医療閑話・三島総合病院周産期センター

手垢のついた定番ネタですが気まぐれで触れてみます。


地域周産期医療センター

周産期センターには総合と地域があるのですが、定義としては日本産婦人科医会より、

総合周産期母子センター

     相当規模の母体・胎児集中治療管理室を含む産科病棟及び新生児集中治療管理室を含む新生児病棟を備え、常時の母体及び新生児搬送受入体制を有し、合併症妊娠、重症妊娠中毒症、切迫早産、胎児異常等母体又は児におけるリスクの高い妊娠に対する医療及び高度な新生児医療等の周産期医療を行うことができる医療施設をいう。
地域周産期母子センター
     産科及び小児科等を備え、周産期に係る比較的高度な医療行為を行うことができる医療施設をいう。

ごく単純には能力的に「総合 > 地域」で、大雑把には周産期医療の二次救急ぐらいに理解しても良いかもしれません。静岡県にはどれほどあるかですが、これも日本産婦人科医会より、

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全国で総合が104ヶ所、地域が292ヶ所。静岡県では総合が3ヶ所、地域が10ヶ所となっています。静岡県内でどういう分布になっているかと言えば静岡県地域医療再生計画

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こんな感じです。


地域医療機能推進機構は三島総合病院の経営母体ですが、耳慣れない機構だったので確認するとwikipediaより、

独立行政法人地域医療機能推進機構(ちいきいりょうきのうすいしんきこう、英:Japan Community Health care Organization、略称:JCHO)は、東京都港区に本部を置く、厚生労働省所管の独立行政法人全国社会保険協会連合会などが管轄していた施設等を継承するために設立された。実質的には、年金・健康保険福祉施設整理機構(RFO)を廃止させるための受け皿になっている。

なるほど! 社会保険病院が現在ではこういう名称になっている事がわかりました。似たような名称の団体があるもので「えっ」と思ったのですが、私の勘違いだったようです。


2014年8月に着工され、2015年10月に完成しているようです。ちょっと不思議な感じがしたのはタブ紙には

センターは鉄筋コンクリート3階建て延べ2692平方メートル。産婦人科と小児科を併設し、新生児集中治療室(NICU)に準じた3床を含む24床を設置。

記事には写真も添えられており、たしかに3階建てなっています。ところがH26.5.27付入札公告には

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同じ3階建てでも地下1階、地上2階となっています。入札後に設計が変わったんでしょうかねぇ。でもって総工費なんですが、

費用 静岡新聞 タブ紙 読売
総事業費 総事業費約14億円で完成させた 総事業費約12億4000万円 総事業費約14億円
補助金 センター整備に約1億7500万円の補助金を拠出している三島市 市と県が各約1億7600万円を拠出 市は同センター建設の総事業費約14億円のうち、14〜15年度で計1億7600万円の補助金を出した
どうも県と市は1億7500万円から1億7600万円程度の補助金を支出したようで、合わせると3億5000万円程度になります。問題は総事業費でタブ紙と静岡・読売両紙はチト差があります。地元の静岡新聞を信用したいところですが、さて本当の総事業費は12億4000万円なのか、それとも14億円なのかってところです。まあ、どっちでもエエようなところです。


5人

実はここからが本題なのですが、

静岡新聞 タブ紙 読売
24時間365日体制で運営するため、産科、小児科合わせて5人程度の常勤医師が必要 運営に必要な医師数は産科医3人、小児科医2人の計5人 24時間態勢で、出産や診療などに対応するため、少なくとも産科医3人、小児科医2人の常勤医師が必要
私が最初に読んだのは静岡新聞で、てっきり産科と小児科が各5人づつの間違いじゃなかろうかと思っていました。5人でも24時間365日体制を敷くにのは大変なんですが、まさか合計5人は無茶苦茶だろうと素直に感じました。ところが3紙を較べても5人です。読売が一番具体的で産科3人、小児科2人となっています。ここの小児科医は新生児科医と適宜脳内置換したら良いかと存じます。本気で三島病院周産期センターは合計5人で運営する予定であった事になります。そりゃ、集まらんわ。


3人と2人:3交代編

やるまでもないのですが、まず3交代でシミュレーションしてみます。前提は

  1. 深夜・日勤・準夜制で各パート8時間とする
  2. 8時間のうち1時間は休憩時間とする
1週間で組むとどうなるかですが、まずは小児科です。
パート
深夜 A B A B A B A
日勤 B A B A B A B
準夜 A B A B A B A
1週間に21コマあるわけで、2人で回したりしたら8時間おきに勤務が訪れます。つまり10コマから11コマを1週間でこなす必要があり、勤務時間は毎週70時間から77時間になります。労基法の上限は

第三十二条  使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。

これを考慮すると常勤医1人当たりの上限は6コマ、つまり42時間ぐらいが限界になります。厳密には2時間ほど足が出るので常勤医2人で11コマと考えると、残りの10コマは非常勤バイトが必要になります。10コマ分だけの非常勤バイト済むかと言えばこれでも無理で、外来もあるでしょうから日勤は2人欲しいところです。そうなると15コマの非常勤医が必要になるのですが、そんなに集まるのかなぁ??? もう少し真面目に考えると、平日日勤は常勤医2人が居た方が望ましいはずです。そうなると夜間と土日はすべて非常勤医みたいな診療体制になります。

産科はもう少しラク

パート
深夜 A A A A A A A
日勤 B B B B B B B
準夜 C C C C C C C
常勤医だけで回したら1人当たり49時間になりますが、これも労基法を勘案したら21コマのうち17コマぐらいは埋める事が可能になります。日勤2人、深夜・準夜1人体制としても9コマぐらいの非常勤で埋める事が可能と言えば可能です。日勤3人体制にしても16コマぐらいです。ラクといっても2人体制の小児科に較べればのお話です。


3人と2人:違法当直編

この前提として、

  1. 平日1コマ
  2. 土日は日勤と夜勤の2コマ
こうしてみます。当然ですが常勤医は平日日勤はフル勤務です。当直回数は9回になるのですが、宿日直の回数もあり、

許可の対象となる宿直又は日直の勤務回数については、宿直勤務については週1回、日直勤務については月1回を限度とすること。

ここで

  • 宿直とは平日及び土日の夜間を指し計7コマ
  • 日直とは土日の昼まで計2コマ
1ヶ月を2月モデルとして4週間とすると、計33コマになります。2人体制の小児科なら常勤医が埋められるのは宿直が8コマ、日直が2コマになるので、残りの23コマに非常勤バイトが必要になります。3人体制の産科なら宿直が12コマ、日直が3コマなので、18コマの非常勤バイトが必要なります。


ストレートな感想

3交代と違法当直の2つのシミュレーションを考えましたが、そんなに大量の非常勤バイトが調達できるとは思いにくいところです。そりゃヒヨッコでも可能な寝当直とは訳が違うからです。医師なら誰でも思い浮かぶのは非常勤バイトは入っても数コマ程度だろうで、ほとんどは2人と3人で回す体制になるに違いなかろうです。結果は静岡新聞より、

まだ一人も確保できていない。

ちょっと古いお話ですが、尾鷲の産婦人科の常勤ならぬ「常駐」契約を思い出しました。あれも壮絶な勤務体制でしたが、それでも年俸は5500万円支払ってました。そんなには・・・出すはずもないでしょうしねぇ。。。


違う見方

タブ紙より

市によると、14年度は市民が842人を出産した。だが、市内に出産可能な医療機関は2カ所(各常勤医師1人)しかなく、約3分の2の554人は市外で生まれている。こうした事態を踏まえ、市は旧三島社会保険病院を所有していた年金・健康保険福祉施設整理機構(現・地域医療機能推進機構)に周産期センターの開設を働きかけていた。

話の始まりは市内の分娩施設の手薄さだったと見て良いかと思います。そういう状態で起こるのは「市内で産める」政治的公約です。そういう話は三島市の特異例ではなく、全国あちこちであります。産科診療所の誘致に動いたり、市内の医療機関に働きかけたりです。そこでウンと言ったか言わされたか不明ですが、三島病院が手を挙げたぐらいを推測します。ただ病院に産科を作ると言っても三島市にはネックがあったようです。静岡新聞より

三島市を含む駿東田方医療圏域は病床数が基準を超え、増床が難しい状況だったが、同センターの開設に向け12年に特例で新規病床が認められた。将来的には年間400件の分娩を想定している。

病床規制で産科を作るとなると、他の診療科の病床を削減しなければならなかったようで、たぶんそれはそれで困るって状況もまたあったぐらいです。そこで知恵を捻って「特例」で病床を増やしたぐらいで良さそうです。この特例を受けるに当たっての条件がタダの産科ではなく地域周産期センターにする事であったぐらいです。要するに産科だけではなくセミであってもNICU付の新生児科もセットで作る必要が生じたぐらいでしょうか。周産期センターは24床となっており、その内訳はNICU3床となっていますが、新生児科病床は下手するとこれだけかもしれません。残り21床は産科病棟ってスタイルです。そこまで極端でなくても新生児科の病床は10床未満、プラスGCU3床ぐらいの気がします。

私は地域周産期センターに勤務した事はありませんが、似たようなスタイルの病院に勤務した事はあります。そこには手洗いして入るNICU的な部屋があり、NICUの真似事みたいなことをやってました。どれぐらいのレベルかというと、研修1年目に半年ぐらい新生児科を研修し、そこから6年ぶりぐらいに新生児を扱った程度の技量でなんとかなった程度です。当然ですが扱えるレベルは制限されます。古い話なんでうろ覚えですが、極小未熟児(1500g)なんて無理で2000g以上かつ週数も30週以上が条件ぐらいだったと思います。もちろんその条件でも重度の仮死とか重い呼吸障害は無理で、そうですねぇ、目一杯やって1週間ぐらいの呼吸管理ぐらいだったでしょうか。

どれぐらいの戦力だったかというと産科2人、小児科3人です。小児科も別に新生児がメインではなく、メインは普通の二次救急です。新生児は「ついで」と言ったら悪いですが、間違ってもコチコチに入れあげているわけでは無い状態です。NICUといってもセミですから、24時間常駐ってわけではなくオンコール対応です。もちろん産科も同じです。なんとなくですが三島病院が想定している地域周産期センターも「その程度」のものを想定している気がします。オンコール対応でも24時間365日になりますからね。

つまり単純に分娩施設が欲しかっただけのものが、都合で地域周産期センターとして肥大化してしまったぐらいの状況です。看板は肥大化しましたが、内容は当初構想のままなので産科医3人、小児科医2人なんて話が出てきているんじゃないだろうかです。


一つだけ私には判らないところがあって、私の時は産科と小児科があって片手間にNICU的対応をやっていただけですが、地域周産期センターになるとどうなんだろうです。要は施設条件です。調べてもないのですが、あの手の施設には様々な施設条件があって、それにより加算がなされ、今どきの病院経営ならその加算が経営の死命を制したりします。ありがちな条件として常勤人数とか、医師の常在とかです。それを産科医3人、小児科医2人でたとえ「地域」周産期センターであってもクリアしているかどうかです。

それと看板だけ肥大化したんじゃないかと推測していますが、看板の肥大化は後で看板に相応しい業務を迫られる懸念が出て来ます。これまた今どきのことですから、業務レベルがアップしても人は増えないなんてのも十分に想像されます。そんだけ医師が集まらないのですから、なんとなく看板に相応しい業務にしたい姿勢がかなり明瞭なのかもしれません。そりゃ市や県にすれば補助金出して作ったからには「100%の地域周産期センター」にしたい動きが出てきても不思議とは言えません。

どうなるんだろうなぁ、と眺めるばかりです。