とりあえず「静かな湖畔」のメロディーで、
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静かな公判の 闇の陰から
もう起訴しちゃいかがと
カゴが啼く
カゴ カゴ カゴ カゴ カゴ
この事件は報道もされていますし、基本的にかなり専門外なのでリンク先を読んで欲しいのですが、ごく簡単に紹介しておきます。70歳代の男性患者の治療のためにCVラインを確保しようとしたところ、どうやらガイドワイヤーで右室を穿孔し、それによる出血で急死したというものです。亡くなられた男性患者の御冥福を謹んでお祈りします。ガイドワイヤーが原因かどうかが微妙としたのは、
病理診断の結果,直接的な死因は,右室の穿通によって起こった心タンポナーデであるとされましたが,今回のケースにおいては,物理的に穿通部位へ到達可能なのはガイドワイヤーのみでした
消去法で他に原因が無いと報告書に記載されている点です。ガイドワイヤーは弾力性に富む一種の針金みたいなものですが、報告書にあるようにカテーテルの中を通して使うもので細く、さらに先端はJ字型になっています。先端がJ字型であるために突き刺さりにくく、また突き刺さってもガイドワイヤー自体が細いために通常は、
- ガイドワイヤーは柔らかくかつ先端がJ字型をしており右室壁を穿通する確率は極めて低いと考えられました。
- ガイドワイヤー等の細いもので右室壁を穿通したとしても,通常は心停止に至るまで1日〜数日を要し,緊急手術等の対応で救命可能と思われます。
私のカテ経験は研修医時代に循環器科に居た時に少しと、CVラインを何本か取っただけですから、えらそうな事は言えないのですが、調査報告書にあるような見解を指導されたのはなんとか覚えています。つまりそう簡単には突き刺さらないし、万が一、突き刺さっても穴は細いので、リカバリーはできる余地があるです。
それでも「どうやら」突き刺さったとしか考え様のない事態が起こったようですが、原因の推測として、
上記の点を総合的に考え合わせると,J字型ガイドワイヤーを挿入した際に想定困難な状況が発生,右室穿孔をきたし,極めて短時間のうちにその穿孔部位より心嚢内に多量に出血,心タンポナーデをきたし心肺停止に至ったと推測されます。
私の読解力では、死後の原因検索としてガイドワイヤーが突き刺さった以外に原因は考え難いが、ほいじゃ何故に突き刺さったか、さらにはガイドワイヤーが突き刺さっただけで急激な出血が起こったメカニズムは「原因不明」と結論付けているように読めます。ここで原因不明と結論した事自体には異議はありません。わからない事に無理やり結論を付けるべきではないと考えるからです。
私の知見ではえらそうな事を言えるレベルではありませんが、まだまだ医学では予見不可能な事は多々あるからです。それでもっての調査結果ですが、
上の調査結果に基づき,医療事故等防止対策委員会で慎重に審議した結果,本事例については,中心静脈カテーテル挿入にあたり,臨床実務的に明らかな手技上の問題があったとは言えず,急変後の処置も適切であったが,結果として,中心静脈カテーテル挿入手技中に右室壁の穿通を引き起こし,原因不明の急速な心タンポナーデを発症させ,不幸な転帰となった
読めばお判りのように、適切な器具と手技を用い、急変後の処置も適切であったが「原因不明」のアクシデントが発生し、不幸にも男性患者は死亡したと結論しています。全然ごく簡単になっていない事を深くお詫びまします。
上記での結論部分は続きがあります。
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影響度レベル5(死亡)のアクシデント(過誤あり)と判定しました。
影響レベル (報告時点) |
傷害の継続性 | 傷害の程度 | 内容 |
レベル0 | − | − | エラーや医薬品・医療用具の不具合が見られたが、患者には実施されなかった |
レベル1 | なし | − | 患者への実害はなかった(何らかの影響を与えた可能性は否定できない) |
レベル2 | 一過性 | 軽度 | 処置や治療は行わなかった(患者観察の強化、バイタルサインの軽度変化、安全確認のための検査などの必要性は生じた) |
レベル3a | 一過性 | 中等度 | 簡単な処置や治療を要した(消毒、湿布、皮膚の縫合、鎮痛剤の投与など) |
レベル3b | 一過性 | 高度 | 濃厚な処置や治療を要した(バイタルサインの高度変化、人工呼吸器の装着、手術、入院日数の延長、外来患者の入院、骨折など) |
レベル4a | 永続的 | 軽度〜中等度 | 永続的な障害や後遺症が残ったが、有意な機能障害や美容上の問題は伴わない |
レベル4b | 永続的 | 中等度〜高度 | 永続的な障害や後遺症が残り、有意な機能障害や美容上の問題を伴う |
レベル5 | 死亡 | − | 死亡(原疾患の自然経過によるものを除く) |
その他 | − | − | − |
この中には、不可抗力によるもの、過失によるもの、予期せぬ事態などが含まれる。 |
たしかに今回のケースを当てはめると影響度レベル5になるのが確認できます。ほいじゃ、「影響度レベル5 = 過誤」かです。これについても説明があり、
具体的なインシデントの内容については、図表1のように「レベル0」から「レベル5」までの8つに分類しました。さらにその中から、1:医療側に過失があり、2:患者に一定程度以上の傷害(図表1の「レベル3b」以上)があり、3:前記1と2に因果関係があるものを、医療事故としました。
え〜とですね、表は「インシデント」の分類としています。その上での医療事故である定義ととして、
この条件を満たすものとしています。「レベル3b」以上は満たしていますし、1.と2.は因果関係はあると言えばありますが、「過失あり」はどうでしょうか。調査報告書の読みようなんですが、「過失」とは読み取りにくい気がします。過失であれば医療事故ですが、過失で無ければ医療事故は成立しない事になります。わざわざ過誤の記述を付け加えているのなら医療事故である事を認めている事になります。
ここでなんですが、用語の使い方が複雑と言うか煩雑なものになっています。出来うる限り整理したいのですが、とりあえずガイドラインの作成で事故防止〜国立大学附属病院の安全管理対策では、
用語の定義も行いました。医療事故と同じように使われる「アクシデント」や「医療過誤」も、医療事故と同義であると定めています。一概に医療事故と言っても、その定義は明確ではありません。各病院によって捉え方はマチマチです。そのため協議会では、インシデントと医療事故の用語を定義することが大事であると考えたのです。
まずインシデントもわかりにくいのですが、Feペディアより、
Medical incidentは、医療現場において、誤った医療行為などが患者に実施される前に発見できた事例、又は誤った医療行為などが実施されたが結果として患者に影響を及ぼさずに済んだ事例をいう。一歩間違えれば重大事故になるが事故にならずに済んだ事例である。業務上のこのような事例の発見はヒヤリ・ハットとも呼ばれ、これらの事例を集計することによりインシデント・医療ミス・医療事故の発生の予防に役立てられている。
インシデントはいわゆる「ヒヤリハット」ぐらいの理解で良いように解釈します。ただなんですが、ヒヤリハットは通常は、患者に対して影響が及ばなかったものを言うはずです。しかし国立大学病院の表では、傷害が起こったものも含んでいます。ですからインシデントの定義はチト違うと考えざるを得ません。その上で、
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医療事故と同じように使われる「アクシデント」や「医療過誤」も、医療事故と同義であると定めています
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アクシデント = 医療過誤 = 医療事故 = 過失
もう少し「アクシデント」「インシデント」「医療事故」「医療過誤」「過失」についての定義を探してみます。平成14(2002)年4月17日付医療安全対策検討会議「医療安全推進総合対策〜医療事故を未然に防止するために〜」にも用語の定義が行われています。
- アクシデントとインシデント
「アクシデント」は通常、医療事故に相当する用語として用いる。本検討会議では今後、同義として「事故」を用いる。
「インシデント」は、日常診療の場で、誤った医療行為などが患者に実施される前に発見されたもの、あるいは、誤った医療行為などが実施されたが、結果として患者に影響を及ぼすに至らなかったものをいう。
本検討会議では、同義として「ヒヤリ・ハット」を用いる。
- 医療事故と医療過誤
ピックアップしておくと、
用語 | 説明 |
アクシデント | 医療事故の事である |
インシデント | ヒヤリハット事例を指す |
医療事故 | 医療に関わる場所で医療の全過程において発生する人身事故一切 |
医療過誤 | 医療者に過失がある医療事故 |
読めばわかるように医療過誤とは医療事故のうち、とくに過失があるものと定義しています。一方で医療事故の範囲は広くて、「医療従事者が被害者である場合や廊下で転倒した場合なども含む」となっています。どう読んでも「医療事故 = 医療過誤」にはなりません。
もう一つ、これは旧厚生省のHPにある2000年11月2日付国立病院等へのリスクマネージメントマニュアル作成指針にも用語の定義があります。
- 医療事故
医療に関わる場所で、医療の全過程において発生するすべての人身事故で、以下の場合を含む。なお、医療従事者の過誤、過失の有無を問わない。
ア 死亡、生命の危険、病状の悪化等の身体的被害及び苦痛、不安等の精神的被害が生じた場合。
イ 患者が廊下で転倒し、負傷した事例のように、医療行為とは直接関係しない場合。
ウ 患者についてだけでなく、注射針の誤刺のように、医療従事者に被害が生じた場合。- 医療過誤
医療事故の一類型であって、医療従事者が、医療の遂行において、医療的準則に違反して患者に被害を発生させた行為。
- ヒヤリ・ハット事例
患者に被害を及ぼすことはなかったが、日常診療の現場で、“ヒヤリ”としたり、“ハッ”とした経験を有する事例。
具体的には、ある医療行為が、(1)患者には実施されなかったが、仮に実施されたとすれば、何らかの被害が予測される場合、(2)患者には実施されたが、結果的に被害がなく、またその後の観察も不要であった場合等を指す。
医療安全対策検討会議の定義とほぼ同じとして良さそうですが、過失の定義を、
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医療的準則に違反して患者に被害を発生させた行為
2000年の国立病院の定義、2002年の医療安全対策検討会議に対して、国立大学附属病院の定義がかなり違っているのがわると思います。どこが違うかと言えば、
用語 | 医療安全対策検討会議 | 国立大学附属病院 |
医療事故 | 医療に関わる場所で医療の全過程において発生する人身事故一切 | 医療により高度の傷害以上を負った物のうち、医療側の過失があるとき。 |
インシデント | ヒヤリハットの事である | 死亡してもインシデントである |
アクシデント | 医療事故の事である | 医療事故と同義である |
医療過誤 | 医療者に過失がある医療事故 | 医療事故と同義である |
ただなんですが、国立大学医学部附属病院の定義はインタビュー記事によるものです。ここは編集権まで言いませんが、記者が趣旨を取り違えている可能性は残ります。「同義」としているのは、あくまでも「含む」つまり医療安全対策検討会議と同じ事を説明してた可能性です。医療過誤が医療事故の中に含まれるのは定義としてありますから、医療過誤も医療事故の一部であるの説明が記者によく伝わらなかったのはありえます。
もう一つインタビュー記事の不思議さは、医療事故の定義を再掲しますが、
患者が一定程度以下の傷害(「レベル3a以下」)ならどうなるかが不明です。記事通りに取ると医師の過失があっても医療事故にならず、医療事故にならないのであれば医療過誤にもならない未分類項目が発生します。この辺もインタビュアーが内容を十分に消化できていない傍証と取る事は可能です。
山形大のケースは間違い無く医療事故です。問題は原因が過失であるかどうかになります。過失があれば医療過誤による医療事故であり、過失が無ければ過誤ではない医療事故になります。ここで山形大の判定は明瞭に「医療過誤」としています。そうなると医療者に過失があった事になります。過失が無ければ医療事故ではあっても医療過誤になりません。
ではどんな過失があったかと言えば、普通の読む限り「原因不明」です。結果は起こっていますからあくまでも「アクシデント」になると私は考えたいところです。どこにも明瞭な原因が指摘されていないにも関らず、過失があるとは普通はされないと考えます。
もう一つ、過失と言うからには原因を特定して、今後の事故予防につなげないといけません。しかし原因については器具についても、手技についても、事故発生後の対応についても「適切」としています。適切な事が積み重ねられているにも関らず起こった事故ですから、今後も防止の方法が無いことになります。
予見不能で、防止対策も無いものを「医療過誤 = 過失」とするのは定義上大きな違和感を抱かざるを得ません。そういう定義がなされるのならば、やはり国立大学附属病院の用語の定義が、
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アクシデント = 医療過誤 = 医療事故 = 過失
インタビュー記事がいつ頃であったかを確認してみます。記事には日付が記載されていないのですが、冒頭部に、
2002年10月に「国立大学病院医療安全管理協議会」が設立された。その活動内容について、同協議会の事務局を務める大阪大学医学部附属病院中央クオリティマネジメント部部長の武田裕さんに話しを聞いた。
医療安全対策検討会議が22022002年の4月ですから、2002年10月に設立された国立大学病院医療安全管理協議会が用語を定義する時に絶対に参照したはずです。つうか、無視するなんて事はまずありえないとしても良いかと思います。ありえないとは思うのですが、記事は医療安全をとりまく動向・ここに注目!の一覧の中にあります。こういうものは新着順ですから、前後の記事から年を推測できるかと考えます。
時期がある程度特定できる記事は2つで、
位置 | 記事名 | 推測 | 記事の時期 |
2つ下 | イントラネットを活用したインシデント報告システムとその効果 | 2002年2月に始めた取り組みの紹介です。成果を記事にしていますから、2002年から1年以上経った2003年頃の記事の可能性が高い | 2003年3月頃 |
3つ上 | 抗がん剤の事故防止の決め手は医師に照会しやすい仕組みづくり | 医政発第1127004号、薬食発第1127001号に対応するような事例の紹介記事となっています。この通達は2003.11.27付ですから、通達から早い時期の記事と推測 | 2003年12月頃 |
そうなるとインタビュー記事はその間にあるわけですから、2003年中に掲載された可能性が高くなります。やはり時期からしても、厚労省の医療安全対策検討会議の影響を強く受けるはずの時期です。ただなんですが、国立大学病院医療安全管理協議会は独自路線を取っている可能性が一つだけあります。これは医療安全管理協議会のホームーページにある設立までの経緯改革についての一節ですが、
これを受けて文部科学省主催で開催された医療安全対策に関する連絡協議会(平成14年6月6日〜7日)で、協議会の目的・構成等についてその方向性を取り纏め、病院長会議常置委員会および医療安全管理体制問題小委員会(平成14年7月4日)において医療安全対策連絡協議会(仮称)を設置し、その事務局を大阪大学医学部附属病院に置くことが決定された。
ここには厚労省ではなく文部科学省の音頭で作られたとなっています。可能性として、厚労省とは別の用語の定義を決定した可能性は無いとは言えません。
国立病院のリスクマネージメントマニュアル作成指針が2000年、医療安全対策検討会議が2002年、参考にしたインタビュー記事が2003年(らしい)なのですが、もう少し新しいのは無いかと見てみれば、2005年3月3日付国立大学附属病院長会議常置委員会医療安全管理体制問題小委員会「国立大学附属病院における医療上の事故等の公表に関する指針」にも用語の定義がありました。私が調べた範囲の最新版です。
- 医療上の事故等
疾病そのものではなく,医療機関で発生した患者の有害な事象を言い,医療行為や管理上の過失の有無を問わない。合併症,医薬品による副作用や医療材料・機器による不具合を含む。
- ヒヤリ・ハット
患者に被害が発生することはなかったが,日常診療の現場で,“ヒヤリ”としたり,“ハッ”とした出来事を言う。具体的には,ある医療行為が,(1)患者には実施されなかったが,仮に実施されたとすれば,何らかの被害が予測される場合,(2)患者には実施されたが,結果的に被害がなく,またその後の観察も不要であった場合等を指す。
- 医療過誤
医療上の事故等のうち,医療従事者・医療機関の過失により起こったものを言う。
- 合併症
医療行為に際して二次的に発生し,患者に影響を及ぼす事象を言う。なお,合併症には「予期できていた」場合と「予期できなかった」場合とがある。
山形大の調査報告書は2003年の国立大学病院医療安全管理協議会のインタビュー記事の方針ならありえることであり、一方で厚労省指針・国立大学附属病院長会議に従えば無理があると言うのがとりあえずの結論です。もっとも厚労省方針の実運用マニュアルはインタビュー記事なんてブラックな事もありえるのが怖いところですが・・・静かな湖畔のメロディーで、
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夜もふけたよ 仕事をやめて
もうあきらめちゃいかがと フクロウ啼く
トホホ トホホ トホホ トホホ トホホ