さっぱりわからへん

とりあえず5/27付読売新聞より、

国立病院機構に1200万円賠償命令…入院女性死亡で地裁判決

 熊本医療センター(旧国立熊本病院熊本市)に入院していた女性(当時90歳)が死亡したのは、適切な検査などを行わなかったのが原因として、遺族が同センターを開設した独立行政法人国立病院機構に約2350万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が26日、熊本地裁であった。長谷川浩二裁判長は、センター側の過失を認め、同機構に約1200万円の支払いを命じた。

 判決などによると、女性は2001年11月26日、痰(たん)が絡むなどの症状を訴え同センターを受診、気管支炎と診断され抗生剤などの投薬を受け帰宅したが、症状が悪化したため2日後に入院した。12月2日に別の病院に転院し約20日後、肺炎が原因の急性腎不全などのために死亡した。

 長谷川裁判長は判決で、「肺炎や心不全の症状が見られたのに、積極的な検査、治療を怠った」などと指摘した。同センターは「主張が受け入れられず残念。判決内容を確認し対応を検討したい」としている。

死亡された女性の御冥福を謹んでお祈りします。この件ではうろうろドクター様が他社記事を集めておられましたので便乗させて頂いて、

こういう感じで報じられています。どれも長くない記事ですが簡単な対照表を作ってみます。

項目 読売 産経 タブロイド紙
訴状での過失 適切な検査などを行わなかったのが原因として 検査や治療が不十分だったからだとして 肺炎を見逃して女性患者(当時90歳)を死亡させたとして
原告 遺族 遺族
賠償請求額 約2350万円 2350万円 2350万円
賠償額 約1200万円 約1200万円 1210万円
初診時 女性は2001年11月26日、痰(たん)が絡むなどの症状を訴え同センターを受診、気管支炎と診断され抗生剤などの投薬を受け帰宅 女性が当初は気管支炎と診断された 患者は01年11月に息苦しいなどの症状を訴えて国立病院機構熊本医療センターを受診。気管支炎と診断され帰宅
再診時 症状が悪化したため2日後に入院 記載なし 症状が悪化し2日後に救急搬送された
再診入院後 12月2日に別の病院に転院 記載なし その後別の病院に転院
転帰 約20日後、肺炎が原因の急性腎不全などのために死亡 約1カ月後に肺炎から心不全を起こすなどして死亡 約3週間後に死亡した。肺炎から心不全を起こし、急性腎不全になったとされた。
裁判長のお言葉 肺炎や心不全の症状が見られたのに、積極的な検査、治療を怠った 肺炎と診断することが不可能だったとは言えない。当時の国立病院に求められていた医療水準に達しない診療で肺炎が進行した 病院が肺炎などの存在を認めるのが不可能だったとは言えない。積極的な治療がされなかったことで肺炎と心不全が発症あるいは進行したとみられる


経過は裁判所の認定事実によるものと思われますが、記事を読む限り過失の争点となったのは初診時の熊本医療センターの診療であった様に考えられます。もっとも微妙な部分は残るのですが、熊本医療センターが死亡患者に関与したのは読売記事によると、

日付 事柄
11/26 初診後帰宅
11/28 救急搬送にて入院
12/2 転院


11/26から12/2までの1週間です。1週間のうち11/28からは入院ですから、どう考えても胸部X-pと採血検査ぐらいは行っているはずです。入院後の過失であれば、そういう検査すら行わなかったか、検査を行ったにも関らず見落としていたぐらいしか考えられません。

入院後の杜撰な診療の挙句、12/2に転院して患者の容態の深刻さが発覚し、結果として死亡されたのなら話の理解は容易です。「そりゃ、あかんだろう」で終りです。しかし記事のニュアンスから、そう読み取るのは非常に困難です。もし入院後の杜撰な診療が原因であれば、産経記事の書き方がある意味わかりやすいのですが、

長谷川浩二裁判長は判決理由で、女性が当初は気管支炎と診断されたが、約1カ月後に肺炎から心不全を起こすなどして死亡したことについて

産経記事をどれ程信用するかの問題はありますが、記事の過失の焦点は初診時の対応に重点を置いています。入院後の事についてはほぼ触れておりません。

残りの2紙も入院後の診療に問題点を含んでいたとしたら、もう少し書き様があると考えます。情報が限定と言うか極めて乏しいため若干の含みだけは残しますが、過失原因とされたのは初診時の対応と前提して以後の話を進めます。


そうなれば、その後の入院であるとか、さらに転院後の治療については過失は認定されていない事になります。もっとも過失は認定されていませんが、原告側が争点としたかどうかは不明で賠償請求額が、

    2350万円 → 1210万円
約半分に認定額が減っていますから、入院・転院時についても過失は争われた可能性は否定できません。もちろん詳細は不明です。でもって肝心の初診時の患者の状態ですが、これも辛うじてわかるのは
    患者の主訴に湿性咳嗽があった
それ以上の情報は皆無です。他の症状であるとか、基礎疾患についての情報はまったくありません。担当医は湿性咳嗽があるので気管支炎と診断し、内服処方で帰宅させています。その後の経過は記事でおぼろげにわかりますが、症状が増悪し、おおよそ3週間後に死亡しています。

死亡時にはどうやら腎不全とか心不全症状もあったようですが、これがどの時期からどの程度出現したかは不明です。ただ裁判所の認定によると、初診時には気管支炎ではなく肺炎と診断できる症状があり、さらには心不全の徴候も診断できたとしています。


さっぱりわかりまへんなぁ。この裁判の過失認定の鍵になるのは、初診時の患者の症状がすべてです。読売、タブロイド紙が妙に詳細に報じているその後の経過は、過失認定とは本質的に関係ありません。訴訟的には初診時の過失が引き起こした結果に過ぎません。つまり初診時の過失が無ければ、その後の死亡に至る診療経過を回避できたと認定されている事実に過ぎません。

肝心要の初診時の症状の情報がこれだけ乏しいと、これを読む医師が教訓にしたくても首を捻るばかりになります。産経記事が伝える裁判長のお言葉では、

    国立病院に求められていた医療水準に達しない診療
そこまでの診療が原因となれば、これが具体的にはどんな水準の診療であるかの情報を誰だって知りたくなりますし、医師ならとくに1210万円の賠償に値する過失を自らは起こさない様に確認しなければなりません。これについてはssd様の意見が的を射ています。

    はっきりいって、こんな報道になんの存在意義があるのでしょうか。
    ぜんぜん、肝心な情報がないじゃないですか。
    医療関係者が他山の石にしたくても、さっぱりどこに落ち度があったのかもわからない。

私も心からそう思います。それも1社なら、たまたま担当記者がボンクラであったと言う事も考えられますが、3社ともほぼ同内容の横並び記事ですから、救いがありません。どの社の記者も、訴訟の本質を同じ低レベルで理解していないと言う評価は速やかに貼り付けられます。もちろん可能性として3社の記者が「たまたま」同レベルでボンクラであった可能性は無いとは言えません。

ここはもう一つ見方があって、マスコミ各社が横並び報道を行なうときには意図がある法則です。記事の本分は事実をありのままに報道するのではなく、高度の創作性が加えられたものです。高度の創作性は、一社に留まるわけではなく、全社が同工異曲に同じ報道を行なうことにより、

    報道各社の論調が「たまたま」同じ
こういう創作手法も頻用されます。頻用されすぎて今では「高度の創作性」に該当するかどうかが疑問なんですが、常套手段として頻用されます。また説明の必要もありませんが、同工異曲の横並び記事で報道する時には確信犯的な意図が込められています。

もっとも今回の報道は高度の創作性による横並びではなく、単純に各社のテンプレが同じであったと素直に考えた方が良いかもしれません。それでも、あえて意図らしきものがあるとして真摯に受け取れば、

    ビバ!防衛医療♪
てなとこでしょうか。