おむつ替え用のベッドの安全柵

5/29付産経記事より、

ベッドから落ち乳児重体 イオンのベビールームで

 29日午後6時45分ごろ、名古屋市西区二方町のショッピングセンター「イオンワンダーシティ店」3階のベビールームで、おむつ替え用のベッドから乳児が落ちて血を流していると、店の警備員が愛知県警西署に通報した。

 西署によると、乳児は同県春日井市高森台7丁目の会社員坂川徹さん(35)の次男で生後9カ月の大河ちゃん。病院に搬送されたが、頭をけがするなど意識不明の重体。

 坂川さんは家族5人で買い物に来ていて、ベビールームにはおむつ替えのために母親(35)と長女(16)が一緒にいたとみられるという。ベビールームには幅60センチ、奥行き80センチ、高さ70センチのベッド6台が設置され、床にはカーペットが敷かれていた。ベッドに安全柵はなかった。

まず家族がこれで訴訟を起している云々の記事ではなく、あくまでもこういう事件があったと言う事を伝えている記事である事を前置きしておきます。事件はベビールームでのおむつ替えの最中に起こったようです。おむつ替え用のベッドは「6台が設置」されているとなっていますから、たとえば

こんな感じであったと考えられます。おむつ替え用のベッドは「幅60センチ、奥行き80センチ、高さ70センチ」となっていますから、だいたい似たような感じと思われます。他にも
こんなのがありますが、いずれにしても良く目にするタイプです。転落された9ヶ月の男児は「頭をけがするなど意識不明の重体」となっています。打ち所が悪かったのか「乳児が落ちて血を流している」となっていますが、なんとか回復して欲しいものです。


さて、こういう事件があったのを報道する事自体は問題は無いのですが、記事の方向付けはどうであろうです。考えられるのは3つで、

  1. 転落事故を報道する事による保護者への注意喚起。
  2. 店の安全管理に問題あり。
  3. 事故への対策の提案。
1.については記事全体を見ると事故に遭った家族の紹介が細かくなされています。これは例外もあるでしょうが、家族の監視責任を強調するのなら、ここまで書く必要はなさそうに感じます。言ったら悪いですが、こんなに監視の悪い家族があると実名で全国に報道しているようなものだからです。そんなに無神経な事を報道機関が絶対にしないかどうかは自信を持っては言えませんが、通常はあんまりしない気がします。

そうなると方向性は2.か3.かになります。やや微妙でどちらの解釈も可能とは思いますが、個人的には3.の可能性の方が高いように感じています。キーワードとしては、記事の最後にある。

    ベッドに安全柵はなかった
これは単に事故現場の状況描写と見なす事もできます。しかし、私の知る限りおむつ替え用のベッドに安全柵が付いているのを見た事がありません。一方で、こういう状況描写を行うと言う事は、記者がおむつ替え用ベッドに安全柵が無い事に違和感を感じない限り書かないはずです。違和感を感じたからこそ、わざわざ書き加えた考えたいところです。そうなれば安全柵付きのおむつ替え用ベッドとはどんなものかになります。探してみるとありました。
写真は手前の安全柵が下がった状態ですが、これを上げる事は可能です。ただし安全柵の高さは、

床板の高さ2段階
(床板が上段の時、)
床板の高さは地面から約70cm
柵の深さは上から約37cm

(床板が下段の時、)
床板の高さは地面から約45cm
柵の深さは上から約64cm

床板の高さが二段階調節になっていて、上段の時には柵の深さは約37cmしかありません。この高さでは、つかまり立ちが始まると「安全」とは言えない高さになります。ましてや1歳以上になり、一人歩きを始めたらまったく安全とは言えません。おむつは3歳ぐらいまで外せない子どもは珍しいとは言えません。であるなら床板を下段にすればどうなるかです。

下段であれば安全柵の約64cmです。小児病棟での高柵ベッドならそれぐらいですから、かなり安全と言えます。小児病棟では、それでもこれを乗り越えての、信じられないような転落事故はありますが、かなり安全としても良いかとは考えます。ただし問題は「床板の高さは地面から約45cm」です。この高さならおむつを変えるために成人は膝を付かないとかなり苦しい姿勢になります。床は土足ですから、膝をつけるのには抵抗が出そうな気がします。

探した範囲では、なかなか高さもあって安全柵もしっかりあるおむつ替え用ベッドは見つけ出せませんでした。とくに公共施設に設置してあるおむつ替え用ベッドの現状に精通しているとは言えませんが、私がググった限りでは見つけることが出来ませんでした。そうなると記事の意図として「転落防止のために安全柵の設置」が必要の意図が込められていると考える余地はあると思われます。



このおむつ替え用ベッドからの転落事故は消費者庁も関心を持っているようで、平成22年12月21日付NewsRelease「おむつ交換台からの転落による事故の防止について」で注意を喚起しています。ここには過去5年間の転落事故例が紹介されています。

受付年 事故の概要
2006年 デパートのトイレでオムツの交換をしていた際、寝返りをうって1mの高さの台から転落して頭部を打撲した。
デパートのおむつ換えコーナーでオムツ交換後、少し目を離したすきにコンクリート床(約1m位)に落下し、頭部を打撲した。すぐに泣き、10分くらいで笑顔になるも心配にて病院を受診した。
デパート内のトイレでおむつ交換をしようとしていたところ、高さ1m位の台から転落した。後頭部を打撲し救急車で病院を受診した。
ショッピングセンターのおむつ替えベッドより転落、右側頭部を打撲し、病院を受診した。
ショッピングセンター内の高さ約70?のオムツ台より転落し、顔面蒼白になったため病院を受診した。
2007年 オムツ交換用の台より頭から落ちた。
スーパーでオムツ交換中、高さ1mから転落した。救急車で病院を受診し血腫が認められた。手術になった場合対応困難な為、他院にヘリコプターで搬送された。
デパートのトイレのオムツ交換台に立っていて、転倒転落し、背部後頭部を打撲した。その後嘔吐を2回し、ぐったりしているため病院を受診した。CT、レントゲン等の検査後、経過を見る為入院した。
トイレ内にあるベビー用シートに4ヶ月の子をベルトをして寝かせ、手を洗っている間に、子が頭から落ち頭蓋骨骨折した。
デパートのオムツ交換台約1mから転落、受傷し、救急車にて病院を受診した。レントゲン、CT施行後、翌日脳外科外来受診することになり帰宅した。
デパートの高さ1メートルのオムツ台から転落し、頭と肩を打つた。
おむつ交換用の台1mより後ろ向きに転落、受傷し、病院を受診した。CT、レントゲン施行後、翌日外来受診することになり帰宅した。
出先のトイレのおむつ交換台に立たせていた所、1mの高さから転落し、病院を受診した。CT、レントゲン施行後帰宅した。
デパートのおむつ交換台(1.2m)から転落し、救急車にて病院を受診した。右前額部に2cmの血腫あり。CT、レントゲン施行後帰宅した。
2008年 おむつ交換台から転落し病院を受診した。
2009年 オムツ換えのベッドから目を離した隙に、高さ1mほどの硬い床に転落した。
2010年 夫がミルクを買いにベビー用品店に行った。店の多目的トイレで7ヶ月の子供のオムツ換えをしたところ、子供が頭から落下した。


また転落事故に対する各省庁の取組事例も紹介されており、

(参考) おむつ交換台からの転落事故の防止に関する取組事例

  • 経済産業省から商業施設の業界団体等に対して、おむつ交換台に関する警告表示の徹底及び点検等に関する要請を行っています(平成19年7月)。
  • 独立行政法人国民生活センターにおいて、資料「折りたたみ式オムツ交換台からの転落に注意!!」を公表し、保護者に対して、おむつ交換台の利用はおむつ交換時だけとし、乳幼児から極力目や手を離さないよう注意喚起しています(平成19年10月)。
  • 新製品の改良も進んでいます。乳幼児の寝返りや蹴り上がりに配慮してシート全面をやわらかいクッションで囲んだ新製品も開発されており、「第4回キッズデザイン賞少子化対策担当大臣賞」を受賞した製品もあります

消費者庁も、

消費者庁としては、子どもの事故を防止する観点から、

  1. 以下のとおり改めて消費者の注意を喚起するとともに、
  2. 関係省庁及び都道府県等を通じて地方公共団体などが管理・運営する公共施設(例:保健センター、公民館など)や事業者が管理・運営する集客・商業施設など(例:駅や空港などのターミナルビル、デパート、遊園施設など)に設置されているおむつ交換台に関し、目に付くところへの警告表示の貼付の徹底や点検の実施等を施設管理者へ要請することとしましたのでお知らせします

ここをごく簡単にまとめれば方針は二つで、

  1. 消費者への注意を喚起
  2. 警告表示の徹底と設備の点検
具体的に「消費者の注意を喚起」は、

《公共施設等に設置されている「おむつ交換台」を使用される方へ》
おむつ交換台はおむつの交換が目的です。お子様の転落を防ぐためには、以下のことにご注意ください。

  • お子様をおむつ交換台に乗せたまま、その場を離れないようにしましょう。
  • お子様をおむつ交換台に乗せている際は、目を離さないようにしましょう。
  • ベルトを締めていても、ベルトから抜け出して転落することがあります。
  • おむつ交換台にガタつき等がある場合は使用せず、施設の管理者へ連絡しましょう。

「警告表示の貼付」は、

これらを踏まえた上で平成22年12月21日付消政調第179号として、

公共施設、集客・商業施設の施設管理者へのお願い

  1. おむつ交換台における警告表示の徹底と定期的な点検の実施


      施設内に設置されているおむつ交換台について、製造事業者が作成する「警告表示」を折りたたみ式おむつ交換台のすぐ上など保護者等の目に付くところに必ず貼付する等の措置を行うようお願いします。また、おむつ交換台の目に付くところに警告表示が正しく貼付されていることや、交換台のガタつき、安全ベルトの傷み、ネジの緩み等の不具合がないことを定期的に確認するようお願いします。問題がある場合には、直ちに使用を中止し、製造事業者や販売店などに修理依頼等の連絡を行うようお願いします。


  2. 安全・安心の向上に向けた更なる取組の実施


      子どもの安全の確保のため、可能な限り、安全・安心の向上を図っている製品への交換等、更なる取組の実施を行うようお願いします。

消費者庁が管理者責任として求めるものはおむつ替え用ベッドの定期的な安全確認と、「警告表示」を目に付くところにしっかり掲示する事となっています。ついでですから出しておきますが、「第4回キッズデザイン賞少子化対策担当大臣賞」はどんなものかと言うと、

安全柵が周囲に張り巡らされたおむつ替え用ベッドで無いのは間違いありません。今のところ消費者庁でさえ、転落しないように見守るのは保護者の責任とし、ベッドの管理責任は定期点検と警告表示に留めています。もっともこの事件を契機に安全柵付きベッドへの政策転換を行わないという保証はありません。そういう信頼性は消費者庁にあります。そうなれば社会を変えた記事として、後世にまで語り伝えられるものになるかもしれません。


でもって本当に必要かどうかは個人的には疑問です。そりゃ無いよりあった方が安全性は高まるかもしれませんが、安全柵の義務付けは設置場所の限定化をもたらします。「第4回キッズデザイン賞少子化対策担当大臣賞」のおむつ替え用のベッドがわかりやすいのですが、ああいうタイプは壁にベッドが横長に設置されています。

そんな状態で安全柵を設置したらおむつを替えるのに確実に難渋します。そうなると壁に横長ではなく縦長で設置する必要が生じます。縦に長くなると、それだけで設置場所が限られます。また縦長にしても幅は十分とは言えない為、両側に高い安全柵があれば、これもオムツ替えに難渋しそうです。

おむつ替え用のベッドは、保護者が子どもを十分に監視しながらおむつを替えるために設置されているものであり、用途として、そこに子どもを置いておくためのものでないと考えています。保護者が目を離しても安全性を高める対策が本当に必要かどうかの問題のような気がしています。

この事件を契機に安全柵の設置議論が盛り上がるかどうかは、可能性が低そうな気がします。ただし盛り上がるかどうかは今後のマスコミの扱いの部分が小さくないので、そういう意味でのみ注目しておきたいと思っています。