総合医の役割分担が見えてきたような

総合医の役割分担の曖昧さ

私が総合医に批判的であるの評があります。否定はしませんが批判的になるのは、話題の総合医が医療のどういうパートを担うのか曖昧であるのも理由の一つです。当たり前ですが、現在も医療があり、多数の医師が診療に従事しています。それぞれの医師には自分が医療で担うべきパートがあり、それを果たすように日々従事しています。ここに新たな概念である総合医が出てくれば、どこのパートを担う存在であるのかを考えます。

別にこれは医療だけではなく、どんな職種の組織であってもあてはまるお話と思っています。新たな部署が設置されたら、他の部署の人間としては新たな部署が担うべき職掌が何であるかに関心が寄せられます。組織の中のどこに存在し、自分の部署とどう関り、組織全体のどういう役割を担うのだろうです。それがわからないと評価に困ります。得体の知れない気味悪さとでも言えば良いでしょうか。

役割と分担は組織では大事なことで、この位置付けがはっきりしないと折角新たな部署を設けても機能しない話は良く聞きます。従来の部署と重複部分が大きくて、屋上屋を架すだけになり、結局なんのために存在するのだろう的な代物になってしまい、そのうち立ち消えになるみたいな感じでしょうか。

それとネーミングも気になるところで、「総合医」はなんでも出来るイメージとなります。実のところこれだけ専門性が高くなっている現代医療で、「なんでもできる」は「どれも中途半端」の負のイメージがどうしても出てきます。

私はしがない町医者の小児科医です。町医者ですから小児科と名乗っても成人の診療も一部は行います。とはいえ、本職の内科に較べたら、成人診療はサイドメニューも良いところで、あくまでも片手間です。本職である小児科でさえそうですが、あくまでも自分の能力で賄える範囲のみしか手を出せません。とてもとてもこの程度の能力で、成人領域の診療も「おまかせ」なんて言う気にはならないと言うところです。

これが成人の内科領域はもちろんの事、小児科も、産婦人科も、外科も兼ね備える総合医が誕生すると言われても、現在の医療のどのパートを扱うのか想像するのも難しいといったところです。総合医もイメージが先行していた観があり、実際の医療で具体的にどのパートを担うのかよく見えなかったと思っています。それでも断片的ですがボツボツと情報が出てきていますから、つなぎ合わせると「やっと」役割分担が見えてきたように思っています。


医療に不足するパートはどこだ?

まず確実に起こる社会現象として高齢者の増加はあります。いわゆる団塊の世代が高齢者層に移行していますから、高齢者は増えるです。高齢者は仕方がないことですが、どうしても疾患を持つ者の比率は増えます。あからさまに言えばやがて死を迎える死亡数は増えます。でもってどれほど増えるかです。国立社会保障・人口問題研究所の日本の将来推計人口(平成24年1月推計)を参考にして見ます。推計の常で低位・中位・高位がありますが、出生中位・死亡中位の時の死亡数推計を2030年まで引用してみます。

死亡数
2013 1258000
2014 1285000
2015 1311000
2016 1337000
2017 1363000
2018 1388000
2019 1412000
2020 1435000
2021 1458000
2022 1479000
2023 1499000
2024 1519000
2025 1537000
2026 1554000
2027 1569000
2028 1584000
2029 1598000
2030 1610000

2013年には125万人ぐらいの死亡数が10年後の2023年頃には150万人になり、2030年には160万人に達するとなっています。17年後の160万人はともかく、10年後の150万人は待った無しの数値です。10年後には現在より25万人増える死亡者の死亡場所はどうなるかです。これは2011年の人口動態統計が参考になります。ちょっとした試算なのですが、前提を幾つかおきます。 現在の厚労省の方針は周知の通り、施設医療の制限(むしろ削減したい)と在宅医療の推進です。10年先に年間死亡数が150万人になった時でも施設の拡充は死亡数に比例したものでないと予想します。削減まではないとしても微増程度の予測です。つまり10年後の2023年は、
  1. 病院等の施設内死亡は微増程度
  2. 施設外の死亡のうち、自宅外の死亡は微増程度
こういう前提で2023年の死亡場所を推測すると、

総 数 施設内 施設外
総数 自宅 その他
2011 1253066 1052333 200733 156491 44242
2023 1500000 1100000 400000 350000 50000

表にするほどのものではありませんが、増加した25万人の死亡数の多くは在宅に回る計算になります。現在の15万人から倍増以上の35万人は予想可能です。もう少し施設内死亡が増えたとしても倍増の30万人は堅そうに考えます。この倍増の30万人は死亡数だけではありません。言い方は悪いですが、これもまた同程度以上の死亡予備軍の要在宅医療患者が増えると考えるのが自然でしょう。 かなり控えめな試算ですが、現在なら30万人程度の在宅医療患者が、10年後には60万人程度以上に増えると予想しても決して過大と言えないかと存じます。これを誰かが診療にあたる必要が生じます。在宅医療は1人の医師がどの程度の患者を受け持つ事が出来るかは一つの問題です。これについては幾つか情報を頂いているのですが、今日は計算の簡略化のために50人として見ます。そうなれば、
在宅患者数 在宅医の受持ち数 必要人数
2013 30万 50 6000
2023 60万 12000

現在の在宅医数も実数の確認は困難ですが、とりあえず間に合っている点から考えて、在宅専任に換算して6000人程度は存在していると見る事は可能です。10年後のお話ですから、毎年600人増えれば賄える計算にはなります。計算にはなりますが、毎年600人の開業在宅医を増やすのもそう簡単とは思えません。それと現在のような開業医主体の在宅医は厚労省政策的にはおそらく、
    望ましくない!
こう考えている可能性はかなりあると見ています。理由は単純で、現在の在宅医療は儲かるそうです。一方で厚労省が在宅医療を強力に推進している理由は
    安上がり!
開業医の参加を促すために梯子をかけてはいますが、そのままの状態では「安上がり」に必ずしもならない懸念です。とはいえ、梯子を考えなしで外すと現在の在宅開業医に逃げられたり、新たな参入が減ります。ですから開業在宅医を抑制する代わりに、勤務医に置き換えて行きたいの構想はありそうに思っています。勤務医に置き換えればそれほど儲かる採算部門でなくとも良いからです。 ここで現在の勤務医から勤務在宅医を捻出するのは困難です。この分野は勤務医的には空白分野であり、現在の認識として分担はあくまでも開業医です。それを医療政策として勤務医に主体に変換するとなれば新たな需要になります。既存分野に総合医を大量投入しても摩擦が生じるだけですから、確実に需要があるところに投入すると考えれば在宅分野ではなかろうかの考えは出てきます。
去年の情報
ソースがマスコミ記事しかないので信頼性はそれなりですが、2012.1.10付の日経に、

厚労省、「総合診療医」育成を検討 在宅医療の柱に
専門医偏重を是正

こういう見出しの記事が踊っていました。いわゆる厚労省からのリーク記事と判断できると見ています。在宅医を勤務医に置き換えるメリットは、

  1. 開業医より勤務医の方が安上がりになる
  2. 病院 → 在宅の移動がスムーズになる
  3. うまく立ち回れば人事権を握れる
さらに言えば現時点では勤務医が開業に走るのに良い感情を厚労省はもっていません。在宅需要を満たすために儲かる在宅医療路線を続ければ、中堅勤務医の減少を招きかねません。そこで在宅医として開業するには魅力の乏しい診療報酬設定にしたい意図はあるとみます。これを今やると在宅医療事態が崩壊しますから、ある程度総合在宅医数の確保に成功した時点でおもむろに梯子を外すです。10年後ぐらいが一つの目途になるかもしれません。


今年の情報

1/18付CB記事より、

総合診療医の研修「内科など3科目必須」-専門医機構が意見集約

 18日に行われた厚生労働省の「専門医の在り方に関する検討会」では、日本専門医制評価・認定機構の検討会で「総合診療医の在り方」について意見集約した結果を、同機構理事長の池田康夫委員が報告した。研修プログラムの基本的な枠組みについて、「内科・小児科・救急を必須とし、その他領域別研修として外科・整形外科・婦人科などを研修する」などと提案している。

CB記事の後半部分に「基本的な枠組み」も書かれており、少しだけ編集しますが、

診療所もしくは在宅診療を実施している小規模病院、中規模以上の病院の総合診療部門などで、日常に良く遭遇する症候や疾患への対応を中心とした、

  • 外来診療
  • 救急診療
  • 在宅ケアを含む訪問診療

この記事の受け取り方は様々でしょうが、とりあえず在宅医療はかなり強調されていると読んでも良さそうです。短い内容の中に2回も出ているので、総合医が在宅医療の主力を担う事は既定路線として宜しいかと思います。ただなんですが小児科と救急の研修必須は少々違和感を感じないでもありません。小児科は小児の在宅医療に対応したものとの見方も不可能ではありませんが、あれは正直なところ相当手強い分野です。付け焼刃ではボロがすぐに出ます。

メインは在宅として、なぜに小児科や救急がセットになっているのであろうかです。twitterでrijin様が少々憤慨しておられましたが、厚労省の医療政策でこれから需要が増えるところと考えればある程度説明可能の気がしています。在宅医療の需要が増大するであろうの予測は上述しましたが、もう一つ救急分野も需要増大の予測は立てられます。なんと言っても救急医療の政策は24時間365日の「何があっても断らない」デパート医療体制の実現です。

そんな体制を実現するには医療戦力は極度に不足しています。不足しているのなら増員すれば良い訳です。そう考えると必須研修科目の「救急」はわかりやすくなります。では小児科はどうだです。これは小児救急のための必要知識と考えればわかりやすくなりそうな気がします。つまり総合医は在宅医にも対応する一方で、救急にも対応する役割分担があるであろうです。


なぜに在宅と救急の二本立てとなっているかですが、一つはここまで考察してきた通り、厚労省の医療政策を実現させる上で大きく不足している分野に効率よく医師を投入するためと考えられます。在宅も救急も需要はこれから大きく伸びると考えられますから、この両方に対応できる能力を持つ総合医が増えるのは望ましい状態になります。

在宅と救急ですが、切羽詰ってまず求められるのは在宅の気がします。10年以内に在宅戦力を充実させないと、厚労省の在宅推進路線は破綻します。ですから総合医は可能な限り在宅に投入したいの意向はあると見ていますが、あんまり用途と言うか役割を限定してしまうのはチト拙いの考えもあるのかもしれません。これまで「なんでもできる」総合医の夢をアピールしてきていたのに現実は在宅専門医では「総合」の看板に偽りがあると思われかねないからです。

現時点で総合医を目指す者も、在宅にヤリガイを見出している者だけではありません。またヤリガイがあると思って実際に従事してみたら水に合わないもありえます。在宅をあまり望まない総合医は在宅以外の医療に流れる事になりますが、この流れ先も総合医の枠組みの中で決めておこうじゃなかろうかです。それが在宅に次いで戦力が欲しい救急だろうです。


総合医ロールモデルとして考える

もう一つの見方があります。総合医となった後のロールモデルのあり方です。在宅と救急が役割分担と考察していますが、進み方として、

  1. そもまま在宅専科として働く
  2. 救急のステップを踏んでから在宅に移行する
  3. 在宅から救急の道も残す
単純にはこれぐらいですが、医療情勢のもう一つの要素として地方僻地の医師不足は厳然として存在します。地方僻地であっても在宅需要も救急需要も存在します。そこに医療戦力を投入すると考えた時、在宅と救急が別の能力では不便と言うのはあるかもしれません。両方兼ね備えてもらえれば、非常に都合が良いと考えます。総合医の勤務形態は当分の間、勤務医主体ですから、病院では救急に従事し、病院を出れば在宅医として活躍してくれれば一石二鳥になるであろうです。


プランとしては良く出来ていそうですが、私のような古いタイプの医師からすると、そうは都合よく総合医構想が稼動するだろうかの懸念は正直なところあります。ずっと前に医師が一人前になるには卒後10年は必要と論じた事があります。総合医もその程度の養成期間をかけるのであれば、医療のジャンルとして成立するかもしれません。

ただ現在の医療情勢からして、もっと短い期間で一人前として実戦投入されそうな観測がどうしても見えてしまいます。理由は単純で、これから総合医は大量養成されるわけであり、高齢者医療の需要増加は10年で逼迫する予測も十分に立てられます。10年もノンビリ待っていられないです。もっと早い期間で現場に投入しないと間に合わないです。


医師が一人前となる条件は色々見方があるとは思います。たとえば専門医資格を取得するなんてのも一つの目安です。では専門医を取得すれば押しも押されぬ一人前であるかと言えば異論は出てくると思います。知識は一人前かもしれませんが、経験はどうであろうです。個人的に一人前の医師とは、自分の能力をシビアに見切れる能力と思っています。これが出来て初めて一人前の医師として認められるです。

一人前の医師は自分の能力では手に負えないと判断し、これを明言し、他の能力のある医師に委ねる事を恥ともなんとも思いません。自分に出来る事と、他人に出来る事は違うと言う事です。微妙なお話ですが、医師が成長する時には知識先行になる事が多い気がしています。知識に技術が追いついてきた時に多くの者が通る道として「なんでもできる」と錯覚する時期があります。

私とてそういう時期があったのは白状しておきます。そこでペシャンコに潰される手痛い経験を積んで、自分の能力をシビアに見切れる謙虚さを身につける感じでしょうか。そのための経験期間が卒後10年と言う感覚です。もっともこれは古い感覚かもしれません。新しい教育システムはそういう弱点をカバーして、もっと短期間で一人前の医師を養成できるようになっているかもしれないからです。


どちらにしても医療の元締めである厚労省が医療政策として推進されていますから、そう遠くない日に多くの総合医が誕生するのは見れそうです。この先の評価は実際の総合医の活躍を見ないと出来ません。まあ、懸念される事ぐらいは書いておいても宜しいかぐらいのところです。