ツーリング日和23(第6話)散策

 ここが因幡街道のはずだけど、こりゃ狭いわ。バイクでも走れるけど、こういうところは歩かないと。これはなかなかの街並みじゃないか。ずっと田舎道を走って来たから感じると思うのだけど、こういうところに入ると人の息吹を感じる気がする。

「昔の旅人もそうだったはずです」

 もっとだろう。人影も見ないようなところを延々と歩いて来て、突然って感じでこれだけの街に入ったら感動したはずだよ。

「智頭でここは見落とせません」

 石谷家住宅がここか。これはまさにお屋敷だ。中もこれは凄いな。石谷家は鳥取城下で大火があった時に智頭が木材の供給地として注目された時に財をなしたそうだ。

「因幡の紀文みたいなものです」

 そんな感じだろう。その後も材木商として栄え、全盛期の財力でこれを建てたぐらいでよいはずだ。

「材料費はだいぶ節約できたのじゃないでしょうか」

 それはな。だけど材木商の富豪が建てているから、使われてる木材がとにかく凄い。

「冠木門にしているのも格式のためでしょうか」

 たぶんな。鳥取藩に莫大な献金をして認められたのじゃないかな。なんとか長者とか、お大尽のお屋敷伝説は各地に残ってるけど、これだけのお屋敷がきっちり整備されて残っているのは感心させられる。

 石谷家住宅の道の斜め向かいの家も豪邸だ。この辺は高級住宅街だったのかも。さらに歩いていくと、

「杉玉工房って、酒蔵によくある・・・」

 そんなものの専門店が智頭にはあるのか。だったら、

「夏子の酒です」

 諏訪泉って智頭の酒だったのか。てっきり信濃だと思ってた。売店もあって試飲も出来るようだけどバイクだからパスにしとこう。諏訪泉酒造の角を左に曲がって・・・ここは美玖にお任せにしとく。

「ここが塩屋出店です」

 石谷家の分家って・・・分家でこの規模かよ。ここも中が見学できるのはありがたい。裏にある洋館は西河克己映画記念館ってなってるけど、あんまり聞いたことがな人だな。

「これは知りませんでした。吉永小百合と山口百恵で伊豆の踊り子を撮った監督だったとは」

 考えようによっては羨ましい監督だ。さらに、

「ここが本陣跡になっていますから、この道が因幡街道になります。それにしては・・・」

 ボクもそう思った。宿場町って街道が街の真ん中を通っていて、その両側に店が並ぶのが基本のはずだもの。本当の因幡街道はどう通っていたのだろ。駐車場に戻ってきて、

「宿に行きます」

 場所はさっきの散策で見つけているけど、

「創業三百九十年の老舗で、江戸時代には下級武士が泊まった旅籠でもあります」

 歴史があるのは認めるし、そういう宿を美玖が好きなのも認める。部屋に案内されて、

「なんか懐かしい」

 それ懐かしいの意味が違うだろ。

「剛紀もでしょ」

 新人の頃に支店研修に行かされて、地方の販路拡大をやったよ。地方と言っても支店のあるところはそれなりの都市なんだが、そこから回らされたのはまさにド田舎だったんだよな。

「支店のオンボロ営業車にサンプル積んで走り回ってました」

 そうだった。それこそ野越え、山越えだったし、ナビさえ積んでなかったから、これまたいつの時代かと思うような道路地図頼りで行ったものな。泊りにもなるのだけど、ビジホすら無いところも多くて、

「そういうところでも商人宿はありました。こんな感じの畳の部屋でネットも繋がりませんでした」

 営業に回っても余所者だから塩対応も良いところで泣かされた。

「客で行く分は愛想が良いのですけど、売り込みとわかると、そりゃ、もうでした。なんか行商人の気分でした」

 そうだった。こんな部屋の天井眺めながら、

「手ぶらで帰ろうものならドヤされます」

 あははは、そうだった。必死になって売り込み方法を考えてたものだよ。あの頃はひたすら辛かったけど、今から思えばセールスマンの基礎を身に着けられた気がする。

「そうです。そして必ず伸し上がってやると思ってました」

 あれ、それって。

「星雷社も大きくなって来ましたから、そろそろ取り入れても良いかと」

 星雷社は企業にパーツを売っていたのだけど、自社ブランドによる完成品を売る路線を広げようとしている。そのために営業二課が出来て、その上に営業部が乗っかり、そこの部長が美玖になる。自社製品を売るために支店はまだ無理として、営業所をボツボツと作りつつある。

「ネット特化の意見もありましたし、ネットで買う層は多いですが、まだまだ現物を見てから決めたい人は多いです」

 ネット販売とショップ販売のバランスは難しいところがある。ネット販売はこれからの主戦場なのは間違いないけど、すべてがネット一本になるかは微妙なところもあるし、なるとしてもまだ時間がかかる。おっと、仕事の話はこれぐらいにしておこう。