ツケの支払い時期

7/9付神戸新聞より、

無免許で助産行為の疑い 川西の看護師逮捕 

 助産師の免許がないのに宝塚市の診療所で妊婦に助産行為をしたとして、兵庫県警生活経済課と宝塚署は9日、保健師助産師看護師法違反の疑いで、看護師尾村由香容疑者(45)=川西市南花屋敷3=を逮捕した。同課などによると、これまでに妊婦十数人に対して内診したとみられるが、妊婦や新生児に異常は見つかっていないという。診療所も採用時に免許の有無を確認しておらず、ずさんな管理体制も問われそうだ。


 産科医不足に伴い、助産師の需要が増えており、同課などは尾村容疑者が深刻な人材不足を背景に助産師になりすました可能性もあるとみて動機などを調べる。

 逮捕容疑は2007年6月〜12月、単独での医療行為が許されていない看護師の資格しかないにもかかわらず助産師を語り、妊婦(27)ら6人に助産行為をした疑い。同課によると「助産行為はしていない」と否認しているという。

 捜査関係者によると、尾村容疑者は、看護師として病院で勤務したときに覚えた技術で妊婦に内診し、産道の開きを測ったり新生児の頭の下降具合を確認したりし、看護師の約1・5倍の給料を受け取っていた。

 同課などによると、診療所は07年4月に尾村容疑者を採用。その際、免許の確認を怠っていたが、経歴に不審な点があり無免許が発覚、08年2月に退職したという。

 厚労省の06年の調査によると、医師数が増えるなか、産科・産婦人科医は10年前より約1200人減少し約1万人。一方、助産師は年々微増し約2万6千人だが、病院や地域によって偏在が拡大し、日本助産師会(東京都台東区)によると「多くの病院で人材不足」という。

この記事情報である程度の前提を置きたいと思います。とりあえず容疑者の看護師は

助産行為はしていない」

こう言っております。また

産道の開きを測ったり新生児の頭の下降具合を確認したり

こういう医療行為であったと記事は伝えています。これ以上の情報は無いのでどれほどの助産行為を行なっていたか不明なのですが、情報を信じれば看護師内診問題の助産行為に該当する部分です。これはもう2年前になるのですが、平成19年3月30日付医政発第0330062号「分娩における医師、看護師、助産師等の役割分担と連携等について」のツケがついに出た事になります。

この通達の背景は当時の柳沢厚生労働大臣の発言から始まります。元ソースが見つからないですが、当時問題になっていた内診問題の再検討を国会質疑で約束しています。それに従って出たのがこの通達で、問題の部分を示せば、


  1. 医師は、助産行為を含む医業を業務とするものであること(医師法(昭和23年法律201号)第17条)に鑑み、その責務を果たすべく、母子の健康と安全に責任を負う役割を担っているが、その業務の遂行にあたっては、助産師及び看護師等の緊密な協力を得られるように医療体制の整備に努めなければならない。
  2. 助産師は助産行為を業務とするものであり(保健師助産師看護師法(昭和23年法律第203号)第3条)、正常分娩の助産と母子の健康を総合的に守る役割を担っているが、出産には予期せぬ危険が内在することから、日常的に医師と十分な連携を取ることができるよう配慮する必要がある。
  3. 看護師等は、療養上の世話及び診療の補助を業務とするものであり(保健師助産師看護師法第5条及び第6条)、分娩期においては、自らの判断で分娩の進行管理を行う事が出来ず、医師又は助産師の指示監督の下診療又は助産の補助を担い、産後の看護を行う。
このようにそれぞれが互いに連携を密にすべきである。
内容を要約すれば
  • 医師はすべての分娩で「自らの判断で進行管理」を行なえる。
  • 助産師は正常分娩のみ「自らの判断で進行管理」を行なえる。
  • 看護師は「自らの判断で進行管理」は行なえないが、医師又は助産師の指示監督の下、診療又は助産の補助を行なえる。
とくに

助産の補助を担い

この一文が産婦人科医会の努力の賜物とされています。その証拠に通達と同日に保助看法問題解決のための医政局長通知についてを会員に送っています。内容の要点は、

 厚生労働省は、平成19年3月30日付けで、別紙写しのとおり、都道府県知事宛に、『分娩における医師、助産師、看護師等の役割分担と連携等について』と題する医政局長通知を発出した。

 この中で、『看護師等は、療養上の世話及び診療の補助を業務とするものであり(保健師助産師看護師法第5 条及び6 条)、分娩期においては、自らの判断で分娩の進行管理は行なうことができず、医師又は助産師の指示監督の下診療又は助産の補助を担い、産婦の看護を行う。』と明記された。

 そこで、この医政局通知を補完するために、日本産婦人科医会は、会長と弁護士両名で、『産婦に対する看護師等の役割に関するガイドライン』を医政局の了解のもと作成したので遵守していただきたい。

 なお、一部新聞報道で「看護師の内診認めず」との表現はあるが、これは医政局長通知の誤った解釈である。

 医師と看護師等で分娩を取り扱っている病院と診療所は、今回の医政局長通知と、医会会長の看護師のガイドラインの下で、保助看法違反と判断される不安は全く無く、安心して、産科診療に励んでいただきたい。

あれだけの通達内容で

    今回の医政局長通知と、医会会長の看護師のガイドラインの下で、保助看法違反と判断される不安は全く無く、安心して、産科診療に励んでいただきたい
ここまで断言するのは、当然医政局通達の前に打ち合わせが終わっていた事を示すと推測されています。ところが話は迷走します。看護協会が厚労省に素早く疑義照会を行い、その回答を平成19年4月2日日看協発第6号「「分娩における医師、助産師、看護師等の役割分担と連携等について」に関する通知の解釈および周知について」発表します。

回答:「この通知は、安全・安心・快適な分娩の確保のために、医師、助産師、看護師、准看護師に対し適切な役割分担と連携協働を求めたものであり、看護師及び准看護師の内診行為を解除する主旨のものではない。看護師等による内診については、これまで2回の看護課長通知で示した解釈のまま変わっていない。すなわち内診の実施は、保健師助産師看護師法第三条で規定する助産であり、助産師または医師以外の者が行ってはならない。」

この疑義照会の回答の前に産婦人科医会は通知を撤回せざるを得なくなり、看護婦内診問題は限りなく黒に近いグレーの玉虫色で先送りになります。当時の情報では巻き返しをするとか、裏でさらに決着させるみたいな噂は流れましたが、私が知る限りこの状態のままで2年が経過したと思われます。



さてと玉虫色にしたツケが刑事事件としてついに浮上しています。まず「新聞沙汰」になるぐらいですから、警察は起訴を大いに期待して送検するはずです。問題は検察で、仮にこの容疑者が平成19年3月30日付医政発第0330062号「分娩における医師、看護師、助産師等の役割分担と連携等について」の枠内で助産行為をしていたとしてどうなるかです。助産行為として起訴するか、それとも起訴しないかです。

ここのシミュレーションはパターンが多いのですが、前提として容疑者の看護師が通達範囲内の助産行為だけだった場合、

  1. 検察が起訴しない
  2. 略式起訴で終了
  3. 刑事訴訟を争う
産科サイドで一番平穏なのはa.でしょう。a.なら2年前の先送りの結論がかなり白くなります。b.なら黒さの上塗りでますます状況が悪くなります。c.は勝てば一挙にシロクロの決着が出る可能性もありますが、その代わりに負ければ決定打になります。訴訟で争うにも容疑者に有利な材料は通達ぐらいで、疑義照会とか、資格詐称もあり、見通しは全然明るくありません。あえて社会的に補強する材料としては記事にある、

病院や地域によって偏在が拡大し、日本助産師会(東京都台東区)によると「多くの病院で人材不足」という

重要な材料ではありますが、これだけではなかなか難しいと思います。そうなると前提からひっくり返って、明らかな保助看法違反の助産行為があって、通達の解釈を争う以前で終わる方がまだマシかもしれません。ツケが支払われるのか、それとも他の決着でまたまた先送りになるのかは注目される事件です。