看護師内診問題の迷走

話題になっている3/30付看護師内診禁止通達の原文から検証します。通達文中にも「具体的には、」と書かれているところを抜粋します。


  1. 医師は、助産行為を含む医業を業務とするものであること(医師法(昭和23年法律201号)第17条)に鑑み、その責務を果たすべく、母子の健康と安全に責任を負う役割を担っているが、その業務の遂行にあたっては、助産師及び看護師等の緊密な協力を得られるように医療体制の整備に努めなければならない。
  2. 助産師は助産行為を業務とするものであり(保健師助産師看護師法(昭和23年法律第203号)第3条)、正常分娩の助産と母子の健康を総合的に守る役割を担っているが、出産には予期せぬ危険が内在することから、日常的に医師と十分な連携を取ることができるよう配慮する必要がある。
  3. 看護師等は、療養上の世話及び診療の補助を業務とするものであり(保健師助産師看護師法第5条及び第6条)、分娩期においては、自らの判断で分娩の進行管理を行う事が出来ず、医師又は助産師の指示監督の下診療又は助産の補助を担い、産後の看護を行う。
このようにそれぞれが互いに連携を密にすべきである。
この通達はその前に柳沢厚生労働大臣が看護師内診違法問題の見直しを行なうの発言を受けてのものと考えるべきものであり、看護師の「助産の補助を担い」は、大臣発言の流れからすると看護師の内診の容認ないしは現状黙認を示唆したと解釈するのが妥当かと考えます。厚生労働省の基本方針は看護師の内診を禁止したいがありますから、全面解禁ではなく助産師数が充足するまでの暫定措置と考えても良いかと思います。

ところがこれが報道になるとこの通達のニュアンスがかなり異なって伝わります。4月2日付毎日新聞では


 厚生労働省は、出産時に医師と助産師、看護師が役割を分担し、連携を強化するよう都道府県に通知を出した。看護師は従来と同じく「自らの判断で分べんの進行管理を行うことができない」と内診行為を禁じた。役割としては医師や助産師の指示の下で「診療または助産の補助や産婦の看護を行う」こととした。医師と助産師しかできない内診行為を巡っては、医師側から助産師不足などを理由に、看護師にも認めるよう要望する声が上がっていた。通知は3月30日付。【玉木達也】
毎日新聞が通達で取り上げたのは「自らの判断で分べんの進行管理を行うことができない」の部分です。だから内診行為は禁止されたと報道していますが、通達の部分の解釈はかなり歪んで解釈しているとしか思えません。記事が取り上げた部分の該当部分をもう一度引用します。

自らの判断で分娩の進行管理を行う事が出来ず、医師又は助産師の指示監督の下診療又は助産の補助を担い、産後の看護を行う。
看護師は分娩に限らず、すべての医療行為で「自らの判断で進行管理」を行う事が出来ません。これが出来るのは医師だけであり、助産師といえども分娩のうち正常分娩においてのみ限定的に進行管理が出来るだけです。これはこの通達でも再確認されています。

言い直すと通達で具体的に箇条書きされている部分は医師、助産師、看護師の役割分担を明確に再確認していると言えます。毎日新聞社風に言えば、

  • 医師はすべての分娩で「自らの判断で進行管理」を行なえる。
  • 助産師は正常分娩のみ「自らの判断で進行管理」を行なえる。
  • 看護師は「自らの判断で進行管理」は行なえないが、医師又は助産師の指示監督の下、診療又は助産の補助を行なえる。
どこをどう読んでも一般レベル程度の国語力があれば、この通達の文章を読んで「自らの判断で進行管理」を禁じているから看護師の内診行為の禁止が再確認されたとは読み取れないはずです。むしろ、後段のこの一文から医師の指示監督さえあれば助産行為の一部、すなわち内診は認められると解釈するのが当然です。と言うかそれ以外に曲解するのが非常に難しい文章ともいえます。

ところが話は迷走します。この通達の問題の個所である「医師又は助産師の指示監督の下に・・・」の解釈を看護協会が厚生労働省に疑義照会を行っています。4/2付日本看護協会のニュースリリースに回答が載せられています。


回答:「この通知は、安全・安心・快適な分娩の確保のために、医師、助産師、看護師、准看護師に対し適切な役割分担と連携協働を求めたものであり、看護師及び准看護師の内診行為を解除する主旨のものではない。看護師等による内診については、これまで2回の看護課長通知で示した解釈のまま変わっていない。すなわち内診の実施は、保健師助産師看護師法第三条で規定する助産であり、助産師または医師以外の者が行ってはならない。」
ちょっと待った!と言いたい気分です。では最初に出た「助産の補助」の助産行為とは何を意味しているかになります。奇しくも同じ日に当事者でもある産婦人科医会が保助看法問題解決のための医政局長通知についてとして通知を出します。ここにも興味のある内容が書かれています。

 厚生労働省は、平成19年3月30日付けで、別紙写しのとおり、都道府県知事宛に、『分娩における医師、助産師、看護師等の役割分担と連携等について』と題する医政局長通知を発出した。

 この中で、『看護師等は、療養上の世話及び診療の補助を業務とするものであり(保健師助産師看護師法第5 条及び6 条)、分娩期においては、自らの判断で分娩の進行管理は行なうことができず、医師又は助産師の指示監督の下診療又は助産の補助を担い、産婦の看護を行う。』と明記された。

 そこで、この医政局通知を補完するために、日本産婦人科医会は、会長と弁護士両名で、『産婦に対する看護師等の役割に関するガイドライン』を医政局の了解のもと作成したので遵守していただきたい。

 なお、一部新聞報道で「看護師の内診認めず」との表現はあるが、これは医政局長通知の誤った解釈である。

 医師と看護師等で分娩を取り扱っている病院と診療所は、今回の医政局長通知と、医会会長の看護師のガイドラインの下で、保助看法違反と判断される不安は全く無く、安心して、産科診療に励んでいただきたい。

この声明からわかるように産婦人科医会は看護師内診OKの解釈を医政局から得ていた事を示唆されます。そうでなければここまで自信たっぷりに書けないからです。さらにガイドライン作成まで医政局が一枚かんでいるのなら信憑性は高まります。もっと言えば厚労相の事前の発言もありますから、筋書き的にも蓋然性が高いと考えます。そうなると看護協会の疑義解釈に出した回答と、産婦人科医会に示していた回答が相反する事になります。全く180度の回答を厚生労働省は両者に示した事になります。

では看護協会と産婦人科医会のどちらの意見が正しいかになりますが、2007年4月3日Asahi.comにこう報道されています。

 厚生労働省は3日、日本産婦人科医会(寺尾俊彦会長)に対し、ホームページ(HP)で、看護師の内診が認められたと、誤った解釈もできるガイドラインを掲載しているとして抗議した。医会は「会員の疑問に答えるため掲載したが、厚労省との相談が不十分だった」として、ページを削除した。

 厚労省は2日、看護師の「内診」を禁じる通知を都道府県に出している。しかし、産婦人科医会は同日付で「産婦に対する看護師等の役割に関するガイドライン」をHPに掲載。医師の指示監督の下ならば分娩(ぶんべん)経過中の観察はできるとして、注意点を列挙していたほか、同省の了解のもとで作成したとしていた。

 この内容に、厚労省は「内容に関する相談を一切受けていない」としたうえで、「通知で禁止した看護師の『内診』に該当する可能性があり、現場を混乱させる」と、医会に削除を要請した。

 医会の木下勝之副会長は「掲載は取りやめたが、助産師不足は深刻化しており、お産が立ちゆかない現状に変わりはない。ガイドラインについては今後、慎重に協議していきたい」と話した。

記事の通り産婦人科医会のHPからは通知が削除されています。このブログでは表示可能ですが、これは昨日、なんか嫌な予感がして、ファイルごとDLしておいたので読めるだけで、原文は消えうせています。Asahi.comの報道だけなら産婦人科医会の暴走という事になりますが、4/2の通知の原文を読む限り早飲み込みの誤解というには余りにも自信が満ち溢れています。さらに3/30の厚生労働省通達も、いくらわかりにくいお役所文章だと言っても、あれを読んで内診禁止通達の再確認と読み取るのは至難の業です。

ここで迷走の構図を憶測してみます。

  1. 発端は柳沢厚労相の「看護師内診問題の見直し」発言だと考えます。この発言には産婦人科医会の工作が色濃く反映され、発言時点で内診禁止通達の実質上の撤回黙認の内意を取り付けていたかと推測します。内意の上で水面下で医政局とガイドラインの非公式作成作業に着手していたと思います。


  2. この動きに素早く反応したのが助産師側。看護協会を巻き込んで強烈な巻き返し工作が展開されたと推測します。


  3. 助産師側の工作は成功しましたが、厚生労働省としては3つの面子を考える必要が生じたと考えます。


    • 柳沢大臣の発言への面子
    • これまでの内診禁止通達への面子
    • 看護協会への面子


  4. 大臣発言への面子として一見「看護師内診黙認」と受け取れる通達を出し、その上でその通達は「これまで通り看護師内診禁止」の公式回答を看護協会に与えるという行動を行なったと考えます。ただこの点は単に内診黙認派と内診禁止派が混乱した状況の中で、バラバラの通達を出したとも考えられます。


  5. おそらく助産師側からのリークによりマスコミが内診禁止再確認報道が先行し、それを読んで驚いた産婦人科医会が打ち消し通知を発表したと考えます。


  6. これも憶測ですが、産婦人科医会が看護協会への疑義照会への回答の存在を知ったのは一歩遅れたかと考えます。そこで医政局に確認をしたところ、時既に遅しで、医政局の3/30の通達の統一見解は「内診禁止再確認」になっていたと考えます。水面下で作業されていた非公式のガイドライン作成作業も「無かった」事に公式にされたのがAsahi.comの報道内容かと考えます。
助産師サイドの完全逆転勝利です。産婦人科医会は満天下に赤恥を晒し、柳沢大臣も面目を失ったといえます。

ではこれで本当に良かったのでしょうか。この騒動で利益を受けたのは、

  • 内診禁止通達の撤回という事態を避けられた厚生労働省
  • 自らの権益を死守した助産
  • この騒動に乗じて「看護師は内診を拒否すべき」と危険な分娩現場からの逃避を宣言した看護師
一方で明らかな不利益を蒙ったのは、
    分娩施設の減少が加速し、産むところを失った女性
不毛の暗闘であったとしか私には思えません。