在宅診療所3人制をちょっと試算

JSJ様のコメントからです。

2000円増とか4000増とかいう、ショボくれた額をみると、萎えますね。
二人雇って、年に緊急往診5回・看取り2回じゃ赤字ですよね。
何人雇って、緊急往診・看取りを年何回すれば事業として成り立つのでしょう?

実際に訪問診療に従事されている医師の意見があった方が実戦的なんですが、妙に興味が湧いたのでちょっと試算してみます。在宅診療を行われている形式は、

  1. 外来診療もやりながら在宅も行う
  2. 在宅専科
どちらもあるのですが、今日はまず在宅専科で考えて見ます。体制として求められのは365日24時間なのですが、たとえば3人体制で臨むならどういうシフトを考えるかです。ごく普通の発想では3人で24時間を分担しようです。これは4人になっても5人になっても普通はそう考えるかと思います。

しかし分担制を敷くと問題点が出てきます。3人で分担制を敷けばいわゆる日勤は1人になります。在宅医療の主要業務は訪問診療ですから、1日に訪問診療できる数、1週間で出来る数には当然上限が出てきます。1人でやるのですから、時間的限界が出ますし、まさか深夜とか早朝に訪問診療を行うわけには行かないでしょう。

しかし常勤医師数が増えた分だけ人件費が莫大に増えます。在宅専科の収入は

    収入 ≒ 訪問診療数(在宅患者数)
こうなるはずです。ここも良く知らないのですが、常勤医師が3倍になったから、同じ患者の訪問回数を3倍にして収入増を図るなんて出来ないはずです。そうなると常勤医師が増えた分だけ抱える在宅患者を増やさないと経営的にペイしません。しかし増やすにも日勤で1人で訪問診療できる数の上限は時間的に制限されます。どう考えても、たとえば3倍に増やすのは無理があります。

つまり日勤帯に訪問診療できる在宅患者数が収入の律速段階になるわけです。そう考えるとアリ地獄のような試算になります。収入を2倍にするには日勤帯の人数を2倍にする必要がありますが、日勤帯以外のカバー要員が必要になります。常勤医師3人なら、この3人が日勤の訪問診療に動員できないと経営的なペイは難しくなります。

3人体制となると他の設備も3人体制が必要なものが出てきます。簡単に考えると、移動用のクルマ、随行の看護師なりです。そりゃ3人が3セットとして別の家に訪問診療に赴くわけですから、すべて3倍です。

3人の試算はもっと多人数になっても基本的にそんなに変わらないと見ます。人数増加分の支出を補うのはあくまでも日勤での訪問患者数の上限に縛られる訳です。だって例えば10人いたとしても、10人分の給与の収入を稼ぐには日勤帯で10人分の在宅患者を抱える他に手はないからです。


そうなると発想を変える必要があります。完全主治医制方式です。つまり1人の医師が受け持つ患者は、1人の医師で24時間365日管理するです。これはユニット方式みたいなもので、常勤医が1人増えるたびに、1人分の収入ユニットが増えると考えるわけです。そういう方式なら、1人の医師の給与に必要な在宅患者数を抱えられます。

そういう方式で常勤医を増やす経営者には何のメリットがあるかです。思いつくところでは、

  1. 急用が出来た時の穴埋めを頼みやすくなる
  2. ユニットから給与以上の収入が得られたら増収になる
その代わり、
  1. なんのかんので最終責任者は経営者になる(責任問題)
  2. 勤務医師が突然退職されたら大変(労務管理
  3. 評判が悪い医師を雇うと処置に困る(経営問題)
それより何より、経営者以外の常勤医師は診療所であっても「勤務医」です。経営者同様にユニットで24時間365日は嫌だと言われたら、労基法上、何の抵抗も出来ません。最悪、日勤帯に増えた在宅患者のすべての時間外対応を経営者が一手に引き受ける羽目になりかねません。これはかなり辛いです。夜間休日を順番にオンコールにするもありますが、この手も労基法上は無理が生じます。

それでも「たぶん」現在は在宅誘導政策のため、ある程度の多人数シフトを組んでもペイするぐらいの診療報酬があるとは思っています。コメ欄でグループで在宅専科を手広くやっているところはある読んだことがあるからです。ここで問題はいつまで在宅優遇が続くかです。理由は優遇したままでは、確実に医療費が雪だるま式に膨らみ、在宅こそ医療費削減の切り札、これさえやれば医療費を抑制できるの建前が怪しくなるからです。



私は在宅に現在従事していませんから、試算に大きな間違いがあるかもしれませんが、どうも在宅専科では厳しそうな感じがします。ではもっと視点を変えてみることにします。これは生涯いち医師様のコメントですが、

3人以上のグループ開業、この構成は、内科(神経内科など)・整形外科・泌尿器科など多くの科にわたればなお良いのではないでしょうか。

これを読んで「なるほど」と思った次第です。例の加算案件には「所属する常勤医師3人以上」となっていますが、この3人が在宅医療に専念しなければならないとか、在宅医療を主たる収入源にしなければならないとは書かれていません。あくまでも喩えですが、在宅医療に現時点で関係の薄そうな小児科医、産科医と在宅を行う内科医の3人常勤でも条件を満たすわけです。

在宅専科では収入源を在宅医療に全面依存するので平日日勤帯の訪問診療数の上限に律速段階が発生しますが、他の2人の常勤医師が在宅医療と関係ない診療を収入源にしていれば、在宅医療の規模は従来のままで加算だけは手に出来る状態になります。

とは言え単科、とくに内科単科ではチト難しそうな気がします。2人なら1人は外来診療に主に専従し、もう1人は在宅に主に専従する機能分担も可能ですが、ここに3人目が入っても外来であれ、在宅であれ3人目の分の収入確保は容易ではないような気がします。単科で2診開いても患者が2倍とはいかないケースが多いからです。

それといずれにしても、現在1人で外来をやりながら在宅も手を出すスタイルのところは、外来部門を拡張するのは容易ではありません。物理的な診療所スペースの問題がついて回ります。1人で診察するつもりで作った診療所は、1人で診察する最小限のスペースしか通常はなく、余程資金に余裕がないと無駄な面積を抱え込まないと言う事です。

やるならかなりの新たな投資が必要ですが、既設のところでも決断が難しいと思いますし、新設のところでは開業のハードルが高くなります。開業医への外来診療抑制は続くと予想される一方で、在宅優遇の梯子は在宅医療が充実すればするほど危うくなる関係があるからです。難しい時代になっていきます。

最後に生涯いち医師様のコメントの後半部分を紹介しておきます。

高齢化するにつれ、大病院でのワンストップショッピングは許されざる贅沢となり、良い意味で集約された在宅医療に移行していき、次第に覚悟を決めて事前指示書でのお看取りの境地に達する、ということでしょう。ADLの低下してきている認知症患者が急変して救急車を呼び大病院の資源を使って長期入院するような事態は避けたい、ということでしょう。

でも、患者家族にこういうことを広告せず、現場の多忙な勤務医に救急診察室で説明させてどうするつもりなのでしょう。病院の事務員や勤務医が一番ウンザリしているのは、厚生労働省朝令暮改でコストシフトが誘導され、その風面に立たされることです。官僚は、実に姑息ではありませぬか。医療機関に通知を出すのではなく、全面広告を出して、「国民に告ぐ。明日からは病院医療はこうなる。診療所開業医との役割分担はこう変化する」と知らしめてほしいものです。

苦い薬の処方は会議室で決定するが、その効能や副作用の説明はすべて現場に丸投げで、なおかつ説明が悪いと現場を責め立てる構図は厚労省お家芸です。知ってはいても「やりきれない」です。