ネタモトは最高裁判決である
この辺からかなり自由に連想させて頂きます。改正の狙いはお手軽にwikipediaより、
2009年より一部の医薬品について、薬剤師不在でも販売できるようになった(このための薬事法改正の立法措置が2006年6月8日に成立)。
治療、診断目的や人や動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすもので機械器具等でなければ従来は必ず医薬品として取り扱われてきたが、体に対する作用が緩和なものであって厚生労働大臣が指定するものについては医薬部外品として取り扱うことができるようになった。
一般用医薬品については、第一類医薬品(スイッチOTC等)、第二類医薬品(かぜ薬等)及び第三類医薬品(ビタミン剤等)に新たに分類されることとなり、第一類医薬品の販売に際しては薬剤師による書面を用いた説明が義務化されることとなった。第一類医薬品は薬剤師自らが販売・授与、或は、その管理・指導の下で登録販売者及び一般従事者をして販売・授与、第二類医薬品及び第三類医薬品については、薬剤師または登録販売者自らが販売・授与、或は、その管理・指導の下で一般従事者をして販売・授与することとなった 。
いろんな思惑があったと思いますが、結果から見るとスイッチOTCの拡大の側面は確実にあったと考えています。スイッチOTCの拡大は保険医療の財政負担軽減にもつながり、現在の厚労省の方針に合致します。一方でスイッチOTCの薬局での販売はリスクも伴います。販売管理について何らかの規制を作っておく必要を厚労省が考えたとしても不自然ではありません。厚労省的には、
- 第一類(スイッチOTC)は拡大する
- その代わり第一類・第二類の対面販売は強化(ネット販売の禁止)
被上告人らは,平成18年法律第69号1条の規定による改正前の薬事法(以下「旧薬事法」という。)の下で店舗を開設してインターネットを通じた郵便販売を行っていた事業者である。なお,旧薬事法の下においても,厚生省ないし厚生労働省は,各地方自治体に対し,医薬品については対面販売を実施するよう指導することや,郵便等販売は対面販売の趣旨が確保されないおそれがあるからその範囲を一定の薬効群のものに限るよう指導することを求める通知等を度々発出していたが,旧薬事法に郵便等販売を禁止する規定がなかったこともあり,平成18年頃までには多くの事業者がインターネットを通じた郵便等販売を行っており,その対象品目には新薬事法の下における第一類医薬品や第二類医薬品に相当するものが多数含まれていた。
まあ微妙なんですが、改正前薬事法でもネット販売を禁じる条文は存在しないとなっています。まあ富山の置き薬の伝統がありますから、薬品販売をすべて対面販売に規制するのは無理な面があったと見ます。置き薬もネット販売も非対面販売と言う点では類似しています。いくら厚労省が指導を行なったとしても指導しきれない面があったと言うところでしょうか。
置き薬自体の販売勢力は大きくないような気はしますが、その派生であるネット販売は急成長を遂げていたとみます。言い様によっては現在の置き薬みたいなものです。薬事法改正に当たり、市場を膨らましていたネット販売業者は、ネット販売を大きく制限する厚労省の動きを感じ取りその対抗手段を画策したと見たいところです。そりゃ、規制されれば死活問題になります。これも最高裁判決より、
内閣府設置法37条2項に基づく合議制の機関として内閣府に設置されていた総合規制改革会議は,平成15年12月,コンビニエンスストアで解熱鎮痛剤等が販売可能となれば消費者の利便性は大幅に向上すること,薬局等において対面で服薬指導をしている実態は乏しい上,薬剤師が不在である例も多いにもかかわらず薬剤師が配置されていない事実に直接起因する副作用等による事故は報告されていないことなどからすれば,人体に対する作用が比較的緩やかな医薬品群については一般小売店でも早急に販売できるようにすべきであるなどとする旨の答申をした。
当時の規制改革会議が政府に大きな影響力を持っていたのは説明不要かと思います。当時の政策は新自由主義であり、この政策は基本的に大手企業は支持していました。俗に言う財界とは大手企業クラブであり、規制改革会議であるとか、財政諮問会議とかは、ぶっちゃけた話で言えば財界の政府への出店です。ネット販売業者が規制改革会議に働きかけるのは自然の流れでしょう。
最高裁が事実認定したこの部分も玉虫色的なところがあるとは言え、一般医薬品の販売は原則として非対面販売(ネット販売)解禁の方向性を打ち出したものと私は見ます。これに対し厚労省は平成16年4月に医薬品販売制度改正検討部会を設置し、ネット販売の部分の方針を最高裁判決から引用すれば、
同改正の内容として,一般用医薬品のリスクの程度に応じた情報提供等の確実な実施を担保するために購入者と専門家がその場で直接やり取りを行い得る対面販売を医薬品販売に当たっての原則とし,他方で情報通信技術の活用には慎重を期すべきであるが,第三類医薬品については一定の要件の下で郵便等販売を認めるなどとする報告書(以下「検討部会報告書」という。)を公表した。
あくまでも厚労省はネット販売規制の方針を御用会議を開いて堅持したとも見れます。こういう経緯を最高裁はどう判断しかですが、
厚生労働省は,検討部会報告書の内容等を踏まえて旧薬事法を改正する法案を作成し,上記法案は平成18年3月に内閣から国会に提出された。上記法案の審議において,政府参考人である厚生労働省医薬食品局長は,医薬品については対面販売が重要であり,インターネット技術の進歩はめざましいものの,現時点では検討部会報告書を踏まえて医薬品販売におけるその利用には慎重な対応が必要である旨答弁した。また,参考人として出席した検討部会の部会長は,検討部会の審議の経緯及び検討部会報告書の内容を説明した上,上記法案はこれらを十分に踏まえたものであり,医薬品はその本質として副作用等のリスクを併せ持つから,適切な情報提供が伴ってこそ真に安全で有効なものとなるが,これを対面販売で行っていこうというのが今回の議論の出発点であるなどと述べた。こうした審議を経て,上記法案は,衆参両院で賛成多数により可決成立した。
厚労省と規制改革会議は土壇場まで暗闘を繰り返したと見たいところです。規制改革会議の当時の影響力は財界だけでなく政界、とくに政府首脳への影響力は大きく、検討会議の報告書をそのまま改正薬事法に厚労省はついに盛り込めなかったと見ます。
薬事法は国会承認が必要な法律ですが、法律のさらに具体的な細部を決めるものに省令があります。これは大臣(担当省庁)が布告できるものですが、薬事法の改正で譲歩を強いられた厚労省が省令段階で巻き直しを図ったと言うところでしょうか。薬事法改正までの流れですが、大雑把に言うと
こんな構図でしょうか。ここで3つの省令を巡る会議が開かれます。年月 | 会議名 | ネット販売の省令 |
平成20年2月 | 医薬品の販売等に係る体制及び環境整備に関する検討会(第一次検討会) | 第三類のみが適当 |
平成20年11月 | 規制改革会議 | ネット販売規制の撤廃 |
平成21年2月 | 医薬品新販売制度の円滑施行に関する検討会(第二次検討会) | 第二類を限定的に認める |
流れ的には第一次検討会では厚労省の意図通り、ネット販売は第三類のみ容認にまずなっています。業界サイドは拠り所である規制会議で巻き直しを図り、ネット販売容認の言質を取っています。規制会議を受けた第二次検討会ですが、ある結論ありき会議の進み方で紹介した通り、異例の展開を取る事になります。
詳細は重複になるのでリンク先を確認して欲しいのですが、規制改革会議の流れを受けたネット販売派委員が「ありき結論」に進むのを猛烈な勢いで阻害します。狙いは規制改革会議で打ち出している路線にする事として良いでしょう。厚労省事務局も、厚労省側委員も対応に苦慮しています。そこで最終回の前の会議で荒技を繰り出します。
会議の終了寸前に突如厚労省案を持ち出し。これを決定としてパブコメ募集を行い、次回で決着にするとしたのです。当然、ネット販売派委員は激昂し、机を叩いての紛糾となります。それでも何とか押しきった厚労省側は、次回会議でネット規制に反対が大多数のパブコメ意見も強引にねじ倒して検討会の結論にしています。
私は詳しくないのですが、荒技は本来黒子である厚労省事務局が前面に立つ結果になり、検討会の総意による結論でなく、厚労省が決めた結論の体裁に実質としてならざるを得ず、非常に不手際なものになったと評されています。もう一つ、今さら気がついた事ですが、ネット販売派委員の鼻息があれだけ荒かったのは、委員のキャラの問題だけではなく、規制改革会議の後ろ盾があったからとするのが自然でしょう。
もう少し穿って言えば、第二次検討会議にああいうネット販売派委員が出席できたのは、規制改革会議の意向が大きく、これを収拾し丸め込む事が出来なかった厚労省は、強引な荒技を行使せざるを得ない状況に追い込まれてしまったぐらいでしょうか。
最高裁判判決は私が読んだ限りでは、
- 薬事法改正前には一般薬品のネット販売が実態として黙認され、既に大きな需要を生じていた
- これを規制するには改正薬事法にこれを明確に謳う必要がある
- 明確に謳っていないにも関らず、改正薬事法に基づいてネット販売の規制を強化するのは違法である(憲法22条1項違反)
旧薬事法の下では違法とされていなかった郵便等販売に対する新たな規制は,郵便等販売をその事業の柱としてきた者の職業活動の自由を相当程度制約するものであることが明らかである。これらの事情の下で,厚生労働大臣が制定した郵便等販売を規制する新施行規則の規定が,これを定める根拠となる新薬事法の趣旨に適合するもの(行政手続法38条1項)であり,その委任の範囲を逸脱したものではないというためには,立法過程における議論をもしんしゃくした上で,新薬事法36条の5及び36条の6を始めとする新薬事法中の諸規定を見て,そこから,郵便等販売を規制する内容の省令の制定を委任する授権の趣旨が,上記規制の範囲や程度等に応じて明確に読み取れることを要するものというべきである。
後はリンク先の最高裁判決をお読み下さい。要は法の趣旨としても謳っていないネット販売規制の強化を省令で打ち出すのは認められないとしています。ネット販売が解禁されるとして報道されたのは、改正薬事法でネット販売を規制する省令を出す事は認められないとした部分です。もうちょっとぶっちゃけて言うと、
-
こんなエエ加減な改正薬事法で、ネット販売規制を省令で定めるのは無理でっせ♪
- 販売項目、とくにスイッチOTCを主体とする第一類の拡大
- リスクの高い薬品の販売を増やす代わりに対面販売の規制強化
- ネット販売の全面解禁
改正薬事法を巡る舞台裏は、
- 厚労省・・・この際ネット販売は排除したい
- 業界側・・・この際ネット販売を全面解禁にしたい
今回の最高裁判決は厚労省の不手際が浮き彫りになりましたが、本当に考えるべき点は、どこまでネット販売を認めるかの是非です。おそらく非店舗型薬局はこの判決をテコにネット解禁路線を大きく推し進めるであろう事は確実です。そういう状況で第一類であるスイッチOTCまでネット販売で果たして良いのだろうかは改めて議論する余地はあると思っています。
経緯を読みながら思ったのは、天王山は第一類ではなく第二類の気がしています。厚労省は第二類どころか第三類も対面販売にしたいの意向が経緯から濃厚です。つまりネット販売は例外的な位置付けにあくまでも限定したいです。ネット販売側の狙いは全面解禁ですが、第二次検討会議でも第一類までネット解禁にしたかったのだろうかです。これも最高裁判決からですが、
平成19年当時における一般用医薬品の販売高に占める構成比は,第一類医薬品が約4%,第二類医薬品が約63%,第三類医薬品が約33%となっていた。
第二類の既得権の死守が当座の狙いであった気がしてなりません。厚労省の省令ではほぼ壊滅しますから、一挙に6割以上の市場が消滅します。第一類は譲っても第二類は譲れないです。第二類で譲るにしても条件をつけて可能な限り限定的にしたいです。なんとなくですが、第二次検討会議で厚労省が第二類で譲っていたら話はそれなりに収まった可能性も考えます。第二類まで欲張った厚労省は最高裁判決で第一類まで失う醜態を晒したと。
ここで興味深いのは、皮肉な事に前回の薬事法改正の立役者が再び甦って来ている事です。歳月は民主の3年の政権担当期間を挟んで再び自民政権です。前回の厚労省の意図を挫いた財界勢力の復活は確実に予想されます。前回同様に財界の出店の○○会議は再び強い影響力を持って政界に君臨します。そういう状況下で厚労省が前回の轍を踏まないとは言い難いところです。
本当に議論すべきなのはネット販売の全面解禁か否かではなく、どこまで解禁するかの線引きの気がしています。簡単には一般医薬品の分類の線引きのやり直しです。個人的には厚労省の全面禁止方針もやり過ぎだと思いますし、一方で業界が求める全面解禁も行き過ぎの気がしています。現実的なな落としどころは広すぎる第二類の定義のやり直しでしょうか。
第二類は6割以上を占めるものであり、これにネット規制の投網を被せるのは範囲が広すぎるです。第一類と第二類のさらに選ばれたもので15〜20%程度に留め、残りをネット販売解禁にするぐらいです。ただそうなれば、街中の店舗型の中小薬局の経営に深刻な影響を及ぼすでしょうから・・・どうなるかはこれから見れます。