「総合診療医 = 在宅医」路線の信憑性を考える

在宅医はどこから調達するか

現在の厚労省の政策は在宅医療・在宅死亡推進路線です。これはキッチリ堅持されています。この在宅需要ですが、20年も経たずして在宅死亡数だけで4〜5倍に膨れ上がります。この数値については確実な裏を取っていませんが、厚労省の高級官僚はそう予測しています。そういう政策であれば厚労省として重要なポイントは在宅医療需要増大に対応できる在宅医療戦力を準備しないといけません。

現在は主に内科系開業医がこれを担っています。ではでは在宅戦力として内科系開業医の拡大を目指すかですが、これはこれで困る面があります。開業するのは病院の中堅以上の戦力層であり、ここが在宅医療のためにバカバカ抜けられたら病院の医師不足の問題が解消するのが難しくなります。病院の医師数・戦力を充実させるのも厚労省の政策でもあるからです。(集約化との兼ね合いは今日は置いておきます)

在宅医療を推進する問題点として、

  1. 増大する在宅需要のための戦力拡大が必要
  2. 在宅戦力は拡大するが病院戦力も落としたくない
この2つは限られた数の医師しかいませんからある程度矛盾します。矛盾させないためには、中堅層の開業を抑制しながら、他のところから在宅戦力を捻り出す工夫が求められます。開業の抑制は診療所報酬を抑制して、新規開業の損益分岐点を高める政策が続けられています。これはこれで嫌でも効果的なものになります。

ほいじゃどこから在宅戦力をひねり出すかとなると、新卒の医師になると考えるのが妥当です。既に定員増で新卒の頭数は増えるのは確実です。これを促成栽培して在宅戦力に投入すれば、中堅層を減らさずに、若い、体力のある在宅医の早期投入が可能になります。ただ若いだけに新規開業の資金力はないでしょうし、若手促成栽培医師だけ開業を許可するのも難しい手法にはなります。

そうなれば病院附属の在宅医ステーションみたいなところに若手促成栽培医師を「効率よく」配置していくのが課題になるかと思われます。そうですねぇ、在宅医療拠点病院整備事業みたいなスタイルでしょうか。ただ「そうしたら」の話も長くなるのでこれも置いときます。


推測が難しいのですが、現在の内科系の診療所の医師数が4万人弱です。このうち在宅を主にしている医師が実数換算で5000人程度とすると、在宅死100万人時代には2万人程度は必要になるかと考えます。現在のところ2018年から在宅医(総合診療医)を投入予定となっていますから、10年ほどで純在宅医を1万5千人ほど投入する必要があります。年間にすると1500人程度です。

とりあえずの目標を2030年と考えると12年間で年間1000人なら1万2千人、年間1500人なら1万8000人です。実際に何人なら充足するかの試算が今日は出来ないのですが、それでも年間1000人は最低必要なような気はします。不思議な符合になりますが、年間1000人と言えば、医学部定員増加分とほぼ同じのような気がします。

この概算は私が小児科医のためそうとう荒っぽいですが、年間に1000人以上を効率よく在宅医として現場投入していかないと、施設医療は無理、在宅医療も無理みたいな状況が出現する可能性が出てきます。いくら医療費削減が大義とは言え、そういう状況の出現は厚労省としても回避したいはずです。この点を考えると「総合診療医 = 在宅医」路線は必要性から信憑性が十分にあります。


総合医団体の動き

もうちょっと傍証を示したいと思います。いわゆる総合医関連の団体は大別して2つの流れがあるそうです。

    家庭総合医系・・・日本プライマリ・ケア連合学会(日本プライマリ・ケア学会、日本家庭医療学会、日本総合診療医学会の連合)
    病院総合医系・・・日本病院総合診療医学会
どう違うかですが、病院総合医は複数の診療科をこなせるような病院医(Hospitalist)を指すようです。これの具体的なニーズとしては、とくに地方の中小病院で細分された診療科では現実的に医師もそろえられず(必ずしも医師不足のためではなく、病床に対する医師の数の問題も含まれる)、無理にそろえようとすれば非効率の部分が大きいとの意見がありました。もっと単純化すれば病院で活躍する総合医です。

一方で家庭総合医は病院でなく診療所が主な居場所みたいな感じにはなるのですが、家庭医総合医系は厚労省の意向に応える様な形で3団体が連合しています。なんのために野合じゃなかった連合を行ったかと言うと、厚労省から認定医・専門医の資格を受けるためであったの記事が去年の6月に出ています。

この時のm3comの記事の中で

日本内科学会の「総合内科専門医」、日本小児科学会の「小児科専門医」との違いの明確化

こういう条件を厚労省が日本プライマリ・ケア連合学会に出しています。なかなか難しそうな注文ですが、どうも注文内容は既に厚労省サイドで決めていた様に考えられます。先日御紹介した1/10付日経新聞にある、

在宅医療の将来の担い手として、総合診療医を位置付けたい考えがある。

家庭総合医系学会と病院総合医系学会の仲はあまりよろしくないそうです。家庭医系が連合学会を組んだ時に袂を分かったぐらいの関係です。仲の悪さを示す傍証もあるのですがこれは省略して、ある種のライバル関係になっているようです。家庭医系は厚労省からお呼びがかかって総合医系を出し抜けると考えていたら、厚労省から突きつけられた注文が、

    家庭医 = 在宅医 = 総合診療医
こうなったと私は見ます。厚労省が在宅医を大量に欲しがる理由は上記した通りで、なおかつ既製の内科系開業医の取り込みに不熱心なのもある程度説明可能になります。ここまでの意図が厚労省にあれば、家庭医系団体は飲まざるを得なくなるんじゃないかと思います。断れば、厚労省主導の家庭医専門医を日本プライマリ・ケア連合学会以外に作る可能性も十分にあります。


厚労省がすぐに欲しいのは在宅科

どうもなんですが、厚労省の在宅推進に伴って「在宅科」を新たな診療科として創設したいと構想している気がします。それも効率性と言うか、必要医師数を抑えるために開業して外来をやりながら在宅医療を行なうのではなく、在宅医療に特化した医師の養成です。在宅医療のネックの一つに効率性の悪さがあります。そりゃ患家と患家の移動時間がどうやっても必要ですから、単位時間当たりの診察数はどうしたって限られます。

これを外来もやりながらでは時間がどうしても限定されます。そこで外来時間を取り払って、往診に専念してもらえば、効率の悪さを時間でカバーできる計算のようにも思えます。在宅に専念したら医師1人で何人まで在宅患者を抱えられるかは私にはわかりませんが、外来をやりながらよりは増えるでしょうし、投入戦力は若手中心なので無理も利くであろうは期待されているように思います。

総合医のもう一つの路線である病院総合医ですが、現場の実感的な声として大病院ではなかなか居場所の確保が難しいのが現実です。上記したように中小病院ではニーズの声もあるのですが、中小病院は集約化の大方針があり、病院総合医を量産する事は集約化に逆行する可能性が出てきます。後述しますが、総合医のもう一つの役割としてあるゲートキーパーは在宅医の発展系で行っていくが基本方針にも見えます。


在宅科の研修内容を考える

現在の漏れ聞く構想では2年の前期研修と3年の後期研修で現場に投入されるとなっています。現在の研修制度は前期はある程度まで統一研修です。最近はチョイスも出きる部分もあるそうですが、あくまでも基本研修の位置になります。そうなると在宅医としての実戦研修は後期3年間になります。これも将来的には前後期一貫在宅医研修に変わる可能性もありますが、とりあえず実戦研修は3年間と考えます。

3年は長そうですが、医師から言わせれば実戦技術を習得するには非常に短い期間です。在宅医として実戦の場に必要な技術を厳選して教えないと、到底時間は足りません。この在宅医に求められる技量ですが、目標として可能な限り在宅医療は在宅医で終らせるになると考えます。他の複数の診療科にまたがる状態は医療費の観点から好ましくないと考えているはずです。

そうなると内科全般は基本として、一部のマイナー科、そうですねぇ、眼科、耳鼻咽喉科、皮膚科の領域ぐらいはそこそこカバーしておく必要はあるでしょうし、泌尿器科や婦人科領域もそれなりに習得しておく必要もありそうです。整形外科的な知識もかなり必要でしょう。ただ在宅と言う特性から、外科的と言うか手術に関しては求められないと見ます。小児科は不要でしょうねぇ。

ごく大雑把には手術が必要なもの以外は1人でカバーするのが在宅医像ではないかと推測します。ここに書いている領域に絞っても3年間で実戦に役に立つまでの技術を習得するのは容易ではありません。実は書きながら本音で「大変そうだ!」と感じています。


それとなんですがこれまで総合医の能力として喧伝されていた診断学はさほど高いものは要求されないと考えます。理由は単純で、在宅医療の対象患者は「施設 → 在宅」コースが殆んどになると見ます。在宅医療になった時点で診断も基本的な治療方針もあると考えるのが妥当で、これを受け継いでの維持管理が主業務になると推測します。

診断学より強く求められるのは在宅医療から在宅死亡に進ませる手腕のようにも思います。これは実務的にはなかなかのスキルが必要です。実戦投入までの期間の短さから考えると、具体的なスキルを研修期間中に身につけるというより、診療報酬による誘導政策による「そうしないと食っていけない」のモチベーションを高める方針になるんじゃないかと見ています。


在宅科の将来

さて在宅科(総合診療科)ですが、厚労省の構想通りに進めばやがて大勢力になります。年間1000人単位の養成が20年続けば2万人です、もっと増える可能性も十分にあります。ここは大雑把に将来的には数万人単位の勢力になりうるぐらいの理解でも宜しいかと思います。この在宅医ですが、あくまでも予測ですがその経緯からし厚労省の強いコントロール下に置かれる可能性は十分ありうると考えます。いわゆる官製医局構想の中核戦力になりうる可能性はあります。

これはちょっと遠大な計画になりますが、日本の死亡人口も団塊の世代が一段落するとまた減少します。死亡人口が減少に転じると在宅医療への需要も比例して減る事になります。そういう時代が来てもこれから在宅医になる医師たちはまだまだ現役です。余力の生じた在宅医はあぶれていく予想もありますが、官製医局でコントロールできる戦力の再活用も構想にあってもおかしくありません。

これはJSJ様のコメントですが、

はい、厚労省肝煎りで創設する内科専門医とか眼科専門医とかと同格の総合診療専門医が在宅医というのは、素直に信じ難いです。ウラがある、としか思えません。
素朴な想像としては、在宅医として利益誘導しておいて、数が十分増えたところで、フリーアクセス制限と併せてゲートキーパーに据えるのかな、とは思います。

もしそうなら、最終目標には問題ないと思います。

読めばお判りの通り、今日のエントリーのモチーフはJSJ様のコメントです。ただJSJ様のコメントの後半はかなりの辛口で、

しかし、その途中経過たる在宅医療の推進と国民医療費の削減は、先日からの議論を振り返っても かなり危険な合わせ技だと思います。
医療・福祉を再構築する前に徹底的に破壊しておく腹でしょうか。
国民がそれを望むのであれば、私は構いません。粛々と仕事をこなしてゆきます。
ただし、後になって「医者は情報を何も発信しなかった」とは言わせません。

ここの解釈ですが在宅構想の基本は医療費が、

    施設医療 > 在宅医療
果たしてそうだろうかの疑問が医療関係者にあります。医療界以外では施設にまとめてお世話するのと、在宅に出向いてお世話するのであれば効率性でも費用の点でも、施設の方が通常は安価になるはずです。数が増えるとなおさらです。さらに在宅死100万人時代になれば、これはお弟子様からですが、

(患者自身というより)患者家族にとっての在宅のメリットが乏しすぎる。

この声が介護する家族に大きくなった時に、どうなるのだろうの懸念はさせて頂いても宜しいかと思います。想起するならば「医師は足りている」から「医師は不足している」に方針が変わった時の状況です。どうなる事やらミカンやら・・・。