舞鶴には海軍関連の有名な料理のエピソードがあるんだよ。
「あの話か・・・」
千草が聞いたのは舞鶴鎮守府に初代の司令長官として東郷平八郎が赴任した時のエピソードになる。東郷司令官はイギリス留学経験もあってポトフが食べたくなったそうなんだ。そこで厨房員を呼んで作ってもらおうとしたんだよね。
ところが厨房員はポトフなる料理を知らなかったのよね。とは言え相手は司令官だから作れないとも言えず、なんとか東郷の希望するポトフに近い料理を作ったのが肉じゃがだったんだ。ポトフと肉じゃがってどこか似てるものね。
「あの話しやけど通説ではポトフやのうてビーフシチューやったらしいねん」
えっ、ポトフじゃなくてビーフシチューだったの? でもだよビーフシチューと肉じゃがじゃ距離がありすぎるよ。
「さらに言うたら厨房員はシチューの作り方を知ってるんよ」
はぁ、はぁ、それってどういうこと? 東郷司令官が着任したのは明治三十四年だけど明治二十二年の厨房員の試験とか規則にシチューの作り方が既にあったって言うのかよ。だったら、だったら、
「作り方を知らんのやのうて、バターと赤ワインがあらへんかったから、胡麻油と醤油と砂糖で代用したんが肉じゃがってされてるねん」
シチューを作れって命令されたのに、その代わりに肉じゃがを出したって? そんな事をしたら、
「話のオチは東郷司令官が大絶賛して日本に肉じゃが定着したとなっとるが、この話は無理があり過ぎると思うねん」
さらにみたいな話だけど、このエピソード自体がまいづる肉じゃがまつり実行委員会が作り上げた話だって! これが一九九五年だって言うけど、その実行委員が根拠としたのが海軍厨業管理教科書なるもので、そこにある甘煮が肉じゃがで東郷に関連させたって言うけど、
「そっちはそっちで無理があり過ぎるわ」
コータローはエピソードの構成要素から疑問点があるみたいで、まず軍隊の食事って給食だから月間ぐらいのスケジュールで作っていたはずだって。それはわかる。年間予算だってあるだろうし、食材の調達もあるものね。
そういう食事スタイルの中で、司令官であってもワガママを果たして言うかどうかがまずあり、たとえ言ったとしても、その日のうちに出せは無茶ブリ過ぎるのじゃないかって。
「そもそもやで、一人分の別オーダーやんか」
そ、そうなるよね。一方で実行委員会説も怪し過ぎるって。もしそうなら無から有を作り出したことになり、まるっきりのウソ話になるもの。だから基になるエピソードがあったはずだって。
「明治言うたら文明開化と富国強兵があるやんか」
それは歴史で習った。欧米文化を取り入れながら国を富ませ、軍事力も強化して列強に対抗しようとしたんだよね。
「そういうこっちゃ。その文明開化と富国強兵の一環として取り入れられたものの一つに牛肉食がある」
牛鍋屋の話ぐらい知ってるよ。
「牛肉食は国民の体格向上も狙ったものでエエはずやねん。そやから明治天皇が牛肉食をすると宣言までしてるんや」
天皇が率先して食べる事で牛肉食の普及を促そうとしたんだろうね。その一環として明治十九年に軍隊に牛肉食が取り入れられたんだって。なんか話が繋がって来たぞ。だから明治二十二年には厨房員が覚えるべき料理としてシチューがあったんだ。
「そやけど、まだまだ当時の日本人は牛肉食に馴染みがなかったはずやねん」
牛肉食もそうだし、洋食だってそうのはず。それこそ東京とかの大都市の一部で食べられていたぐらいだと思うよ。
「坂の上の雲のエピソードやけど・・・」
秋山真之は大学予備門から海軍兵学校に進学したのだけど、同期の中にはシャツのボタンを初めて見て悪戦苦闘したり、カレーが出て来て仰天した話もあったとか、なかったとか。今だって都市部と地方ではあれこれと差はあるけど、明治ならなおさらみたいな状態だったはずよね。
「それでも牛肉食は国策みたいなもんやんか」
馴染みのない牛肉食に馴染んでもらうために、厨房もあれこれ新メニューを模索していたのじゃないかって。それはありそうだ。その中には和風仕立てで牛肉を使ったものが無い方が不思議だよ。その中の一つが肉じゃがだったのか。
「舞鶴に関連付け、東郷元帥も関与していたとなると、やっぱり舞鶴鎮守府で肉じゃがは作りだされた可能性はあると思うねん」
牛肉を使った新メニューだけど、これを軍隊食として採用するには何段階かの試食審査があったはずよね。その試食審査の最終段階として東郷司令官が試食するはあってもおかしくない。
「試食審査やから合否判定もあるけど、質問とか講評みたいなもんもせんとあかんはずやん」
話が見えて来たぞ。肉じゃがを試食審査した東郷司令官は、そうだな、どこからこの料理を発想したぐらいは聞くのは自然だろ。その時にシチューとかポトフを参考にして云々のやり取りがあってもおかしくないし、
「東郷司令官かって合格の時の講評として、和風のシチューなり、ポトフのようで美味しいぐらいは言うても不思議あらへんやん」
ただコータローも本当に東郷司令官が直接関与していたかどうかは不明としてた。東郷司令官が舞鶴鎮守府にいたのは三年ぐらいなんだって。
「東郷司令官との関りが広がったのは、やっぱり東郷司令官の抜群の知名度を利用したのはあると思うねん」
東郷司令官は舞鶴鎮守府から連合艦隊司令長官になり、日露戦争で旅順艦隊とバルチック艦隊を撃滅する大戦果を挙げてるものね。とくに日本海海戦は海戦史上で空前の勝利でネルソンと並び称されるほどの世界的名提督で軍神とまでされてる人なんだ。
国策である牛肉食普及のために担ぎ出されてもおかしくないか。だから他の鎮守府司令官の時代の話だったかもしれないぐらいの可能性は残るのは納得だ。それで肝心の牛肉食普及はどうなったの。
「軍隊で牛肉の味を覚えた兵士たちが広めてくれたとなっとる」
肉じゃがの普及だけど一九六〇年代が初出で、一九七〇年代に広まったとするのが定説なのか。思ったより遅いんだな。
「あれもわからんねん。あれは料理雑誌みたいなものに初めて出たとか、料理番組の取り上げられたぐらいが根拠やからな』
文化の中で庶民が何を食べてたかは記録されにくいんだって。食事って日常的すぎて、それをわざわざ記録に残す人は少ないって言われて納得した。肉じゃがは軍隊メニューで始まったはずだから、
「最初は軍隊帰りの兵士が奥さんにせがんだんやと思うねん」
あるあるだ。あれが美味しかったら、なんとか作ってくれないかぐらいだろ。奥さんも面食らったと思うけど、旦那の頼みだから試行錯誤の末に作った気がする。でも一九七〇年代に一般家庭に普及は遅いと思うのだけど、
「戦争があったさかい、牛肉どころやあらへん時代があったからちゃうか」
と言うか、もっとシンプルに牛肉が高かったらじゃないかって。今だって牛肉は安いとは言えないけど、一九七〇年代になってそれほど無理なく牛肉が買えるようになって、
「主婦向けの料理本とか、料理番組に登場するようになったんちゃうやろか」
それはありそうだ。コータローの説は珍しく説得力があったけど、これだって殆どが妄想だ。
「妄想やない仮説と呼べ」
それでも少なくとも誰が考え出した料理かはわかっていないし、日本に昔からある料理でもないのは確かだ。それが生み出された背景に牛肉食普及の国策があったとするのは無理ない気がするし、あれだけ広まったのは軍隊食からとするのもありそうな気はする。
「まあ、最後のとこはもうわからんやろ」
そうなりそうだ。考案者だって生きてないもの。
「そやけどな真実は一つや。肉じゃがは美味しいから家庭料理にまで定着しとる」
賛成。文句あるやつはコータローにかかっていけ。千草は逃げる。