毎日変態記事問題と新聞業界の黄昏

毎日変態記事問題はマスコミ業界の麗しい同志愛のためか小さく地味な扱いのため、情報源を毎日新聞問題の情報集積wiki2ch経由の情報に頼らざるを得ないところがあります。今日はそういう情報に頼る点が多い事を先にお断りしておきます。

毎日新聞社的にもマスコミ的にも7/20の毎日デイリーニューズ「WaiWai」問題 おわびと調査結果 で幕引きの姿勢が明確です。変態記事問題は内容の酷さから火が付きましたが、大量の燃料を注ぎ込んで大火にしたのは「懲罰的昇進」を始めとする毎日新聞の甘い対応である事は言うまでもありません。形だけの処分と開き直り姿勢が強い批判を呼んでいます。

それでもこの問題に対する、伝え聞く毎日新聞の基本姿勢は、

    問題はあくまでも一時的なものでこれで禊は終了。騒いでいるのはごく一部のネットイナゴだけ。
こうとされますし、外野から見てもこれに則った「人の噂も75日作戦」に終始しているように見えます。毎日新聞はネットが少々騒ごうが、不買運動が起ころうが、ネットの住人と毎日新聞購読者層の重複は少なく、またネットの熱しやすく醒めやすい性質からして、すぐに鎮火すると踏んでいたようです。ただ批判はうるさかったらしく、ネットの騒ぎが鎮火すればこうとも豪語しているとされます。この方針はほんの数年前ならある意味「正しい方針」であったかもしれません。また今回の問題で毎日新聞が敵に回しているネットの住人が限定的な層であれば有効かとも思います。しかしこれは読みが甘いというか、ネットの事を知らなすぎるように思います。つくづく新聞社のネット理解なんてその程度のものだと感じます。

ネットで毎日新聞に反発している層はおそろしく広範囲です。ネットは広大ですが、通常は一枚岩なんて事はなく、それぞれの趣味嗜好、思想などによって重層的かつ複層的な構造を形成しています。それぞれの層は利害が異なればいがみあい、場合によっては交流の少ない層もありますが、これの多くの部分が変態記事問題では反発しています。とくにいわゆる良識派みたいな層まで動いているのは重大です。他の問題なら手を握らない層が、通常の利害を超えて反毎日で共同戦線を組んでいる様相です。

今日は8/5付けCNET Japanの毎日新聞社内で何が起きているのか(上)の見方が興味深いのでここから引用したいと思います。これを書いた佐々木俊尚氏は毎日新聞社出身で、懲罰的昇進で話題になった幹部の方々とも親交のあった方のようです。

私はかつて毎日新聞で社会部記者をしていて、社内に知人は多い。現在の朝比奈豊社長は二十年近く前、私が地方から上がってきて、憧れの東京社会部で初めて参加した『組織暴力を追う』取材チームの担当デスクだった。その後彼が社会部長となってからも、部下として良い仕事をたくさんさせてもらった。私が会社を辞めるきっかけになったのは、脳腫瘍で倒れて開頭手術を受けたからだが、このときもずいぶんとお世話になった。いわば恩師である。

 また法務室長は私が遊軍記者時代に直属の上司だった人だし、社長室広報担当は一緒に事件現場にいったこともある先輩記者だ。毎日新聞社前で行われたデモに対応した総務部長も、尊敬する先輩記者である。デジタルメディア局長は毎日時代はおつきあいはなかったが、ここ数年はとても仲良くさせていただいている人である。

つまり今でも毎日新聞社内にコネがあり、ある程度の内部情報を入手できる立場の方であると言うことです。全文は長いので引用先を読んで欲しいと思いますし、とくに後半部分は古巣への愛のためかやや迷走気味ですが、前半の分析部分はそれなりに信憑性はあると考えても良さそうな気がします。個人的には後半部分の内容からして前半部分は抑えている様にも感じますが、佐々木氏の事はよく存じ上げないのでこれ以上はわかりません。

毎日新聞の「人の噂も75日作戦」の基礎計算には、ネットの騒ぎの範囲は悪口雑言を書き込んだり、毎日新聞不買運動を書き込んだりぐらいが関の山としていたように思います。この程度なら燃料が尽きて鎮火するのは時間の問題になります。ところが今回はかなり早期からスポンサーへの広告差し止め運動が主流になっています。その影響力は、

対象となった企業や組織の総数は、毎日社内の集計では二〇〇社以上に上っている。この結果、広告出稿の停止はウェブから本紙紙面へと拡大し、誰でも知っているような大企業も含めて相当数のスポンサーが、毎日紙面への広告を停止する措置をとった。

これは毎日新聞社がネットの騒ぎを「しょせんネット内だけの騒ぎ」と多寡を括ったことに対する認識の甘さを示しています。ネットをする人間にもリアルの日常生活は当然あり、ネットを離れれば一消費者であり、一消費者が企業に抗議電話をかければネットイナゴの戯言でなく、企業にとって顧客からの正式の抗議になります。これが数十本から数百本単位になれば「強いお客様の声」に転じます。先ほどネットの良識派も動いたのが大きいとしましたが、良識派が怒ればこれぐらいの事は起こります。

毎日新聞は騒いでいるのは影響力のない連中と見くびっていたようですが、ネットの広がりはかつてのようにオタクの占有物ではなくなり、ごく普通の良識人も多数参加しています。そんな事はネットを知るものなら誰でも知っている事ですが、あくまでもリアル世界と別の世界と考えていた愚かしさを象徴していると見ます。さらに言えば「ネットを本気で敵に回すと怖いぞ」の忠告さえ溢れていましたが、一顧だにしなかった報いとも言えます。

これぐらいの損害を受けても毎日新聞社の基本認識は、

    予想以上の損害を蒙ったが、この現象はあくまでも一過性
これで突っぱねようとする姿勢を今のところ変えていません。果たしてこの見通しが正しいかどうかです。マスコミ以外の企業であれば、ハイエナが群がるように酷い続報記事をこれでもかとマスコミ全体で書き連ね、息の根が止まるまで社会的制裁を加えますが、今回はマスコミの不祥事なのでその心配は無いのは確かです。現実も静かなものです。

ところが佐々木氏はこの変態記事問題で新聞業界の抱える病巣が表面化すると予想しています。新聞の媒体力の低下です。新聞の地盤沈下は若年層からさらに中年層にまでの新聞離れとして既に明らかになりつつあります。諸外国でもネットの活況に反比例するように新聞が地盤沈下していく現象は証明されています。日本もその例外ではなく、新聞の地位は年を追う事に低下しています。

それでも異常な速度の高齢化のために長年の購読者である高齢者層が安定しており、見た目上の目減りは諸外国に較べるとまだマシです。ただし購読者が高齢層に偏ってきているのは隠せない事実であり、この点が媒体としての新聞の大きな弱点となりつつあります。つまり企業が広告を出しても期待する顧客層への効果が得られにくくなってきているという事です。

おりしも石油高騰による不況が日本を覆いつつあります。企業も広告戦略にかける予算は減りますし、より効果的なところに絞っての広告を考えます。そういう意味で新聞自体の広告媒体としての魅力が減り、とくに毎日、産経は魅力が薄くなっているとされています。その辺の事情を佐々木氏は、

大手広告代理店の幹部はこう説明してくれた。「毎日は新聞業界の中でも産経と並んで媒体力が弱く、もともとスポンサーは広告を出したがらない媒体だった。たとえば以前、大手証券会社が金融新商品の募集広告を朝日と毎日の東京紙面に出稿し、どのぐらいの募集があるのかを調べてみたところ、朝日からは数十件の申し込みがあったのに対し、毎日からはゼロだったという衝撃的なできごとがあった。比較的都市部の読者を確保している朝日に対して、毎日の読者は地方の高齢者に偏ってしまっていて、実部数よりもずっと低い媒体力しか持っていないというのが、いまや新聞広告の世界では常識となっている」

企業と毎日新聞社は長年の付き合いがあるので、いくら企業論理でドライに対応すると言っても、ある日突然「ハイ、さよなら」はやり難いようです。そういうところに毎日変態記事問題が起こってくれて、堂々と広告打ち切りを宣言できる理由ができたと言うわけです。まさに渡りに舟で広告を打ち切る理由を毎日が作ってくれ、さらに他社も雪崩を打って毎日から逃げ出してくれるなら、自分のところだけ妙な意趣返しをされる心配もないという状況です。単独で表立って新聞と事を構えると何を書きたてられるか分かったもんじゃありませんからね。

この観測は毎日新聞の基本認識である「騒ぎが鎮静化すれば元通り」の見通しを打ち砕くものとなります。「石油不況 → 広告費削減 → 広告メディア厳選」の流れは具体的かつ説得力のあるものであり、厳選される広告メディアのなかに、地盤沈下していく新聞が俎上に挙げられてもまったく不思議ありません。俎上に上げられた五大紙(読売、朝日、毎日、産経、日経)のうち、日経はやや特殊なので外すとしても、相対的に弱体化の著しい毎日、産経が切り捨ての対象になるというのは説得力があります。

相対的に安心のはずの読売、朝日も危機感は強いそうで、何かで風向きが変り読売、朝日叩きにネットが走れば、新聞と言う広告メディアの魅力が低下しているのが根本問題ですから、叩かれた新聞からスポンサーがいつでも逃げ出す事は予想されています。ネットに叩かれている新聞に広告を出すデメリットのほうが高いというスポンサーサイドの判断です。このあたりを佐々木氏は、

「朝日や読売が漁夫の利で毎日を追い落とす口実に使うのではないか」といった声も出ているが、しかし業界全体をとってみても、そういう雰囲気ではまったくない。毎日を追い落とすどころか、「次はうちがやられるのではないか」という不安と恐怖が、新聞業界全体を覆いつつあるのだ。

あくまでもこれらは佐々木氏の観測ですが、ある程度うなずけるものがあります。これまでスポンサーと新聞社のもたれあい構造で新聞広告は維持されてきた面があります。これは新聞が地盤沈下を起しても、企業の広告戦略のパックとしての地位は保っていたと言えます。しかし企業サイドにしてみれば、新聞広告の効果が乏しくなっている事は把握しており、「これからどうしようか」と考慮しはじめた時期に毎日変態記事問題が起こったと見れます。

毎日変態記事問題は新聞の広告媒体としての評価を厳格にする引き金になっていると考えられます。既に新聞広告は企業の宣伝戦略のパックから外れ、オプションになる転換期が訪れたと言えそうです。つまり新聞に広告を出すのは、その購読者層を十分考慮し、効果があるときのみにしようという考えです。ネットで叩かれるような新聞は忌避されますし、オプションになれば広告量全体は減り、広告量が減れば広告料も下がります。

新聞の収入は大雑把に言えば、購読料と広告料です。購読料は販売部数によりますがこれはジリ貧が確実に予想されます。さらに広告料も下がれば収入はジリ貧以外にありません。こういう状況は本来、新聞部数がもう少し著明に減少してから起こるはずだったのが、毎日変態記事問題のために一挙に到来したと見る事ができます。まさに新聞業界の黄昏です。

もっとも黄昏と言っても新聞自体が一挙に完全に消滅するわけではありませんから、これから業界規模縮小に伴う淘汰整理、合従連衡が行われていく事になります。その中でどこが生き残るかのサバイバルが行われる事になります。どう考えても毎日、産経の未来は明るくありません。とくに毎日は変態記事問題が長引けば長引くほど企業は二度と近づかなくります。

佐々木氏の見解をもう一つ、

この事件が毎日のみならず新聞業界全体に与えたインパクトた影響は皆さんが想像しているのよりもずっと大きく、その破壊力はすさまじい状況を引き起こしているということだ。これはインターネットとマスメディアの関係性を根底からひっくり返す、メルクマールとなる事件かもしれない。

話半分としても時代は確実に変りつつあるようです。


最後に広告不況の傍証をあげておきたいと思います。広告の中でも従来もっとも派手で効果的とされていたテレビ広告の衰退です。私は普段あまり見ないので言われるまで気が付きませんでしたが、これまでテレビ広告には登場しなかった、いやテレビ側が登場させなかった広告が増えているとの指摘があります。消費者金融とパチンコです。確かに従来はこの両者のCMは見た記憶がありません。これはテレビがCM枠を埋めきれなくなり、営業成績を維持するために解禁したとされています。

消費者金融とパチンコを解禁する事により見た目の営業成績は維持されているとの事ですが、この事により従来からのスポンサーが余計に逃げ出す副作用も出ていると聞きます。スポンサー側にすれば、並べて流されるのは企業イメージとしてあまり嬉しい事ではないからです。これはテレビだけではなく新聞もそうなっています。私はのぢぎく県の地方紙を購読(奥様の趣味)しているのですが、感覚的に一等地と思われるテレビ欄の下の広告欄が、ある日パチンコの広告である事に気が付いて少し驚きました。

考えてみれば新聞は購読者層が高齢層にシフトしていますが、テレビも視聴者層がかなり偏ってきていると言えます。サザエさんの世界のように、お茶の間のテレビに一家が集まって見るというスタイルは過去のものになりつつあります。テレビ側はその流れを熟知していますから、一家団欒のためを狙った番組を作るのではなく、テレビを熱心に見たがる人のための番組制作に血道を挙げることになります。またそういう手法がテレビ業界の法律である視聴率に反映するのもよく知っているからです。

テレビ業界が視聴率を絶対の基準にしているのは説明も不要ですが、スポンサー側が広告効果として視聴率を絶対の基準に必ずしもしていないと考えているフシがあります。スポンサー側の広告効果の判定はある意味ドライで、流した広告でどれほど商品が売れたかになります。もうちょっと格好よく言えば、狙った顧客層にどれだけアピールできたかになります。そういう効果でのテレビの信頼性に疑問を持たれ始めているとされています。テレビCMの波及力がどうも狭いの実感と考えられます。

テレビや新聞が長年作り上げていた、「新聞に出ていたから」「テレビに出ていたから」の信用性が水面下で揺らぎ、表面化する時代は来つつあるようです。これからどうなっていくか見守っていきたいと思います。