勤務医の負担軽減策

あえて2007年4月17日付毎日新聞より引用します。

厚労省:開業医は休日・夜間診療を…勤務医の負担軽減策

 厚生労働省は、勤務医の負担軽減策として開業医に休日・夜間診療を行うよう求める報告書「医療政策の現状と課題」をまとめ、17日の都道府県担当者を集めた会議で説明した。▽開業医は時間外でも携帯電話で連絡がつくことが「期待される役割」である▽開業医が交代で地域の救急センターに勤務するように在宅当番医制度を強化する▽自宅で死に至る患者を開業医がみとる24時間態勢の在宅医療を推進する−−などを提言している。

 社会問題化している勤務医の人数不足・過重労働について、厚労省は、時間外診療を常時行っている開業医が少ないため、夜間・休日の患者が大病院に集中しているのが主な原因とみている。

 そこで、「時間外も含めた一次的な医療の窓口」は開業医が担い、大病院の機能は「入院と専門的な外来診療」と位置づけ、双方の役割分担を改めてはっきりさせた。

 そのため、開業医は地域住民の「かかりつけ医」となって幅広い疾病に対応できるように総合診療医として養成し、臓器別の専門医が開業する時は、総合診療の研修を義務づけることも議論すべきだとしている。

 このほか地域に医師を確保する方策として、▽開業前のへき地勤務を義務づける▽各大学医学部の地元出身者枠を拡充する▽複数の開業医にチームを組ませる−−といった案も列挙している。

 これらの提言は、今後都道府県が医療計画を作成する際の参考材料として示された。実現への第一歩として、厚労省は08年度の診療報酬改定で、開業医が時間外診療をすれば加算を厚くする方針だ。【吉田啓志】

本当は「医療政策の現状と課題」の報告書を読みたいのですが、手に入らないものはしかたが無いので、この記事を参照にします。報告書の内容を推測すると、

  • 開業医は時間外でも携帯電話で連絡がつくことが「期待される役割」である
  • 開業医が交代で地域の救急センターに勤務するように在宅当番医制度を強化する
  • 自宅で死に至る患者を開業医がみとる24時間態勢の在宅医療を推進する
とりあえずこの3項目が強調されているだろうと考えられます。おそらくこの3項目を具体化させる案として、
  • 「時間外も含めた一次的な医療の窓口」は開業医が担い、大病院の機能は「入院と専門的な外来診療」の機能分担
  • 開業医は総合医であるべきとして、臓器別の専門医が開業する時は、総合診療の研修を義務づけることも議論すべきだ
これとは別枠のお話として、地域での医師「確保」対策として、
  • 開業前のへき地勤務を義務づける
  • 各大学医学部の地元出身者枠を拡充する
  • 複数の開業医にチームを組ませる
他にも書かれている事があるでしょうし、各項目がどういう表現になっているかはわかりませんが、この記事からはこれぐらいしか情報を拾えません。もう少し補足するために2007年4月17日付の読売新聞からエッセンスを拾ってみます。
  • 2008年度から都道府県単位でスタートする医療費適正化計画(5か年計画)などを通じ、具体化を目指す方針
  • 開業医のチーム医療について、「車で30分以内」の圏内で作ることを想定
  • 24時間の在宅医療が機能すれば、大病院にかかる患者が減り、勤務の負担軽減にもつながると期待されている。また、入院などに比べ費用の安い在宅医療が普及すれば、医療費の増加を抑制する効果もある
どうにも列挙ばかりで話が散漫になるのですが、大元の話として現在38万床の療養病床を15万床に削減する事の受け皿作りが根本かと考えます。厚生労働省の基本方針は、療養病床削減および高齢者人口の急増による医療需要を在宅医療にて吸収するとしています。理由は本音を今や隠しもせずに、「在宅の方が安上がりだから」と公言しています。

この在宅需要が負担する分は膨大で、

  • 療養病床を25万床削減(現在進行中)
  • 老健、特養の建設抑制
  • 一般病床90万床の半減、病院数を9000から3000に削減する
20年後には高齢者人口が現在の1.7倍になるのは統計上明らかですが、収容医療機関を削減し、高齢者人口が急増する分をすべて在宅医療にて吸収させるのが狙いです。これだけの分を吸収させるのですから、在宅医療の整備充実は焦眉の急と言えます。これだけ減らすのですから、どうやって在宅でカバーするのかが問題になりますが、今回の報告書で方針が見えてきます。
  • 在宅の主役は開業医である
  • 開業医は総合医として患者のすべてを診療する
  • 開業医はかかりつけ医として24時間待機生活を送る
  • 開業医は訪問診療を主力に行い、時間外もすべて対応する
負担が大きすぎて脱落者が多い在宅支援診療所制度を全開業医に強いる計画と読めます。厚生労働省が推進する在宅医療の需要を考えると、これぐらい開業医を動員しないととても追いつかないのは理解できます。一般病床削減前の、現在進行中の療養病床削減分を吸収するだけでもこれぐらいは必要かとも考えます。厚生労働省の机上の計画では「可能」かもしれませんが、現実はとなると疑問符をつけざるを得なくなります。感情的な反発はできるだけ抑えたいと思いますが、まず外来の機能分担が可能かどうかです。この報告書のプランではもう一度書きますが、
  • 開業医は「時間外も含めた一次的な医療の窓口」
  • 大病院の機能は「入院と専門的な外来診療」
こう定義した上で、開業医の診療モデルとして、
  • 午前は一般診療
  • 午後は訪問診療
  • 夜間は時間外待機
  • 休日は急病診療所出務
そうなると開業医が従来担ってきた午後診療は空白となります。この部分は決して無視できるものではありません。「一次的な医療の窓口」となれば午後の診療も必須かと思うのですがその点は不明です。午後の診療も維持するとなれば、開業医の診療モデルはこうなります。
  • 午前は一般診療
  • 午後は訪問診療
  • 夕方は一般診療
  • 夜間は時間外待機
  • 休日は急病診療所出務
また何でも出来る「総合医」にするために「臓器別の専門医が開業する時は、総合診療の研修を義務づける」としていますが、この臓器別とはどの程度の範疇の医師を想定しているかが気になります。医師の感覚としては、たとえば循環器で開業しようとする医師に消化器、呼吸器、内分泌、腎臓、神経内科程度の技量を求めているかとは考えます。いわゆる内科医に内科診療一般すべての技量を求める考えです。これがたとえば眼科や耳鼻科のような医師に内科全般を求めるのなら相当な要求です。

さらに話は連動しますが、この24時間拘束医の範疇も気になります。全診療科に求めているのかどうかです。開業医しようとする医師のすべてに総合研修を行う事により、無理やり「総合医」として認定し、なんでも診れる医師として総動員するのかどうかです。例外無しとなれば産科医や小児科医、麻酔科医も動員されます。おそらくですが、総合医としての研修のために開業前の僻地診療義務化を連動させ、その義務を果たしたから「総合医」として認定動員の計画と推測します。

厚生労働省は医師の勤務可能年齢を無限としていますから、70歳でも80歳でも「この程度」の労働は屁でもないと考えているのかもしれませんが、開業医の平均年齢は約60歳です。体力的に耐えられるかどうかは素直に疑問です。強行すればとくに地方で最後の拠点として高齢でも踏ん張っている先生方が一斉に引退する懸念があります。

24時間オンコール状態で拘束される苦痛は体験したもので無いとわかりません。現在でもそうやって頑張ってられる先生方もおられますが、そういう先生方は医師の使命感から自発的に行なっているのです。自発的ですからオンコールに出れない時があっても無問題ですが、制度となれば全く話が違います。オンコールに答えないだけで大問題となります。連絡がつかなくて病状が悪化すれば最悪訴訟です。自発的なボランティアと制度による強制の差はそこにあります。

私は開業医ですから実感を持って言いますが、診療モデル通りの医療を行なえるのは、体力的にせいぜい60歳までが限界かと考えます。厚生労働省がいくら「医師は死ぬまで現役」と定義しても、医師も生身の人間ですから年齢とともに体力は確実に低下します。高齢の開業の先生方が頑張れるのも診察時間外は十分な休養が取れるからです。休養を奪えば医師でもバタバタ倒れます。

最後に厚生労働省の本音は医療費削減のために在宅医療を推進し、在宅医療を賄うための開業医動員策に過ぎないのに、勤務医の負担軽減を抱き合わせにしているのが作為的で笑えます。勤務医の負担が大きいのは言うまでもないことです。これの負担軽減は至上の課題です。勤務医の負担を軽減するのにしなければならない事は、病院の勤務医数を増やす事ですが、そのためには、

  • 勤務医を増やすために医師を増やす
  • 勤務医を数多く雇えるように診療報酬を増やす
そのどちらもノータッチで、
    開業医はラクしているから勤務医並みに働かす
は解決策でも何でもありません。勤務医の負担を減らすとは
    勤務医の負担が大きすぎるから、開業医並みの負担に減らす
開業医の勤務状態のほうが「正常」で、勤務医の勤務状態が「異常」であると言う事です。そんなことが果たして出来るかどうかですが、少なくとも医師の数だけは補充できるはずです。なんと言っても厚生労働省の公式の検討会が「足りている」と証明しているわけですから、十分可能な事はお墨付があります。大臣もはっきり「そうだ」と国会答弁で明言しております。

もっともこの報告書と大臣答弁に基づけば、勤務医の労働実態自体が「さして過酷でない」としていたとも思うのですが・・・