ツーリング日和22(第11話)江井ヶ島

 今日の初鹿野君とのツーリングもご近所だ。どうもツーリング動画で見つけたらしくての希望だ。あの人の動画はいくつか見てるというか、ボクがモンキーを買うキッカケになった動画でもある。あの動画の人はモンキーの他にスーパーカブとSR400も持ってるんだよな。

 だからって訳じゃないけど、スーパーカブで大阪から明石までのツーリング動画なんだ。けっこうな距離なんだけど、あの動画の人が住んでいるのは南大阪なんだよな。

「あの時刻から帰っています」

 もうかなり陽も傾いていたから家に着いたら夜になるはず。そこは編集でカットされたけどね。その動画にヒントを得たぐらいの企画で、今回は初鹿野君が下調べもしてるから先導だ。動画では国道二号で明石に向かってたけど、これはパス。

 定番の山麓バイパスから西神中央に快走。快走って言うか、モンキーにしたらチト流れが速いぐらいの道。それにアップダウンもそれなりにあって、五速じゃ全部走り切れないぐらいになる。西神中央駅のバスターミナルの信号で、

「左に行きます」

 この道は走ったことがないな。どうもニュータウンの住宅地の中の道で良さそうだけど、信号が多いのがちょっとな。それでも住宅地を抜けると森の中に。こっちの方がツーリング的には楽しいと思っていたら国道一七五号に出て来たな。なるほど、こうつながっているのか。

 そこからは国道一七五号をひたすら南下。第二神明を潜り、市街地をひたすら走ることになるのはしょうがない。やがて国道二号とクロスする交差点に出て来たけど、

「直進します」

 山電を潜って林小学校前となっている交差点を右折か。、

「林崎です」

 へぇ、そうだったのか。林崎って地名は知ってたけど、あれって林ってところの岬だから林崎と言うみたいだ。だから林小学校なんだろうな。この道って、

「西国街道になります」

 明石の本町通りから続いている道なのか。だが待てよ、西国街道の宿場は大蔵谷の次は大久保だったはず。

「ああそれですか。大久保に宿場が置かれたのは寛永年間のはずで・・・」

 よく調べてるな。江戸期に西国街道のルート追加があったみたいだ。従来と言うか、古代からの山陽道は今走ってるこの道だけど、内陸部に新ルートが出来たぐらいだろ。大久保宿の次が加古川宿だからショートカットでも狙ったのかな。

「西国浜街道と西国街道の関係みたいなものだと考えています」

 そんな感じだろう。だから国道二号が江戸時代の西国街道の本街道になったのだろうな。林崎の次が松江、その次が藤江か。藤江も聞いた事だけはある地名だけど、こんなところだったのか。わりと走ってから、

「次の信号を左に入ります」

 江井ヶ島港になってるものな。進んで行くと椰子の木が見えて来たぞ。道は右にカーブして海岸線だ。動画にあったシーサイドロードだけど、

「あそこの駐車場に入ります」

 たしかに海岸線沿いに椰子の木があるのが良い感じだけど、あははは、これだけなのか。駐車場は妙に立派なトイレもあってちょっとした休憩所みたいだけど、

「海水浴用に整備されたはずです」

 ここで海水浴をするのか。ちゃんと砂浜になってるから泳げるのだろうけど、なんかせせこましいな。だって駐車場の後ろは漁港だぞ。それでも景色は悪くない。淡路島も見えるし、明石大橋だって見えるからな。そうだな、それだったら、

「何をされてるのですか?」

 不要なところをトリミングすればウエストコーストに見えないかと思って。動画の人は時刻の関係もあって、ここから引き返してるけど、

「お昼にします」

 西国街道に引き返すのかと思ったら海岸線をさらに西に進み、橋を渡ったところで、

「ここにします」

 なになに明石江井ヶ島酒館だって。ながさわの系列店がやっているのか。よくまあ、こんなところで商売をやってると思うよな。レストランでランチにしたのだけど、ここって江井ヶ島酒造の関連施設になるはずだ。

 なんか学生時代を思い出す。大学に入ればまず何をしたかだけど、酒を飲むだった。もう時効だから白状するけどフライングだったけどそうだった。あれは酒を飲みたいと言うより、酒を飲むのが大人だって背伸びする感覚だった気がする。

「高校時代の子ども扱いから変わりますから、誰だって多かれ少なかれ背伸びする時代です」

 女のそれが化粧かどうかは男のボクにはわからないが、急に女の子が女性になって見えた記憶はある。酒も最初は宅飲みだが次は店で飲むだ。家で飲む方が安上がりなんだけど、あれは店で飲むことに意義があると思ってた。

 ちょうどボクが大学に入った頃に出来たスナックがあって、そこの常連みたいになったんだ。常連と言うか行きつけの店って感覚が誇らしかった気さえしてた。学生相手の店で良かったとは思うけど、そこで飲んでたのが江井ヶ島酒造の酒だった。

「日本酒だったのですか?」

 いやウイスキーだった。江井ヶ島酒造は日本酒の蔵元ではあるけどウイスキーも作ってるところなんだ。というか、当時は江井ヶ島酒造が日本酒を作ってるのを知らなかったけどね。

「美味しかったのですか?」

 あははは、忘れた。というかウイスキーの味なんてわかってなかった。あの時に価値があったのはウイスキーを飲んでいることで、それが美味しいとか、不味いなんて関係なかったんだよ。ウイスキー色したエタノール飲まされても区別できなかったと思うな。

 時効ついでの話だけど、そのスナックのマスターとは馬が合った。合い過ぎたかもしれない。いつしかマスターの家にまで招かれたぐらいだった。でね、マスターの奥さんのママが美人だったんだよ。

「それってまさかの」

 なりかけた。と言ってもボクがどうこうした訳じゃない。マスターが店のバイトの女の子と浮気しやがったんだよ。どうもママさんは浮気現場に踏み込んだか、出くわしたかで知ったようなんだ。たく、マスターも店でやるなよな。

 ママさんは怒った。そりゃ、怒るだろ。怒ったママさんが、なぜか呼び出したのがボクだった。晩メシに誘われたのだけどそこでマスターの浮気を初めて知ったぐらいだ。こんなに綺麗なママさんがいるのに信じられなかったよ。

「そのままリベンジ浮気に」

 あくまでも今から思えばママさんはその気だった気がする。あれは浮気現場を見た日だったはずだから逆上してたはずだ。だからボクが誘えばホテルにGOになってたと思う。でもマスターにも良くしてもらっていた友だちだから、裏切る気にならなかったんだよ。

「さすが部長」

 てな程のものじゃない。さっき上げた理由は建前だ。本当のところは単なるヘタレだっただけ。この辺はまだ童貞だったのもあったんだよな。実戦経験がなかったから、このままベッドに行っても自信がなかったのは確実にあった。

 でもあれで良かったと思ってる。あれから何があったかは知る由もないけど、マスターとママさんは離婚しなかったし、少なくとも大学卒業まで夫婦だったのは間違いない。もしあそこでボクが手を出していたら、話がもっとややこしくなってたはずだもの。

 すっかり忘れかけていたけど、江井ヶ島酒造と聞いてあの頃飲んだウイスキーを思い出してしまった。思い出の酒でもあり、青春のウイスキーでもある。

「また飲みたいですか」

 飲みたい気分はあるけど、飲まない方が良いと思っている。あれからボクも酒の味を覚えた。歳も取って味覚も好みも変わって来てる。どう考えたってあのウイスキーを美味しく感じるとは思えない。

 あれはあくまでも思い出の中のウイスキーなんだ。記憶の中の美酒としてもよい。それを現実化させても落胆と失望しかないよ。だから時々思い出して記憶の中だけで飲むのが一番良いと思う。

「ママさんは好きだったのですか」

 好きと言うより憧れだったかな。これは今もそういうところは残ってるけど、他人の奥さんは恋愛対象外にしてるんだ。当たり前か。それでも、もし結婚するのなら、あれぐらい素敵な人が良いぐらいには思ってた。もう会うこともないだろうな。

「ママさんもまた記憶の中の憧れの人に?」

 あれから何年経ってると思ってるんだ。ウイスキーの味は変わらないかもしれないが、人は変わる。ボクだって歳は取ったけど、ママさんもまた同じ歳月を過ごしてる。なのに学生時代の記憶のままで会っても良い事なんかあるものか。