医師はどこから湧いてくる?

12/19付中国新聞より、

NICUを最大800増床 周産期医療で厚労省が改革原案

 妊婦の救急搬送体制の改善を検討している厚生労働省は十八日、慢性的に不足している新生児集中治療室(NICU)を全国で最大八百増床することや、妊婦のあらゆる疾病について二十四時間対応できる大規模施設の整備などを柱とした周産期医療体制をめぐる改革のたたき台となる原案を、同省の専門家会合(座長・岡井崇おかい・たかし昭和大教授)に提示した。

 原案の文言などをめぐって委員から修正要請が相次いだため、同日中の取りまとめは見送られたが、大筋で了承される見通し。専門家会合は次回会合を来年一月中に開き、報告書の作成を目指す。これを受けて厚労省は来年度にも実現に向けた取り組みを始める方針。

 原案は、現行で「出生一万人当たり二十床が必要」としているNICUを二十五―三十床に増やすとしている。これにより全国に約二千二百あるNICUが最大で八百床増床される。

 また、大規模施設は救命救急センターを併設するなど、診療科を問わず二十四時間にわたりすべての妊婦を受け入れる。必要な財政支援や診療報酬上の措置を取るよう求めている。既存の周産期母子医療センターは産科と新生児医療に重点を置いており、脳内出血など母体救急に対応できない施設が多いことを踏まえた。

 このほか(1)医師の確保のため、時間外勤務や救急呼び出し対応への手当を医師に直接支給する(2)公立病院の医師が必要に応じて他の医療機関でも働けるよう公務員の兼業禁止規定を見直す(3)地域のニーズに見合った周産期母子医療センターの配置を年度内に検討する―などが盛り込まれた。

 専門家会合は、十月に東京で妊婦が複数の病院に受け入れを断られた末に死亡した問題を受け、再発防止策などを検討するために設置された。

まずは細かいツッコミから、

「出生一万人当たり二十床が必要」としているNICUを二十五―三十床に増やすとしている。これにより全国に約二千二百あるNICUが最大で八百床増床される

出生数を110万とすると出生1万人当たり計画最大の30床にすると3300床になります。記事情報の現在のNICU数が2200床とすると、最大で1100床増える事になります。800床増えるというのは出生1万人当たり27.3床の事になり、出生1万人当たり25−30床に増やすの中間値あたりを意味している事になります。

細かい事はともかく、

同省の専門家会合

これが何に当たるかになります。おそらくですが「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会」ではないかと考えます。最近この手の委員会がやたらと多いので確証はもてませんが、ここも関係はしているでしょう。そこの資料にNICUの病床数の推定が記載されています。

ここの試算もおもしろくて必要病床数の計算は、
    2.5床/1000出生 = 約2500床
とりあえず出生数は100万人で試算しているようです。そうなると記事にあった人口1万人当たり30床で3000床になり、現在が2200床なら最大で800増床で正しい事になります。正しいのですが、少子化対策はどこにいったのかのちょっと首を捻ります。「ともかく」と言いながらまだこだわってしまいしたが、次に進みます。ここに現在の新生児科医数の現状も資料としてあります。
現在の新生児科医師数はどうも1000人足らずのようです。そこで必要な数と言うか定員は、本当にこれで足りるかどうか、ましてや

診療科を問わず二十四時間にわたりすべての妊婦を受け入れる

これに対応できるかどうかの議論は今日は出来るだけ控えますが、とりあえずこの定員ぐらいは埋めないといけません。単純計算を行なうと必要な新生児科医師数は、

新生児科医師数は現状で1000人弱ですから、現在でも1300人ほど足りません。足りない分は新生児科以外の医師が穴埋めしたりしているのですが、要と言うべき総合周産期センターの定員の補充率も資料に出ています。
現在でも定員を割っています。総合周産期センターの7人体制でも資料にある通り1人当直です。定員を満たしても1人しか居ないわけですから、24時間いつでも、幾らでもは基本的に不可能です。夜間当直中に1人の患者を応需したら軽症でも2〜3時間はかかりますし、重症なら徹夜どころか何日も続く死闘となります。当直業務で正規業務を行なう違法性は今日は置いておきます。

新生児医療では医師の技量も重要ですが、看護スタッフの力量も大きく左右します。これも看護師であればインスタントに新生児医療に従事できるものではありません。優秀なスタッフに恵まれてこそ新生児科医師も十分な技量を発揮できますが、未熟なスタッフでは能力は低下します。看護スタッフの養成も一朝一夕では間に合わない側面が確実にあります。

でもって2200床から3000床に急増させるという方針のようです。4割弱の増床ですが、医師なら誰でも不安に思うことは、マンパワーがどこに潜んでいるのかになります。小児科も産科ほど言われなくなってしまいしたが、人手不足に苦しむ診療科です。これも単純計算ですが、先ほどの新生児科医師必要数も800床増えるのと同様に増えるかと考えます。そうなると3000床での基準必要医師数は、

    2284人 × 3000/2200 = 3115人
現状は1000人弱ですから2000人ほど足りません。ここでなんですが新生児科医を含む小児科医の数がどれほどかになります。医師の需給に関する検討会報告書(2006)にはこう記載されています。

小児科については、平成16年医師・歯科医師・薬剤師調査では、14,677人と平成14年調査に比べ、約200名増加している。病院に従事する医師は、この間に8,429人から8,393人と約40人減少

小児科医のうち勤務医は8500人弱程度である事が確認できます。この数は新研修医制度の影響も受けているのですが、それ以前の増加数も記載されています。

新たに小児科を志望する医師の動向については、この数年、増加傾向にある。平成16年医師・歯科医師・薬剤師調査では、臨床研修制度の開始直前の平成15年に医師となり、小児科に従事している者は556名

この傾向が余り変わっていないとして、年間500〜600人の小児科医が生まれても、年間100人ほどしか増加していない事が分かります。現在はこれより厳しいのではないかの観測もありますが、とりあえずこのデータで考えるとします。問題はNICU800増床をどれほどの期間で行なうかです。これぐらいウルサク言われてますから、20年計画なんて事は言わないかと思います。10年計画でも長すぎる印象なので、世論の要望にギリギリそって5年計画としましょう。

5年で2000人の新生児科医を増やすためには年間500人の小児科医が誕生するとして、これが全員新生児科医になるとして、これも単純計算で4年はかかります。現実は抜け落ちる分がありますから5年はかかると考えるのが妥当でしょうか。そうなると日本の小児科医はどうなるかの概算ですが、

  • 小児科医数は、約15000人
  • うち勤務医数は、約9000人
  • そのうち新生児科医数は、約3000人
現在は勤務医小児科医約8500人中に新生児科医が1000人弱ですから、新生児科以外の小児科医は約7500人になります。これが800床に増えた分の新生児科医を定数どおりに埋めるだけで約6000人に減少します。病院での小児科医需要はそんなに減っていませんから、新生児科以外の小児科戦力は2割減となります。医学部定員増の影響は少なくとも7年後でないと現れませんから、こうでもしないとNICUへの補充は不可能です。だいたい1年に7700人程度しか医師が誕生しませんから、そこから新たに2000人捻出するには、小児科だけではなく他の診療科の医師数に大きな圧迫を加えます。

さらに言えば、3000人の新生児科医数を維持するためにこの先も新規の新生児科医の供給を続けていかなければないません。これも概算ですが年間100人以上は必要かと考えられます。実際は200人近くは必要ではないかと思われます。

それでも、

厚労省は来年度にも実現に向けた取り組みを始める方針

だそうです。まさかハコさえ作れば「どこからか湧いてくる」なんて希望的観測でこの計画を打ち出したとも思えないのですが、基礎的なデータを見る限り相当難しそうに感じます。たぶん複雑な理論体系で新生児科医が湧いてくる算段をしていると思われます。それにしてもこんな手軽に新生児科医が増やせるのなら、なぜ産科医が同じ手法で手軽に増やせないか非常に不思議な気がしてならないのですけどね。

そうそうNICU800増床のために必要なハコモノ代は、1床2800万円といわれていますから、

    2800万円 × 800(床)= 224億円
ハコモノ代は「どこかから湧いてくる」のは間違いなさそうです。