者を相手取り、約7600万円を求める損害賠償請求訴訟を佐賀地裁に起こした。
訴状によると、男児は06年3月25日夜、腹痛やおう吐を訴え、こども診療所でおう吐下痢症と診断された。
26日朝にロコメディカルが開設した病院を受診したが症状が収まらず、同夜、こども診療所で治療後、整肢学園に入院した。
男児はその約2時間後、血圧低下で佐賀大病院に搬送され、27日早朝、腸重積症による腸管こうそくで死亡した。
原告側は「腸重積症を疑い、緊急手術が可能な病院に搬送すべきだった」としている。
提訴について佐賀市は「争うか検討中」。残る2者は「理事長不在で答えられない」「コメントを差し控える」などとしている。【高芝菜穂子】
もう一つ2/23付読売新聞です。
腸の中に腸が潜り込む「腸重積症」が原因で次男(当時12歳)が亡くなったのは、佐賀市休日夜間こども診療所などが誤診したためとして、同市内の夫婦が市など3者を相手取り、約7600万円の損害賠償を求める訴訟を佐賀地裁に起こした。
ほかに訴えられたのは、小城市の医療法人「ロコメディカル」と佐賀市の社会福祉法人「佐賀整肢学園」。
訴状によると、次男は2006年3月25日から翌26日にかけ、腹痛や下痢を訴えて市休日夜間こども診療所など三つの医療機関を受診。嘔吐下痢症と診断されるなどし、27日未明に症状が悪化、同日死亡した。解剖の結果、腸重積症による腸管こうそくと分かった。
次男は腸重積症になりやすいとされるポイツ・イェーガー症候群という遺伝性疾患があり、こども診療所の医師は母親に、この疾患があることを確認していた。口唇の色素沈着斑(はん)などから同症候群と疑うことができたとして、「超音波検査で腸重積の発症を確認すべきだった」などと主張している。
佐賀市健康づくり課は「訴状を読んで今後のことを検討したい」としている。
まだ民事訴訟が起こっただけで過失については不明である事は先に確認しておきます。その上でこの記事から出来事の全体像を考えて見ます。全体像を推測する手がかりは医療報道を斬るにへのJSJ様のコメントです。タブロイド紙記事からだけでは分からないのですが、患者は読売新聞によれば、
同市内の夫婦
佐賀市在住のようです。出来事の結果ははっきりしており、これも読売記事からですが、
解剖の結果、腸重積症による腸管こうそくと分かった。
問題は12歳の子供の腸重積を何故診断できなかったかになります。小児科医であっても腹痛の診断は難しく、とくに乳幼児であれば、腸炎による腹痛と考えるのか、腸重積も含めたイレウス系疾患の可能性を考えるのか、はたまた便秘による腹痛の可能性も低くありませんから、一筋縄で行かない時はあります。今回の症状の発端は、
- タブロイド紙
- 腹痛やおう吐を訴え、こども診療所でおう吐下痢症と診断された
- 読売新聞
- 腹痛や下痢を訴えて
時刻 | 事柄 |
3/25夜 | 佐賀市休日夜間こども診療所受診 |
3/26朝 | ロコメディカル受診 |
3/26夜 | 佐賀市休日夜間こども診療所受診 |
同夜 | 佐賀整肢学園入院 |
同夜 | 佐賀大病院搬送 |
つまり休日夜間こども診療所、ロコメディカル、佐賀整肢学園入院の3ヶ所で腸重積が診断できなかった事になります。また休日夜間こども診療所は3/25と3/26の2度受診しており、可能性として担当医が異なっている可能性が非常に高いと思われます。つまり4人の医師が診察しても、腸重積を含むイレウス系の疾患、さらには急性虫垂炎みたいな腹痛を強く訴え手術の必要性のある病気の可能性を考えなかった事になります。
難しいのは小児科医ですからある程度理解しますが、引っかかるのは患者が12歳の男児である事です。小児科の診断の難しさの一つに患者本人からの症状の情報を聞き取り難いというのがあります。それでも12歳であればかなり聞き取れるはずなんです。腸重積は通常は激しい腹痛を訴えますから、それを聞いただけで腸重積とまで診断できなくとも「何か怪しい」と感じ取れるはずです。それが4人とも怪しいとも思わず、嘔吐下痢症なりの診断が変わらなかったのは謎です。
ここでロコメディカルなんですが、一般病棟病床42床、医療療養病床54床、介護療養型病床2床の計98床の病院で、診療科目は、
小児科もあるのですが、小児科医が何人いるのか、そもそも常勤なのかの情報はありません。HPを読んだ印象からすると、小児救急に熱心に取り組んでいるというより「小児科外来もあります」程度のように感じるのですが、詳しい情報はありません。それでも受診案内に、
- 急患の方は上記以外の診察も行っております。
- 時間外・休診日も、24時間医師が待機いたしておりますのでご安心しておこしください。
(専門外の医師が待機する場合もございますので、事前に電話にてご連絡下さい。)
小児科の時間外受診も可能なのかもしれません。それとわざわざ佐賀市民が時間外とは言え小城市の病院を受診したかになります。距離的には佐賀市と小城市は隣接しており、佐賀市役所から5km程度の距離のようですから、交通の便としては受診可能かと考えます。それと99さがネットによると佐賀市も小城市も中部地域として分類されていますから、佐賀市を越えて受診するのはごく普通のことかもしれません。
とりあえず3/25夜の休日夜間こども診療所、3/26朝のロコメディカルの2人の医師は腸重積を疑いませんでした。3/26夜にもう一度休日夜間こども診療所した後、
同夜、こども診療所で治療後、整肢学園に入院した
ここの記述の解釈が難しいところです。佐賀整肢学園に入院した事は間違いありませんが、これが休日夜間こども診療所の医師の判断による紹介入院なのか、家族の要請による入院なのかです。佐賀整肢学園は名前の通り、普通の病院とはチト違います。特色のところを一部引用すると
肢体不自由児施設として開設された経緯から、現在でも、脳性麻痺や二分脊椎のような小児麻痺性疾患患者さんの診断と治療を主体としています。しかし、先天異常、染色体異常、筋ジストロフィーなど先天性小児疾患患者さんの診断と治療、更には、言語・学習障害児に対しての診断と治療にも当っています。
基本的に四肢不自由児に対する施設で、診療科もそれに対応した整形外科、小児科、リハビリテーション科、歯科の構成になっています。
記事にもあるように患児はポイツ・イェーガー症候群があり、これは常染色体性優性遺伝性疾患ですから、範疇に入るといえば入りますが、ポイツ・イェーガー症候群は四肢麻痺や知的障害を持つわけではありません。ポイツ・イェーガー症候群で重大なのは消化管に多数のポリープが発生することによる症状の対処であり、担当する診療科はこの年齢なら小児外科です。遺伝性疾患ではありますが、普通は縁のない施設です。
何が言いたいかといえば、日曜の夜に嘔吐下痢症で緊急入院するような病院では無いという事です。3/26夜の時点で家族の不安が強く、押しきられるような形で休日夜間こども診療所の担当医師が紹介入院するとしても、通常は他の普通の二次救急医療機関なりを選択するはずだということです。佐賀整肢学園もまた、普通は余ほどの事がない限り応需しないだろうと考えます。それでも夜間に緊急入院しているので何か関係がある可能性を考えます。
どうもこの辺に3ヶ所の医療機関の4人の医師が、腸重積を診断できなかった原因がある様な気がします。4人の医師は腸重積どころか、入院が必要であるという重症感もあまり抱いていない印象があります。たまたま4人ともボンクラで、見逃してしまう技量しかなかった不運の可能性もありますが、それが4人もそろうというのは確率的に非常に低いものがあります。なんらかの理由で腸重積の診断までいかなくとも、せめて「何かありそう」だから入院して治療検査をしておく、または外来なりで検査をしておこうのセンサーを阻害する因子があったと考えます。
何かについては、これ以上情報がないので、無用の推測を広げるのは慎ませて頂きます。おそらく非常に診断が難しいケースであったのではないかとだけしておきます。ただ訴訟となれば「難しかった」がどこまで通用するかは別の話です。とくに
口唇の色素沈着斑(はん)などから同症候群と疑うことができた
これでピンと来るのを要求するのは正直なところチト厳しい要求に感じますが、
こども診療所の医師は母親に、この疾患があることを確認していた
これはかなり痛いポイントです。診察した医師がどれほどポイツ・イェガー症候群に知見があったかは少々同情します。なんと言っても10万人に1人程度の病気ですし、治療の主体になるのは小児科ではなく小児外科になりますから、どこかで聞いた事があるレベルの可能性も十分あります。正直なところ私の知識も今回調べ直すまでかなり曖昧でした。今の私なら診察を中断して文献なりを調べる事は可能ですが、出先の急病診療所でそれが可能かどうかは疑問なところです。
それでも病名まで告げられて、腸重積に配慮しなかった責任を追及されると厳しいかもしれません。後は受診時の症状が腸重積と疑うに足りたかどうかを争う事になるのでしょうが、これについては情報が乏しすぎるので「よくわからない」にさせて頂きます。