助産所統計

今回もネタモトは人口動態統計です。


出産場所の推移

1950年から年次推移を追えるのですが、元データの分類は、

  • 病院
  • 診療所
  • 助産所
  • 自宅・その他
こうなっているのですが、思い切って単純化し、病院・診療所と助産所・自宅・その他に二分類としてグラフにして見ました。視点的には医師による分娩と助産師による分娩としたいためです。細かい事を言えば、とくに1950年代の自宅分娩では、助産師にすら頼らずのものも多かったとは推測しますが、そこまで細かい統計が無いためです。
1950年当時には圧倒的多数を占めていた助産所・自宅分娩は、1960年代の前半に病院・診療所に出生数で追い抜かれ、1990年にはグラフでも確認するのが難しいぐらいに減少しています。これでは最近の推移が判り難いので、1980年からの推移を助産所と自宅・その他でグラフにしてみます。
1980年時点では助産所出生だけで5万9995人ありましたが、10年後の1990年には1万2521人に低下し、以後は横ばいと言いながらなお漸減中で、2008年には1万人を割り込み、2009年データでは9597人となっています。30年前から84.0%の減少、20年前からでも23.4%の減少になります。その代わりと言ってはなんですが、自宅分娩が1990年には1474人であったものが2009年には2474人となっています。

自宅分娩のうち、どれほどの数が助産師による分娩かは不明なんですが、助産所での分娩の減少の幾分かを自宅出張による分娩で補っている事は考えられます。そう考えると開業助産師のトレンドが助産所分娩より自宅分娩にシフトしつつあるとは見ることが出来ます。なぜか助産師による分娩が大好きなマスコミが、ポロポロと自宅分娩礼賛を行なうのも、こういう流れに沿った可能性はあるかもしれません。


もう一つ興味深いデータがあるのですが、助産所出生が市部と郡部に分けて集計されています。これも1980年からの推移をグラフにしてみますが、

市部の助産所出産も1980年の3万7763人から2009年には9057人に大きく減っていますが、郡部となるともっと凄くて、1980年には2万2162人あったのが2009年には540人まで減少しています。ごく簡単に表にまとめると、

市部 郡部 郡部比率
1980 37763 22162 37.0%
1990 9867 2654 21.2%
2009 9057 540 5.6%


この辺は少子化の影響はあると考えられますし、少子化の影響は地方の方が一般的に著明なので、それを表しているとも言えます。ここも「だろう」ではいけませんから、データを比較して見ます。

地域別 1980 2009
総出生数 助産所 総出生数 助産所
出生数 総出生数に
対する比率
出生数 総出生数に
対する比率
全国 1576889 59925 3.80% 1070035 9597 0.90%
市部 1216194 37763 3.11% 973701 9057 0.93%
郡部 360695 22162 6.14% 96235 540 0.56%

全国と市部の助産所出生比率の減少はほぼ相関しており、1/3弱ほどに減っています。一方で郡部は1/10弱まで減少しています。郡部の出生数も1/3弱になっていますが、助産所での分娩はさらに上回る速度で減少しています。郡部と言っても面積は広いので、これだけ出生数が薄く広くなると、助産所の経営として成立しないのかもしれません。いずれにしても年間540人では実質的に郡部での助産所分娩は滅んだとして良さそうです。 そうなると逆説的に助産所は都市部に集中しているかです。そこで19大都市とその他の市部で比べて見ます。
地域別 2009
総出生数 助産所
出生数 総出生数に
対する比率
全国 1070035 9597 0.90%
19大都市 296058 3224 1.09%
19大都市
以外の市部
677643 5833 0.86%

19大都市の方がやや多いですが、大都市部のみに大きく偏在している訳ではなさそうです。これ以上細かい偏在のデータを出すのは体力と集中力の限界であきらめますが、助産所は郡部において消滅し、都市部に生き残っていると統計は語っていると考えます。 ただ市部と言っても、ここには診療所や病院が強力なライバルとして存在します。病院や診療所とは医療の安全レベルでは太刀打ちできるはずがありませんから、ライバルに対抗するために、医療の安全以外のものを強力にアピールする事が求められます。だからこそホメパチにあれほど傾倒したとも考えられない事はありません。 いずれにしても統計で言えるのは、助産所が立脚している基盤は、都市部でのニッチを目指しているとしても差し支えないと思います。
助産所分娩の産科医への負担
これは奈良の母体搬送の統計とこぼれ話の時に拾ったデータですが、奈良県では助産所出生であるにも関らず、医師が立会い者になっている事が結構多いと言う事実がありました。どういう理由かですが、tadano-ry様のコメントを引用しておきます。

助産院での医師立ち会いはほとんどが分娩中に呼ばれたケースと聞いています。

助産所に医師が常駐している事はありえず、また産科医以外の医師が呼ばれて立会い者になる事もまず考えられません。もちろん助産所での分娩中に産婦の容態が悪化し、産科医を呼ぶ判断を行なった事自体は何の問題もありませんが、呼ばれた産科医は自院の業務を中断して駆けつけるわけですから、これは少なからぬ負担です。奈良の統計では助産所の分娩のうち1割程度でしたが、全体でどれぐらいであろうです。

これをデータとして出すのは面倒至極なので、2009年データのみの処理にさせて頂きます。とりあえず全国データです。

助産所出生数 立会い者 医師立会い率
医師 助産
9597 1343 8254 14.0%


ほぉ、結構多いんだ! 先日のエントリーで奈良だけが多目かと思っていたのですが、むしろ奈良の助産所は全国平均以下の優秀さとしても良さそうです。それにしても14.0%と言えば、出生7人に1人の割合で産科医が助産所に呼ばれることになります。これは少なからぬ負担と思います。ちょっとお遊びの集計で、産科医の呼出率を表にしてみます。

呼出率ベスト10 呼出率ワースト10
都道府県 出生総数 総数 医師 助産 呼出率
(%)
都道府県 出生総数 総数 医師 助産 呼出率
(%)
鳥取 4876 2 0 2 0.0 山形 8715 2 2 0 100.0
山梨 6621 41 0 41 0.0 沖縄 16744 37 27 10 73.0
徳島 5898 3 0 3 0.0 新潟 17948 18 9 9 50.0
岩手 9904 6 2 4 3.3 佐賀 7518 13 6 7 46.2
大分 9961 191 14 177 7.3 愛媛 11507 70 28 42 40.0
奈良 10758 192 14 178 7.3 群馬 16310 38 15 23 39.5
宮城 18988 116 9 107 7.8 岐阜 17327 113 41 72 36.3
岡山 16387 382 30 352 7.9 熊本 16221 26 9 17 34.6
兵庫 47592 469 40 429 8.5 三重 15614 140 48 92 34.3
北海道 40165 197 18 179 9.1 島根 5601 10 3 7 30.0

実は秋田県も呼出率0.0%なんですが、秋田県では助産所出生自体が0人なので除外しています。とりあえずデータ上ですが、沖縄の呼出率は高いですねぇ、だいたい同じ出生数の山梨と較べるとかなり差があります。
データは語る
もう一度言っておきますが分娩の現場で重要なのは母体及び児の生命です。だから「危ない」と判断したら、助産師が産科医の救援を呼ぶ事自体は悪い事ではありません。むしろそうすべき事です。下手に頑張って悲劇を起こすより遥かに良い行為です。ただデータが示す通り、これだけの産科医の助力を得て助産所の分娩が成立している事を知っておいても良いと思います。 もう少し言えば、産科医の24時間365日の支援がなければ、その分娩がどうなっていたかを考えるべきかと思います。助産所は時に「やばくなったら丸投げ」の悪評もありますが、その丸投げを受けたり、さらには呼び出しに応じて助産所での分娩に協力してくれている産科医の存在無しでは、どんな世界が待ち受けているか想像すべきだとも思っています。 郡部での助産所分娩の激減は出生数の減少もあるでしょうが、産科医のここ一番の助力が期待しにくくなっている側面もあるんじゃないかと思っています。丸投げも出来ず、呼出に応じてくれる産科医もいなければ、分娩成績がどうなるか、いかなる悲劇が発生するかは簡単に想像できると思います。 最後に琴子の母様のフレーズを少しお借りしますが、 あんまり安全とは言えない事を統計は示していると考えます。