ツーリング日和12(第1話)西へ

 ポーアイからどこにツーリングに出かけようと思っても、まず立ちはだかるのが神戸市街になる。そういうところに住んでるからになるのだけど、いかにして神戸市街をスンナリ抜けるかがツーリング初日の課題かな。

「今日は港島トンネルから山麓バイパスで行くで」

 六甲山トンネルにしなかったのか。山麓バイパスは新神戸から白川に抜けるバイパス。そうだね、西神ニュータウンから神戸市街へのバイパスぐらいに思えば良いかもしれない。ちなみに新神戸トンネルと入り口は同じで、

「左に入るで」

 途中から道が分かれてる。通行料金は驚異の二十円。安いにのは嬉しいけど料金所が面倒なのよね。原付にETCなんかないからポケットに突っ込んである小銭を引っ張り出すのだけど、グローブをしたままだと出しにくくて困るのよ。二十円ならタダにしろと思っちゃうもの。

 山麓バイパスは神戸の西側の市街を避けてくれて、旧西神戸有料道路に接続してくれる。旧西神戸有料道路からも四車線の道が西神中央まで続いている。ラッシュ時さえ外せば交通量こそ多いもののスムーズに走れる事が多いかな。

 西神中央でニュータウンが終わると国道一七五号を横切って神出の田園地帯の道を走り上荘橋を目指す。加古川を渡らないといけないからね。橋を渡って権現湖沿いを北上する県道七十九号もあるけど、

「加西に出る県道四十三号で行くで」

 今日はこっちだろうな。県道四十三号を北上すると山陽道を潜って加西市内に入って行くのだけど、丸山総合公園のところで県道二十三号に合流してくれる。この県道二十三号に入るのが今朝の一つのポイントなんだよね。六甲山トンネル越えでも、吉川から社に抜けて行けば同じぐらいで着くのだけど、

「気分転換もあるけど、あっちはチトややこしい」

 今日はこれで正解だと思う。

「ひと休みにしょ」

 ここは和菓子屋だな。葡萄のブッセは美味しそうだな。コトリはイチゴのブッセにしたね。なるほどイートインコーナーもあって、ここで食べるとお茶とワラビ餅が出て来るのか。

「かしわ餅も食べようや」

 ここのかしわ餅は面白いな。漉し餡の白いのと粒餡のよもぎ餅があるんだな。よもぎ餅の粒餡はなかなかじゃない。トイレ休憩も済ませて、そろそろ九時半か。加西からは中国道沿いに西に、西に。福崎、夢前、山崎と抜けていくのだけど、のじぎく県も広いよ。まだ県内だものね。

「お昼は?」
「平福の予定や」

 平福まで行ってもまだのじぎく県だもの。

「次の信号左や」

 地名じゃなくて国道三七三号って書いてあるのがなんともだね。走るのは県道四四三号か。曲がったらいきなり道が狭くなったじゃない。それも山に進むにつれて一車線半も怪しいよ。

 まあ路面はそこそこだし、カーブもそんなにキツクはないけどクルマじゃ走りたくない険道だよこれ。幸い十分ぐらいで二車線の道に戻ってくれた。また狭くなったけど行き先表示の国道三七三号に入り鳥取道を潜って道の駅平福へ。

「お昼にしょうか」

 珍しく二人そろって鹿コロッケ定食にして昼休憩。

「利神城も登ってみたいが無理やな」

 さすがにね。平福もかつては宿場町、さらには水運の中心地として栄えた街でかつての雰囲気を残しているけど、今日はパス。まだまだ先が長いもの。

「ナビで一時間程になっとるけど、とりあえず険道っぽい」

 コトリによるとガチの険道じゃないそうだけど、一車線半から狭いとこでは一車線の道が続くのが県道一六一号だそう。

「国道四二九号まで抜けたら津山までは心配ないはずや」

 へ、へぇ~い。走ってみると道幅が狭い分は気を使うけど、登りがキツイわけじゃなく、カーブも緩やか。クルマも少ないからバイク乗りには楽しい方の道じゃないかな。一車線の細い道の途中についにあったぞ。

「やっと岡山県に入ったで」

 高速使ったらもっとお手軽なんだけど、これは小型の下道ツーリングだから仕方がない。これはこれでツーリングの醍醐味を味わえてるけどね。

「そやで、なんか遠くに来たって感じがエエやんか」

 わたしもそう思う。旅の醍醐味の感じ方は色々あるけど、見ず知らずの土地に足を踏み入れる感覚が好き。これは近場のツーリングでもそれなりに味わえるけど、何時間も走ってたどり着く感じはたまらないものがあるのよね。

「そやな。とくに泊りやったら帰りを気にせんと先に、先に行けるもんな」

 旅ってワクワクするのだけど、帰路ってやっぱり物寂しいもの。日帰りだったらお昼を食べたらもう帰るになってくるものね。

「そんなとこあるもんな。日が傾き出すと気ぜわしゅうなるし」

 泊り、とくに何泊も重ねる旅はちょっとした冒険気分になるのよね。でもあんなところ良く見つけたね。

「タマタマやけど、神戸からでもコトリらのバイクやったら近くて遠いわ」

 高速使えたら深夜に出発して昼頃に到着出来るみたいだけど、小型じゃそうはいかない。

「その分、寄り道増えて楽しいやん」

 岡山と言えば桃太郎になるけど、今走っているのは同じ岡山でも美作だから関係ないか。

「おいおい、ユッキーらしくあらへんな。美作も吉備やで」

 あっ、そうだった。吉備も古代王権の地。この辺は歴史の彼方に消えてしまっている部分もあるけど、ヤマト王権と並立した王権として筑紫、出雲、そして吉備があるのは常識よね。

「吉備は持統三年に備前、備中、備後に三分割されて、さらに和銅二年に備前から美作が分割されてるからな」

 古代吉備王国は現在の岡山県を中心に成立していて、東側は加古川まで勢力を広げていたともされてるんだっけ、

「その辺は播磨には出雲も勢力を伸ばしていたはずやから、なんとも言えんとこが残るんやけどな」

 播磨の古称は針間なのよね。この国名の由来として、姫路平野に流れ込むのは揖保川、夢前川、市川があるけど、とくに揖保川の上流域に原初の播磨が成立したからとされている。その傍証として播磨一之宮は揖保川の上流にある伊和神社なのよね。

「伊和神社の祭神は大己貴神やんか。伊和大神とも国堅大神とも呼ばれるけど出雲系や。ついでに言うたら雌岡山の神出の由来も出雲系や」

 コトリは吉備は播磨西部に進出していたとは見てるけど、千種川の流域までじゃないかと考えているよう。千種川は揖保川のさらに西側を流れていて、平福や佐用を通り赤穂から瀬戸内海に流れている川だよ。

「吉備と言えば鉄やんか。千種鉄は関係しとると思うで」

 その辺は本当に歴史の霞の彼方なんだよね。話は戻すけど桃太郎が征伐に行った鬼ヶ島はどこなの?

「通説では女木島やけど・・・」

 女木島は高松の北側にある島で、鬼の本拠らしく鬼ヶ島大洞窟もあるのよね。

「他にも島やあらへんけど鬼が城の説もあるわ。そやけど女木島は遠い気がするし、鬼が城はそもそも島やあらへん」

 桃太郎はお伽噺だけどこれを史実を踏まえた伝承とすると、誰かが敵対豪族を滅ぼした話になるはずだけど、

「そういうこっちゃ。女木島まで岡山から遠征軍を送り込むのやったら、高松に勢力を広げてるはずや」

 そうなるはず。女木島まで進出して高松に行かないのは不自然過ぎる。それに吉備は古代王権の地だけど讃岐が支配下にあったとか、吉備に対抗する勢力が存在した話も残っていないもの。

「讃岐も古いとこやけど、桃太郎伝説の頃は未開の地やったんかもしれん」

 讃岐だって奈良時代末期には空海を産み出すほどの文化の高さがあったけど、古代王権が成立するほどの古さはなかったとして良い気がする。

「そやからもっとスケールの小さいというか、現実的なスケールの話やと思うとる」

 隣接勢力の併呑ってやつね。コトリはどこだと考えてるの。

「児島や。あそこも古代は島やったやんか」

 あっ、吉備の穴海か。古代の岡山の南部は海だったのよね。だから児島は完全に島。それも児島を抑えられると吉備は瀬戸内海に出られない地形だ。

「児島を本拠地とする豪族がおって、交易で富を蓄えとったと見たいとこや。吉備はこれを併呑して海の利権も手に入れた伝説ちゃうやろか」

 もっともだけど桃太郎伝説自体も吉備王権の話なのか、吉備を併呑したヤマト王権の話なのかもはっきりしないとこがあるのよね。ヤマト王権の話とすれば、追いつめられた吉備王権の最後の拠点が児島だったとも見れてしまう。

「ああそうや。その辺はゴッチャになっとるかもしれん。吉備が児島を征服した話もあったけど、ヤマトが吉備の残党を掃討した話もあったかもしれん。両方の話が一つになって桃太郎伝説になったかもな」

 吉備もそうだけど古代の文献記録が残ってないのよね。あったかもしれないけど、古事記や日本書紀が成立した頃にヤマト王権に没収され、失われてしまったぐらいしか言えないもの。

「古事記や日本書紀は世界に誇れる歴史書や。とにもかくにも残ったからな。そやけど勝者の歴史書やねん。もっとも敗者の歴史書なんか、それこそ滅多にあらへんけどな」

 ヤマト王権が勝ち残った理由さえ不明だものね。

「後付けの理由はいくらでも建てられるけど、それこその人物史的なものの気がするわ。合戦の帰趨で国の命運は変わるからな」

 古代ペルシャがマケドニアに滅ぼされたようなものかも。国の規模だけなら古代ペルシャの方が強大だったはずだけど、アレキサンダー大王が一人でインドまで攻め取ってしまったもんね。

 そういうことは歴史ではしばしばあるし、古代エレギオンみたいなとこに住んでたからリアルタイムで見てるもの。というか、国が興隆する時に稀代の英雄が出現するのも歴史だよ。

「あえて言うたら吉備は豊かやったんやろ。豊かな国の兵より、貧しい国の兵の方が強いからな」