「いっせい」のための談合

最初にお断りしておきますが、取り上げる素材は光市母子殺害訴訟の判決に関するものであり、さらに少年のとくに凶悪犯罪に関する実名報道ですが、実名報道の是非を取り上げるつもりはありません。取り上げたいのは実名報道を行なった報道機関の動きです。


談合の形跡

1/20時点の実名報道に関する各報道機関の態度表明です。リンクは一応つけていますが、既にリンク先の内容はかなり変わっています。それとタブ紙と中日は1/20時点では注釈をつけておらず(タブ紙中日)1/21時点のものを引用しています。

報道機関 理由
読売 読売新聞は、犯罪を犯した未成年者について、少年の健全育成を目的とした少年法の理念を尊重し、原則、匿名で報道しています。しかし死刑が確定すれば、更生(社会復帰)の機会はなくなる一方、国家が人の命を奪う死刑の対象が誰なのかは重大な社会的関心事となります。このため20日の判決から、光市母子殺害事件の被告を実名で報道します。
朝日 朝日新聞はこれまで、犯行時少年だった大月被告について、少年法の趣旨を尊重し、社会復帰の可能性などに配慮して匿名で報道してきました。最高裁判決で死刑が確定する見通しとなったことを受け、実名での報道に切り替えます。国家によって生命を奪われる刑の対象者は明らかにされているべきだとの判断からです。本社は2004年、事件当時は少年でも、死刑が確定する場合、原則として実名で報道する方針を決めています。
日経 日本経済新聞社少年法を尊重し、被告の元少年をこれまで匿名で報じてきましたが、最高裁判決で死刑が確定するため実名に切り替えます。犯行時に少年だった被告に死刑判決が下された重大性に加え、被告に更正の機会がなくなることを考慮しました。
産経 産経新聞社は原則として、犯行当時に未成年だった事件は少年法に照らして匿名とし、光市母子殺害事件も被告を匿名で報じてきました。しかし、死刑が事実上確定し、社会復帰などを前提とした更生の機会は失われます。事件の重大性も考慮し、20日の判決から実名に切り替えます。
共同 光市母子殺害事件で死刑が確定する元少年を実名で報じます。更生、社会復帰への配慮が必要なくなるためです。
時事 犯行当時、大月被告は18歳で、新聞各紙は少年法の趣旨を踏まえて匿名報道を続けてきたが、死刑の確定で事実上社会復帰の可能性がなくなることなどから、いっせいに実名報道に切り換えた。
NHK NHKは、少年事件について、立ち直りを重視する少年法の趣旨に沿って、原則、匿名で報道しています。今回の事件が、主婦と幼い子どもが殺害される凶悪で重大な犯罪で社会の関心が高いことや、判決で元少年の死刑が確定することになり、社会復帰して更生する可能性が事実上なくなったと考えられることなどから実名で報道しました。
日本テレビ (注釈なしで実名)
フジテレビ FNNではこれまで、犯行当時、被告が少年だったため、少年法の趣旨に沿って、更生の可能性や社会復帰に配慮し、匿名で報道してきました。しかし、死刑が確定することで、社会復帰後の更生の可能性が事実上なくなったことや、死刑執行は重大な国家権力の行使であること、事件の重大性などを総合的に判断し、今回、実名での報道に切り替えました。
テレビ朝日 テレビ朝日では、犯行当時少年だった被告について、少年法を尊重し、更生の可能性に配慮して匿名で報道してきました。しかし、今回の事件が、特に社会に重大な影響を与えたこと。最高裁で上告が棄却され、事実上死刑が確定することになり、少年が更生する機会がなくなったこと。さらに、逮捕以来、匿名で報じられてきた人物について匿名のまま死刑が執行された場合、「国家が人命を奪う」行為を国民が監視できなくなってしまうこと。これらの理由から、テレビ朝日では、実名報道に切り替えました。
TBS なお、JNNでは、これまで元少年について匿名で報じてきましたが、最高裁で死刑判決が確定することによって、少年法がうたう更生と社会復帰の可能性への配慮が必要なくなること、今後、誰に刑が執行されるのかが匿名であってはならないと考えることなどから、実名報道に切り換えました。
タブ紙 毎日新聞元少年の匿名報道を継続します。母子の尊い命が奪われた非道極まりない事件ですが、少年法の理念を尊重し匿名で報道するという原則を変更すべきではないと判断しました。


少年法は少年の更生を目的とし、死刑確定でその可能性がなくなるとの見方もありますが、更生とは「反省・信仰などによって心持が根本的に変化すること」(広辞苑)をいい、元少年には今後も更生に向け事件を悔い、被害者・遺族に心から謝罪する姿勢が求められます。また今後、再審や恩赦が認められる可能性が全くないとは言い切れません。

94年の連続リンチ殺人事件で死刑が確定した元少年3人の最高裁判決(11年3月)についても匿名で報道しましたが、今回の判決でも実名報道に切り替えるべき新たな事情はないと判断しました。
中日新聞 本紙は光市母子殺害事件の被告の元少年について、少年の健全育成を目的とする少年法の理念を尊重し、「報道は原則実名」の例外として匿名で報じてきました。今回の最高裁判決によって元少年の死刑が確定しても再審や恩赦の制度があり、元少年の更生の可能性が直ちに消えるわけではありません。少年法が求める配慮は消えておらず、これまで通り匿名で報道します。

西日本新聞 山口県光市母子殺害事件最高裁から死刑判決を受けた元少年について本紙は匿名報道を続けます。少年法は少年の更生や社会復帰のため、少年時の罪で起訴された被告の実名報道を禁じています。死刑判決が確定した後も再審や恩赦の可能性はあり、現時点では少年法の趣旨を尊重する必要があると判断しました。


私が調べた範囲が14社で、そのうち11社が実名報道に切り替えています。切り替え理由は各社とも類似しており、共通のテンプレ(新聞とテレビは別かな?)に基づいて、各社のオリジナリティが加わっている様に読めます。そうでもないと、同じ日に、一斉に、なおかつ内容がこれほど似るのは奇跡に近いことです。

ちょっと注目しておきたいのは時事で、

    新聞各紙は少年法の趣旨を踏まえて匿名報道を続けてきたが、死刑の確定で事実上社会復帰の可能性がなくなることなどから、いっせいに実名報道に切り換えた。
こういう記述がありタイムスタンプが、「2012/2/20 15:41」となっています。報道記事のタイムスタンプもアテにならないのですが、重大事件として各社がほぼ同時期に報道している真っ最中に「新聞各紙」が「いっせいに実名報道に切り換えた」が伝えられるのは大したものです。これは素直に考えて新聞各紙が実名報道に切り替えることを知っていたものとして良さそうに取れます。

もう一つは西日本です。ここは匿名報道を続けるとしていますが、その事をわざわざ説明として記事に掲載しています。従来は匿名報道だったわけですから、匿名報道の方針が変わらないことをわざわざ表明するのは不自然です。ここは他紙が実名報道に「いっせい」に切り替えることを知っていたがために、自分のところは匿名報道を続ける説明の必要が生じたためと考えます。

まとめると、

  1. 同時期に「いっせい」に実名報道への切り替えが行なわれ、なおかつその理由が類似している
  2. 時事がかなり早期に「新聞各紙」が「いっせいに実名報道に切り換えた」と報じている
  3. 匿名報道を続ける報道機関もわざわざその理由を説明している
この3点から、最高裁判決が出る前に報道各社は申し合わせの上で「いっせい」に実名報道に切り替えたと考えてよいでしょう。つまり談合が行われていたです。


少年法は、もともとどうなっているかですが、

第2条

 この法律で「少年」とは、20歳に満たない者をいい、「成人」とは、満20歳以上の者をいう。

20歳未満の者に適用される法律である事がわかります。報道に関しては、

第61条

 家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であること推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。

へぇ、年齢も「新聞紙その他の出版物に掲載してはならない」になっています。もう一つ少年法の条文を紹介しておきたいのですが、

第60条

 少年のとき犯した罪により刑に処せられてその執行を受け終り、又は執行の免除を受けた者は、人の資格に関する法令の適用については、将来に向つて刑の言渡を受けなかつたものとみなす。

ここは平たく受け取れば、少年の時に受けた刑は、その刑の執行を受け終われば前科としないと解釈しても良い様に思います。そう言えば少年犯罪の更正美談として、少年院で猛勉強して医師とか弁護士になったと言うのは聞いた事があります。これは更正すれば社会と言うか、法の取扱いとして不問とするものと読めます。これを守るために少年法61条があるとも考えられます。

条文を素直に読む限り、たとえ死刑になったとしても、その刑を受ければ

    人の資格に関する法令の適用については、将来に向つて刑の言渡を受けなかつたものとみなす。
もちろん他の刑と違い、死刑は本人が死亡してしまうので、刑を償った後に「人の資格」については実質として活用の余地は無いとは言えます。また、

第1条

 この法律は、少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年の刑事事件について特別の措置を講ずることを目的とする。

ここにある「性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分」もできなくなるのですが、それだけの理由で61条は無効になるかどうかはチト疑問です。これは取りようなんですが、死刑判決を受けても即日施行されるわけではありません。判決が下ってから死刑執行までの間には、死刑囚として過ごす時間がかなりあります。死刑囚として過ごす期間も死刑の一部であると考えれば、どうなんだろうです。

どうもなんですが、少年法を厳密に解釈すると実名報道はやはり問題が残るとの疑念が、報道機関の談合でも出たんじゃないかと推測します。それでもどうしても実名報道を行ないたいの意見が多数派を占め、バラバラでやると目立つとと言うか、社会的に問題視された時に狙い撃ちにされるので、

    みんなで渡れば怖くない
こういう方式を取ったような気がしています。そこで信念を貫いたのか、他紙の動向を読みきれなかったのか、とりあえず日和ったのかは不明ですが、何紙かはあくまでも匿名路線を掲げたと見ます。ほいじゃ、少年法61条に違反すればどうなるかですが、これには刑事罰は存在しません。民事賠償についても必ずしも認められない事が多いそうです。これはmsn相談箱にあったものですが、

刑事責任は端から問題にならないし、民事責任も少年法61条違反というだけでは負わないことがあるので、守らなくても法律上、何の制裁も受けない可能性があることになってしまい、同条の規定の実効性がなくなるというのが議論の肝です。

なお、上記事例では不法行為責任を否定しましたが、これは「少年法61条に違反する記事を書いても常に不法行為とならない」という意味ではありません。単に「少年法61条違反というだけで不法行為が成立するということにはならない」というだけの話です。もう少しきちんと言えば、同条は少年に対して「氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載されない権利」を認めたものではないというだけのことです。

これは結構わかりやすい解釈で、マスコミ各社の中に、今回の実名報道の説明に少年法の「尊重」と言う書き方をしているのは、守るか守らないかはマスコミ側の尊重する態度だけであり、いつでもマスコミの意思次第で実名報道は可能であるの裏返しと見ることもできます。

怖いのは世論の反応だけであり、実名報道を是とする声が大きければ先例となり、反発が大きければ次回は尊重しようです。ま、今回の「みんなが渡れば怖くない」式にしたのは、個別撃破への予防と、いっせいに行うことで有無を言わさず流れを作ってしまう戦術の様に思います。


たいした感想はありません

いつもながら抜くか抜かれるかのライバルだと自負されている割りには、見事な談合体制が取られている事に感心しています。タブ紙が入っているのは正直なところ意外でしたが、確認出来る範囲で3紙が談合の申し合わせに抵抗しているのは救いかもしれません。救いかもしれませんが、報道時に談合体制が存在する事を隠す必要もないと認識されているみたいです。

これも断っておきますが、別に今回の事も談合したって構いません。談合と言うから印象が悪い訳であって、少年法61条に挑戦するわけですから、業界としての談合、たとえば新聞協会ぐらいが表に立って、予めアピールするのなら同じ談合でもかなり意味合いが違います。この判決だって、言ったら悪いですが無罪なんて可能性は乏しくて、死刑か大逆転で無期懲役になるかぐらいです。

つまり死刑判決の報道の可能性は十分にあり、その時に備えて実名報道の是非を業界として表明しておくと言う事です。報道時に突然の様に「いっせい」に足並みがそろってしまうのはまさに裏の申し合わせであり、談合としか言い様がないと思います。

ま、今さら過ぎる話ですが、いかなる記事、とくに重要事件の記事の裏に談合体質がある事を見事に露呈した一件であったと思っています。感想としては・・・もういっか♪