医療政策企画者には医者が必要

12/8付朝日新聞より、

当直明けの手術、やめれば診療報酬加算 厚労省方針

 厚生労働省は7日、当直明けの外科医に、手術の予定を入れないよう取り組む病院について、来年度から診療報酬の加算対象に加える方針を固めた。勤務医の負担軽減策の一環。診療報酬改定に向けて議論する中央社会保険医療協議会中医協)に提案し、大筋で了承された。

 厚労省は、当直明けに手術を行う頻度を985人の外科医に尋ねた日本外科学会の調査結果を中医協に報告した。「いつも」が31%、「しばしば」が26%、「まれに」が15%であわせて7割に上った。

 当直による疲れが原因で「手術時に医療事故や、事故には至らないミスの経験がある」のは4%、事故経験はないが手術の質が低下することが「多い」「まれにある」と答えたのは83%に達し、医療安全に影響があると判断した。

 勤務医の負担減対策としては、長時間の連続勤務を減らす取り組みなどに加算する仕組みがある。当直明けに手術を入れないことも追加する。(小林舞子)

もうちょっと詳しい情報は12/7付CBニュースにあります。

新婚の頃のお話です。私と違って社交家の奥様は、近所の奥様連中(ママ友)とよく交流がありました。ところが特定の日にはまったく近所の奥様連中から連絡が無い事に気がつきます。しばらくしてその日がどんな日か気がつきました。前日に旦那(つまり私)が当直であるとの話題が出た日の翌日は、連絡も訪問も一切ないのです。

奥様が理由を聞いたところ、当直の翌日は当然ですが休みであり、なおかつ旦那は疲れて寝ているはずだから連絡も訪問もしないです。ごくごく当たり前の社交マナーとして扱われていただけでしたが、その時に夫婦で初めて「世間一般は当直の翌日は休みが常識なんだ」と気が付いた次第です。


宿日直業務とは本当はどんなものかを知ったのは、実はさらに以前の事です。かなり古いお話なんですが、週休2日制が県立病院にも導入されると言う事で、増加する休日体制についての検討会議が開かれていました。毎週毎週連休がある状態になるので、医師側が求めたのは休日検査体制の整備です。なんつうても、それまでは休日検査は医師がすべてやっていたので、週休2日制導入とともに、検査技師も当直体制を敷くべしだの要求です。

これに関してはスッタモンダがあったんですが、検査技師の当直体制は導入される事にはなりました。医師側は無邪気に喜んだのですが、検査技師側の条件に仰天する事になります。今から思えば労基法41条3号の宿日直許可条件に過ぎなかったのですが、そんなものにはとんと無知であった医師(私も含めて)たちは、「それじゃ、居るだけで役に立たんじゃないか」と大憤慨したのを覚えています。

結局検査技師側の出した条件でほぼ押しきられたのですが、彼らは偉かったと思いますし、偉い以前に当然の要求であり、受け入れていなかったら労基法違反であった事になります。若かりし頃の思い出です。


病院により濃淡の差はあると言うものの医師の当直とは、実質として違法の夜勤状態です。この話は腐るほどしているので詳細は省略します。勤務医の要求は宿日直は労基法41条3号の宿日直許可条件を遵守すべしです。その上で、一般の労働慣行である当直の翌日は休みを導入する事です。別に大した要求ではありません。たったそれだけの事です。

労基法は遵守して当たり前であり、これを違法状態にしておく方が余程異常です。とくに医療は(厚生)労働省の直接管轄下にあり、直接管轄している業種が労基法違反の「ド」がつく悪質常習犯ではシャレにもならないでしょう。

さらには労働安全、医療安全の問題も出てきます。労基法41条3号を遵守した宿日直でも疲労は家で寝ているより大きいものがあります。つまり日常業務に支障が生じる可能性があります。だからこそ一般的な労働慣行として当直明けは帰宅するになっていると考えています。

医療は人の生命・健康に直結する業務であり、どんよりとした疲労を引きずった状態での業務は可能な限り避けるべきものです。これも個人としての不摂生は医師個人の自己責任ですが、勤務体制としてそういう状況下に放置する事は大問題どころか、根本から間違っていると言えます。医療の安全もクソもあったもんじゃありません。

ミスを体制として誘発する状況を漫然と放置し、それによるミスが現実に起これば、通常は目の玉が飛び出るぐらいの罰則・罰金・賠償金を喰らいます。医療の場合はとくに「死」に直結しますから、監督官庁のだ〜い好きな責任問題に発展しないのが極めて不思議です。


現状は綺麗事では済まない部分があるとは言え、宿日直業務の現状には頬かむりを行い、小手先の姑息極まる「是正案」をお手盛りで出す神経が信じられません。現場を知らないとは、これほど人を無能にさせるのかと感心するぐらいです。

現場の改善には現場の意見がまず必要です。そりゃ、現場の意見だけで改善したら、それはそれで上手く行かない部分もあるでしょうが、現場の意見も聞かずに改善するのは無理があります。少なくとも医療政策で長年に渡って行われている、まったく現場の意見は聞かない方針が今の医療にどういう結果をもたらしているかだけは良くわかります。

やはり医療政策の企画者には医師と言うより医者が必要です。現場の実感を代表できる医者の意見が不可欠です。管理業務と会議出席がお仕事みたいな医師や、研修医でキャリアを終えた医師免許(だけ)所持者の発想がユニークすぎて役に立たないのは力説の必要すら感じません。患者と実際に直面している医者の意見が必要であると言う事です。


もっとも医療崩壊は遠の昔に"Point of no return"を過ぎ去り、ステージアップしていますから、この程度の医療政策ゴッコに目くじらを立てるのも大人気ないかもしれません。燃料としては不良でんなぁ。