新春1200億円話

とりあえず1/4付読売新聞より、

産科・小児科医の当直増 12年度報酬改定 効果薄く

 産科医、小児科医などの1か月の平均当直回数が増加していることが、厚生労働省の調査で分かった。医師全体ではほぼ横ばいだった。政府は2012年度の診療報酬改定の際、勤務医の負担軽減策に1200億円を充てたが、十分に効果が出ているとは言えない状況であることを受け、2月までに新たな改善策を検討する考えだ。

 厚労省は12年度改定の結果を検証するため、13年8〜10月、全国の病院1500か所を対象に調査した。このうち、456施設が回答した。

 11年に行った前回調査と比べると、常勤医1人あたりの月平均当直回数は、対象となった9診療科のうち、産婦人科・産科で3・10回(前回2・98回)、小児科で3・03回(同2・98回)など6診療科で増えた。救急科は4・08回(同4・43回)に減少したが、最も多かった。9科全体では、1・91回(同1・92回)だった。2日連続で当直に入った月平均回数は、産婦人科・産科で0・44回と最も多く、前回の0・34回を上回った。

 一方、医師の基本給については、「変わらない」とした病院が69・5%に上り、「増額した」の22・8%を大きく上回った。当直などの手当の額も変わらない病院は80・9%を占めた。

予めお断りしておきますが、この主張は、

  1. 厚労省がそう言った
  2. 厚労省の説明を読売記者が雑に脳内置換した
どちらも可能性があります。どちらかであるかは判断は不明ですが、元の「厚生労働省の調査」も確認できていませんし、記者会見があったのなら厚労官僚が何をどう説明したかはブラックボックスですから、この記事情報だけで少し考えてみます。


厚労省の勤務医の負担軽減策

平成24年度診療報酬改定の概要と言うのがあるのですが、そこから抜粋してみます。



この中で注目してほしいのは当直に関する具体的記述です。私が読む限り最初の「病院勤務医の負担軽減及び処遇の改善に資する体制を要件とする項目を今般新たに評価する項目に拡大し、病院勤務医の負担軽減及び処遇改善を推進する。」のなかの「選択項目」に、
    予定手術前の当直に対する配慮
これしかございません。これも必須項目ではなく選択項目ですから、「必ずしもやる必要はない」ものになります。もう少し具体的な内容を確認したいのですが、2012.1.27付CB記事に

 これら14項目の点数を算定するには、勤務医の負担軽減や処遇改善のための体制に関する計画を策定して実行に移した上で、各項目の要件を満たすことが必要。計画に必ず盛り込まなければならないのは、▽全項目で、医師と関係職種、事務職員らの役割分担▽新規6項目では、外来縮小の取り組み▽ハイリスク分娩管理加算、小児特定集中治療室管理料など5項目では、交代勤務制の導入に向けた状況の定期的な報告―などで、200床未満の中小病院も含めた全病院に体制づくりが求められる。

 また、各病院が選択して記載するのは、▽医師事務作業補助者(医療クラーク)の配置▽短時間正規雇用医師の活用▽地域のほかの医療機関との連携体制―など。12年度にはこれに、予定手術前の医師の当直を避ける取り組みを新たに加える。

CB記事のさらなるソースは中医協資料となっていますが、従来の加算必須用件は、

    医師と関係職種、事務職員らの役割分担
なかなか抽象的な表現です。でもって前回改定で増えた加算(新規6項目)の必須要件はこれに加えて、
  • 外来縮小の取り組み
  • ハイリスク分娩管理加算、小児特定集中治療室管理料など5項目では、交代勤務制の導入に向けた状況の定期的な報告

「など」がよ〜わからんですが、標榜外来時間の短縮と交代勤務制導入検討の「報告」だけで良いそうです。それに選択的に「取り組むべき」としているのが、
  • 医師事務作業補助者(医療クラーク)の配置
  • 短時間正規雇用医師の活用
  • 地域のほかの医療機関との連携体制

短時間正規雇用医師と非常勤医師の違いがよく判らないのですが、これ以外に当直明けの医師の手術に対しての配慮が含まれているのはわかります。厚労省が思い描いていた勤務医の負担軽減政策のモデル例もありますが、つらつら拾ってみると、
  • 外来を2時間短縮した(週の延べ時間から?)
  • 産婦人科と救急科の当直回数が他の診療科より多いので是正する(まさか他を増やしてはないと思いますが・・・)
私が読む限り具体的に目に見えるものとしては医療クラークの設置ぐらいの気がします。この辺を補足する資料として厚労省病院勤務医負担軽減策(参考資料)があります。1ページだけ引用すると、



他のページも読んでいただけると助かるのですが、勤務医の負担として厚労省が注目しているのは文書作成の負担であり、そのための具体策として医療クラークの導入が力点であるのが判っていただけるかと思います。できるはずもない交代勤務医制導入は書いてあっても、そんなものが右から左に、それもたったの1200億円で実現するとは、いくら厚労省でも思っていないぐらいのところです。


記事のおかしさ

読売記事の面白味は、記事の大部分を割いて

    勤務医の当直回数
これを力説されています。平たく言えば、
    1200億円も投入したのに勤務医の当直回数が減っていないのは摩訶不思議な現象である!
なぜにそんな理屈が導き出されるかが私にとっては摩訶不思議です。簡単な例を出しておきます。話を単純化しますが、ある病院に10人の医師がおり、毎日2人の当直者が必要だったとします。そうなると1か月(30日)で延べ60人が必要です。そうなると月に6回の当直が自動的に回ってきます。そこに100万円もらおうが、1億円もらおうが、10億円もらおうがその回数は変わりません。当直回数は医師人数に律せられるわけであり、いくら金を積まれても代わりはいないと言うことです。それでもカネがあれば非常勤を増やすという手法があるとの反論も来そうですが、非常勤医とて勤務医であり、その病院の勤務医の当直回数は軽減されても、勤務医全体では同じと言うことになります。もう少しわかりやすく書くと、
    勤務医の当直回数 = 日本の病院の総当直回数 / 日本の総勤務医数
この図式の中で当直回数が減るためには、
  1. 分子の総当直回数が減る
  2. 分母の勤務医数が増える
  3. 勤務医数のうち実際に当直を行う医師が増える
このうち当直回数の減少は日本の歪な医療体制で言えば、平日夜間及び休日医療体制の弱体化と完全にイコールになります。これは24時間365日救急体制を推進する厚労省にとっては絶対に行わない事です。むしろ「より充実(= 回数増やせ)」の方向でさえあると言えます。では勤務医数が2年程度で急増するかと言えばこれまた「ありえない」であり、1200億円が投入されたからと言って、今まで当直勤務を行っていなかった医師が「やりたい、やりたい」と増える事も「ありえない」です。ここも補足しておけば、1200億円で当直料が仮に改善したとして、当直を小遣い稼ぎで回数を増やしたい医師が増えても意味はありません。回数を指標とし、「平均」を指標にする限り偏在が起こるだけのお話です。


1200億円の効果

1200億円は巨額ですが、これが仮にすべて当直料に投入されたとしてどれほどの当直料アップにつながるかです。勤務医に対する時間外・休日・深夜割増賃金の推計と言う江原朗先生の寄稿(つうか調査)がありますが、概算するとまともにやれば1兆5000億円ぐらいと推計されています。「まとも」とは当直勤務ではなく正規の時間外勤務として支払った場合です。江原先生は時間外割増率を1.36倍としていますが、当直料は正規勤務の時給のおおよそ1/3です。そうなると現在は3700億円ぐらいで済ませている事になります。

仮に1200億円がすべて当直料に投入されたらどれほどの効果があったかです。つか1200億円がどの期間の予算であったかです。これについてあれこれググってみたのですが、どうにもはっきりしたところを見つけられませんでした。診療報酬改定は2年おきに行われますが、この手の対策費を言うときには少しでも予算規模を大きく見せるために、2年間の総額を言うことが多いと見ています。そうなると年間1200億円ではなく、2年間で1200億円、単年では600億円の可能性も十分にあると考えています。

ここで単年で600億円なら当直料は16%アップ程度になります。16%と言ってもあくまでも全体の平均であって、ムラはテンコモリで、勤務病院の経営状態で大きく左右されるのが言うまでもないことです。上述した通り、1200億円は当直料アップだけの財源とは一言も書いていないからです。1200億円の内訳はこれも上述した通り3つの部分に分かれます。

  1. 新たな施設加算
  2. 医療クラーク配置予算
  3. 看護補助職配置予算
これに投入される診療報酬全体が1200億円と解釈するのが妥当です。でもってこの3つは予算と言うか事業的に独立しています。医療クラークについては前に実情を試算しましたが、診療報酬だけでは医療クラークの人件費を到底賄うことはできません。やれば必ず病院からの持ち出しが発生します。あくまでも当直料に対する1200億円の見方としてですが、医療クラークに対しの診療報酬分は当直料には絶対回らないだけでなく、医療クラーク事業維持のために病院は費用負担が必要になり、その負担分の何某かは回りまわって当直料からもマイナスになっているとするのが妥当です。

看護補助職については試算はやった事がありません。看護職関係は例の打ち出の小槌の7:1体制みたいな事があるので油断できませんが、7:1体制の時のような狂騒曲が起こらなかった点を考えると、よくてトントン、下手すると医療クラーク同様に病院負担が発生するものと考えて良いかと思います。つまり医療クラークや看護補助職への分は当直料とはそもそも無縁の予算になります。ほいでは実際はいくらなんだろうです。これも殆ど判りませんでした。ただわかりやすいお話はできます。


経営的観点

医療クラークの導入は厚労省が力こぶを入れてますから、出費であっても受け入れざるを得ないだろうです。看護補助職も看護協会の意向が入っているでしょうから無碍にもできません。どちらを導入しても事業としては赤字部門です。そうなると施設加算の収入でこれをペイする必要があります。施設加算を受け入れる経営判断は、その加算により病院収入が増える(この場合は収益になる)事が前提条件です。受け入れたら赤字を垂れ流すような施設加算なら受け入れない自由ぐらいは病院にあります。

とは言え、施設加算の認可要件として勤務医の負担軽減策は出ています。そうなると何を考えるかと言うと、どれだけ少ない出費で加算条件を満たせるかの検討です。えらい因業な話ですが、気前よく大盤振舞いなんてやっているようでは、経営者としては失格です。事務長クラスの横の連絡網はなかなかのものがありますから、どれだけの条件を満たせば施設加算が取れるかの情報は駆け巡っていたはずです。必須項目の実際のカネの最低限のかけ方、また選択項目の中で安上がりのものを取捨選択し、算盤勘定がプラスになる事を確認するのは当然です。算盤勘定として医療クラークと看護補助職の出費をペイするのも当然含まれます。そうでなきゃ、誰も手を挙げたりしません。経営とはそんなものです。

勤務医の負担軽減策と言っても、それに対する予算で病院が黒字を生むようなものでない限り、洟も引っかけられません。赤字を承知で優遇策を行い、そのために赤字が増えたり、ましてや倒産などしようものなら放漫経営の誹りを受けるだけと言うことです。まあ、医療クラーク(と看護補助職)を導入する分の赤字を施設加算で帳消しにし、そのうえで病院にもメリットがたんまり生まれるぐらいの設定だったぐらいじゃないかと想像しています。


いくらなら効果があったのか

話を当直の負担軽減に絞らせて頂きますが、まずは当直回数に関してはすぐにはどうしようもありません。それこそ医療体制の根本をたった2年間で根こそぎ変えるぐらいの施策が必要であり、そんな事を期待するのは現実的に無理です。そうなると可能性がまだしもあるのは当直料の改善です。「当直 = 夜勤・休日勤務」が実態になっているのは説明の必要もないと存じます。ですから当直料を通常勤務並に引き上げるぐらいが現実的には、まだしも可能性があるぐらいと考えます。

江原先生の試算では「まとも」に当直勤務を通常勤務(時間外加算を含む)に置き換えると1兆5000億円ぐらいになるとしています。でもって現在支払われているのが3700億円。もう少しあったとしても4000億円ぐらいでしょうか。そうなると足らない分は年間で1兆円ぐらいになります。これを2年で考えると2兆円です。この2兆円は、もし全国の勤務医が労働訴訟を起こせば高確率で手に出来るものであるのは、奈良産科医時間外訴訟が示しています。1200億円ではだいぶ足りないです。2兆円は当直料を通常勤務に置き換えるだけの意味だけではありません。少なくともこれぐらいは予算を投入しないと交代勤務制は永遠に絵に描いた餅でもあると言うことです。


なんとなくの感想

前回の診療報酬改定で唱えられた勤務医の負担軽減ですが、勤務医最大の負担であるとも言える当直には手を付けなかったで良いと思っています。その代わりに医療クラークの導入を促進し、それでお茶を濁したのだろうです。医療クラーク導入には意味はありますから、その点は評価できるのはもちろんですが、実質的にはそれだけであったです。ほいじゃ、あれだけ勤務医の負担軽減をアピールしたのはなぜかですが、財務省との折衝の材料だった気がします。前回の診療報酬改定は大雑把に言って病院優遇です。そのために公立病院でも経営改善が行われたところが多かったはずです。

施策としての基本は間違っていないと思っています。長らく続いた医療費抑制政策により、多くの医療機関の経営体力は弱っています。経営体力が弱っている医療機関に勤務医の待遇改善など行う余力はありません。それよりも病院を潰さないようにする近視眼的な経営判断が優先されます。貧すれば鈍すなんですが、経営者とはそんなものです。これは病院が特殊なのではなく、一般的な企業でも同様になるとも存じます。もう少し言えば、現在の政府の経済政策がそうなっています。企業を絞り上げながら、従業員は優遇せよの政策を取ろうとした前政権が破綻したのも見ています。

ただなんですが、今回の診療報酬改定は再び医療費抑制路線に回帰していると見てよさそうです。政策的に病院の淘汰整理の促進も含まれていると思うのですが、とくに中小病院には逆風が吹いていると思っています。そう決まったものは、決まったで末端の医師にはどうしようもないお話になります。末端の医師としては新たな判断が求められているのかもしれません。大した判断ではありませんが、就職先病院の選別です。経営が思わしくない病院、または経営悪化が予想される病院では待遇改善は期待できません。

当直回数もそうで、経営に余裕がある病院なら非常勤を多く呼び込んで病院医師の当直負担を軽減する事も可能になります。ただし当直料は内部当直と外部からの当直ではまったく違ったものになるので、その負担が可能な病院か否かで勤務環境さらには当直回数も変わってきます。そういう時代が来るぐらいの感想です。さ〜て、どうなる事やらです。