3割も知っている

7/5付ロハス・メディカルより一部引用します。

 しかしアンケートによれば、これらの規定を回答者の69%が知らなかった。その裏返しとでも言うべきか、21%が明らかに法律違反となる月に5回以上の当直に従事していると答えた。また当直の翌日は、手術を含む通常勤務を行っているとの回答が94%を占めた。週の労働時間が80時間を超えているとの回答も29%あった。

一部引用のためこの部分だけでは判じ物ですから、注釈を加えておくと、アンケートは消化器外科学会が行い、質問は「労基法を知っているか?」です。ロハスの記事では「69%」も知らないと嘆かれていますが、私からすれば

    「3割」も知っている
この事に驚かされます。3割の知識の濃淡は知る由(手を抜いても裏を取っていません)もありませんが、労基法は労働者にとって重要な法律とは言え、労働者の常識と言える法とは言えません。私個人の感覚としてはかなりマニアックな知識です。

私もこのブログで事あるごとに労基法は取り上げています。しかし書き始めた4年前は労基法なる法律がこの世に存在することは知っていた程度ですし、過労死問題もある事は知っていましたが、労基法の詳細については正直無知でした。サーチする限りですが、このブログで初めて「労基法」の言葉が出てきたのは2006年9月3日ですし、それも労基法を取り上げたのではなく、尾鷲の事件の市会の議事録にあるという程度です。

かの有名な平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」を取り上げたのはもう少し前で2006年3月2日ですが、この時にも通達に関して色々と考えていますが、通達の元になる労基法は触れていません。それ以前になると調べるのが面倒なのでチェックしていませんが、無いかあってもごく初歩的な知識で論じている程度だと思います。

3年前でもその程度ですから、これが4年前、さらには5年前になるとどれだけ知っていたかと考えると、限りなくゼロに近かったと思います。喩えとして悪いですが、HTML文をエディターでタグから書ける知識の人間の比率とさして変わらないと考えています。それぐらいマニアックな知識であったとしても驚くに値しません。

私もささやかながら努力しましたし、他の医療系ブログや掲示板で執拗に繰り返し取り上げた結果として、たった3年ほどで「3割」もの医師が、労基法のある程度の知識を持つ様になるとは、驚異の普及率としても良いと思います。別に医師でなくとも、他の職種の労働者であっても労基法のある程度以上の知識の普及率はさして高いとは思えません。司法関係者以外の法律の知識なんてしょせんその程度ですし、知らなくともさして不便しないのが社会です。

法律は自分の職業に差し障りのある部分だけ知っていれば必要にして十分であり、医師も5年前には労基法など知らなくとも仕事に差し障りがなかったから無知であったと言うだけの事です。それを考えると脅威の普及率です。労基法の知識なんて六法全書みたいなものを読むか、ネットで興味を持って調べない限り知りようがありませんから、たった5年、いや実質3年ほどで3割は物凄いスピードだと思います。


労基法と言っても、全部を必ずしも理解する必要はありません。第1章と第4章、いや第4章ぐらいの条文を知っていれば必要にして十分で、その知識の深さも自分の勤務状態と較べて「おかしい」と感じれば実用的には問題ありません。「おかしい」とさえ感じれば、それを補足する知識はネットに溢れています。また「おかしい」事を誰に相談し、どう活用するかの知識もネットに溢れています。

労基法の活用と言っても、1人でも活用できる部分もあれば、職場の労働者の支持を得る必要がある事があります。医師の殆んどが労基法に無知であった時代の活用は困難を極めたと思われます。当ブログのコメンテーターと言うより、医師の労働環境の改善運動の先駆者とも言えるお弟子様が、どれだけ大変な思いをされたかはコメントの端々に窺えます。

お弟子様が頑張られた時期には、同僚医師にしても「労基法って、食べたら旨いのか?」ぐらいの知識の医師しかおらず、「誰か妙なことを力説している」程度で白眼視されたたかと考えています。最近コメントが減ってしまった774様も労基法や医療訴訟の先覚者として職場での知識の普及に勤められましたが、浮かび上がって玉砕されています。

これが3割も知識に濃淡があるにしろ労基法を知っている医師が職場におれば、様相は全く変わったと思っています。ある程度知識を持つ者が労基法に従った主張をしたときに、3割の理解者、同調者があれば会議全体の流れを支配するのは容易です。1人が知っていて残りが知らない状態であれば、知らない者の白眼視が襲い掛かりますが、3割も同調者がいれば残りの7割は自らの無知を押し隠すために消極的賛成に回ります。

労基法の基本を知るのはさしての難事ではありませんから、無知であったからその時の会議は消極的賛成もしくは、態度不明、または積極的な反対でなかった者が、労基法を知ろうとするモチベーションが生まれ、知ってしまえば積極的な賛成に回る構図が生まれます。3割と言うのはそれぐらい大きな数字と私は思います。


ある不都合な状態があり、それを変えようという意識変化は必ずしも全員が共有する必要はありえません。ベースとして「今の状態のままではどうも拙い」さえあれば、具体的な方法論を持たない多数派は、具体的な方法論を持つ少数派に雷同します。最大の問題は少数派がそれなりの数になる事です。1人では苦しくとも2人ならかなりそれだけ強くなります。1割にもなれば大きな力となります。

それが3割にもなれば流れは決定的になると言っても良いでしょう。残りの7割は労基法を知らないだけで反対ではありません。3割が知っている事がわかれば、残り7割のかなりの部分は知ろうとするのがこの世の流れです。労基法を知ればこれもその多数は反対しません。過半数の医師が労基法を知る日は遠くないでしょうし、知った医師のほとんどが労基法に準じた労働環境の改善に積極的には反対しないかと思われます。

時代は確実に鼓腹撃壌の牧歌時代から、混迷の時代に入っています。労基法がすべてではありませんが、労基法が時代のキーワードとして大きな役割を果たして行くのは容易に予言できます。時代が新しい曲がり角を通り過ぎたのを「3割」に強く感じます。本当は労基法を覚えざるを得ない労働環境に追い込まれている事が真の問題点なんですが、そこはどうしようもない現状が苦しいところです。