アッペは怖い

アッペ(急性虫垂炎)は怖いと真剣に思っています。成人だって診断が難しいことはあるでしょうが、子供のアッペも非常に手強いと常々感じています。頻度は少ないのですが年に2例程度遭遇します。いつもヒヤヒヤしながらの診断(つうか疑い)の診断を下して二次救急病院に紹介しています。二次救急でも診断は容易ではなくて、微妙な時は本当に微妙です。

あんまり症例の事を詳しく書くと情報漏洩になりかねませんので経験談はこれぐらいにして、10/15付産経記事より、

 大阪府枚方市の星ケ丘厚生年金病院で平成18年11月、腹痛を訴え受診した枚方市の男性=当時(43)=が30代の担当医に「風邪」と診断され、翌日に壊死(えし)性虫垂炎による敗血性ショックで死亡していたことが14日、病院関係者への取材で分かった。病理解剖の結果、男性は死亡の数日前から虫垂炎とみられる炎症を起こしており、医師が診察時に適切な治療をしていれば、死亡しなかった可能性が高いという。

 男性の遺族は、医師の「誤診」で死亡したとして、業務上過失致死罪で枚方署に告訴状を提出。病院側は今年7月、当時の解剖結果や検体などを同署に任意提出した。同署は関係者から事情を聴くなどして慎重に捜査している。

 病院関係者や遺族によると、男性は18年11月23日午前8時45分ごろ、激しい腹痛を訴え受診。担当した男性内科医が聴診器を使うなどして調べたが、「風邪」と診断し、風邪薬を処方して帰宅させた。

 男性は翌朝になって体調が急変。自宅で心肺停止となり、同病院に運ばれたが、午前9時半すぎに死亡した。同病院が遺体を病理解剖したところ、男性の虫垂に穴が開き、そこから漏れた細菌が腹膜に感染、血流に乗って全身に広がり、急死したことが分かった。

 死亡後、医師は男性の遺族に謝罪したが、診断書には男性が腹痛を訴えたとの記載がなかった。医師は病院側の内部調査に「診察時には腹痛を訴えていなかった」と説明。診察時の症状について医師と遺族の間で説明に食い違いもみられるという。

 ただ、専門家が当時の病理組織を検査したところ、虫垂炎の発症時期は少なくとも死亡日の数日前だったことが判明。医療関係者によると、診察時に血液検査や超音波検査などの適切な処置をしていれば、死亡しなかった可能性もあるという。

 病院側は「患者が死亡されたことは大変気の毒だが、当時の対応に問題があったかどうかは捜査機関に委ねるしかない」としている。

 同病院では平成17年2月にも、ヘルニア手術を受けた当時1歳の乳児のぼうこうを誤って切除するミスが起こっている。

亡くなられた43歳の男性の御冥福を謹んでお祈りします。さてこの報道もアッペを巡るものですが、不幸にして敗血症からのショックににより死亡されています。いつもの医療訴訟報道と少し異なるのは、

    男性の遺族は、医師の「誤診」で死亡したとして、業務上過失致死罪で枚方署に告訴状を提出。病院側は今年7月、当時の解剖結果や検体などを同署に任意提出した。同署は関係者から事情を聴くなどして慎重に捜査している。
誤診による死亡は刑事告訴される時代になりつつあるようです。もちろん誤診と言っても重過失であれば刑事事件になっても何の不思議もないのですが、どれほどの重過失かです。
    病院関係者や遺族によると、男性は18年11月23日午前8時45分ごろ、激しい腹痛を訴え受診。担当した男性内科医が聴診器を使うなどして調べたが、「風邪」と診断し、風邪薬を処方して帰宅させた。
う〜ん、これが事実であるなら重過失の可能性はあるかもしれません。主訴が「激しい腹痛」であるのに「風邪薬」だけで帰宅させるのは「余りにも」の印象が強すぎます。ただなんですが主訴と診断の間に距離がありすぎると思います。別に医師でなくても分かると思いますが、
    激しい腹痛 → 風邪
こういう風に結びつけるのは少々どころでない無理があります。腹痛は医療関係者の間で「急性腹症」とか表現しますが、腹痛の時の診断は通常慎重に行います。他の症状が書いていないので判らないところですが、これで激しい下痢でも伴っていれば急性腸炎による「激しい腹痛」と考えるぐらいはよくあります。ただし下痢が伴っていても症状が「激しい腹痛」なら、急性腸炎以外の合併症も十分念頭に起きます。

つまり腹痛の程度が急性腸炎程度で説明が可能な程度であれば良いのですが、「それにしても激しい」と感じれば他にも鑑別診断の範囲を通常広げると言う事です。子供ならアッペもそうですが、イレウスぐらいはすぐに連想します。成人であれば・・・これは皆様にお任せします。

ここまでは下痢を伴う時のお話ですが、下痢を伴わない時には難度が上ります。小児の場合には平穏な便秘がわりと多いのですが、もちろんアッペも候補に残ります。そのため小児科の古典的な診療法として「とりあえず浣腸」てのもあります。今時ならば「とりあえずレントゲン」とか「とりあえずエコー」の方が先かもしれませんし、採血検査も必要に応じて考えます。

何が言いたいかですが、とにもかくにも「激しい腹痛」の原因を特定する事が優先されるの一番であり、「激しい腹痛」の原因が特定されない時には、それこそ入院させて診療にあたるのが通常だと考えられるからです。もうちょっと言えば「激しい腹痛」があるだけで十分な入院適応になるはずなんです。それぐらい「激しい腹痛」と言う主訴の存在は重いのが通常です。

それだけ重い主訴である「激しい腹痛」から導き出された結論が「風邪」とは不思議な感じを抱いています。遺族の主張通りなら刑事事件に相当する重過失かどうかの議論は置いといても、民事上の注意責任義務は十分に負わざるを得ないと感じます。


なんと言っても記事情報しか存在していませんから、これに頼らざるを得ないのですが、

    専門家が当時の病理組織を検査したところ、虫垂炎の発症時期は少なくとも死亡日の数日前だったことが判明
私は病理に詳しいとは言えないのですが、これが正しいとすれば
    男性は翌朝になって体調が急変。自宅で心肺停止となり、同病院に運ばれたが、午前9時半すぎに死亡した。同病院が遺体を病理解剖したところ、男性の虫垂に穴が開き、そこから漏れた細菌が腹膜に感染、血流に乗って全身に広がり、急死したことが分かった。
いわゆる虫垂炎が悪化して虫垂が破裂し、腹膜炎を起しての敗血症ショックになります。死亡前日の朝に受診した時に「激しい腹痛」があったとしても話は通ります。そうなると問題の焦点は、
    診断書には男性が腹痛を訴えたとの記載がなかった。医師は病院側の内部調査に「診察時には腹痛を訴えていなかった」と説明。診察時の症状について医師と遺族の間で説明に食い違いもみられるという。
記事にある「診断書」は「診療録」のような気もするのですが、そこに「激しい腹痛」の記載がなかったのはチョット気になります。カルテの記載量は医師により差がありますが、記載の少ない医師でも主訴ぐらいは書きます。そうなると考えられる事は、
  1. 担当医は患者の訴えの「激しい腹痛」を主訴とは受け取らず、記載する必要性も認めなかった
  2. 患者は「激しい腹痛」の訴えをそれほどしなかった
  3. 患者が「激しい腹痛」を訴えたにも関らず医師は無視した
  4. カルテ改ざんの可能性
これぐらいは考えられます。

これってどれも微妙な説で、a.やb.であるなら患者の腹痛は診察時点ではさほど強くなかった事になります。体が痛むと言うのは外から診察できるものではなく、患者が訴えない限りわかりません。腹痛はあったにしても医師が症状として重く取るほどのもので無かった事になります。そんな事があるかと言われれば、実際はあります。少なくとも小児ではあります。

では医師がなぜ「風邪」と診断したかですが、患者の腹痛以外の訴えに重きを置いたため診断として「風邪」になった可能性です。そうでも考えないと「激しい腹痛」から「風邪」の診断は出てくるはずがありません。他にどんな症状を患者が訴えたかの情報がありませんから、これ以上はなんとも言えませんが、平均点まで行っていない医師でも「激しい腹痛」の受け取り方は上記した通りだからです。

c.やd.もありそうでありえにくいシチュエーションです。理由は同様で、カルテ改竄説でも担当医は患者の「激しい腹痛」を訴えを一切無視したことになるからです。そこまでタケノコの医師がいないとは言いきりませんが、「う〜ん」と考え込んでしまいます。


そうなると考えられるのは、

  1. 担当医が想像を絶するほどのタケノコ医師であった
  2. 診察時の腹痛は軽微なものであり、担当医はこの症状を重視しなかった
真相はどちらなんでしょうか、それとも私の推理した以外の真相があったのでしょうか。アッペの診断が時に困難であるのは間違いありませんが、実際に何があったかを考えると複雑そうな事件です。