千葉亀田事件控訴審判決文

ロハス・メディカル・ブログに控訴審判決文が、判決文(1)判決文(2)としてupされましたので格闘してみます。先に予告しておきますが、相当長いので覚悟してお読みください。なお一審判決は千葉亀田事件として一度分析しており、申し訳ありませんが、前回解説を踏まえて書きますので事件全体の概要はそちらないし原判決文を御参照ください。そうでもしないと長すぎて書ききれないので御了承の程を。

今回争点となったのは8つです。

  • 争点1:抗凝固剤の使用方法を誤った過失の有無
  • 争点2:カテーテル挿入の際に血管を損傷した過失の有無
  • 争点3:ヘパリン5000単位を投与した過失の有無
  • 争点4:出血に対する止血措置を怠った過失の有無
  • 争点5:適切な輸血を怠った過失の有無
  • 争点6:因果関係の有無
  • 争点7:治療行為前に存在したテオフィリン過剰摂取というAの行為が結果に重大な寄与をしているか否か
  • 争点8:損害額
このうち争点8の損害額は別格として、裁判所の判断が下されたのは争点2、争点6、争点7の3つの争点だけであり、他の争点については、
    その余の争点につき判断するまでもなく
となっています。

ではまず争点2の「カテーテル挿入の際に血管を損傷した過失の有無」からです。この争点2はこの裁判において、訴訟的には天王山となっています。医学的にはこの点が天王山になったのが完全に不可解であり、なおかつ仮にそうであっても事実認定として認め難いの声が大きかった部分です。二審では展開が変わるとの予想もありましたが、一審同様コチコチの天王山になっています。

控訴人(患者側)の主張です。

  1. Aは、抗凝固剤であるヘパリンの投与を受けており、出血すれば止血が困難な状態であったのだから、控訴人病院医師は、Aの鼠径部にカテーテルを挿入するに当たり、挿入操作を慎重に行うべきであったにもかかわらず、これを誤り血管を損傷して出血を招いた。
  2. 仮に痙攣があったのであれば、抗痙攣薬の投与により鎮静してから、カテーテルを挿入すべきであった。

医師の操作ミス、判断ミスとの主張と解釈すれば良いかと思います。

これに対し控訴人(亀田側)の主張です。

  1. 控訴人病院医師が、カテーテル挿入の際に、Aのいずれかの部位の血管を損傷したとの事実はない。仮に、何らかの損傷があったとしても、本件のように間欠的に全身性の痙攣を起こしている状態で大腿静脈にカテーテルを挿入する場合、留置後に、カテーテルの尖端により偶発的に血管を損傷するのはやむを得ないことであるから、控訴人病院医師に過失があったとはいえない。
  2. カテーテル挿入以前に相当量の抗痙攣薬が投与されていたこと、抗痙攣薬には血圧低下等の副作用があることを考慮すれば、カテーテル挿入時点で、抗痙攣薬を追加投与することは適切ではなかった。

カテーテル挿入時に血管損傷を起していないとの主張と、挿入後に痙攣発作により血管損傷を起しても不可抗力であると主張しています。また抗痙攣薬を追加で投与するリスクについても主張しています。

そして裁判所の判断です。相当な分量なので分割しながら解説します。

(1)この点について原審での複数鑑定の結果は、以下のとおりである。

  1. CT画像及び腹部単純X線写真において、カテーテルが右大腿静脈及び下大腿静脈内に認められず、正確に静脈内に留置されていないと判断されること

  2. CT画像において、カテーテルを中心に血腫の形成が認められること(カテーテルの位置については、穿刺部では静脈内にあると思われるが、より頭側のスライスでは大腿静脈の腹側に、さらに頭側のスライスでは大腿静脈内の左側に位置しており、ハニレーションを考慮しても、なお穿刺部位より約3cm頭側で静脈を損傷し静脈外に留置されている可能性が高い。)

  3. 造影後CT画像において、カテーテル周囲の血腫内に造影剤の血管外流出が認められており、動脈出血が疑われること

  4. 臨床的にも、カテーテル挿入後に、肉眼的血尿、急激な出血を思わせるヘモグロビン値の低下、代謝性アシドーシスが出現していることからすれば、カテーテル挿入時の手技等に不適切な点があったため、穿刺の際に動脈血管を損傷したことが疑われる。
    なお、造影剤が静脈内に留置されたカテーテルにより投与されたものか、他の末梢静脈より投入されたのかが控訴人病院の記録上明らかでないため、出血の原因について明快な判定が困難な面もあるが、穿刺部位より約3cm頭側で造影剤の血管外流出が認められており、同部付近の脈管の損傷が予測される。急激な血腫の形成と血管外流出が著しいことにより動脈損傷と考えられるが、カテーテルにより造影剤が注入されていれば、静脈性の出血の可能性もある。ただし、損傷部位については、穿刺部位より約3cm頭側のスライスで造影剤の血管外流出が認められており、穿刺の際の動脈損傷は否定できないと思われる。

ここは裁判所が一審での鑑定書のうち事実認定した部分の説明です。この個所は現物のCTおよびX-pが確認できないため、どうしても推測に頼らざるを得ないのですが、穿刺時に動脈損傷を行なったとの鑑定を一審では事実認定しています。

次は二審で提出されたと考えられる亀田側の鑑定書かと推測します。

(2)これに対しT意見書の意見は以下のとおりである。

  1. CT画像上、一見すると、カテーテルが静脈外に留置されているかのように見えるものの、パーシャルボリューム効果(単位体積中に吸収値を異にする複数の物質が含まれている場合に、その内容物が占める割合に応じて、CT画像上で表現される吸収値が変化し、その結果、組織の辺縁が不明瞭になる現象)及びビームハードニング(連続X線が物質を通過する際、低エネルギーの方がより多く吸収され、結果的にエネルギーピークが高い方に移動することにより、異常画像が発生する現象)を考慮すれば、直ちに静脈外にあると判断することはできず、仮にカテーテルが静脈外に出ていたのであれば、カテーテルから注入された液体が漏出したはずであるにもかかわらず、剖検の際に、このような事実は確認されていないこと等の事情を考慮すれば、カテーテルの先端は、下大静脈内にあったと考えるほかないこと

  2. カテーテルから造影剤が直接漏出したのであれば原液のまま漏出することになり、この場合、CT画像上ではハレーションを引く程の高信号の液体の溜まりとして見えるはずであるが、そのようなものが画像上存在しないことからすれば、CT画像で見られた造影剤は、カテーテルから直接漏出したものではなく、肺や心臓を通って20倍ないし30倍に希釈されたものであると考えるのが整合的であること

  3. 血腫は様々な方向に広がるため、カテーテルを中心に血腫が存在することをもって、当該部位から出血があったものと認めるのは不自然であり、新しい出血に一致する血管外の造影剤の溜まりがある中心部位が膀胱周囲の後腹膜付近であることからすれば、出血部位はこの部位であったと考えられること、臨床的にみても、急に血尿が出現した点、剖検所見で膀胱の全層に出血があり、粘膜剥離を起こしていることから考えると、出血部位は膀胱又はその近くの後腹膜であり、その血液が骨盤の横の壁及び外腸骨動脈、静脈周囲に及んだと考えるのが妥当であること等の事情を総合すれば、原審での複数鑑定の示す根拠はいずれも合理性を欠いており、カテーテルによる血管損傷等があったとは考えられない。

一審でカテが動脈外にあると事実認定された鑑定書に対する真っ向の反論です。カテが動脈外にあるように見えるのは理論的に可能であり、なおかつ造影を行なっているにも関わらず、カテが動脈外にあったとする証拠が、画像上でも剖検所見でも認められないとしています。一審鑑定で動脈損傷の証拠とした血尿も全身の出血傾向によるものであり、これをカテ損傷によるとするのは合理性を欠くとしています。

二つの鑑定結果が対立しているのですが、裁判所の判断が下されます。まずカテが血管内にあったか無かったかの事実認定です。

 原審での複数鑑定は、CT画像上、カテーテルが右大腿静脈及び下大静脈内に認められないことから、カテーテル挿入時に血管損傷が生じたとの結論を導いているのに対し、T意見書は、CT画像上、カテーテルが静脈外にあるかのように見えるものの、パーシャルボリューム効果及びビームハードニングを考慮すれば、直ちに静脈外にあるものと断定することはできず、剖検時に、漏出した液体が認められなかったことを考慮すれば、むしろ、静脈内に留置されていたと考えるのが妥当であるとしている。

 そこで考えるに、CTの構造上、パーシャルボリューム効果、ビームハードニング等による偽像が発生する可能性があるとの一般的知見は認められるものの、これが本件のCT画像について、具体的にいかなる影響を及ぼしたかはT意見書によっても明らかではないこと、原審での複数鑑定は、カテーテルが穿刺部では静脈内にあるが、より頭側のスライスでは大腿静脈の腹側に、さらに頭側のスライスでは大腿静脈の左側に位置しているとするなど具体的かつ説得的であること、このような判断はハレーションを考慮してもなお、穿刺部位より約3cm頭側で静脈を損傷し、カテーテルが静脈外に留置されている可能性が高いとするものであって、CTの構造上生じ得る誤差を考慮した上での結論であると解されること等の事情を総合すれば、CT画像上の所見としては、カテーテルが静脈外に留置されている蓋然性が高いと判断するのが相当である。

 控訴人は乙A28の上段のフィルム(CT画像)は、カテーテルの先端を写した写真であるところ、同フィルムのカテーテル周辺の黒い像はアーチフェクト(虚像)であり、同書証の下段に写っている下大静脈と比較しても、カテーテルが血管内に留置されていることが分かる、乙A30の上段のフィルムと平成12年12月8日撮影のAに関する乙A32の上段のフィルムを比較すれば、カテーテルの位置は、乙A32の上段のフィルムに写っている下大静脈内に留置されていることが分かる、A以外の患者のCT画像(乙A35)によれば、血管内に留置されているカテーテルの周辺に黒い像が見えるが、これはアーチフェクトであると主張している。

 しかし、についていえば、乙A28の上段と下段の各フィルムは同じ瞬間に撮影されたものでなく、呼吸のタイミングで血管の大きさは変化することを考慮すれば、両者を比較してカテーテルの先端が静脈内に留置されているか否かを論ずるのは適切でない。また、?についていえば、乙A32の上段のフィルムの画像においてカテーテルが静脈内に留置されていると判断することはできない、さらに、?についていえば、A以外の患者のCT画像は、本件当時のAのCT画像と種々の点で異なる条件の下で撮影されたものであると推認されるから、両者を比較して乙A28の上段のフィルムの画像においてカテーテルが静脈内に留置されているとすることはできない。したがって、控訴人のこの点の主張は採用でいない。(判決文ママ)

 次に、剖検の際に漏出した液体の存在は確認されていないが、Aについては、鼠径部のほか、右橈骨静脈にもルート確保がされており、いずれから、どの程度の量の輸注がされたかについては明らかではないこと、剖検時点は、カテーテルからの液体の漏出は特段考慮されていなかったと考えられるから、漏出が存在しなかったと断定することはできないこと等の事情を考慮すれば、上記事実から直ちに、カテーテルが静脈外に出ていたとの事実を覆すことはできないというべきである。

どうにも分割しようが無いので全文引用しましたが、裁判所判断をまとめなおしてみます。

まず亀田側の鑑定書が主張した、パーシャルボリューム効果、ビームハードニング等による偽像に対する見解ですが、

    具体的にいかなる影響を及ぼしたかはT意見書によっても明らかではないこと、原審での複数鑑定は、カテーテルが穿刺部では静脈内にあるが、より頭側のスライスでは大腿静脈の腹側に、さらに頭側のスライスでは大腿静脈の左側に位置しているとするなど具体的かつ説得的であること
どうも言い方は悪いですが、パーシャルボリューム効果、ビームハードニングがよく理解できなかったようです。難解で理解しにくい亀田側の鑑定書よりも、見たらすぐ分かる一審鑑定書に裁判官の心証が傾いたのが良く分かります。また亀田側の鑑定書で主張した剖検時に造影液が確認されなかった事も、
    剖検時点は、カテーテルからの液体の漏出は特段考慮されていなかったと考えられる
結論としてカテは血管外にあると事実認定しています。さらに亀田側鑑定の否定は続きます。

 また、T意見書の?、?の点について検討するに、CT画像において、カテーテルを中心に血腫の形成が認められ、造影後CT画像において、カテーテル周囲の血腫内に造影剤の血管外流出が認められこと(判決文ママ)、そして、このCT画像が、カテーテルから造影剤が直接漏出した場合に生ずるはずの画像と矛盾するものであることを裏付けるに足りる的確な証拠はないこと、動脈あるいは静脈の損傷がなければ、CT画像で認められる造影剤の血管外流出は生じないことからすれば、造影剤の血管外流出は、血管の損傷を強く推認させるものというべきである。また、血腫が存在する以上、出血部位がその付近であることを推認させる事実であることは否定できない。

亀田側鑑定では

    血腫は様々な方向に広がるため、カテーテルを中心に血腫が存在することをもって、当該部位から出血があったものと認めるのは不自然
としていますが、裁判所の判断は、
    造影剤が直接漏出した場合に生ずるはずの画像と矛盾するものであることを裏付けるに足りる的確な証拠はない
さらに
    動脈あるいは静脈の損傷がなければ、CT画像で認められる造影剤の血管外流出は生じない
こういう結論に導かれ、血管は損傷をさらに強く事実認定しています。

 上記ア、イで考察した点のほか、前記認定のとおり、臨床的にも、カテーテル挿入直後に、Aには、肉眼的血尿、急激な出血を思わせるヘモグロビン値の低下、代謝性アシドーシスが出現していること、研修医として本件診療に関与していたD(判決文では実名)が、剖検時の記録において、「小骨盤に大きな出血塊があり、右鼠径部からのWルーメン挿入時、血管を損傷したことによる出血であろう」と記載していること(なお、原審証人Cは、上記記載は、Dが勝手に書いたものである旨証言するが、研修医が医療記録に、自己の判断を他の医師に無断で記載することは考え難いから、上記証言は直ちに信用することができないといわざるを得ない。乙A27の陳述記載のうちこれに反する部分は、訴訟後に作成されたものであり、たやすく採用できない。)、一旦はカテーテルを正常に静脈内に留置したにもかかわらず、痙攣等により移動して血管を損傷するということは、通常起こりえないこと(控訴人は、構造上このような事態もあり得る旨を主張するようであるが、その具体的機序については何ら主張がない上、カテーテル留置後血尿ないし血腫が生じるまでの間に、痙攣が起きたことを認めるに足る証拠もないから、控訴人の主張は採用することができない。)を併せ考慮すれば、原審での複数鑑定の上記(1)の見解には合理性があるというべきであり、本件においては、Aの鼠径部に挿入されたカテーテルの先端が、その動脈血管を損傷した蓋然性が高いと認めるのが相当である。

ここもまた段落の無い、長い、長〜い文章なんですが、動脈損傷が刺入時に起こった根拠として、

  1. カテーテル挿入直後に、Aには、肉眼的血尿、急激な出血を思わせるヘモグロビン値の低下、代謝性アシドーシスが出現していること
  2. 研修医として本件診療に関与していたD(判決文では実名)が、剖検時の記録において、「小骨盤に大きな出血塊があり、右鼠径部からのWルーメン挿入時、血管を損傷したことによる出血であろう」と記載していること
  3. カテーテルを正常に静脈内に留置したにもかかわらず、痙攣等により移動して血管を損傷するということは、通常起こりえないこと
この3点も事実認定し、動脈損傷であるとの事実認定を補強しています。

 この点に関し、剖検診断書には、大動脈及び両側総腸骨動脈、外腸骨動脈、内腸骨動脈並びにそれらに平行する静脈に出血の原因を推定させる血管壁破綻を思わす所見は認められない」との記載があり、剖検を担当したCは、原審で、カテーテルを穿刺した部位の皮膚に切り傷を入れて、大腿静脈の血管を漏出させ、大腿静脈を切っていき、外腸骨動脈と内腸骨動脈の分岐部、それより先の総腸骨動脈まで開き、血管の表面を3人の医師で目視により検査するとともに水道水を注ぐ検査を行ったが、血管を突き破ったような痕跡は確認できなかった旨述べている。しかし、目視だけで血管損傷の有無を確認することは困難であるというべきところ、血管損傷の蓋然性が高いことを裏付ける上記の角諸事実に照らし、目視においては見落としがあったと考えざるを得ない。また、水道水を注ぐ検査を行ったいうが(判決文ママ)、通常の剖検では血管に水道水を注いで血管損傷を確認することまではしていないことは控訴人も自認しているところ、剖検診断書には、特に水道水を注ぐ検査を行った旨の注記はなく、他に同検査が行われたことを裏付ける客観的な証拠はない。原審証人Cのこの点の記述はE(判決文では実名だが、誰?Dの間違いか)の上記剖検時の記録の記載とも整合せず、たやすく信用できない。

 また、大腿静脈へのカテーテル挿入術を担当した控訴人病院のF(判決文では実名)は、当審で、同手術を定められた手順に従って適正に行っており、その過程で血管を損傷したことはあり得ない旨供述し、乙A23、乙A38には同趣旨の陳述記載があるが、血管損傷の蓋然性が高いことを裏付ける上記の各諸事実にに照らし、たやすく採用できないといわざるを得ない。

 T意見書は、出血部位は膀胱又はその近くの後腹膜であり、その血液が骨盤の横の壁及び外腸骨動脈、静脈周囲に及んだと考えるのが妥当であるとし、そのことを血管損傷を否定する根拠としているが、原審証人Cは、膀胱の出血は漿膜の方まで及んでいたが、この出血によっては後腹腔内の2000mlを越える(判決文ママ)大量の出血については説明ができないと証言しており、また、後腹膜から〓邇漫性の出血があったという見解が、同部分における急激な大量の出血をうかがわせる上記臨床経過と整合せず、採用できないことは後記のとおりであって、T意見書のこの点の意見は採用できない。

ここは剖検所見のお話ですが、

    大動脈及び両側総腸骨動脈、外腸骨動脈、内腸骨動脈並びにそれらに平行する静脈に出血の原因を推定させる血管壁破綻を思わす所見は認められない
こうあるのに対し、
    目視だけで血管損傷の有無を確認することは困難である
こう結論付け、水道水注入テストについては、これについて記載が無いので信用できないとしています。さらに
    出血部位は膀胱又はその近くの後腹膜であり、その血液が骨盤の横の壁及び外腸骨動脈、静脈周囲
この亀田側見解も
    原審証人Cは、膀胱の出血は漿膜の方まで及んでいたが、この出血によっては後腹腔内の2000mlを越える(判決文ママ)大量の出血については説明ができない
この証言が採用され、動脈損傷による出血に間違いないとされています。ここまで事実認定がなされれば結論は簡単で、

 そして、静脈にカテーテルを挿入する際には隣接して存在する動脈を損傷するリスクがあり、仮に動脈を損傷すれば、損傷の程度によっては大量の出血を招く恐れがあることが当然予見し得ることであるから、控訴人病院医師においては、カテーテル挿入の術式の施行に当たっては、穿刺の際に他の血管を損傷したりすることのないよう細心の注意をもってこれを行う注意義務があるというべきところ、同医師は、この注意義務に違反し、上記のとおり動脈血管を損傷した過失があるといわざるを得ない。

亀田側のミスにより動脈損傷が起こり大量の出血が起こったと判断されています。



ここまででもお腹一杯ですが、争点6である「因果関係の有無」に進みます。まず患者側の主張です。

  1. Aは、血液吸着療法における2度の血液凝固により凝固因子を大量に消費し、凝固障害を引き起こした上、持続的な血尿の流出、カテーテル挿入時の血管損傷及びその他の部位からの出血により、4000ccないし5000ccの大量出血を来たし、出血性ショックから心停止に陥り、死亡したのであるから、控訴人病院医師の各過失とAの死亡との間には、因果関係が認められる。


  2. テオフィリン中毒が、血液凝固作用等を含む人体の生理にいかなる影響を与えるかは不明であり、出血とテオフィリン中毒戸を結びつける論拠はないから、テオフィリン中毒がAの死亡に影響を与えたとは考え難い。そもそも、控訴人病院におけるテオフィリン検査の結果は、誤検査としか考えられず、Aがテオフィリン中毒であったか否かも疑わしい。

凝固因子云々の話は裁判所の判断がなされていないので置いておいても、カテ損傷による大量出血が死因と主張していると考えてよく、さらにテオフィリン中毒と出血の因果関係は無いとしています。

亀田側は、

  1. Aも事件当時の体重が53.8kgであったことからすれば、同人の全血液量は約3700ccであるから、4000ないし5000ccの出血が生じることはあり得ない。輸血開始以前にも、アルブミンの投与等により、Aの血圧は70ないし80mmHg程度に維持されていたのであり、この程度の血圧低下により、短時間に多臓器に機能不全が生じることは考え難いから、同人の死因は、出血性ショックではない。

  2. Aは、血中テオフィリン濃度が致死量を超えていた(1回目測定時103.50μg/ml、2回目測定時62.88μg/ml)のであるから、主たる死因は、


    1. テオフィリンによる脳血管の収縮により生じた脳虚血に起因する中枢性ショック

    2. テオフィリンの心筋毒性により生じた肺水腫に起因する心不全

    3. テオフィリンによる血管拡張による循環量の減少に起因するショック


    のいずれか(肺の鬱血が主な病理所見であrことからすれば、上記?の可能性が高い。)又はこれらが複合的に発生したことによるものであったと考えられる。
したがって、Aに仮に出血性ショックがあったとしても、上記症状と複合的に発生したものであるから、被控訴人らの主張する各過失と、Aの死亡との間には因果関係がない。

出血量の主張も興味深いのですが、医学的に死因の根本はテオフィリン中毒によるものだから因果関係は無いとの主張です。

では、では裁判所の判断です。ここも吐き気がするほど長いのですが、分割しながら読んでいきます。

(1)Aの死因について

 Aの死因につき、控訴人は、?テオフィリンによる脳血管の収縮により生じた脳虚血に起因する中枢性ショック、?テオフィリンの心筋毒性により生じた肺水腫に起因する心不全、?テオフィリンによる血管拡張による循環量の減少に起因するショックのいずれか又はこれらが複合的に発生したことにより心不全に陥ったものであり、仮に出血性ショックがあったとしても、大きな影響はなかった旨を主張する。しかしながら、控訴人病院において剖検を担当した原審証人Cが、明確に、テオフィリンの心筋毒性により心筋損傷を生じて、急性左室不全に陥ったとの機序を認めるに足りる所見はなく、死因は出血性ショックであった旨証言しており、剖検診断書にも同趣旨の記載があること、I(判決文では実名)作成のテオフィリン中毒に関する意見書は、本件でAに見られた症状が、いずれもテオフィリン中毒により生じたものであるとの説明が可能であるとするにとどまり、Aが死亡した具体的機序については何ら言及していないこと、Aの出血量は少なくとも2000ml程度はあり、同人の体重から推定される循環血液量を考慮した場合、出血性ショックを生じ得る程度の出血があったものと考えられること、死亡診断書作成時点では、出血性ショックとの診断がされていたこと等の事情を総合すれば、Aの死因は、出血性ショックであったと認めるのが相当である。

死因とテオフィリン中毒との関連ですが、

    剖検を担当した原審証人Cが、明確に、テオフィリンの心筋毒性により心筋損傷を生じて、急性左室不全に陥ったとの機序を認めるに足りる所見はなく、死因は出血性ショックであった旨証言
まず剖検所見で出血性ショックであるからとしています。さらに、
    テオフィリン中毒に関する意見書は、本件でAに見られた症状が、いずれもテオフィリン中毒により生じたものであるとの説明が可能であるとするにとどまり、Aが死亡した具体的機序については何ら言及していないこと
テオフィリン中毒で説明が可能程度とされ、具体的な機序が説明されていないから意見にならないと判断されています。さらに、
    死亡診断書作成時点では、出血性ショックとの診断がされていたこと
死亡診断書も重要である事が良く分かります。結局のところテオフィリン中毒は死因とは関係なく、出血性ショックのみが死因とされています。次を読むのは嫌気がさしているのですが、死因とされた出血性ショックの原因についての判断です。まずは一審の鑑定結果のおさらいからです。

  1. 動脈血管損傷による急性出血あれば(判決文ママ)、大量の凝固因子、血小板の消費を引き起こし、血管凝固障害に影響を与えるとともに、腹腔内大出血と著明な血尿を生じ、出血性ショックを招き、重症代謝性アシドーシス、急激な消費性凝固障害が惹起された可能性があり、ひいては肺出血、多臓器不全へと進展し、死亡した可能性がある。

    本件において、カテーテル挿入時に動脈血管損傷が疑われ、その結果として、後腹腔内2000mlという大量の出血が生じたことが推定され、また、その後、血小板減少、FDA(フィビリノゲンという血液凝固因子が分解されてできる物質)上昇、著明な出血傾向、APTT(血液凝固因子の減少、機能低下等を反映する検査)異常高値が認められており、消費性凝固障害が惹起されていたと認められ、その原因としては急性出血性ショックが考えられる。

  2. 文献において、テオフィリン中毒により出血傾向又は血液凝固障害を生じた例は報告されていないこと、剖検において認められた出血が、後腹膜腔、腹腔内、膀胱周囲に限局していることからすれば、テオフィリン中毒は、出血の原因及び程度に影響を与えていないと推定される。

要はカテによる動脈損傷による大量出血によって出血性ショックが起こり死亡した。テオフィリンは出血に関係しないとなっています。

  1. 仮に血管損傷があったとしても、カテーテルが留置されたままの状態であれば、カテーテルにより穴が塞がれるため、出血性ショックに至る程度の出血を生じることは考え難い。

    出血部位(血液漏出場所)については、造影剤の溜まり方から、外腸骨動脈、静脈からの出血は考えにくい。骨盤内出血を起こす血管としては、内腸骨動脈、静脈の枝が考えられ、そこからの出血となる。しかも、骨盤内の右腹側であることから、右膀胱動脈(小血管からこれほどの出血と考えると動脈であろう。)が考えられる。臨床的に、急に血尿が出現した点、剖検所見で膀胱の全層に出血があり、粘膜剥離を起こしていることから考えると、出血部位は、膀胱又はその近くの後腹膜であり、後腹膜を経由して、骨盤の横の壁及び外腸骨動脈、静脈周囲に及んだと考えるのが妥当である。

  2. 1.のとおり、血管が破綻したことによる出血が生じていないとすれば、Aの出血の原因は、A側に何らかの出血する要因があったと考えるほかない。Aの場合についてみると、テオフィリン中毒に基づく血液凝固異常が生じ、これにより、後腹膜腔内、膀胱壁、膀胱内の各場所において〓邇漫性の出血(血管壁から砂地ににじみ込むように出血する。)を来したと考えられる。

亀田鑑定としている二審鑑定ですが、当然のようにカテによる動脈損傷は否定し、テオフィリン中毒説を打ち出しています。裁判所の判断は読むまでも無いですが、

  1. そこで検討するに、前記認定事実によれば、控訴人病院入院中の2回の検査において、Aの血中テオフィリン濃度は、1回目が103.50μg/ml、2回目が62.88μg/mlとの結果であったことが認められるところ(なお、被控訴人らは上記検査結果は誤りである旨を主張するが、血中テオフィリン濃度が100μg/ml程度まで上昇した後に、回復した例も報告されていること、他に上記測定の正確性を疑うに足りる事情はないこと等を考慮すれば、上記検査結果が誤りであったと認めることはできない。)、血中テオフィリン濃度は40ないし60μg/ml程度で、すべての患者の中毒域とされることからすれば、Aは、控訴人病院受診時点で、テオフィリン中毒の状態であったと認められる。

  2. しかし、テオフィリン中毒により、出血、血液凝固異常等を生じ、出血性ショックを発症し得るとの医学的知見が存在しないことについては、原審証人Cも認めるところであり、そのような知見を記載した文献の存在することの立証もない。そして、前記認定のとおり、Aの血中テオフィリン濃度は、控訴人病院受診時以降、改善傾向にあったこと、剖検において認められた出血が、後腹膜腔内、腹腔内、膀胱周囲に限局していることをも考慮すれば、原審での複数鑑定が述べるとおり、テオフィリン中毒はAの出血の原因及び程度に影響を与えていないと推定するのが相当である。他に、Aの死因となった出血性ショックが、テオフィリン中毒により生じたものであることを積極的にうかがわせる的確な証拠はない。

    一方、前記認定のとおり、カテーテル挿入時に血管損傷を生じていること、カテーテル挿入直後から後腹腔内に2000ml程度の大量の急激な出血が生じており、このことは、カテーテル挿入直後に肉眼的血尿、急激な出血を思わせるヘモグロビン値の低下、代謝性アシドーシスが出現しているなどの臨床経過により裏付けられること、原審証人Cは、テオフィリン中毒に基づく血液凝固障害により〓邇漫性の出血(いわゆる血液がぴゅーっと飛ぶような出血ではなく、じわじわ滲み出すような出血)を来したものであるとの見解を述べるが、この見解は後腹膜腔内に急激に大量の出血を生じたことをうかがわせる上記臨床経過と整合しないものであることからすれば、本件では、前記動脈血管の損傷による大量の出血が、出血性ショックの原因であると認めるのが相当である。

  3. なお、原審証人Cは、剖検において、後腹膜腔内、腹膜内、膀胱壁及び膀胱内の4か所に出血が認められたところ、後腹膜腔の出血については、後腹膜腔の出血が逆流して膀胱内等に入ることは考え難いから、上記原因によるものではあり得ないことからすれば、上記出血はいずれも、血管損傷による破綻性の出血ではなく、血液凝固異常による〓邇漫性の出血であったと考えられる旨を供述している。しかし、膀胱壁及び膀胱内の出血原因が破綻性出血ではないことから直ちに、後腹腔内に破綻性出血があったことを否定することはできないというべきである。

    むしろ剖検診断書によれば、腹腔内に認められた血液は、小骨盤腔から波及した血液であるとされている。また、D作成の診療記録には、病理解剖の結果として、Aの膀胱壁は薄くほとんどない状態で、小骨盤出血が薄い膀胱壁を通して、膀胱内に侵入し、それが血尿となっていた可能性が強いとのことであったとする記載があり、Aにおいてそうした事態が惹起された可能性が考えられ(控訴人は、上記記載は、Dが勝手に書いたものであるかのようにいうが、研修医が、医療記録に、自己の判断を他の医師に無断で記載することは考え難いから、控訴人の主張は直ちに採用できない。また乙B27(O医師の意見書)には、尿路外の血管損傷を伴う血腫から尿路内へ直接血液が浸透し血尿になることは医学的にあり得ない旨の記載があるが、膀胱壁に異常が生じていないことを前提にした一般論を述べたものであり、剖検の際のAの膀胱壁の状況を見分した結果に基づく意見ではないから、この記載をもって、上記診療録の記載を事実でないと断定することはできない。ただし、膀胱壁が薄くほとんどない状態というのがどのようにして生じたかについてはこれを明ら(判決文ママ)にする証拠はない。)、また上記大量出血に引き続いて消費性凝固障害が生じたことはあり得ることであり(原審での複数鑑定の結果)、それが出血を助長した可能性があると認められる。

    次に、控訴人は、出血性ショックの原因がカテーテル挿入とは無関係に生じた極めて異例な凝固異常による〓邇漫性出血であることの証拠のひとつとして、Aについては、カテーテルを挿入した直後に多量の凝血塊が吸引されており、カテーテル挿入前(午後2時50分ころ及び午後4時ころ)から極めて異常な血液の凝固が生じていたと主張している。しかし、通常、血管内に留置されたカテーテルから凝血塊が吸引されることは、まずあり得ないことであり、血管損傷により生じた血管周囲の血腫を吸引した可能性が高いと認められる。また、前記1の(3)及び(4)に認定したとおり、カテーテル挿入前にAに血液凝固が生じたのは血液吸着療法を施行中のことであったと認められるところ、T意見書及び原審での複数鑑定の結果に照らせば、上記血液凝固は、血液吸着療法の施行にあたっての抗凝固剤の使用が不適切であったため、それが不足して血管外に流れる血液に凝固が生じたものと認めるのが相当である。したがって、抗訴人のこの点の主張は採用できない。

    さらに、仮に腹膜内、膀胱壁及び膀胱内の出血が、血管損傷以外の原因によるものであったとしても、後腹膜腔のみでも、2000ccを程度(判決文ママ)猛烈な出血があったのであり、Aの体重から推定される循環血液量を考慮すれば、前記動脈血管等の損傷による後腹膜腔内の出血が、出血性ショックの主たる原因であったものと認めるのが相当であるから、結局、前記エの認定を覆すものではないというべきである。

テオフィリン中毒の存在は認めても、テオフィリンでは出血ショックを起すほどの出血傾向は起す証拠が無いため、カテによる動脈損傷が出血性ショックの原因としています。



争点7の「治療行為前に存在したテオフィリン過剰摂取という本人の行為が結果に重大な寄与をしているか否か」については裁判所判断だけを引用します。

 抗訴人は、本件は、Aが抗訴人病院に運ばれる前にテオフィリンを過剰摂取したことが端緒になっている事案であり、このAのテオフィリンの大量摂取という行為が、死の結果を招く端緒であるだけでなく、決定的要因になっていることからすれば、抗訴人に何らかの法的責任があるとされた場合でも、Aの用法に反したテオフィリンの服用行為につき、民法722条2項を適用又は類推適用して過失相殺がされるべき旨を主張する。

 しかしながら、既に説示したとおり、Aの死亡原因は、控訴人病院医師によるカテーテル挿入時の血管損傷によって起きた出血性ショックであり、本件において、テオフィリン中毒がこれに与えたことを認めるに足りる的確な証拠はないから、抗訴人の主張は採用することができない。

読んだ感想としては、二審も一審の判断をそのまま認めていると考えて良いかと思います。つまり

    死因は出血性ショックである。またテオフィリン中毒では出血傾向を起さない。画像上では素人が見ても動脈損傷がある。よってカテ操作ミスによる出血性ショックによる死亡。
長い、長い判決文を読みながら思ったのですが、基本的にテオフィリン血中濃度が100μg/mlを越える重篤な中毒は極めて珍しいものです。珍しいから当然のように報告は少ないですし、そこまで極端な中毒状態で何が起こるかを医師とは言え完全に把握しているとは言えません。従来の文献上、テオフィリン中毒から出血傾向を関連付ける証拠は乏しかったのだと思います。千葉の亀田が総力をあげて資料を探しても、この程度だった事からもそれはわかります。

しかし医学はこういうアクシデントで進歩する側面もあります。千葉の亀田と言うレベルも、アクティビティも高い医療施設で極めて重篤なテオフィリン中毒の症例が発見され、解剖も含めて資料をきっちり集め、これが報告され認められれば「重篤なテオフィリン中毒の時には出血傾向が発生する」のエビデンスが出来上がると言う事です。そういうのも医学です。

また医学では現象が先に認められることがしばしばあります。理由は分からないが○○の時に△△が起こるみたいな感じです。たとえそれまで分かっている知識や理論では説明が出来なくとも、現象が確実に発生すればまずその存在を認知します。そしてそれから研究によってメカニズムの探索が行なわれます。ここで従来の理論で説明できないからの理由だけで、現象の存在を頭から否定するような行動は科学者として好ましい態度と言えません。

科学と司法はそういう面で基本的に相容れない関係であるとつくづく感じます。一つだけ言えるのは、司法の場において否定された極めて高濃度のテオフィリン中毒状態でも出血傾向は認められないは、今後の医学の認識とは別物として存在するだろうと考えています。つまり今後の医学ではテオフィリン血中濃度が100μg/mlを越えるような異常事態になれば、出血傾向に起す事があるのは医師の頭の中に知識としてインプットされたということです。

もっともそこまで大層に言わなくとも、100μg/mlを越えるテオフィリン中毒になれば何が起こっても不思議はないが医師の常識なんですが、そういう常識を理解してもらうには距離があまりにもあるように感じています。