ツーリング日和22(第4話)出会い

 さて休日だ。気楽にモンキーを流そう。モンキーでなくてもツーリングを楽しみたいなら市街地から脱出する必要がある。大型や中型バイクなら高速道路や自動車専用道で脱出するだろうけどこっちは小型バイクのモンキーだ。

 今日は山麓バイパスを抜けて見るか。この道は神戸市街を西に抜けるにはありがたい道だ。山麓バイパスの続きだって四車線の快適な道が西神中央まで続いてくれている。そこまで出られれば、快適なカントリーロードにありつける。

 国道一七五号バイパスを北上して三木ICで下りてみるか。そこから西に向かえば加古川の護岸道路を走れるからな。上荘橋を渡って、そうだ平荘湖でも行って見よう。なんにもないダム湖だけど、バイク乗りが立ち寄るにはピッタリだ。

 ダムのところはやっぱり混んでるな。まあ良い、もう少し走れば休憩所みたいなところがあったはず。こっちは空いてるな。さてと湖でも見るか。ありゃ、何が落ちてるかと思えばエロDVDがゴッソリじゃないか。

 捨てられるぐらいだから売れないのだろうな。だからと言ってこんなところに捨てるなよな。社会の迷惑だろうが。ひとしきり見たらバイクに戻ったのだけど、あれ、どうしたのだろ。バイクを停めた時に気になってのだけど、もう一台モンキーが停まってたのだよ。

 モンキーは人気があるから納車の時も随分待たされたけど、それぐらい売れてるはずなのに殆ど見ないバイクなんだよな。だから気にはなってはいたのだけど、何か困ってるな。う~ん、メットを被ってるけどあれは若い女性みたいだな。

 どうしよう。困ってるから声をかける行為は悪いものじゃないけど、取られようによって変なオジサンとか、変質者に見られたりするのが今の世の中だ。知らん顔で走り去るのが無難だけど、ここから修理を呼ぶのは大変だろうな。

 ややこしい世の中になってるけど、知らん顔で走り去るのは目覚めが悪い気がする。声をかけたばっかりに不快な思いをするかもしれないけど、見捨てるよりマシだろ。

「さっきエンジンをかけたら、急に動かなくなってしまって・・・」

 エンコか。珍しいな。モンキーのカブエンジンは故障知らずで有名なんだ。そりゃ、カブエンジンは世界の名機だからな。それでもエンコとなると、EFIとか、ヒューズとかぐらいは頭に浮かぶのは浮かぶ。

 どういう感じでエンコになったかと聞いたんだけど、ひょっとしたらと思ったのがプラグだ。そういうとバイク修理もバッチリみたいに思われるかもしれないけど、プラグだけは替えた事があるんだよ。

 たいした理由じゃないけど、モンキーは非力だ。だけどプラグを替えるだけでパワーアップみたいな体験談を読んだんだ。プラグだけでパワーアップするなら試しても良いかと替えてみた。効果は・・・ある気はする。もっともバイク屋に言わせれば気は心だって笑ってたけどね。

 そのプラグを交換する時にだけど、プラグの事も少し調べてみた。モンキーの純正プラグで三千~五千キロが交換の目安になっているのは初めて知ったんだ。実際はもっと使えるみたいだけど賞味期限みたいなものだろ。

 ちなみにボクが交換した新型プラグは八千~一万キロだ。純製品の二倍は使える代わりにお値段も二倍弱ぐらいってところで、そこに気分だけでもパワーアップするのが売りで良いと思う。

 彼女のモンキーの様子を見ると電源は入ってるのはわかる。オドメーターを見ると一万キロを超えたぐらいだ。プラグなんて変えたことがないと言ったから、可能性はあるかもしれない。

 モンキーの純正車載工具はプアなんてものじゃないけど、ボクはプラグだけは替えれる工具は持参してた。もちろん予備のプラグもね。プラグ交換だけなら、やったところで害はないからダメモトで試すことにした。

 プラグレンチをかけたのだけど、こりゃ、固いぞ。やっぱりモンキーはそうなんだ。工場出荷されたプラグはかなり固いとユーチューブにもあったし、ボクのモンキーもコンチクショウと思うほど固かったもの。

 悪戦苦闘させられたけどなんとかプラグ交換は無事終了。作業自体はプラグが固い以外はたいしたことはない。モンキーは単気筒の一本プラグだし、外からアプローチしやすい場所にあるからね。さてどうだ。

『ブルン、ブルン』

 エンジンがかかってくれた。良かった、良かった。なんとか面目は立ったぞ。ボクがプラグ交換の作業に熱中している間に若い女性はメットを取っていたのだけど、

「部長ですよね」

 はぁ、誰だ。ボクの事を部長と呼ぶのなら部下とかの可能性はあるけど、この声は聞き覚えがあるぞ。ウソだろ、もしかしたら初鹿野君か!

「部下の顔をお忘れですか」

 プライベートで顔を合わすのは初めてだけど、こりゃわからんわ。こうなったら一通りの挨拶はいるよな。それをさっさと済ませて、自分のバイクに戻り工具もしまって出て行こうとしたんだ。

 もう用事も済んだし、あれぐらいで工賃なんて欲しいとは思わないし、プラグ代だって千五百円もしないはずなんだ。それに相手が部下とわかったから、なおさら取れないだろう。これでも部長だからね。そしたら初鹿野君が慌てたように追いかけてきて。

「ちょっと待って下さい。プラグ代も払ってませんし・・・」

 ああ、そっちか。面倒だな。助けてもらったのが部長だから、部下としてこのままじゃ良くない方が出てしまったか。今日はプライベートだから余計な気遣いは不要で終わらせようとしたのだけど、

「そうはいきません。こういう時にきちんとお礼をするのが営業の基本だと教えてくれたのは部長です」

 そ、そうだった。だけどこれは仕事じゃなくプライベートだし、

「営業の基本は人と人との繋がりで、今は無駄だと思っても、そういう繋がりがどこで生きて来るのかわからないのがビジネスです。ここであっさり見送ったら、どんな評価を部長にされるかわかったものじゃありません」

 そこまで陰険じゃないって。

「部長は仏ではありますが、なんでもすべてをお見通しです。それぐらい部下なら誰でも知っています」

 西遊記のお釈迦様じゃあるまいに、そんなもの出来る訳がないだろうが。

「お礼のためにランチを付き合ってもらいます」

 強引だぞ。まあ、いっか。そろそろお昼だし、ランチで初鹿野君の気が済むなら付き合ってやるか。でもここからになると、

「加古川に行きます」

 今日の予定はと言いかけたけどやめた。たいした予定があった訳じゃないから加古川まで付き合うか。この辺じゃ、適当な店もなさそうだしな。初鹿野君は県道四十三号に戻り、そこから加古川バイパス、さらに国道二号も越えて国道二五〇号で加古川を渡った。この辺は詳しそうだな。

 鶴林寺の交差点でターンして、ここに入るのか。パチンコ屋だけど、なるほど飲食店も入っているのか。バイクを駐輪場に停めて、連れて行かれたのがびっくりドンキーだった。ここなら気楽で良いかもな。

「なんでも好きなものを食べてください」

 こら、それはダメだって言っただろう。こういう時はだなぁ、

「わたしはこれにしますが部長は?」

 それもありか。これぐらいはどうぞってやり方だな。注文が決まるとタブレットを操作してオーダーは終了。最近はこういう店が増えてるよな。料理を待っている間に、

「まさか部長がバイクに乗られているとは意外でした」

 それを言うなら初鹿野君もだろう。初鹿野君はうちの部署ならベテランに入るかな。とにかく平均年齢が若い会社だから初鹿野君でもそうなってしまう。職場のイメージは・・・仕事は良く出来るけど、おっかない主任ぐらいかな。

「誰がおっかない主任なんですか。それってパワハラです」

 あのな、どれだけおっかないか・・・今日はプライベートだから置いとくか。そうだな、キリっとした感じを絶対に崩さないぐらいは言っても良いと思う。ここはどう話を繋いでおこうか。