息抜きの小ネタ

見えない道場本舗様からTB頂いた記事が小ネタとしておもしろかったので、今日は息抜きで扱ってみます。

ネタ元は東京新聞の「こちら特報部」というコーナーだそうです。東京新聞がどれほどの新聞か存じませんが、大阪新聞よりはよほど上品な新聞だろうと言う理解で進めます。大阪新聞並だったら高尚過ぎる内容だからです。まずWeb掲載部分ですが、

医療法改正で 嘱託病院確保を助産所に義務付け 廃業助産所
2008年3月8日

 奇妙な医療法改正に助産所が振り回されている。法改正で助産所は分娩(ぶんべん)中の急変などで緊急搬送先となる嘱託病院を四月までに自助努力で確保しなければならないが「多忙」を理由に断られるケースが続出。このままでは廃業する助産所も出てくるため、厚生労働省は「(嘱託病院は)新たな義務を負うものではない」と通知を出した。だったら嘱託病院確保は無意味では。何とも不可解な法改正なのだが…。 (鈴木伸幸)

以下は有料部分で読め無いのですが、見えない道場本舗様が要約として引用してくれています。

  • 地元でも評判の助産所が、存亡の危機に瀕した。医療法改正で、助産所は嘱託病院を確保せねばならなくなったが見つからなかったためだ。

  • そういう例を避けるため、「嘱託病院となっても新たな義務は負わない」とされたが、ならば意味はない(茨城県立医療大・加納尚美教授談)

  • 法改正で助産所開業は病院の意向次第になった。そもそも嘱託なのに義務が無いのは「応召の義務」違反。法律は病院と助産所の序列化を肯定しており、助産師への偏見が背景にある。

  • 今は99%が病院、1%が助産所で出産する。戦後、アメリカの指導でそうなり、妊産婦死亡率が減ったので助産所出産は危険と思われがちだが死亡率低下は栄養や抗生物質、輸血の向上の為。助産所が危ないわけではない。

  • 海外ではオランダが3割が助産師出張で自宅出産、NLでは7割を助産師がケア。米国でも5,6%は助産施設出産。

  • 低リスク出産は医療が介入しないローテク出産が望ましい、とWTOも調査報告でいっている。データ的にも出産の7、8割が医療行為不要である。

  • 現在、日本の就業助産師は25000人だが15%は産科以外で働く。資格を持ちながら働いてない人も20000人。理論上、潜在助産師を活用すればお産難民問題は解決だ。

  • だが、ある産科医はこう話す。

    「正常分娩は自由診療なので医療機関からすればもうかる”ドル箱”。病院側はそれを守りたいだろうし、何かあれば訴訟になりかねない高リスク出産ばかりを任されてはたまらないと思ってもおかしくない。助産師の活用で産科医不足が解消できるにしても、産科医はそれを自らは認めないだろう

折角なので順番に突っ込んでみます。

  • 地元でも評判の助産所が、存亡の危機に瀕した。医療法改正で、助産所は嘱託病院を確保せねばならなくなったが見つからなかったためだ。

助産所の嘱託医療機関の問題については一度扱ったことがあるので、その時の一産科医様のコメントを引用しておきます。

ま、どうであれ、嘱託を強制されたら現場から粛々と逃散するだけでしょう。
以前、周産期センターは法律で助産所からの搬送受け入れを義務付ける、という話もありましたが、そこまで踏み切れなかったのは、そうすれば周産期センターから医師がいなくなるだけだということが、さすがに看護系議員にも理解されたからでしょう。

ただ、このブログを読んでいる方に理解してほしいのは、大部分の助産所では嘱託医療機関は見つかっています。いまだに見つかっていないのは、そもそも周産期医療が崩壊して引き受け手がないか、「あの助産所には絶対に近づきたくない」というレベルの助産所だろうと思います。
助産所が周産期医療の一員としてきちんと活動するならば、地域の周産期医療の中にちゃんと入るように自らも襟を正し、産科医療機関と連携を取るのは当然のことであって、それができない助産所は淘汰されるべきです。

  • そういう例を避けるため、「嘱託病院となっても新たな義務は負わない」とされたが、ならば意味はない(茨城県立医療大・加納尚美教授談)

まず茨城県立医療大・加納尚美教授とは看護学部母性看護学助産学教授です。ここで「義務云々」ですが医政発第1205003号「分晩を取り扱う助産所の嘱託医帥及び嘱託ずる病院-又は診旛所の確保について(協力依頼)」に嘱託趣旨としてあり、

分娩を取り扱う助産所から嘱託を受けたことをもって、嘱託医師及び嘱託医療機関が応召義務以上の新たな義務を負うものではないこと。また嘱託医師や嘱託医療機関となることが、特定の助産所を利ずることにはならず、公立・公的医瞭機関及びその医師が、助麗所の嘱託医師や嘱託医療機関となることは差し支えないこと (総務省自治財政局と協議済)

加納教授の主張は嘱託があろうが無かろうが「応召義務以上の新たな義務」を負わないのであれば嘱託自体が不要であると考えても良さそうです。そういう考え方も成立しますが、通達を読んでそれでも嘱託を受けられない助産所がどんなものかを考えたのか疑問に思います。

  • 法改正で助産所開業は病院の意向次第になった。そもそも嘱託なのに義務が無いのは「応召の義務」違反。法律は病院と助産所の序列化を肯定しており、助産師への偏見が背景にある。

これは殆んど意味不明の文章。通達内容を読んで嘱託を受けられない助産所が出現するのはまず不可思議。さらに『嘱託なのに義務が無いのは「応召の義務」違反』これはもう日本語ではありません。応召義務は負うと明記していても「違反」とするのは論理の破綻以外の何者でもありません。
  • 今は99%が病院、1%が助産所で出産する。戦後、アメリカの指導でそうなり、妊産婦死亡率が減ったので助産所出産は危険と思われがちだが死亡率低下は栄養や抗生物質、輸血の向上の為。助産所が危ないわけではない。

これについては僻地の産科医様の助産所からの搬送例は有意に死亡率が高いを御参照ください。それと改善理由に挙げた「栄養」「抗生物質」「輸血の向上」のうち助産所ができるものは何もありません。「栄養」は個人の問題であり、「抗生物質」「輸血」は医療機関で無いとできません。ま、この程度のリスクは同等と見なすの趣旨でしょうか。
  • 海外ではオランダが3割が助産師出張で自宅出産、NLでは7割を助産師がケア。米国でも5,6%は助産施設出産。

2004年の周産期死亡率では出生1000人あたりで、確かに助産所分娩を多用しても「たった2倍」しか死亡率が増えないから問題なしとの主張です。
  • 低リスク出産は医療が介入しないローテク出産が望ましい、とWTOも調査報告でいっている。データ的にも出産の7、8割が医療行為不要である。

「データ的にも出産の7、8割が医療行為不要である」は間違いありませんが、残り2、3割は医療行為必要です。さらに分娩では予測不能で突然医療行為必要になります。さらに日本の分娩への風潮は「お産は100%安全」です。トラブルが発生すれば巨額の賠償問題が頻発します。優雅なお話です。
  • 現在、日本の就業助産師は25000人だが15%は産科以外で働く。資格を持ちながら働いてない人も20000人。理論上、潜在助産師を活用すればお産難民問題は解決だ。

楽しいな、こんな理論が通用するなら看護師不足も即座に解消します。去年の国会質疑では野党議員の「病院の助産師は厚労省の大甘の試算でも3000人不足している」と追及され、政府側は何ひとつ反論できませんでした。
  • だが、ある産科医はこう話す。

    「正常分娩は自由診療なので医療機関からすればもうかる”ドル箱”。病院側はそれを守りたいだろうし、何かあれば訴訟になりかねない高リスク出産ばかりを任されてはたまらないと思ってもおかしくない。助産師の活用で産科医不足が解消できるにしても、産科医はそれを自らは認めないだろう


おそらくこの部分を受けたこの記事のまとめが、

妊婦たらい回しを報道すると、医者たちからの「産科医不足が悪いのであって医者は悪くない」と反論が来る。でも、医者から「もっと助産師の活用を」との声は上がらず、そういう運動も起きず、「産科医を増やせ」の掛け声ばかりなのは不思議だ。「ドル箱は手放さない」が理由なら、なんともお粗末だ。(隆)

御心配しなくとも自然に助産師の活用論に産科医の意見は傾くと思います。産科医療の窮状はこの記事の認識のように甘いものではなく、今や、

    ヤブでも貴重な戦力、カルトでも許す
「ヤブ」でも「カルト」でも許容せざるを得ない現状ですから、「猫の手」よりましな「助産所」だって不可欠な戦力になるのはそう遠くない未来に来ます。もっともその頃には産科救急の危機なんて言葉は死後となり、分娩施設で危機に陥ればそのまま撃沈です。救急で運ばれるべき医療機関そのものが機能麻痺になっているからです。

今日は軽いお話でした。