捨てられた新聞より

12/24付タブロイド紙北九州版より、

ペン&ぺん:「捨」 /福岡

 今年の世相を表す漢字は「捨」ではないかと思っている。いろいろな人間が、いろいろなものを捨てた1年だった。

 社保庁の職員は年金記録改ざんで、社会的責任を捨てた。大分県教委のお偉方は、教員採用と昇任試験不正で先生に対する信頼を捨てた。角界の一部不心得者は大麻疑惑で力士の品格を捨てた。全国各地で救急搬送を拒否した病院は患者を捨てた。ああ、そういえば、首相も政権を捨てた。忘れるところだった。

 食品会社は産地偽装で消費者の信用を捨てた。大企業は急激な円高でなりふり構わず派遣労働者を捨てた。一世を風靡(ふうび)した有名ミュージシャンは、みごとなまでの転落人生を見せつけてファンを捨てた。東京・秋葉原通り魔の被告は、人間性そのものを捨てた。社会に捨てられたと思ったかどうかは知らないが、不満のはけ口が、見ず知らずの人たちに向けられたのはやるせない。

 もっとも、捨ててこそ浮かぶ瀬もある。

 パナソニックは、松下電器の社名とナショナルのブランド名を捨て、ワールドカンパニーになることを決意した。柔道の石井慧選手は、金メダルを捨て格闘技の世界に飛び込んだ。社会人野球の田沢純一投手は、日本プロ球界に進む道を捨て、メジャーへ旅立った。ノーベル物理学賞益川敏英教授は受賞記念講演で英語のスピーチを捨て、堂々と日本語であいさつした。とはいっても終了後に「英語は話せるに越したことはない」と、ご愛嬌(あいきょう)。アラフォーの女優、牧瀬里穂さんと富田靖子さんは独身を捨て、愛する家族を持ったことを公表した。

 誰しも人生の折々で分かれ道に立ち、選択を迫られる。何かを選ぶというのは、何かを捨てることでもある。捨てることが一概に悪いわけではない。でも、みんな捨てるもの間違ってない? この1年を振り返り、胸に手を当てて考えてみよう。【藤清隆】

〔北九州版〕

このコラムは「捨てる」をテーマにしたものです。まず負のイメージとして取り上げたものは、

  1. 社保庁の職員は年金記録改ざんで、社会的責任を捨てた
  2. 大分県教委のお偉方は、教員採用と昇任試験不正で先生に対する信頼を捨てた
  3. 角界の一部不心得者は大麻疑惑で力士の品格を捨てた
  4. 全国各地で救急搬送を拒否した病院は患者を捨てた
  5. 首相も政権を捨てた
  6. 食品会社は産地偽装で消費者の信用を捨てた
  7. 大企業は急激な円高でなりふり構わず派遣労働者を捨てた
  8. 一世を風靡(ふうび)した有名ミュージシャンは、みごとなまでの転落人生を見せつけてファンを捨てた
  9. 東京・秋葉原通り魔の被告は、人間性そのものを捨てた
続いて正のイメージとして取り上げたものは、
  1. パナソニックは、松下電器の社名とナショナルのブランド名を捨て
  2. 柔道の石井慧選手は、金メダルを捨て
  3. 社会人野球の田沢純一投手は、日本プロ球界に進む道を捨て
  4. ノーベル物理学賞益川敏英教授は受賞記念講演で英語のスピーチを捨て
  5. 牧瀬里穂さんと富田靖子さんは独身を捨て
負のイメージとして
    全国各地で救急搬送を拒否した病院は患者を捨てた
この表現に違和感を持たれる医療関係者は少なくないでしょうが、あえて深く論評しません。長くなるからです。それはそうと正のイメージの列挙はそこそこ無理がありますね。パナソニックの戦略はまあ良いとして、柔道の石井選手は別に金メダルをゴミ箱に捨てたわけではないですし、益川博士が日本語でスピーチした事が、英語を捨てるにこじつけるのはどうかと感じないでもありません。まあこの辺はとやかく言うほどのことでもないかもしれません。

それより「捨てる」と言えば忘れられている重要な項目があります。記事が掲載されている新聞社も今年大きなものを捨てた事です。この新聞社は今春に変態記事を長年報道した事が発覚し、その対応に見苦しいドタバタ騒ぎを起しています。対応のお粗末さと、高圧的な姿勢により、自社運営のHPからスポンサーが集団脱走してそして誰もいなくなった状態になったのは記憶に新しいところです。

この新聞社が今年綺麗サッパリ捨て去ったものは、

  1. 変態記事の隠蔽に奔走し、社会的信用を捨てた
  2. この新聞社のお偉方は、懲罰的昇進を果たし処分に対する評価を捨てた
  3. この新聞社の一部の不心得者の責任に転嫁し、新聞社の責任を捨てた
  4. 全国各地の抗議の声に苦しむ販売店を捨てた
  5. スポンサーはこの新聞社を捨てた
  6. 謝罪偽装で読者の信用を捨てた
  7. 幹部は保身でなりふり構わず信頼を捨てた
  8. 歴史ある新聞社は、みごとなまでの転落を見せつけてクォリティ・ペーパーである事を捨てた
  9. 人の噂も75日作戦に徹した新聞社は、品位そのものを捨てた
当然のように日本レベルでもタブロイド紙に成り下がった新聞社は、タブロイド紙に相応しい記事を満載して今年も終わるという事のようです。そう思うとシミジミした記事に読めてくるから不思議です。この新聞社の今年の文字は、
    「捨」
これであるのだけは間違いありません。この新聞社も赤字転落だそうですから、来年は「危」かな?