ツーリング日和12(第2話)津山

 津山は岡山第三の都市で人口は十万人。岡山県北部と言うか、美作の中心都市。シンボルになる津山城に来てる。

「久しぶりやな」

 クレイエールの昭和の社内旅行以来だものね。あの時はわたしは湯原温泉だったけど、

「コトリは湯郷やった」

 井倉洞、満奇洞をセットにするのが定番だったかな。ちょうど中国道が出来たから関西からでもお手軽に来れるぐらいでなってた感覚だったはず。

「コトリもそんな感じやった」

 まだまだ貧しい時代で社内豪華旅行が売りに出来たし、

「農協ツアーも元気いっぱいやったな」

 農協ツアーが国内だけでなく、海外にも旅行にしてたのなんてどれぐらいの人が覚えてるのだろう。農協ツアーに代表されるけど、当時は旅行と言えば団体旅行だったもの。そんなことはともかく、立派な城よね。

「津山城を築いた森氏も、後を継いだ越前松平氏も治世の評判は良うあらへんけど、これだけの城を築いて城下町を整備したから今の津山があるぐらいは言えるやろ」

 明治の廃城令で建物は跡形も無くなってるけど、天守閣には有名な伝説がある。津山城の天守閣は四重五階建てなんだけど、復元図を見ればわかるけど四重目が不自然な造りになってるのよね。これは五重の天守は宜しくないの幕府の命令があって、大急ぎで四重目の屋根瓦をぶっ壊して、

『あれは屋根ではなく庇だから、五重ではなく四重である』

 強弁というより詭弁で押し切ったからだそう。たっぷり賄賂も贈ったと思うけどね。それとだけど津山城の規模も大きいのよね。城内の建物の数が七十七棟あったそうだけど、これは広島城や姫路城よりも多かったんだって、

「無用の長物やねんけどな」

 結果的にはね。海内無双とまでされた大坂城が落ちてから本格的な籠城戦なんてあったかな。

「戊辰戦争の会津城と西南の役の熊本城ぐらいやろ」

 そんな気がする。それでも大名の見栄と言うか当時のトレンドで立派な城は作られたのよね。

「観光資源になっとるからエエやんか」

 そうなるか。この津山のグルメだけど、これがちょっと変わっていて牛肉なんだよ。江戸時代は肉食が原則として禁止されてたけど、彦根と津山は肉食文化があったそうなんだ。そずり鍋とか、

「干し肉はお土産に出来るな」

 津山での干し肉の食べ方だけど、そのままかじりつくには固すぎるから薄くスライスするんだけど、これを焼いて食べると美味しいそう。

「他にもホルモンうどんとか、デミカツ丼とか、煮凝りとか、普通に焼肉とかしゃぶしゃぶとか」

 津山には牛馬市が立っていたからそうなったとも言われてるけど、どうして肉食が定着したかはよくわからないみたいだ。だって牛馬市なんか日本中であるものね。さて今日の宿だけど、

「近いで」

 津山から国道一七九号を北上。津山市街はさすがに交通量はあったけど、北上するにつれて空いて来てる。空いてきたら信号も少なくなって快適だ。トンネルを抜けると後1キロって表示が出てるな。

「国道下りるで」

 あそこだな。この辺から温泉街のはずだけどまだ普通の田舎町だよ。橋を渡ったけど、道は三方向になってるじゃない。

「左に行くで」

 曲がったらあった。へぇ、これはなかなか風情があるじゃない。玄関の唐破風もサマになってる和風旅館だ。昭和二年に建てられた登録有形文化財とは嬉しいね。玄関も赤絨毯がハマってる感じがする。全八室で泊まる部屋は八畳でトイレ付き。二人で泊まるには余裕の広さだ。

「まず風呂やな」

 ここの名物の鍵湯に。湯船の底がおもしろいよ。自然の川底を活かしてるんだって。

「底から温泉が湧いてるんやて」

 イイね、イイね。これこそ温泉の原型だよ。お湯はまさに透き通る感じ。神戸からのツーリングの疲れが癒されていく。やっぱり温泉は最高。これが楽しみで走ってるところもあるものね。

 ここもお食事処だけどシックだけどテーブルに椅子になってるな。これはこれで悪くない。さてお品書きがあるけど、これは、

「美味しいけど・・・」

 一品、一品に不満はないけど、

「瀬戸内産のヒラメとシマアジ、境港のシロイカか・・・」

 宮崎の一ノ瀬川の天然アユだものね。

「う~ん、鱧鍋に宮崎牛の和風ステーキねぇ」

 美味しいのよ。味には不満はなけど、こういう献立って神戸でも食べれるのよね。やっぱりさ、美作って山国じゃない。山の中で海の幸に舌鼓を打つってどうしてもね。

「根本的には山の幸の方が難しいもんな」

 だと思う。山の幸で思い浮かぶのはキノコだとか、野草だとか、特産品の野菜にならざるを得ないとこがある。メインになる魚だって、

「岩魚か鮎、あとは鯉ぐらいか」

 モズク蟹とか鱒もあるだろうけどバリエーションは小さくなるものね。

「後はジビエやが・・・」

 猪、鹿、鴨ぐらいは思い浮かぶけど、これも安定して取れないと出しようがない。奥津温泉だって冬になれば牡丹鍋ぐらいは出ると思うけど、

「津山には特産品は、あんまりなさそうやねんよな」

 津山は牛肉食は特徴ではあるけど、津山牛みたいなブランド牛は確立していると言い難い。だから出されてるのは宮崎牛だものね。でもさぁ、でもさぁ、奥津温泉みたいな山奥の温泉だから、もう少し山の幸を頑張って欲しかったかな。

「無いものねだりと言われそうや」

 まあそこになっちゃうのはわかる。地産地消って簡単に言うけど、地産で賄えるかどうかはなにがどれだけ獲れるかで左右される。とくにこういう旅館料理は売り物になるような特産品とか、名産品がないと苦しくなるもの。

「旅する者は贅沢やからな」

 だって、だって、休みをやっとこさ確保して泊った宿じゃない。この情緒にマッチした料理を食べたいじゃない。

「コトリもそうや。やっぱり海の幸がラクやな。そやけど酒はいけるで」

 それはわたしも。酒造好適米と言えば山田錦が横綱みたいなものだけど、雄町で造った地酒はなかなかよ。この雄町も伝説的な酒米で、安政六年に大山参拝の時に持ち帰った二本の穂から出来上がったそう。

「山田錦や五百万石の親みたいなもんや」

 大山にあった元がどうなった気になるところだけど、消えちゃったんだろうな。

「たぶんな。そやけど雄町の発見で日本酒の味は格段に向上したはずや」

 米があれば酒は造れるけど、山田錦や五百万石、雄町でない米とは差があるはず。もっとも使った米までわかる人間は、

「マイぐらいやろ、あいつやったら精米率どころか酵母までわかりよるわ」

 ついでに言ったらどこの水かもね。色々言ったけど静かで良い旅館だ。