診療関連死の定義

事故調第二次試案が出てから、その内容については医師からは強い批判が出ています。私も10/24エントリーで取り上げましたが、何と言っても肝心要の「診療関連死の定義」が発表されておらず、定義によって最終評価は変わると考えていました。

これについての資料発表がありましたので、検討してみたいと思います。この手の会議では資料が出来た段階で「ほぼ決まり」の事が多いですから、最終決定もこれに極めて近い内容になるものが予想されます。

 医療安全調査委員会(仮称。以下「委員会」とする。)へ届け出るべき事例は、以下のa.又はb.のいずれかに該当すると、医療機関において判断した場合としてはどうか。(a.及びb.に該当しないと医療機関において判断した場合には、届出は要しないとしてはどうか。)

  1. 誤った医療を行ったことが明らかであり、その行った医療に起因して、患者が死亡した事案。


  2. 誤った医療を行ったことは明らかではないが、行った医療に起因して、患者が死亡した事案(行った医療に起因すると疑われるものを含み、死亡を予期しなかったものに限る。)。

ここがまず診療関連死の定義のキモと考えられます。このうち定義a.の

誤った医療を行ったことが明らかであり、その行った医療に起因して、患者が死亡した事案

これに関しては異論は少ないと思います。しっかり調査して原因を究明し、誤りの原因が余りに杜撰であれば処分を行ない、再発を防ぐようにしなければなりません。個人的にはこれだけでも対象は必要にして十分かと思うぐらいですが、さらに定義b.としてもう一項目あります。

誤った医療を行ったことは明らかではないが、行った医療に起因して、患者が死亡した事案(行った医療に起因すると疑われるものを含み、死亡を予期しなかったものに限る。)

定義a.が「明らか」であったのに対し、定義b.は「疑い」でも調査すると解釈すれば良いようです。もっともそれ以前に「明らか」と「疑い」をどうやって区別するのかも問題だと思うのですが、この定義では最初から見分けは付くとしているようです。

もう一つ定義で気になるのは、事故調は医療事故を調査する機関のはずですが、定義を読むと医療事故が起こるのは「誤った医療」が行なわれた時のみとしています。つまり「正しい医療」が行なわれている限り「絶対」に医療事故は起きないとしています。どうもこの辺は少し釈然としないところですが、診療関連死の定義とは、

    誤った医療で起こった死亡
こういう事になり、事故調の目的は医療が「正しい」か「誤っている」かを判定する機関として活動すると考えれば良い事になります。

定義b.のカッコ内の但し書きも解釈が難しいところです。

行った医療に起因すると疑われるものを含み、死亡を予期しなかったものに限る

「行なった医療に起因すると疑われる」とはえらく広い定義で、病院なりで治療中であれば常に何らかの医療行為が行なわれています。それらの医療行為が「起因」するかどうかの判定は一筋縄ではいきません。とくに重症患者に複数の治療行為を行なっている場合には問題は複雑になります。

また「死亡を予期しなかったものに限る」は限定的な印象がありますが、この「死亡を予期」の定義が不明です。取り様によっては「死亡を予期」さえしていれば、疑わしくも対象外となりますが、具体的にどう運用されるかはよくわからないところです。

この2項目の定義だけでは対象がどの程度に広がるか具体的につかみにくいところがあるのですが、以下に補足意見みたいなものがあります。この「○○したらどうか」についても資料段階で上ってくれば、ほぼ成案になる蓋然性が高いものですが、順番に見て行きます。

上記の判断は、死亡を診断した医師(主治医等)ではなく、当該医療機関の管理者が行うこととしてはどうか。

死亡時の直接の担当医ではなく、院内の第3者、ここでは「当該医療機関の管理者」としています。届出の可否を第3者が判定する趣旨は悪いとは思いませんが、当該医療機関の管理者は死亡のたびに病院に駆けつける必要があります。当該医療機関の管理者とは通常「院長」を指すと考えますが、院長は患者の死亡に備えて24時間365日拘束になります。それは少し非現実的なので、代行者を立てるとしても、ある一定以上の役職である必要はあるでしょう。

ある一定以上の役職として該当しそうなのは、副院長から、そうですね役職部長ぐらいまででしょうか。年齢部長では「当該医療機関の管理者」として問題があるかと考えます。医療法人なら理事クラスまでと考えれば良い様な気がします。ヒラの勤務医にとっては病院幹部がそうやって24時間365日オンコールで待機してくれるのはありがたいかもしれませんが、病院規模によってはかなり厳しいものがあるかもしれません。

  • 遺族からの調査依頼についても、委員会は、原則として解剖を前提とした調査を行うこととしてはどうか。
  • 医療機関においては、患者が死亡した場合、委員会による調査の仕組みについて遺族に必ず説明することとしてはどうか。

ここは患者が医療中に死亡したとき、事故調というものがあり、「誤った医療」によって死亡した可能性があると考えれば、遺族が希望さえすれば

    原則として解剖を前提とした調査を行う
事故調への届出は、
  • 第一段階:当該医療機関の管理者が事故と判定する
  • 第二段階:遺族が事故の可能性を疑って調査を希望する
この2段階をクリアしたもののみが「普通の病死」と認定される事になります。第一段階はともかく、第二段階は運用と風潮で届出数の増加が考えられます。また第一段階で診療側が否定し、第二段階の遺族の希望で届け出られたら、必ずしもではありませんが、その時点で診療側と遺族側は対立関係となります。さらに言えば、第一段階で届け出ても、これも必ずしもではありませんが、届出の時点で遺族は大きな疑惑を膨らますことになります。「届け出るぐらいだから絶対ミスをしている」との心情です。

定義b.のカッコ内にある「行った医療に起因すると疑われるものを含み、死亡を予期しなかったものに限る」の但し書きは、遺族がそのいずれかについて、納得もしくは説明が不十分であると感じれば、いつでも事故調に届出が可能になりますし、カッコ内の字句の解釈は広いと考えます。さらにそれだけでなく、

医療機関においては届出範囲に該当するとは判断していないが、遺族が調査を望む場合には、医療機関からの届出ができることとしてはどうか。

遺族側の調査希望の範囲は定義にさえ縛られないとまでなっています。しかしさすがにそこまで無条件に届出範囲を設定すれば、事故調の仕事が余りにも増えると考えたのか、

委員会において受理した事例に関して、委員会での調査の必要性のスクリーニングを行う仕組みを設けることは可能か

門前払い機能の可能性を指摘していますが、どうなるのでしょうか。

届出範囲に該当すると医療機関において判断したにもかかわらず、故意に届出を怠った場合、又は虚偽の届出を行った場合は、何らかのペナルティを科すことができることとしてはどうか

まず判断するのは「当該医療機関の管理者」の案が出ています。この判定者が「届出必要」と判断しながら故意に怠ればペナルティはあっても良いかと思います。ただ「虚偽の届出」というのがよくわかりません。調査するのは事故調ですから、調査妨害があればペナルティならまだ話は分かりますが、届出自体に虚偽とはどんな状態か想像がつきません。

ここは可能性として、医療中の死亡はすべて事故調に届出することを義務付ける趣旨なのかもしれません。医療中の死亡全員を事故調に届け出るなら、この部分はわかります。届出は「調査必要」と「調査不要」に分かれており、ここで本来は「調査必要」のものを「調査不要」と届れば虚偽になります。事故調が出来れば、医師は患者が死亡するたびに、事故調への書類を作成し届出なければならなくなるかもしれません。

委員会へ届け出るべき事例として、具体的な事例を通知等において例示することとしてはどうか

あった方が助かるかもしれませんが、一応案らしきものが出ています。

まずこれは定義a.に該当するものと思われますが、

例えば、医療機関において下記のとおり判断した場合については、届け出るべきではないか。

  1. 塩化カリウムの急速静脈内投与による死亡
  2. 消毒薬の静脈内誤注入による死亡
  3. 投与量を誤って致死量投与したことによる死亡
  4. 人工呼吸器の接続箇所等の誤りによる死亡

ここは結構具体的で分かりやすい事例と思います。

続いて定義b.に該当するものとして、

例えば、下記のような場合については、どう考えるか。

  1. 重度の先天性心疾患を持つ新生児に対して、死亡率の高い手術を実施した直後に、児が死亡した場合(※ 手術しなければ数週間以内に死亡するような場合)
  2. 交通事故による多発外傷(瀕死の重傷)で救急外来受診後に死亡した場合

定義a.の事例と定義b.の事例への表現の微妙な差がわかってもらえるかと思います。定義a.の事例は「べきではないか」でほぼ決定の印象が強い表現です。一方で定義b.の事例は「どう考えるか」で、この程度の事例でも届出範囲に含まれる可能性がある事が示唆されます。

結局のところ医療関連死の定義は極めて広くなっている事がわかります。簡単に言えば「少しでも疑いがあれば」根こそぎ調査すると解釈しても差し支えなさそうです。調査に解剖を前提としているのは試案からよくわかりますが、実際に解剖に従事する法医、病理医がどれだけ存在するのかのデータもあげられています。

  • 病理医数:1928人
  • 法医解剖に関わる医師数


    • 大学法医学教室に所属している医師数:253人
    • 法医認定医:119人
    • 死体検案認定医:87人
法医も病理医も絶対数が不足しており、日常業務さえ手に余っている状態と聞いております。その上で事故調の解剖業務が加われば果たして機能するかが問題点です。医療関連死の定義はどう読んでも狭く限定しようとするものでなく、広く受け入れようとするものですから、病理医や法医が一生のうちに一度当るかどうかのレベルにはならないでしょう。事故調が発足した時点では少ないかもしれませんが、どこかで「とりあえずなんでも事故調へ」の風潮が生まれれば、果たして素早い対応が可能か疑問です。