ツーリング日和22(第12話)昔の恋バナ

 江井ヶ島からの帰りだけど、山麓バイパスで帰るのもツマラナイとなって国道一七五号を北上、三木から呑吐ダムに行き、新神戸トンネルから帰ることになった。この辺は江井ヶ島へのツーリングが市街地走行ばっかりだったからな。帰り道で、

「ところでそのママさんとはそれだけだったとしても、その後の彼女はどうだったのですか?」

 あの後か。学生時代のボクは良く言えば向上心に燃えてた。向上心と言えば聞こえは良いけど、野望と言うか、社会人になったらブイブイ言わせてやろうぐらいかな。

「部長は、えっと、えっと、どこでしたっけ?」

 初鹿野君の先輩だよ。これも当時はコンプレックスだった。目指していたのは京阪大だったからね。だからそっちに行った連中を社会人になったら見返してやろうぐらいの野心に燃えた青臭い学生だったってこと。

 野心と言っても政治家になって権力を揮おうなんてものはカケラもなくて、一流の会社に入って、エリートコースを驀進したいぐらいのチンケなものだった。その第一歩の京阪大入学は叶わなかったから、せめて港都大で良い成績を残して就活を有利にしようぐらいって話だよ。

 とは言うものの思春期から二十歳になろうともしているから彼女も欲しかったし、童貞だって卒業したかった。周囲がドンドン童貞を失業したなんて話を聞かされて焦ってた部分もあったよ。この辺はどこまで行っても凡人なんだよな。

 だから彼女を紹介してもらったりもあったのだけど、どれも長続きしなかったな。当時は理由なんてわからなかったけど、今ならわかる。オクテの恋愛下手だったんだよ。恋愛下手というより、女性に恋して愛するとは何かがわかってなかった気がする。

「ひょっとして男子校だったとか」

 そうだよ。それも中学からだったから女性への免疫が無かったとしても良いと思う。思春期の真っ只中を野郎だけで過ごす寂しい青春だってことだ。

「男子校ってやっぱりBLワールドの世界なのでしょうか」

 いやいや、そういう目で見ないでくれ。男子校がBLワールドになるのなら、女子高は百合世界になっちまうじゃないか。

「それはそうですが、女子校だって・・・」

 思春期の若者が同性しかいない環境に放り込まれれば、その欲情のはけ口がしばしば変質して異性じゃなく同性に向かうそうだ。それを実感したかな。だからBLワールドが無かったなんて綺麗事は言わないよ。やってるやつはやっていたし、最後まで行ってたのも知ってるからな。

 けどなぁ、BLワールドだって見た目九割だ。同性だからって、相手が誰でも良いわけじゃない。ドッキングしたい相手じゃないと欲情しないし、欲情しないような相手に愛情なんて持つわけないだろ。だから結果だけで言うと無縁だ。

 ここでもし誘惑されたらどうだったのかの質問はやめてくれ。ああいう世界の空気は異常なんだよ。もっとも卒業して同性だけの環境から解放されたら、憑き物が落ちたように消えてなくなってるよ。

「女子校もそんな感じだそうです」

 そんなボクにだってついに彼女は出来た。ただこれでもかのお嬢様だった。そこに惚れたと言うか。彼女も彼女でオクテなのに彼氏が欲しいで、妙なところで気が合ったのかもしれない。

「その彼女と!」

 ああそうだ。童貞と処女だったから大変だったけど結ばれたよ。

「嬉しかったですか?」

 もちろんだ。ついに男になれたと思ったからな。それだけじゃない、やっと女の本当の良さを知った気がした。そりゃ、もう熱中した。愛おしくてたまらなかったし、世界で最高の女性と思い込んでた。

「卒業したら結婚を考えてたとか?」

 当たり前だ。それしか考えてなかった。初心だったと笑うなら笑え。それ以外にあり得ないと思い込んでたよ。他に何を考えるって言うんだよ。最愛で最高の女性を自分のものにするにはそれしかないだろう。

「結婚したのですか?」

 ボクはバツイチじゃないよ。卒業で待ってたのは別れだった。

「何かあったのですか?」

 出来ちゃった騒動とかはなかったからな。彼女が切り出した理由は、

『お見合いの話が出てきたから・・・』

 お見合いするにはボクがいたら邪魔だから整理されたってことだ。

「それって・・・」

 当時は何を言われてるのかわからなかったけど、ある種の遁辞だろうな。

「お見合い話はウソ?」

 いやウソじゃなかったはず。あれはボクを切り捨てたんだろう。そんな複雑な話じゃない。彼女はこれでもかのお嬢様だったからお見合い話の一つぐらい出るよ。そういうセレブの家だったからな。

「政略結婚で泣く泣くとか?」

 そこのところの最後のところはわからないけど、そんな彼女の見合い相手だからバリバリのエリートだったんだろう。それを知った彼女は乗り換えたってだけの話で良いと思う。彼女は付き合った時は初心だったけど、ボクで男を経験して成長したんだろ。

 ボクは彼女を経験することで溺れ込んだけど、彼女だっていつまでも初心なネンネじゃない。いわゆる男を見る目が養われたはずだ、それだけじゃない、自分がどういう価値のある女であるのかもわかったと思う。

「えっと、えっと・・・」

 わかんないかな。彼女はこれでもかのお嬢様だと言ったろ。つまりはセレブの家の娘だ。それも跡取り娘だ。彼女の夫になる男には次期社長の椅子が約束されている。そういう男を選べる立場の女だと自覚したで良いと思う。

 彼女との結婚の条件が婿養子なのは知ってはいたけど、まだまだ世間知らずも良いところで、せいぜい苗字が彼女の姓になるぐらいしか思ってなかったお目出度い野郎だったんだよ。

 選ぶ立場で見てみれば、ボクの価値は低いよ。そりゃ、エリートビジネスマンを目指してはいたけど、まだ海のものとも山のものとわかんないじゃないか。それに比べたらお見合いの相手は既に社会に出てエリートビジネスマンになっているはずだ。

「そ、それはそうですが」

 これは想像に過ぎないけど、お見合いの相手はイケメンでもあったはずだ。それに比べたら、ボクなんか並がせいぜいだ。体だって小学校から延々と続いた受験競争の賜物で、ぶよぶよに太ってこそいなかったが青白いモヤシ野郎だったからな。

「部長はモヤシじゃありません」

 今はな。これはある時に人生の長期休暇があったからだ。とにかく時間だけは売るほどあったから、ジムに熱中したからだよ。週に七日も朝から夕まで通い続ければこれぐらいにはなるってことだ。

「そうは言いますが、女と男の関係は・・・」

 そっちか。可能性だけは考えたよ。親に理不尽な結婚を強制され、泣く泣く人身御供になる可哀想な花嫁だろ。そこに乗り込んで奪い返す正義のヒーロー役の可能性はあるだろうかってね。

 そりゃ、未練が無かったかと言えばウソになるけど、それならそれで彼女からサインがあるだろうが。サインどころか懇願されるのが普通だろ。なんにも無かったから捨てられたとあきらめた。

「その後は?」

 今に至るだ。

「ところで部長のモンキーは一人乗りですか」

 ああそうだ。タンデムが出来るようにカスタムするのもいるそうだが、見ての通りでその手のカスタムなんてしてないだろ。

「それっていつまでですか?」

 いつまでって言われても、この先ずっとだ。モンキーの非力さにタンデムは合わないよ。モンキーじゃなくてもボクはタンデムが好きじゃない。バイクは一人で乗るのが良い。

「わたしはタンデムをしたくなっています」

 それは初鹿野君の好きにしたら良いよ。まあ、モンキーでやれば峠道を登れなくなると思うけどな。

「モンキーならそうですが、部長となら登れます」

 アホか! 物理法則に逆らってどうするんだ。竹やりでB29を落とせないぐらい知ってるだろ。ボクとタンデムなんかしたら、峠道どころか平坦路でもカメになるしかないだろうが。

 モンキーをタンデムにカスタムするのは不可能じゃないけど手続きはややこしそうだ。それに馬力の問題はどこまでも付いて回る。ボアアップキットはあるかもしれないけど、そんなもの使えば小型じゃなくなり、中型の手続きが必要になってしまう。

 あんなものどうやったら認めてもらえるか途方に暮れるような話だし、手続きをしないと違法バイクになるだけだ。そこまでモンキーに手間とカネをかけてタンデムするより、せめて250CCに買い替えるか二台持ちにした方が良いと思うぞ。