小田原備忘録4

このシリーズも回を重ねまして、

今回が最後になると信じたいところです。3.5では公開されている調査報告書概要が主なソースでしたが、今回はさる筋から正式のフルバージョンの報告書が入手できたので、これをとりあえずメインに取り上げてみたいと思います。


これまでの経緯

詳しくはリンク先を読んでもらうとして、可能な限り簡便に経緯だけまとめておきます。

Date 経緯
2010.8.17 小田原市立病院循環器科で宿日直料1500万円の過払い問題が報道される
2010.10.7 小田原市立病院に関する外部調査委員会が「事務職員の誤認」と答申
2010.11.24 再び外部委員会設置
2011.4.13 外部委員会が「直接的原因は支給担当者の誤認、間接的原因として病院幹部が容認した可能性もあった」と答申
2011.8.25 小田原市は医師が6人(うち無関係2人)、職員は手当の支給に関係した当時の経営管理局長と課長ら6人と加部裕彦副市長の計7人で、医師と事務方で折半して弁済すると発表


振り上げた拳の下ろしどころを大人の知恵で解決したとの評価が3.5ではあった事を記しておきます。


外部委員会が再設置された理由

理由はここが分かりやすいです。

なお,平成22年8月31日に定められた「小田原市立病院における手当誤支給に関する外部調査委員会設置要綱」に基づき設置された「前委員会」は,委員3名とも市の顧問弁護士であることから,当委員会としては,第三者(外部)委員会とは言えないものであると判断した。

この後に市の顧問弁護士では外部委員会に該当しない理由が記されていますが、そりゃそうでしょう。市のお抱え弁護士が委員では内部調査委員会に過ぎません。この前回委員会が外部ではなく内部委員会であるとの指摘は

市の顧問弁護士を構成員とする委員会では,真の意味で,市から独立した「外部委員会」とは評価できず,調査の公正性や客観性に疑間がある旨の批判が市民から寄せられ,また,市議会からも同趣旨の指摘を受けた。

コンプライアンス法令遵守)意識の富んだ市民の声を受けた市議会で問題になったのが理由のようです。


CCU施設基準の経緯

ここはそれなりに複雑なんですが、小田原市立病院のCCUの扱いの変遷を表にしてみます。






Date 経緯
平成11年8月 CCU施設基準を取得。施設基準として循環器医の常駐が課せられる。
平成14年〜平成16年かけて
  • 多忙のため常駐のはずのCCU当直医が他の場所にしばしば動員された
  • 経営管理課に勤務していた職員は看護部を通じて循環器科の医師が宿日直をしていないとの情報を得る
  • 幹部会議の書記を担当していた職員も同種の噂を耳にする
平成17年12月 循環器科の医師によるCCU宿日直が適正に行われていないという趣旨の告発があり、神奈川社会保険事務局の改善指令が出る
平成18年8月 CCU施設基準辞退。診療部長であった医師は,当時の幹部会議で,循環器科はオンコール体制とすると宣言


平成11年にCCU施設基準を取り循環器当直を置いたが、4人前後のスタッフで回す関係で、常駐が必要な循環器当直医がCCU以外の場所(カテ治療など)にしばしば動員される事態が発生したようです。そうやってCCU常駐医が不在になっている事について病院への御注進、さらには神奈川社会保険事務局への告発まであり、平成18年にCCU施設基準辞退に至ったようです。なかなかコンプライアンス意識に富んだ病院である事が窺われます。

ここでの一つの理解として、小田原市立病院がCCU施設基準を辞退したのは、必要性が薄れたからではなく、むしろ必要性が高まり、高まりすぎたが故に人手不足のために施設基準を維持できなくなったと報告書は確認しています。

CU辞退後もCCUは機能的には存続し, しかも,CCUで対応すべき患者数は増大する傾向にあつた。循環器科の医師は,オールオンコール体制がとられたが,心臓疾患の急性期医療措置は1分1秒を争う迅速さが要求されるため,オンコール担当者は,病院内での待機を強いられることも多く,そうでなくても,病院近くのホテルに宿泊したり,アパートを借りるなどして呼び出しに備えており,事実上,宿日直に近い就業を強いられていた

このホテルに泊まったり、アパートを借りたりの費用がどこから出ていたかの記載はありませんでした。


原因

ここがえらく長いのですが、可能な限り簡潔にまとめると、CCU施設基準辞退の時に当直料からオンコール料に値下げされた決定が、様々な諸事情が重なり、経理職員レベルに「なぜか」伝達されなかったとなっています。報告書は原因の究明と対策も課せられた使命でしょうから、相当詳細にやってますが、興味のある方はリンク先をお読み下さい。

当直医とオンコール医が同一人物として運用されるとか、コンプライアンス意識に富んだ職員が活躍するとか、それなりに楽しめます。


医師責任

原因の中で調査委員会が非常に重視した証言があります。

ところで, CCU辞退がなされた当時の経営管理課長は,当委員会の事情聴取において,CCU宿日直が廃止されたが,循環器科の医師に宿日直手当が支払われている実態に気が付き,病院長に対し,その是正の進言をしたところ,病院長から「勘弁してくれ」と言われたので,過払いの支給がなされている実態に目をつぶり,予定表作成職員に是正指示をしなかった旨の供述をする。病院長は,当該職員とかかるやりとりがあったことを否定するが,当該職員は,『確認すべきところはする』『(優秀な粒の)揃っていた職員』のひとりであり,虚偽供述をするような人物ではないとの関係者の供述があり,当委員会も,上記職員の供述は信用するに足りるものと判断している

具体的な供述内容として、

平成18年当時に経営管理課の課長職にあつた職員は,当委員会の事情聴取に対し,概ね次のような供述をした。即ち,「CCU当直の廃止後,当直者確定表上の循環器科欄に「日直」「宿直」の記載があることに気が付き,病院長に対し,『CCUの方を落としたのだから,きちんとそちらの方も宿日直を今日から落とされ,落としていただけませんか?』という話をしたが,病院長から『それだけは勘弁してくれ。』と言われた。その病院長の返答は,実態とは違う支給がなされているが,医師確保が重要な課題であるなか,手当てを切り下げれば医師離れが起こる。だから,そのまま宿日直手当を支払い続け欲しいという意味であると付度し,当直者確定表の記載を改めるような指示をしなかつた。」

これは院長は否定しているようですが、調査委員会は「あった」可能性が高いと判断していますし、その旨を調査報告書に明記しています。これ前提にして、

過払いを受けた医師らは,過払いを受領する法律上の原因を欠くもので,その行為は,形式的には民法703条の不当利得返還請求権の発生要件を充たす。

民法703条とは、

    法律上の原因なく他人の財産又は労務によって利益を受け、そのために他人に損失を及ぼした者(以下この章において「受益者」という。)は、その利益の存する限度において、これを返還する義務を負う。
支払い側のミスによって過払いを受けた者の言われようは苦笑せざるを得ませんが、そういうものだとぐらいに理解しておきます。ただし続きが長くて、

しかしながら,循環器科の医師らは,オンコール体制で急患対応にあたることになった後も,オンコールの担当日には一般の宿日直に近い就業を強いられていた実態があること,一方で,他の診療科においてオンコール体制に近い体制がとられていながら,宿日直手当が支給されていたところもあること等を考慮すると,医師らが,本件の過払いによって得ていた利得が実質的にも不当な利得といえるのか否かを慎重に検討する必要があると考える。さらに,前記のとおり,本件においては,手当支給の権限を有する経営管理課長が,病院長の意思を付度し,過払いを容認する配慮のもとになされた可能性も否定できない。そして,その場合は,不当利得の特則として,弁済者が利得の返還を求め得ないものとされる民法705条の非債弁済に該当することになり,その抗弁は,訴訟において,相応の説得力を持つものとして受け取られる可能性がある。このように考えると,市が医師ら対して過払い金の全額について不当利得返還請求権を行使することはいつそう慎重さが求められるものと考える。

長いので解説しておくと、調査委員会は、

  1. オンコール担当日の業務実態は宿日直に近いと認定されうる
  2. 循環器科以外では実態はオンコール体制に近いのに宿日直手当を支払われている事も認定できる
  3. 循環器が得た宿日直料は実質として不当利益と言えるかどうかは微妙である、
まずこの3つの点を指摘しています。その上でさらに、
    手当支給の権限を有する経営管理課長が,病院長の意思を付度し,過払いを容認する配慮のもとになされた可能性も否定できない。そして,その場合は,不当利得の特則として,弁済者が利得の返還を求め得ないものとされる民法705条の非債弁済に該当することになり,その抗弁は,訴訟において,相応の説得力を持つものとして受け取られる可能性がある。
支払い側が黙認している可能性を訴訟で争われたら負ける可能性が十分にありうるとしています。ちなみに民法705条とは、
    債務の弁済として給付をした者は、その時において債務の存在しないことを知っていたときは、その給付したものの返還を請求することができない。
つまり703条でゴリ押しで返還請求をやっても、705条で抵抗されたら、弁護士として勝ち目があるとは言い難いとしています。


オンコール業務と日当直業務

最後は感想みたいなものです。2ヶ所ほど引用しておきますが、

  • 宿日直に近い就業を強いられていた
  • オンコール体制に近い体制がとられていながら,宿日直手当が支給

個人的にお茶を吹きそうになったのですが、宿日直業務の定義は労基法の関連通達で具体的に定められています。平成14年3月19日付基発第0319007号「医療機関における 休日及び夜間勤務の適正化について」 からですが、

常態としてほとんど労働する必要がない勤務のみを認めるものであり、病室の定時巡回、少数の要注意患者の検脈、検温等の特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること。したがって、原則として、通常の労働の継続は認められないが、救急医療等を行うことが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分とりうるものであれば差し支えないこと。 なお、救急医療等の通常の労働を行った場合、下記3.のとおり、法第37条に基づく割増賃金を支払う必要があること。

あえて切り出せば、

    特殊な措置を要しない軽度の、又は短時間の業務を行うことを目的とするものに限ること
たかが通達、されど通達です。最高裁判例なら大星ビル病院事件もあります。調査委員は3人とも弁護士ですが、宿日直時間の勤務と言うのをどう考えておられるのかがムチャクチャ興味深いところです。とりあえずどう読んでも、
    オンコール業務 < 宿日直業務
こういう風に報告書の中で定義されています。私は遺憾ながらオンコール業務の「忙しさ」の定義と言うのを存じ上げませんが、ここは好意的に考えて宿日直業務に較べて相対的なものであるぐらいには解釈可能です。しかし医師の宿日直業務の内容は明確に通達により定義されています。医師が例外との規定も通達も無く、逆に医師が違法状態であるのを是正しようと厚労省も労基局も形式的であっても動いています。

もし調査委員の弁護士が通達に準じた宿日直勤務の定義をされているなら、誠に珍妙極まる解釈が出来上がります。そもそも論になりますが、労基法41条3号に基く労働条件下の当直医でCCUの常駐条件が満たされるはずがないと言う点がとりあえず出るはずです。ましてやそんなCCU当直医が「多忙」であるなんて事をどう整合性をもって説明するか「是非」聞きたいものです。

どうにも独自の宿日直の労働の定義を会議室の中で独自に創作されたようですが、理由として考えられるのは、

  1. 3人の弁護士委員は労基法に関して完全に無知である
  2. 3人の弁護士は労働基本法違反について、恣意的にこれを無視し、これを問題とする事を意図的に回避した
どっちでしょうか。個人的には無知の産物と解釈する事にさせて頂きます。弁護士業務と言っても守備範囲は広く、3人とも労基法関係については極めて苦手にされていたとするのが無難でしょう。この点だけはこの報告書で新たに得られた収穫に考えています。おっと、3人の委員が弁護士としたのは私の確認ミスでした。お一人は法学部教授で弁護士資格をお持ちかどうかは不明です。謹んでお詫びします。

こういう点もコンプライアンス意識に富んだ職員が指摘するとか、労基署に告発するとか、同じくコンプライアンス意識の強い市民の声が市議会に達するとかあれば有り難いのですが、ありえないでしょうねぇ。