大分で起こった類型

大分市の小児時間外診療のお話です。

従来の大分市の小児時間外診療体制は、大分こども病院と大分日赤が一次〜三次を一手に引き受ける体制であったようです。ところが大分こども病院の小児科常勤医が11人から7人に減る事態が起こり、再編を迫られたのが事の発端のようです。個人的には小児の三次救急病院であるこども病院を、小児時間外診療に酷使する体制自体に無理があるとも思っていますが、大分の医療事情は不明ですから深くは触れません。

とにかくこども病院と日赤の2ヶ所体制が破綻したのですから、行政的には「対応」が迫られる事になります。出てきた案は開業医の動員です。動員できる開業医は大分市内に23ヶ所あるそうで、従来も日曜祝日の昼間の時間外診療を輪番で行っていましたが、これを一挙に平日の夜間(午後5時〜10時)まで拡大する事が決定されます。病院側は従来の2病院に加えてアルメイダ病院が参加し負担を軽減するプランが出来上がります。

これが4月1日から出来上がった体制で要約すると、

  1. 日曜祝日の昼間、平日の午後10時まで開業医の輪番
  2. その他の時間(二次、三次は別)を3病院で輪番
外形だけ見れば、従来2病院が負担していた軽症時間外診療のかなりの部分が開業医の輪番に流れるはずですし、さらに病院側も3ヶ所に増えるので負担が減るはずです。ただなんですが、これはあくまでも需要が従来と変わらず、時間外受診のパターンも従来通りであるとの前提が必要です。成人の時間外診療もそういう面があるかもしれませんが、小児時間外診療では「充実した体制らしいぞ♪」のアナウンス効果は少々怖いところがあります。

どうなったか6/5付大分合同新聞にあります。

 大分市の小児救急(初期)の夜間診療で、金・日曜日深夜の受け入れが4日から休止した。市は早期再開を目指すが、医師不足もあってめどは立たないまま。「長期化すれば、小児医療全体へと連鎖的に影響が広がりかねない」。スタートからわずか2カ月で生じた“空白”は、医療現場に波紋を広げている。

 午後5〜10時は市内23の小児科が持ち回りで診療し、深夜(午後11時〜翌午前7時)は市内3病院が輪番で初期救急を担う―。

 現行の夜間診療は、24時間体制で救急患者を受け入れてきた大分こども病院、大分赤十字病院の小児科医が大幅に減ったことを受け、急場をしのぐ「暫定的な体制」として始まった。

 しかし深夜帯を担うアルメイダ病院に医師を派遣してきた大分大学が輪番から離脱した。1人の医師が十数人の患者を明け方近くまで診察する状態。同大医学部小児科の泉達郎教授は「仮眠も取れない忙しさで、重症患者を受け入れる大学病院の本来の小児診療に支障が出る恐れがあった」。

 背景には見込みの甘さも見えてくる。市は診療体制の整備を前に、症状別の対処法をまとめた冊子を保護者に配り、「夜間の受診者は減ると見込んでいた」(市保健所保健総務課)。

 だが受診者は減るどころか増加傾向。「診療体制が充実し、深夜も受診していいという誤った印象を持たれてしまったようだ」と三重野小二郎課長は言う。県の「こども救急電話相談」も金・日曜の午後10時以降、休止に追い込まれた。

 夜間診療を担う開業医たちは「金・日曜には患者が押し掛けかねない」と話す。夜間の受診者が減らない限り、別の医療機関へと患者が流れ、医師の過重労働に拍車が掛かる。

 「大分市では長年、小児救急は民間に“おんぶに抱っこ”だっただけに、市の対応は全体的に後手に回っている」。市内のある小児科医はこう指摘する。

 「その場しのぎの対応には限界がある。関係機関をうまくまとめ、みんなが参画する診療体制を築けるかどうか。行政のリーダーシップが求められている」

大分市での類型で何が起こったかといえば、本来は時間外診療体制の弱体化に伴う応急措置みたいな体制であったはずが、「見かけ」上なんですが従来より充実したかのような間違ったイメージが伝わったものだと考えています。いや、イメージは間違っていないかもしれませんが、長年の間、さしてアピールしていなかった小児夜間診療体制を周知してしまったためではないかと考えています。

意義として小児夜間診療体制の弱体化を訴えてはいますが、存在を改めて知った人々の需要を喚起してしまったと言う事です。これまでより増えた分は、これまで翌日なりの通常の時間帯に受診していた層が夜間受診にシフトしてしまった層です。

病院側の深夜受診数の増加は、絶対数の増加もあるでしょうが、どうせなら開業医より病院が良い層のシフトです。これまでは準夜帯にも分散していたのが、無条件で受診できる深夜帯にワザワザ待って受診する層が増えたためと考えています。この辺は自分の子どもが病院を受診するぐらい重症であるとの判断もあるでしょうし、開業医では信用できないと思っている層もあるとは思います。

さらに市内に点在する開業医の輪番ですから地理的な問題も出てきます。夜間に知らない診療所を知らない土地で探し当てるのは確かに厄介です。知らないところを探し回るより、確実に知っている病院を受診しようはありえる選択です。どちらも知らなくとも病院の方が見つかりやすいですからね。

ただ理解がやや難しい現象もあります。

    県の「こども救急電話相談」も金・日曜の午後10時以降、休止に追い込まれた。
「???」です。通常は大分みたいな状態を緩和するために存在するかと思うのですが、なぜに休止になったかの流れがよくわかりませんでした。開業医動員の影響でしょうか。それとも夜間救急が無くなって、案内するところが市内になくなったので休止したのでしょうか。文脈的には後者なんですが、わかったようなわからないようなです。


書きながら漠然と思ったことがあります。言葉の定義というか使い方になるのですが、「救急」と「時間外」は分けて使ったほうが良さそうな気がします。救急という言葉で括ってしまうと「すべて放置が許されない」のニュアンスが強くなりすぎると感じるからです。これもイメージなんですが、夜間の診療は救急患者の中に時間外患者が混じっているのではなく、時間外患者の海の中に救急患者が混じっているのが実態に近いところがあります。

基本姿勢として救急患者はなんとか対応する必要がありますが、時間外患者は極力制限しないと現場は持ちません。不要不急の時間外患者をいかに制限するかが常に議論の焦点になるのですが、良心的に考えると限りなく拾い上げる結論にしかなりません。理由は不要不急に見える患者の中に重症患者が含まれる経験を誰しも持っているからです。

救急患者であるか、時間外患者であるかの判断は結果論に過ぎないとの考え方です。良心的な小児科医ほどその点にこだわりますし、こだわれるとゴチゴチの正論ですから、とくに公式の場では反論は非常に難しくなります。ですから出口の無い泥沼のような議論に陥りやすくなります。泥沼と言うか精神論の進軍ラッパで会議が結論付けられるみたいな調子です。

あえて両立させるなら、体制を充実させながら、これ以上の需要を喚起させない方策が必要になります。大分の類型の様に一度喚起させてしまうと、これを元に戻すのは非常に困難であるからです。一度夜間にシフトした時間外患者を昼間に押し戻すのは非常に難しいと思っています。



こういう現象は大分だけではなく、日本中どこででも展開され、さらに展開される可能性のある一つの類型です。柏原の成功例がよくモデルに持ち上がられますが、柏原だってモデルが行なわれる前には、その地域の小児科診療を壊滅寸前にまで追い込んでいた事を忘れてはなりません。そこまでの状態になって「こりゃ、いかん」とばかりにコウノトリやトキを保護するように乗り出したのが実際のところだと思います。

それでも柏原が偉かったのは、壊滅寸前でも気がついて保護に成功した事です。どこであっても壊滅寸前になれば気がつき、保護に成功すると言うわけでは無いという事です。むしろ壊滅寸前ではなく、壊滅するまで事態を進行させ、壊滅したら「次をよこせ」の方向性になるところの方が多いんじゃないかと考えています。

それと柏原規模であったので壊滅寸前から復旧するにしてもスケールは小さくて済むというのもあります。柏原病院も1人まで小児科医が減って危機を迎えましたが、数人増えれば危機を脱する事が出来ています。これを仮に大分のケースに当てはめれば、壊滅寸前にまで進行すれば復旧は10年単位で可能かどうかのお話になると思います。


さて問題点ばかり指摘して、解決策を提示しないのは良くないとされます。基本的な状況は「需要 > 供給」であり、なおかつ供給側が増える可能性が無い状態です。たとえば無理やり大分の供給を十分量に増やしたならば、大分の供給分に引き抜かれた他の地域がドミノ倒しを起します。小児科医の総供給数も限定されており、どこかに十分量が供給されると、必ず他の地域の穴が開くと言う事です。

であれば需要を減らさざるを得なくなるのですが、上述した様に救急患者と時間外患者の事前の選別は非常に困難です。そうなると現実的に提案され一部で実行されているのは、

  • 金銭による障壁
  • 啓蒙
金銭による障壁は選定療養費と言う形で一部で行なわれています。難点は病院は採用できても診療所では無理(だったと思います)な事と、とくに公立病院では住民の不満が病院だけではなく行政や議会に向う可能性があることです。啓蒙は成功例もありますが、今のところ一般化して語れるほどの効果は無いと考えています。とくに都市部での啓蒙は至難のように考えています。


金銭による障壁や啓蒙もこれから引き続いて行なわれるでしょうが、最近の外来でヒントらしいものを拾った様な気がしています。あくまでもヒントなんですが、神戸の時間外診療を幅広く扱ってくれているとある大病院があります。その活動には日頃から敬意を払っているのですが、時間外の診療方法がかなりユニークな方式を取られています。

内情にやや詳しい人から聞いたのですが、小児の時間外診療は小児科医が診察していないそうです。誰が診ているかといえば、その他診療科の研修医(これは広い意味です)が動員されているそうです。そのためか診療レベルはかなりのバラツキがあります。正直なところ「おいおい」と言いたくなるようなレベルのものも、よく目にします。JBM的には非常に怖い状態ですが、啓蒙効果はかなりあるように感じています。

どんな啓蒙効果かと言えば、「行っても、何もしてくれない」の評判です。まあ、何もしなくとも翌日なりに、かかりつけの診療所に受診して、普通に治っていますから、開き直って言えば、時間外受診をしていようが、してなかろうが変わらなかったとも言えます。そこのところまで理解してくれなくとも、行っても無駄足の経験を積めば、軽症受診はかなり控える様になる効果は見られています。

それとそういう経験は個人に留まるものではなく、「隣のおばちゃん効果」でかなり吹聴されます。開業医でこれをやられれば致命傷になるのですが、そこは大病院の金看板を背負ってますから、そういう評判は夜間時間外診療の範囲に留まります。この手法をもう少し上手に活用できないかと言う事です。何かうまい形にまとめられそうな気がしているのですが、今朝はどうにもうまくまとまりません。

宜しければ御意見下さればと思っています。