ツーリング日和12(第3話)蒜山から大山

 朝はこの宿のもう一つの名物風呂である立湯に。これは鍵湯より湯船は小さいけど、

「なるほど座って入れんな」

 ここも湯船の底から温泉が湧いて来るお風呂なのだけど深いのよ。百二十センチとなってたからプール並。

「昭和の銭湯並みに深いな」

 昭和やそれ以前の銭湯は深かったのよね。あれも理由があって、入浴客を早く帰らすためだとか。座り込まれると長風呂になるからだと聞いたことがある。それぐらい繁盛していた傍証にもなるけどね。

 朝食は八時半から。これは旅館の朝食のデラックス版よね。もう一回念を押しておくけど料理は美味しいよ。この地域のキャラが立ってなかったのが惜しかった。出発はノンビリ九時半も回ってから。

「昼飯の関係や」

 まずは国道百七十九号を北上。これがそのまま国道四八二号になる。道はやがて西に向いていく。この辺が人形峠か。ここには日本唯一のウラン鉱山があったのよね。ウランの発掘量は八十四トンだったらしいけど、輸入ウランとの競合に負けて閉山。

「日本で無理して掘らんでもエエぐらいやろ」

 そんな感じかな。ウラン採掘は環境汚染とセットみたいなものだし、人形峠も後始末が大変だったみたい。

「あそこの真庭市って書いてあるとこ右に入るで」

 この辺は県境が入り混じってるところで、人形峠のあたりでいったん鳥取県に入り、ここで岡山県に入り直した事になるから、岡山県の看板も立ってるよ。この辺はもう高原気分の道路だね。

「ああそうや。気持ちエエやんか」

 曲がった道は県道三二五号だけど再び国道四八二号と合流。ちょっと近道した感じ。ちょっと狭めだったけど走りやすい道だった。国道に戻ると道路案内が出て来た。道の駅蒜山高原、蒜山ジャージーランド、塩釜の冷泉、蒜山郷土博物館。この道を真っすぐでOKだ。

「ちょっとストップ」

 どうしたの。間違いようが無いところじゃない。

「いや・・・」

 なるほどコトリは国道じゃなく県道四二二号を走りたのか。でもさぁ、ナビにある道はなかったような。

「いや、これもナビの罠やで。その手前の道のはずや」

 そう言えばあったけど。引き返して入ったらセンターラインのない道。間違ったんじゃないの?

「いや蒜山高原スポーツ公園があるから正解や」

 そうみたい。急に二車線になったものね。向うに見えるのは大山だ!

「あれは蒜山やろ」

 大山と蒜山はお隣さん同士みたいな位置関係なんだよね。

「お隣さんというか一体やろ。大山の南にある上蒜山、中蒜山、下蒜山の麓に広がっとるんが蒜山高原や」

 あの辺の山がそうなんだろ。だったら大山はあの向こうだな。それにしても気持ちが良すぎる道じゃない。高原のなだらかな起伏があって、左右は開けて、雄大な山が見えるんだもの。

「岡山でも屈指のツーリングコースになってるわ」

 コトリがこの道にこだわったのは良くわかる。こんなところが関西にもあったんだね。

「北海道と較べたらあかんで。あそこは桁外れや」

 まあね。それでも西の軽井沢とするのはわかる気がする。

「軽井沢いうよりキャベツロードやないか」

 嬬恋ね。キャベツが植わってたらそう見えそう。それにしても左右に広がってるのは牧草地かな、それ以前の原野みたいなのもあるけど、適当に木が生えているのが内地の道かもね。

「その内地いうのはやめた方がエエぞ」

 たしかに。いつの時代の人間かと思われちゃいそう。

「ジャージーランド入るで」

 らじゃ。着いた、着いた。なかなかオシャレじゃないの。ジャージーランドとしているのは、蒜山高原が日本一のジャージー牛の飼育をしてるから。

「ホルスタインやったら北海道やろ」

 たぶんね。ジャージー牛はホルスタインに較べて搾乳量は三分の二程度だけど、その代わりに濃いってなってるかな。それに日本の乳牛は百四十万頭ぐらいるのだけど、ジャージー牛は一万頭ぐらいしかいなくて、そのうち二千頭が蒜山高原にいるのだそう。

「朝ソフトや」

 それは無理があるって。とか言いながら蒜山ジャージー百%プレミアムソフトクリームをさっそく。色から違うよ。

「白やのうてうっすらやけど黄色や」

 蒜山高原で食べてるのを差し引いても美味しいよ。

「あれも食べとかなあかんで」

 蒜山やきそばだ! これの特徴は、

「タレやろな」

 蒜山高原では味噌だれベースのタレが作るのが昭和三十年代にブームになり、ジンギスカンにも使われていたんだけど、焼きそばにも使われたみたいなんだ。ますや食堂ってところで、このタレを使って売り出したのが蒜山やきそばの始まりになってる。

「高原キャベツと親鳥のかしわが特徴やそうや」

 さらに横手の焼そばを参考に目玉焼きを乗せ、福神漬けを添えたあさぜん焼きそばだとか、スパイシーなよるぜん焼きそばも登場したのだとか。とりあえず屋台で、

「目玉焼きが乗っとるから、あさぜん焼きそばやな」

 さすがB級グルメの雄だな。ここから土産物だ。蒜山のプリン、チーズ、パンナコッタ、レアイチーズケーキ、ヨーグルトにバター。全部ジャージーだからレアもののはず。

「そろそろ行けるで」

 朝を遅めに出て、ここで時間を潰していたのはレストランの開店待ちのため。食べたのは、

「チーズフォンデュ・プレミアムコース」

 二人前からだからコトリと二人で楽しんだ。蒜山の雄大な景色も楽しんで出発だ。目指すは蒜山大山スカイラインだ。この道も中国地方で屈指のツーリングコースとされてるところなんだ。

 ここもかつては有料道路だったのだけど一九八三年に無料になってる。おりこう、おりこう。全長は十一・六キロだけど、このカーブの度にある減速帯が玉にキズだ。かつては走り屋が多かったか、

「ガードレールに突っ込むやつが多かってんやろな」

 ジャージー牧場から十五分もしないうちに鬼女台展望所。ここからは蒜山高原が見下ろせるのと、

「あれが大山や」

 大山は標高一七二九メートルで中国地方の最高峰。別名伯耆富士とも呼ばれるけど、特徴としては山頂部付近に木が生えていない禿山になってるとこかな。蒜山が千百~千二百メートルぐらいだから頭一つ抜け出してる感じだ。

 ちなみに蒜山高原は標高五百から六百メートルぐらいで、高さで言えば丹生山とか帝釈山ぐらいだよ。

「そんなマイナーな山を比較に出してもわかるか!」

 だったら生駒山ぐらいをたとえに出しとく。この鬼女台展望所で標高八百メートルぐらいで、スカイラインの終点で九百メートルぐらいだって。蒜山高原からの標高差にして五百メートルぐらいだから厳しい峠道というより、なだらかに登って行くイメージが強いかな。

「そんなにヘアピンもないもんな」

 蒜山大山スカイラインはそのまま大山環状道路に接続しているんだよね。この道路はその名の通り大山をグルっと一周回る道だけど、

「一周回るのはパスや」

 コトリが調べた限りでは見晴らしがイマイチらしい。そのせいか左に曲がって鍵掛峠へ。ここから見える大山も素晴らしいじゃない。

「一番のビュースポットともされとるらしいわ」

 大山も見る角度によって表情が変わるそうだけど、南壁では最良のスポットらしい。大山の雄姿を堪能してから出発。十五分ぐらいで大山寺橋を渡ると今度は石畳みの道。これは参道よね。

「そや、大山寺の門前町や」

 大山も信仰の山だけどその中心地がこの大山寺になるそう。開基は養老二年となってるから西暦なら七一八年で奈良時代になるのか。古いのは古いけど神代って訳じゃないんだな。門前町も宿坊があったりしてそれなりに賑わってるけど、そうだね、金毘羅さんに較べると寂しいかな。

「清水寺の見過ぎじゃ」

 あははは。門前町と言うとあのクラスが頭に浮かぶのが関西人だものね。この大山寺だけど神仏習合も良いところのお寺で、天台宗とはなってるけど、大山権現が御本尊なんだよね。

 大山寺から七百メートルぐらい石段を登り詰めると大神山神社奥宮。ここは明治の神仏分離で独立した格好になってるけど、こっちはこっちで本家を名乗っているのは微笑ましいかな。

 主祭神は大己貴神、つまりは大国主命。国引き神話の時に縄をかけたのが大山とされてるそう。奥宮は本殿・幣殿・拝殿が一体化していて、それに長廊がT字型に付く変わった形だ。内部はデラックス。東照宮風と言えばイメージできるかな。