ネタモトは人口動態統計です。
産科医呼出率とは助産所での出生にも関らず出生立会い者が医師であるものです。助産所に医師は常駐しておらず、また産科医以外が呼び出され、なおかつ立会い者(出産証明書)を書く事はまずありえませんから、分娩中の急変のために産科医が呼び出されたものと判断しています。これの集計が実に厄介至極なので、前回の助産所統計の時には2009年分しか出来ていませんでした。
ちょっと根性を出して2008年分もやってみましたので、結果を示します。
年 | 助産所出生数 | 立会い者 | 産科医呼出率 | |
医師 | 助産師 | |||
2008 | 9966 | 1387 | 8579 | 14.0% |
2009 | 9597 | 1343 | 8254 | 14.0% |
出てきた数字にチト笑いました。ピッタリ同じなので、助産所出生での産科医呼出率は14.0%、7人に1人での割合であると結論付けても良いと考えます。
前回は郡部での助産所出生が実質的に絶滅し、市部のみに生き残っているとしましたが、都道府県単位の偏在があるかどうかを検証してみます。検証方法として、
えらい単純ですが、実際にやってみると、まず平均以上の都道府県の統計です。2008年 | 2009年 | ||||||
都道府県 | 出生総数 | 総数 | 助産所での 出生率(%) |
都道府県 | 出生総数 | 総数 | 助産所での 出生率(%) |
岡山 | 17044 | 389 | 2.28 | 岡山 | 16387 | 382 | 2.33 |
神奈川 | 79179 | 1662 | 2.10 | 神奈川 | 78057 | 1579 | 2.02 |
和歌山 | 7866 | 164 | 2.08 | 大分 | 9961 | 191 | 1.92 |
大分 | 10306 | 206 | 2.00 | 奈良 | 10758 | 192 | 1.78 |
香川 | 8600 | 138 | 1.60 | 和歌山 | 7516 | 129 | 1.72 |
福井 | 7139 | 102 | 1.43 | 香川 | 8366 | 115 | 1.37 |
東京 | 106015 | 1469 | 1.39 | 静岡 | 31901 | 432 | 1.35 |
大阪 | 77400 | 1036 | 1.34 | 宮崎 | 10170 | 131 | 1.29 |
宮崎 | 10292 | 129 | 1.25 | 大阪 | 75250 | 965 | 1.28 |
奈良 | 10981 | 133 | 1.21 | 東京 | 106613 | 1308 | 1.23 |
静岡 | 32701 | 383 | 1.17 | 福井 | 7042 | 78 | 1.11 |
兵庫 | 48833 | 464 | 0.95 | 兵庫 | 47592 | 469 | 0.99 |
愛知 | 71029 | 671 | 0.94 | 埼玉 | 59725 | 585 | 0.98 |
埼玉 | 60520 | 555 | 0.92 | 愛知 | 69768 | 635 | 0.91 |
茨城 | 24592 | 227 | 0.92 | 三重 | 15614 | 140 | 0.90 |
2008年も2009年も平均以上の都道府県は15で、なおかつ2008年と2009年ではそのうち14都道府県が重複しています。
* | 2008 | 2009 | ||
総出生数 | 助産所出生数 | 総出生数 | 助産所出生数 | |
全国 | 1090983 | 9966 | 1069936 | 9567 |
上位15都道府県 | 572497 | 7728 | 554720 | 7331 |
15都道府県/全国 | 52.5% | 77.5% | 51.8% | 76.6% |
これは偏在しているとして良さそうです。おおよそ出生数の半分教を占める地域に、8割弱の助産所分娩が分布している事になります。
2008年 | 2009年 | ||||||
都道府県 | 出生総数 | 総 数 | 比率 | 都道府県 | 出生総数 | 総 数 | 比率 |
東京 | 106015 | 419 | 0.40 | 東京 | 106613 | 392 | 0.37 |
神奈川 | 79179 | 278 | 0.35 | 神奈川 | 78057 | 290 | 0.37 |
埼玉 | 60520 | 141 | 0.23 | 北海道 | 40165 | 126 | 0.31 |
大阪 | 77400 | 132 | 0.17 | 大阪 | 75250 | 120 | 0.16 |
北海道 | 41074 | 111 | 0.27 | 埼玉 | 59725 | 112 | 0.19 |
千葉 | 52306 | 100 | 0.19 | 千葉 | 51839 | 102 | 0.20 |
愛知 | 71029 | 97 | 0.14 | 愛知 | 69768 | 96 | 0.14 |
福岡 | 46695 | 71 | 0.15 | 福岡 | 46084 | 79 | 0.17 |
長野 | 18129 | 68 | 0.38 | 広島 | 25596 | 62 | 0.24 |
兵庫 | 48833 | 60 | 0.12 | 静岡 | 31901 | 57 | 0.18 |
全国 | 1090983 | 2164 | 0.20 | 全国 | 1069936 | 2090 | 0.20 |
見ての通りで、東京と神奈川が非常に多く全体の1/3を占めています。さてこの自宅分娩のうちで、どれだけが助産師による自宅分娩であるかです。これについての正確な統計はありません。推測する手がかりとしては立会い者の統計しかありません。
年 | 自宅出生数 | 立会い者 | ||
医師 | 助産師 | その他 | ||
2008 | 2164 | 581 | 1404 | 179 |
2009 | 2090 | 587 | 1332 | 171 |
とりあえず「その他」は家族等の非医療関係者として良いかと思います。助産師によるものは、無介助による自宅分娩を目指して土壇場で呼んだケースもあるかもしれませんが、医師と違い、妊娠中のコネクションがないと、そうそうはあり得るケースと言えないので、すべて助産師による自宅分娩と考えても良いと判断します。 問題は医師によるものです。自宅分娩に取り組んでいる産科医がこの世に存在する可能性は完全には否定できませんが、誤差の範囲としてないものとします。そうなるとあり得るケースは、
- 産科フォロー中であったが突然の陣痛で間に合わず自宅分娩のケース
- 助産師による自宅分娩トライ中にトラブル発生、産科医を呼んだケース
- 無介助自宅分娩トライ中にトラブル発生、産科医を呼んだケース
年 | 助産師分娩 | 産科医呼出率加算 (14%) |
母体搬送率加算 (5%) |
2008 | 1404 | 1601 | 1671 |
2009 | 1332 | 1518 | 1585 |
だいたいこんな数字に概算されると考えます。
神奈川の助産所出生の推移を拾います。
年 | 助産所 | 自宅 | |||||
出生数 | 立会い者 | 立会い者 | |||||
医 師 | 助産師 | 出生数 | 医 師 | 助産師 | その他 | ||
2005 | 1458 | 76 | 1382 | 305 | 29 | 265 | 11 |
2006 | 1599 | 75 | 1524 | 349 | 54 | 283 | 12 |
2007 | 1711 | 99 | 1612 | 342 | 39 | 289 | 14 |
2008 | 1662 | 90 | 1572 | 278 | 42 | 226 | 10 |
2009 | 1579 | 152 | 1427 | 290 | 55 | 224 | 11 |
2005年から2009年の平均助産所出生数はほぼ1600件、5年間の総件数は8009件となっています。仮に奈良県の4〜5%程度と同等の母体搬送が起こっているとすれば、年間60〜80件程度の母体搬送が発生している事になります。ここからは産科医療のこれから様のの助産所からの搬送例は有意に死亡率が高いからデータを拾います。 僻地の産科医様が引用したデータは北里大学医学部産婦人科・小児科による「助産所からの搬送例の実状と周産期予後」ですが、データは1998年から2002年の5年間のデータとなっており、私が神奈川の5年間のデータとした2005年から2009年とはずれています。ここは残念なところなんですが、人口動態統計の公表の限界ですので御了承下さい。おそらく似たような数字であろうの類推は可能と判断しています。 神奈川県の周産期救急医療システムは基幹病院8、中核病院12、協力病院13の計23ヶ所の病院で構成されています。北里大学の助産所からの母体搬送の受け入れは、
助産所からの母体搬送依頼は年間およそ3〜6件で、5年間で21件(2.8%)あり全例受け入れていた
上で神奈川の助産所からの母体搬送の発生数はおおよそ年間60〜80件程度であろうとしましたが、北里の受入数は推測数を裏付ける傍証ぐらいにはなります。北里は5年間で21件の助産所からの母体搬送の受け入れ成績を公表していますが、なかなか凄い内容です。
No. | 搬送理由 | 診断・転帰 |
1 | 切迫流産(20週) | 流産 |
2 | 弛緩出血 | 会陰裂傷、再縫合 |
3 | 癒着胎盤 | 腹式子宮全摘術 |
4 | nonreassuring fetal status (41週) | 吸引分娩 |
5 | nonreassuring fetal status (41週、遷延分娩) | 緊急帝切→新生児死亡 |
6 | nonreassuring fetal status (38週) | 経腟分娩 |
7 | nonreassuring fetal status (38週、IUGR) | 緊急帝切→18 trisomy |
8 | PROM(27週) | 他の基幹病院へ搬送 |
9 | nonreassuring fetal status (37週) | 緊急帝切 |
10 | nonreasuring fetal status (43週) | 緊急帝切→新生児死亡 |
11 | nonreassuring fetal status (40週) | 吸引分娩 |
12 | PROM(34週) | 早産 |
13 | nonreassuring fetal status (38週、前回帝切) | VBAC |
14 | 前置胎盤(38週) | 母体ショック→緊急帝切 |
15 | 弛緩出血 | 輸血 |
16 | 常位胎盤早期剥離(38週) | 緊急帝切 |
17 | 急性腹症(31週) | 硬膜外麻酔にて疼痛管理 |
18 | 切迫早産(35週) | 経腟分娩 |
19 | nonreasuring fetal status (38週) | 緊急帝切 |
20 | 骨盤位、臍帯脱出(38週) | 緊急帝切→乳児死亡 |
21 | 切迫早産(28週) | 早産 |
赤字は取扱い基準逸脱例、病院分娩を選択すべき例 |
「nonreasuring fetal status」とは「なんじゃらほい」と思ったのですが、日本語にすると胎児機能不全であり、かつては胎児仮死とかfetal distressと言っていたものです。2006年に日本産婦人科学会が提唱したとなっているようです。用語も時に変わるのですが、チト長いのが難点に感じます。それはともかくNo.5の例が少し紹介されていましたが、
経過:妊娠初期より助産所で管理されていた.40週2日,陣痛発来後,4日間水中分娩を行っていた
だそうです。母体搬送ではなく新生児搬送の例も紹介されており、
依頼理由の内訳は呼吸障害5名(33.3%),チアノーゼ5名(33.3%),低出生体重児2名(13.3%),発熱・新生児仮死・不整脈が各々1名であった.この15例のうち9例が早産,適期産,IUGR,双胎,胎児不整脈,non reassuring fetal status であり,取り扱い基準逸脱例と考えられた
でもって助産所以外との比較が重要なんですが、これもまとめてあり、
同時期の1次,2次施設から当院への母体搬送は742例あり,新生児死亡は34例(4.6%)であった.一方助産所からの母体搬送は21例あり死亡例か4例(19.0%)と,有意に高頻度であった
母体搬送になるぐらいですから重症例であり、予後が悪くなるのは仕方が無いですが、約4倍の死亡率が確認されています。ここでまえにまとめた奈良の統計を参考にして考えて見ます。奈良の2005年、2006年の助産所の母体搬送率は、病院・診療所の3.3倍になります。そうなると助産所分娩での危険率は病院・診療所に較べて12倍以上と考えても良さそうです。
助産所より自宅分娩の方が普通に考えればさらに危険ですから、さてどれぐらいの危険率になるのでしょうか。最後に北里のまとめを引用しておきます。
助産所分娩取り扱い基準では助産所分娩の対象者を限定しており、それ以外の症例は病院分娩を選択すべきであると明示されている。しかしながら当院への母体搬送・新生児搬送例を検討してみると、助産所分娩には適さない妊婦が経過中に医療機関を受診せずに、助産所で分娩していることもあることが判明した。さらには妊婦の、あるいは助産所のあまりにも強い「自然」分娩指向があるためなのか、搬送時期が遅れ重症・予後不良となった症例もみられた。
助産所分娩取り扱い基準には緊急対策についても明記されている。「分娩が開始したら,嘱託医師に連絡をし…」緊急時には「経過の詳細な記録(発生時間,医師に連絡した時間,妊産褥婦・新生児の全身状態及びその変化)」等々詳細に示されているが、母体搬送・新生児搬送の際の助産所側からの患者情報と搬送患者の実際の重症度が異なることがしばしばあった。そのため軽症と判断し関連病院への搬送後、基幹病院へ再搬送となる症例もあった。また、助産所通院中に産科を受診し胎児に異常があることが分かっても、妊婦か助産院での出産を希望し、分娩後新生児搬送となった症例もみられた。
平成8年に大分県立看護科学大学で有床助産所に対する母児搬送判新基準と救急支援体制に関する全国調査が行われている。それによるとPROM、双胎、non reassuring fetal status、骨盤位、臍帯下垂等を認めても助産所において対応しようとする施設もある。たとえば、分娩時に骨盤位であることが判明しても、開業10年以上の34人中18人(53%)、開業10年未満の6人中1人(17%)は母体搬送の判断基準とはならないと考えているという。
助産所取り扱い基準を遵守していれば、救命し得た症例があることを助産所に認識してもらう必要があり、母児の安全を確保するためには周産期救急医療システムに理解を深め、システムヘの積極的な参加を促す必要があると考えられる。
今さらですが、
-
PROM、双胎、non reassuring fetal status、骨盤位、臍帯下垂等を認めても助産所において対応しようとする施設もある。たとえば、分娩時に骨盤位であることが判明しても、開業10年以上の34人中18人(53%)、開業10年未満の6人中1人(17%)は母体搬送の判断基準とはならないと考えているという。
集計に苦労した割りには反応の悪いシリーズでしたが、個人の興味ですからこれも御了承下さい。集計に苦労したのでボツにするのはあまりにもったいないぐらいのところです。