結論として「エエ企画」と見ます

某所で話題になっている話を掬い上げる形で紹介しておきます。まず2つの記事を紹介しておきます。一つ目は2/15付共同(日経版)で、

常勤医、一気に30人募集 南相馬の市立病院、人材不足が深刻

 福島第1原発事故で医師不足に陥っている福島県南相馬市が、市立総合病院の常勤医師30人を募集している。市周辺では、仮設住宅で暮らす被災者の健康管理や放射性物質内部被曝(ひばく)検査など、医療面での課題が山積しており、病院は「被災地での経験は必ず将来の糧になる。情熱のある若手医師にぜひ来てほしい」と呼び掛けている。

 病院では、震災前12人いた常勤医師が一時4人にまで減少。現在は10人まで回復したが、外来診療を一部制限するなど正常化していない。内部被曝検査を始めるなど業務量も増大し「5人や10人増えても激務は変わらず、医師が辞めかねない」と一気に30人の募集に踏み切った。

 県によると、南相馬市周辺は人口10万人当たりの医師の数が約110人(2006年)と全国平均のほぼ半数で、もともと医療過疎の地域。事故で、市立総合病院周辺の5病院でも常勤医師の数が48人から29人に減少するなど、地域医療が危機的な状況となっている。

 金沢幸夫院長は「原発被災地という特殊な環境は、若い医師にとってやりがいがあるはずだ」と強調。事故後に赴任した医師には、仮設住宅での診療や内部被曝検査の経験を基に論文を書くなど、自らの研究に生かしている人もいるという。

 県は原発事故で南北の移動が困難になった沿岸部の医療機関の再編案の中で、南相馬市立総合病院を、北部の脳卒中治療の拠点施設などとして整備する方針を打ち出している。

 募集は内科医、外科医、産婦人科医、小児科医など。問い合わせは市立総合病院((電)0244・22・3181)。

もう一つは2/12付東京新聞で、

被災地医療でキャリア積もう 南相馬 若手医師募る

 東日本大震災で深刻な医師不足に陥っている福島県南相馬市の市立総合病院など二病院が、腰を据えて数年間勤務できる若い医師らの全国公募を始めた。募集は計三十二人。名乗りを上げて被災地医療に尽力した医師が、転職で不利にならないよう、全国の有名病院や基礎医学の研究所のトップらが「被災地後の就職」に全面協力する。 (林勝)

 募集するのは、南相馬市の医療の中核を担う市立総合病院が三十人、透析医療などを行う民間の小野田病院が二人。

 面積の半分以上が福島第一原発から三十キロ圏内に含まれる市では、事故直後に市民が一斉に避難。人口は七万人から一時一万人に減り、現在は四万三千人まで戻ったが、多くの医師や看護師らが離職。市内の八病院のうち二病院が閉鎖され、残りの病院も医師不足に苦しむ。

 特に市立病院は二十一人(非常勤含む)だった医師が震災直後、四人に減少。現在、福島県医大の派遣で常勤医は十人となったが、入院診療に十分手が回らず、ベッド数二百三十床の六割しか患者を受け入れられない。

 このため、震災後の南相馬市の医療を支援している民間の亀田総合病院(千葉県鴨川市)が医師の全国公募を提案し、南相馬市桜井勝延市長も賛同。市立病院の金沢幸夫院長(58)は「医療で被災地の復興に直接貢献できる喜びがある。未来の医療を担う優れた人材を育てたい」と意気込む。

 今回は、徹底した患者目線の病院経営で知られる医療法人鉄蕉(てっしょう)会の亀田隆明理事長や、日本を代表するゲノム(全遺伝情報)研究者で東大医科学研究所の中村祐輔教授ら、臨床と研究の第一人者となる医師十三人が協力。現在の職場から被災地に飛び込む医師の最大の悩みともいえる「将来の転職」を支援する。

 亀田総合病院小松秀樹副院長は「(勤務医の人事や育成を担ってきた)医局を離れても、能力次第で立派なキャリア形成ができることを理解してほしい」と訴えている。

 詳しい募集内容は、二病院のホームページに掲載。

放射能被害の影響が強い南相馬市立総合病院のお話であるのはわかります。


南相馬市総合病院のデータ

二つの記事から震災前後の市立総合病院の医師数がわかります。

    震災前:常勤12人、非常勤9人(らしい)
    震災後:常勤10人
ここでもう一つ記事情報を加えます。2/16付読売に、

常勤医と非常勤医の数は2月11日現在で17人になり、震災前の19人に並ぶまでになった。うち常勤医は震災前の14人から一時は4人にまで減ったが、現在は10人になった。

え〜と、読売情報では

    震災前:常勤医14人、非常勤医5人
    震災後:常勤医10人、非常勤医7人
現在の常勤医数は3紙とも10人で一致していますが、震災前は12人説と14人説がある事がわかります。非常勤医も合わせた合計も19人説と21人説もあるようです。同じようなソースからの情報と思うのですが、ちょっとバラツキがあります。

もう少し確実性の高いソースはと探してみたのですが、そのものズバリは残念ながら見つからず、総務省平成21年度病院経営分析比較表(福島県)に医師数11人とあります。3紙の情報と合わせると11人とは常勤医数を示していると考えられます。平成21年度に11人だった常勤医が震災前には12人ないし14人だったと考えるぐらいしか、ここは仕方ありません。


ここでなんですが、市立総合病院の配置基準医師数はそもそも何人かです。ここも断っておきますが、配置基準数とは足りているから十分と言う数字でなく、この数字の人数がいないと診療報酬が大幅に削減されると言うものです。これは計算式がありまして、

    療養病床及び精神病床の入院患者数 / 3 + 療養病床及び精神病床以外の入院患者数 + 外来患者数 / 2.5 = A
まずこれがあった上で、

  1. Aが52までは医師3人
  2. Aが52を超える場合には


      A-52 / 16 + 3

ここで市立総合病院のデータを総務省平成21年度病院経営分析比較表(福島県)で確認すると、

  1. 病床数は一般病床のみ230床
  2. 1日平均入院患者数175人
  3. 1日平均外来患者数357人
配置医師数のAを計算すると317.8になります。そうなると19.6人になります。このばあい小数点が繰り上がるのか、切り捨てられるのか、四捨五入なのか良くわかりませんが、ここは20人と考えます。

配置基準の必要数が20人だとしたらチョット疑問が出てきます。参考にした21年度データでも常勤医師数は11人です。震災前の最大数である読売説でも14人です。震災前の市立総合病院の入院数も読売にはあり、

入院患者は震災前の180人に比べて120人程度になっており

平成21年時点と大差がない事が窺えます。配置基準の医師数って、非常勤医師も1人単位で数えるでしたっけ? 確認したくとも見つけられませんでした。医師数が配置基準を満たさない時の特例措置もありますが、それでも90%までの緩和となっており、市立総合病院の場合なら18人は必要です。やはり非常勤医師も1人としてカウントするのかなぁ?

それと今となってはあんまり意味が無いのですが、

年度 H.19 H.20 H.21
病床利用率(%) 86.7 79.5 75.9
1日平均在院患者数(人) 200 183 175
平均在院日数(日) 20.0 18.4 19.2
1日平均外来患者数(人) 432 378 357


震災前はこんな感じだったぐらいで参考にしてください。


30人募集

どうも現在10人までに減った総合病院の医師数を増加させるプランが打ち出されているようです。もしプラン通りに医師が集まれば40人になります。ここも読売記事によると、

市立総合病院などによると、1月16日に、県立医科大から消化器内科、整形外科の常勤医2人と、循環器科の非常勤医1人が派遣され、4月からは脳神経外科と麻酔科の医師1人ずつを派遣する方向で調整中だ。

現時点で10人になったのは1/16に福島県医大から常勤医2人が増派されためであり、4月にさらに2人が派遣される予定となっています。そうなると全部で42人になる可能性があると言う事です。これだけ集める理由として共同通信は、

    内部被曝検査を始めるなど業務量も増大し「5人や10人増えても激務は変わらず、医師が辞めかねない」と一気に30人の募集に踏み切った。
医師が増やす事は勤務医の負担軽減に直結しますから、これについては異論はありません。待遇も悪くなさそうで、募集HPの医師募集内容詳細には、

南相馬市職員の給与に関する条例等により、医師免許取得後の経験年数に基づき処遇

こうはなっていますが、平成21年度の病院経営分析比較表で医師11人(つまり常勤医)の平均月給は、

1,941,690円

全国平均が1,355,460円ですから良いんじゃないでしょうか。この辺は僻地相場と言うか福島相場がどうかの問題もあり、格段に良いかどうかは何とも言えませんが、悪くはないぐらいはさせて頂いても良いかと思います。


それと42人がどの程度の人数かですが、何回か話題に取り上げた日大光が丘病院がちょっと参考になります。光が丘病院は342床ですが、

  1. 病床利用率:90%
  2. 1日外来数:800人
この試算で41〜42人が配置基準で必要の議会答弁が行われています。光が丘病院は市立総合病院の1.5倍の病床がありますから、120人とも言われる現在の光が丘病院よりは手薄ですが、かなり充実した医師数になるのではないかと考えられます。


ちょっと舞台裏

この30人募集の企画の計画者は東京新聞によると

錚々たるメンバーではあるのですが、東京新聞に挙がった名前を見てピンと来られた方はおられると思います。今日はこれをMRIC人脈としてみたいと思います。MRIC人脈が計画に主体的な役割を果たしているとすれば、微妙な色彩を帯びてきます。MRIC人脈が背景にあるとすれば、良い方に考えれば30人募集の実現性が高まります。これも東京新聞からですが、
    名乗りを上げて被災地医療に尽力した医師が、転職で不利にならないよう、全国の有名病院や基礎医学の研究所のトップらが「被災地後の就職」に全面協力する。
これも医師ならすぐピンと来るお話で、市立総合病院でのお勤め後に、御褒美が期待できると言う事です。言ったら悪いですが市立総合病院に貼り付けられて終る懸念が少なくなります。いや悪いとは言いません。それぐらいでないと、なんのかんのと言っても30人なんて規模の人数が集められるとは到底思えません。人事上のバーターで僻地に医師を供給する手法は医療界でも常套手段です。


では悪い方です。MRIC人脈と福島県医大の関係です。これは震災以後、MRIC人脈は福島県医大に相当な批判を浴びせています。かなり執拗だったのを覚えておられる方も少なくないと思います。いかに非常事態とは言え、すんなり福島県医大と協力関係が築けるかです。散々批判を繰り返しているMRIC人脈が鳴り物入りで市立総合病院に肩入れしたら、福島県医大がどう対応するかです。これも東京新聞からですが、

    医師が震災直後、四人に減少。現在、福島県医大の派遣で常勤医は十人となったが
少なくとも現在10人の医師の内6人が福島県医大からの派遣です。14月に12人になったら8人です。残りの4人は不明ですが、少なくとも8人の帰趨が微妙になります。ごく簡単には引き上げると言う選択枝が出てきます。引き上げる大義名分も十分にあり東京新聞から、
    市内の八病院のうち二病院が閉鎖され、残りの病院も医師不足に苦しむ
市立総合病院にMRIC人脈の30人が来たら、他の医師不足の病院に派遣するのは何の問題も無い対応になります。ここも仮定ですが、MRIC人脈の30人と入れ替わりに現在の10人なり12人がいなくなっても、上述した通りに市立総合病院の医療戦力的には拡充される事になります。少なくとも震災前の戦力の2倍に出来るわけです。そうなった時に問題は継続性になります。


もうちょっと舞台裏

冒頭に2つの記事を引用していますが、読み比べてもらうとかなり趣旨が違う事に気付いてもらえるかと思います。一番の違いは、

    共同記事:市立総合病院に定着してくれる医師の募集
    東京記事:市立総合病院を一時的に応援してくれる医師の募集
これをどう取るかですが、東京記事が本音、共同記事が建前と読める気がします。もう一つは日付で東京が2/13付であり共同が2/15で、さらに共同記事が日経に掲載されている点も注意すべきだの意見もあります。何がこの裏にあるかになりますが、2/10に復興庁が出来た関連性です。復興庁は1兆8000億円の復興交付金を握っているとされています。

復興庁と言っても実体は各省庁の出向の寄せ集めの小世帯です。それでも予算を握れば権力が生じるのは行政の常です。新設の官庁はとりあえずの派手なお手柄を欲しがるものです。いわゆる存在感の誇示で、かつて消費者庁が出来た時にコンニャクゼリーに異様な熱意をもって血道を上げた事を思い出せば十分かと思います。

つまり復興庁も発足早々の花火が欲しいです。予算は握っているので問題はどこに効果的に打ち上げるかです。これは実効性も求められますが、世論へのアピール、あからさまに言えばマスコミが取り上げてくれそうな美談ネタがもっとも好ましいになります。

復興地域でもっともマスコミが一番飛びつきそうなのは福島です。それも放射能問題の影響が大きいところの方が効果的です。そういうところであればマスコミが飛びついて記事にしてくれます。さらにオマケがあればより効果的です。そういう点で見れば市立総合病院は格好です。オマケとしてマスコミ・アピールに好ましいMRIC人脈があります。

どこかでMRIC人脈と復興庁がつながっていると見ても良さそうです。そうでもなければ財政が苦しい南相馬市が過剰な医師を抱えるなんて事は不可能です。財源の裏付けが出来たからこその企画と考えるのが妥当です。そう見ると共同記事にある、

    「5人や10人増えても激務は変わらず、医師が辞めかねない」と一気に30人の募集に踏み切った。
ここが味わい深くなります。「5人や10人」はもともとの南相馬市の計画と言うか目標であったと見る事が出来ます。現在10人の常勤医を震災前のレベルになんとか戻そうです。これは財政が苦しくとも南相馬市としてやらなければならない事です。これが30人に増えたのは、30人が無理なく雇える財政的裏づけの理由が出来たです。


さて二つの記事の意味づけですが、共同記事は復興庁の公式見解と見ます。ほいじゃ、東京記事はどうなるかですが、これはMRIC人脈のアピールです。この企画の背景にMRIC人脈がある事をアピールする事が必要だからです。

どういう事かと言えば、MRIC人脈の主宰者はオピニオンリーダーとしては名を売られています。ただ主宰者はさらなるリーダーの地位を求めておられると聞いています。さらなる地位を得るには意見だけではなく、実行の実績が欲しいところです。口だけではなく実行力もあるとの証です。今回の企画はそれを満天下に示すのに絶好のチャンスと言うわけです。


それでもエエ企画

舞台裏がどうであれ、南相馬市には選択の余地はないと思います。正直なところ南相馬市が無理算段して独力で30人企画を立てたところで「5人や10人」すら難問であるのは現実です。この復興庁の企画に乗れば、面子にかけて集めてくれるのはMRIC人脈になります。MRIC人脈は面子をかける必然性も必要性もメリットもあるからです。

さらに予算的な負担が激減します。これは30人の人件費だけでなく、積極的に協力することにより他の分野の復興交付金の配分でもメリットを期待できます。逆に蹴ればどんな仕打ちが待ち受けているか判ったものではありません。

それに医療として考えても、集まってくる医師たちは舞台裏とは関係ありません。むしろ市立総合病院でのお務めを前向きに勤め上げる事により、次のバーター異動に強く反映される期待が持てます。前向きの医師が多数集まる効果は軽視できません。こうやって人為的でも盛り上がると、その後も盛り上がった効果が持続してくれるかもしれないからです。もちろん残る医師も出てくるはずです。

MRIC人脈については少々批判的な意見を書いてきましたが、医療に関しては懸命にテコ入れしてくれると思います。そりゃ30人企画の実現だけではなく、集めただけで頓挫したら、別の狙いであるMRICの実行力のアピールにデメリットになります。市立総合病院医療を軌道に乗らせるのも重要な実績のポイントだからです。もう少しえばMRIC人脈と言えども必ずしも一枚岩とも思えないですから、打算無しの本気のメンバーもきっといるはずです。


あえて懸念する声もあります。長期的に見てどうかです。復興交付金も永遠に続くわけでもなし、MRICの支援だって「金の切れ目が縁の切れ目」との指摘です。またそうなった時にMRIC支援により県立医大との間に生じた間隙をどうするんだです。ここも長期を見据えるほど南相馬市には余裕はないと思います。とにかく短期、それこそ今をどうするかが最大の課題としておかしくありません。

  • 県によると、原発に近い沿岸部の相双地域では震災前の120人から61人に半減。(2/16付福島民報
  • 事故で、市立総合病院周辺の5病院でも常勤医師の数が48人から29人に減少(共同)
これは勤務医の数ですが、まさに眼前の危機と言えるからです。長期的なんて悠長な事は言っておれず、ワラでもなんでも縋りたいと思われます。それと現在の医療界で10年先を考える事自体が無駄の意見もあります。その時に医療界がどうなっているかなんて誰にも予想が付きません。現在の目に見える支援を受け入れて、10年先は10年先に考えれば良いと言う判断は確実にあると思います。その時には責任者も、担当者も変わっていますしね。

色々考えられるにしろ結論として「エエ企画」じゃないかと思います。世の中綺麗事だけで動くものではありませんし、なんであれ明確な目的意識と成果目標がある方が効果的じゃないかと考えます。